元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「四川のうた」

2009-06-10 06:23:48 | 映画の感想(さ行)

 (原題:二十四城記)秀作だったジャ・ジャンクー監督の前の作品「長江哀歌」ほどではないが、見応えはあると思う。四川省・成都にある巨大国営工場が国家当局の方針転換によって閉鎖され、広大な敷地はニュータウンへと生まれ変わる。ところがその工場で働いてきた人々の数は相当なものであった。

 国の繁栄と生活の安定を願って地道に職務に励んでいた彼らは、政府の勝手な都合によって、いとも簡単に放り出されてしまう。もちろん、仕事を終えるにあたっては相応の手当をもらうだろうし、次の職場を斡旋された者も多いだろう。しかし、この工場で積み上げてきたスキルと矜持、そして苦楽を共にした人間関係は、いくら退職する際にそれなりの保障があったとしても、理不尽に奪われるべきものではないはずだ。

 映画は8人の労働者をピックアップしてそのプロフィールを紹介してゆくが、顔に刻まれた皺や遠くを見つめるような眼差しが工場と一緒に過ごした年月の深さを物語る。面白いのは実際の当事者たちだけではなく、ジョアン・チェンやリュイ・リーピンといったプロの俳優が混じってストーリーを紡いでいる点だ。ヘタをすればそこだけ浮いてまとまりのない出来になっていたところだが、演技力のあるキャストを入れたことによって登場人物達の生きた世界が奥行きを増している。この監督でしか出来ない芸当かと思う。

 かつては最先端の設備を誇っていた工場が、合理化によって廃墟となりやがて取り壊される。滅びゆくものに対するジャ監督の視線は哀切に満ちているが、それは上辺の経済的効率が優先される昨今の風潮に対するアンチテーゼであることは言うまでもない。

 終盤近くに描かれる新しい都市の無味乾燥な佇まいも併せて、ひところ一世を風靡した新自由主義経済の虚しさを訴えかける。そして人間にとって労働とは何なのか、職場とはどういうものか、住む者の仕事と密着した“有機的な”街の風景とはいかなるものか、それらを観る者に深く考えさせる。「長江哀歌」で特徴的だった、ドキュメンタリータッチとケレン味溢れる映像ギミックの融合という妙味がないのは残念だが、作品の性格上それは仕方がないことだろう。

 余談だが、我が国の状況は本作で描かれている構図よりもさらにヒドいと思う。無情に職を奪われていく人々が増加する一方で、この映画のような(雇用を生む)具体的な大規模開発計画さえ提示せず、もちろん労働者への保障はなおざりで、事態を放置したままジリ貧状態まっしぐらだ。経済政策において中国にさえ遅れを取るとは、まさに恥でしかないだろう。

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