元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

加藤陽子「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」

2022-09-23 06:48:18 | 読書感想文
 筆者の加藤は、2020年に日本学術会議の新会員候補に推薦されたが、他の5名の候補と共に当時の菅義偉総理によって任命を拒否されたことで知られる。本書を読むと、その理由が分かるような気がするのだ。これは何も彼女が研究者として資質が劣っているというわけではなく、ハッキリ言えば安倍長期政権から菅政権にわたって綿々と受け継がれた、反知性主義のトレンドに与していなかったからだろう。

 圧倒的不利な条件を多くの者が認識していながら、どうして我が国は先の大戦に身を投じてしまったのか。加藤は日清戦争を巡る情勢からその背景を考察していく。特筆すべきは、このレクチャーが中高生を対象に5日間にわたって実施された集中講義の議事録を元にしていることだ(初版は2009年。文庫化は2016年)。十代の者を相手にしているので、難しい専門用語やインテリぶった凝った言い回しは一切出てこない。それでいて、講義内容にはまったく手を抜いていない。



 近代日本が、いかに道を誤って第二次大戦の敗北という破局に行き着いたのか、俗に言う小賢しい“後講釈”を廃して当時の政府が置かれた立場を勘案して突き詰めてゆく。人間というのはいつの時代にも、いくら確実な情報が提示されていても、ひとつのフェーズや部分的なセンテンスだけに拘泥して“自分の都合の良いように”解釈してしまうものなのだ。その誤謬が積み重なれば、最終的には良くない方向へ突き進んでしまう。

 加藤のスタンスは、90年代後半から台頭した“自由主義史観(≒新皇国史観)”とは趣を異にしており、そしてそれから波及したと思われる浅はかな右傾トレンド、そしてそのシンボルと思われた安倍政権及びその後継勢力には一線を画している。また当然のことながら、古色蒼然とした左傾思想とも袂を分かつ。イデオロギー的にニュートラルなのだ。

 第9回小林秀雄賞を受賞したほどの内容で、幅広い層に奨められる書物なのだが、この本だけ読んで日本の近現代史が分かったような気分になるのも、また禁物である。戦前の日本が国際情勢を都合の良いように解釈した、その判断基準についてはあまり言及されていない。また、(資料があまり残されていないという事情もあるが)その頃の国民意識の分析も万全とは言えない。しかしながら、それらに関してもさらに知りたいという気にさせてくれるのも確か。その意味でも価値のある書物である。
コメント
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