元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「嗚呼 満蒙開拓団」

2009-08-31 06:32:23 | 映画の感想(あ行)

 羽田澄子監督のドキュメンタリー作品にしては、かなり直截的なタッチで驚かされる。またフィルム撮りではなくデジカムを使用しているあたり、素材をじっくり練り上げるというより対象そのものが持つインパクトを前面に出すため、機動力を活かした映画作りだと言える。それだけ本作のテーマは重くてハードだ。

 戦前から戦時中を通じて満州内陸部に開拓団として送り込まれた農民たち。ハルピンからさらにソ連国境に近い地域に入植した彼らは、戦争が終わっても内地へ帰る手だてを持たなかった。やっとのことで方正(ほうまさ)と呼ばれる地区に難民キャンプを作ったのだが、寒さと疫病で数千人が犠牲になった。小さい子供は置いて行くしかなく、それが後に中国残留孤児の問題へと繋がってゆく。

 映画は命からがら帰国してきた人々のインタビューを中心に進行するが、その内容は苛酷を極め、聞く側は絶句するしかない。一見、現役を引退して悠々自適の生活を送っているような彼らの口から、凄まじい悲劇の実態が語られるシーンはショッキングと言うしかない。日常の裏に潜む大きな歴史の真実、その落差に慄然とする思いである。

 最も驚いたのは、開拓団の入植が戦争が終わる年までも延々と行われてきたことだ。敗戦が色濃い状態で、最前線に近い地域へ実情を何も知らせず、平気で開拓団を送り込む当時の政府・軍当局の厚顔無恥な有様には、観ているこちらもはらわたが煮えくりかえる思いがする。そんなくだらない“国策”とやらで、多くの人命が失われたのだ。

 しかも、元開拓団のメンバーが“今の薬害事件や沖縄の問題なんかと同じです”と語るように、この構図は現在も変わってはいないのだ。政治家や官僚がきれい事ばかり並べ立て、あたかも“これさえ達成すれば、何もかも良くなる”といった甘言を弄し、その実国民を踏みにじってゆくケースがここ10年間でもどれだけ発生したことか。

 左巻きの連中は“日本人は、先の戦争の加害者意識を反省していない”と言うが、真に反省すべきは国家が国民を蔑ろにしてきたことだ。そのへんを曖昧にしたまま、自らの手であの戦争の“総括”もせず、漫然と国家と国民との“唾棄すべき主従関係”を温存している状況に、この映画は激烈な抗議を敢行しているようだ。

 難があるとすれば、あまりにも中国側の“善意”をクローズアップしており、作者の左傾リベラルな姿勢が過度に出ていることだ。残留孤児を引き受けた彼らにも切迫した事情があったはずだが、そのへんを深く突っ込んでくれなかったのはかなり不満。とはいえ、明確な問題意識に裏打ちされたドキュメンタリー映画の秀作という評価は揺るぎないものだ。一人でも多く本作に接して欲しいと、切に思う。
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