(原題:Enemies,A Love Story)89年作品。ポール・マザースキー監督のフィルモグラフィの中では、間違いなく「ハリーとトント」(74年)や「結婚しない女」(78年)と並ぶ代表作だと思うのだが、アカデミー賞候補にもならず(注:各種批評家賞は受賞しているが)いまいち注目度が低いのが残念だ。子供じみたシャシンが目立っていた当時のアメリカ映画界において、大人の感性に満ちた逸品として評価したい。
1949年、ニューヨークのコニーアイランドに住むハーマンは、母国ポーランドでのナチスの弾圧によって妻子を失い、命からがらアメリカに逃れてきた。現在は命の恩人である女中のヤドウィガと結婚し、ユダヤ教のラビの事務所に勤めている。だが実は彼にはマーシャという愛人がいて、ヤドウィガには“外回りの営業に行く”と称してマーシャと逢瀬を重ねていた。
そんなある日、何と死んだはずの妻タマラが彼の前に姿を現わす。実を言えば、大戦中すでに2人は離婚寸前だったのだ。タマラの存在を知ったヤドウィガは困惑するばかり。またマーシャからは“フロリダで仕事を見つけたので、一緒に行ってほしい”と懇願される始末。そんな折ヤドウィガの妊娠が判明し、いよいよハーマンは窮地に立たされる。
まず、3人の女から惚れられ、結果として三重結婚の状態に陥ってしまう男が、別に二枚目でもなく甲斐性も無いという設定が面白い。凡庸な男でも、成り行きによっては女達から追いかけられる立場になり得るのだ(笑)。
最も秀逸だと思ったのは、3人の女の住処がそれぞれコニーアイランド、ブロンクス、ロウアーマンハッタンと離れていること。この大都会の北の端から南の端に至る各ポイントを、ハーマンが地下鉄を駆使して飛び回るわけだが、それぞれの“土地柄”に合わせて3人のヒロインの性格も描き分けられていることに感心した。
すれ違いと鉢合わせの連続で、ナチスのホロコーストから奇跡的に逃れたハーマンも、この先の読めない展開に疲れ果ててしまう。観ている側も同様に予想が付かないストーリーに翻弄されるが、映画はまさかの結末を用意していて驚かされる。結局はハーマンは“狂言回し”であり、物語の焦点は3人の女の生き方であったことが分かり、大いに納得してしまった。
当時のニューヨークを再現してみせるセットは見事。色彩とライティング、モーリス・ジャールによる音楽、テンポのいい演出。そして賞賛すべきはキャスティングだ。マルガレート・ゾフィ・シュタイン、レナ・オリン、アンジェリカ・ヒューストンという芸達者の女優を並べ、持ち味を存分に引き出している。もちろん、ハーマン役のロン・シルヴァーも妙演。鑑賞後の満足度が高い逸品だ。