元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「南極料理人」

2009-09-04 06:39:13 | 映画の感想(な行)

 どんなにハードな環境にあっても、食事の時には笑顔になる。たとえそうならなくても、ホッとしたり思考パターンを落ち着かせてくれることが出来る。しかもそれが美味しかったりすると、まさに至福のひとときだ。この映画は食事の有り様を通して人間性をポジティヴにうたいあげた快作である。

 海上保安庁の調理担当・西村は、南極越冬隊のコックとして意に添わない人事を押し付けられる。しかも勤務地は昭和基地のようなメジャーな(?)事業所ではなく、内陸部の奥深くに設置されたサテライト基地で、メンバーもわずか8人という小さな所帯。非日常的な密閉空間に1年以上も同じ顔ぶれで寝起きすれば、積もるストレスはかなりのものだ。事実、本作でもノイローゼ気味になって奇行に走ったり、引きこもりに陥ってしまう隊員も出てくる。だが、ここには彼らを“日常”に引き戻す“食事”という大きな媒体が存在したのだ。

 単調な隊員生活が行き詰まらないように、当局側はこの辺境の地に山のような食材を配給した。西村は状況に応じたメニューを展開し、隊員達の結束を図ってゆく。当然、それらは素晴らしく美味しそうに撮られている。ハッキリ言って、近年日本映画においてこれほど料理の持つ映像喚起力を発揮させた作品は他に見当たらない。食欲こそが人間の原初的な欲求であり、なおかつ知性や理性の源泉であって、最終到達点の手助けになるという主題を観る者に納得させるだけの表現力を備えていると言って良かろう。

 沖田修一の演出は派手さはないが、各キャラクターの配置やエピソードの並べ方に非凡なものを見せる。特に隊員達と留守を預かるその家族との微妙な距離感の見せ方は、これ見よがしなハプニングを織り込まないだけに説得力を持つ。任務を終えて“日常”に復帰する彼らの心情を、さり気ないカットの連続で分かりやすく見せきる手腕はさすがだ。

 キャスト面では何と言っても西村役の堺雅人だろう。仕事は実直だが、家に帰ると“粗大ゴミ一歩手前”の扱い方をされる小市民マイホームパパの有り様が可笑しい。特に自分は台所に立たずに、妻(西田尚美)の料理に難癖ばかり付けるイヤミったらしさは最高だ。ただ、それでも家族に頼りにされている様子を違和感なく醸し出しているのは、堺の飄々とした持ち味に尽きる。生瀬勝久、きたろう、高良健吾、豊原功補といった脇の面々の扱いも申し分ない。

 ロケ地は南極ではなく北海道だが、マイナス50度を下回る空気感はよく出ていたと思うし、雪原にポツンと置かれたシビアな状況も十分伝わってくる。観て損はない佳篇である。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする