元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「藏」

2009-08-02 16:01:16 | 映画の感想(か行)
 95年作品。宮尾登美子のベストセラーを降旗康男監督が映画化したものだが、封切り時に観たときには落胆した。この映画がどれだけ原作に忠実に作られているか知らないが(読んでないので)、私だったら文字通り“酒造り”にとことんこだわる作劇をとりたいし、そう考える映画人も少なくないはず。なぜそうしなかったのか。

 新潟の由緒ある酒蔵を舞台にしたドラマで、ヒロインは盲目ながら苦難の末蔵主になった人物である。ならばそこまで彼女を惹きつける酒造りのエロティックなほどの魅力について語らねばなるまい。前半、職人たちが素手で麹を練り上げる場面がアップで捉えられるが、この粘りつくような描写こそ作品の命のはず。どうして美味しい酒が造れるのか、どうやれば芳醇な香りが得られるのか、このへんを徹底的に描出して欲しかった。

 対して、蔵元の一家にまつわる昼メロ的確執ドラマはバーンと引いてサッと流してもいいし、セリフなんかなくてもいいし、象徴的・暗示的に匂わせるだけで十分。その方がインパクトが強いし、音楽やカメラワークに細心の注意を払えば、中国・台湾映画の秀作群に通じる格調高さを獲得したかもしれない。

 さて、そんな思惑などおかまいなしに「藏」は実に東映らしい、下世話でケレン味たっぷりの田舎芝居に仕上がっている。ヤクザ映画の延長としか思えない展開と、随所に挿入されるお涙頂戴的場面。キャスト陣もすべて予想通りの演技しかしておらず意外性は皆無。さらに主演を務める一色紗英の学芸会的セリフ棒読み素人芝居にはドッとシラけた。当初の予定通り宮沢りえが演じていたら少しはマシになった・・・・とは思うけど作品のレベルはそう変わらなかっただろう。

 しかし、そんな映画ファンの落胆をよそに、当時は会場を埋めた年齢層かなり高めの観客からは絶えずすすり泣きの声が聞こえ、終映後の彼らの表情は一様に満足感を覚えているように思えたものだ。もしアメリカ映画でこの程度の作品だったら、そして観客層が若かったら、半分ぐらいは途中退場したかもしれない。

 ここには“日本映画ってこんなものでいいんだ”という甘えとあきらめが作者と観客の“なれ合い状況”を助長していると言えよう。高年齢層をお仕着せの予定調和ドラマで安心させて大量動員しようと考えた時点で映画は失敗した。向上心のない映画がいくら流行っても日本映画自体の発展には結び付かないことを送り手は知るべきだ。
コメント
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