元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「チック・タック」

2009-05-05 06:14:51 | 映画の感想(た行)
 95年のアジアフォーカス福岡映画祭で観たイラン映画。舞台はテヘランの下町。祖父の家から小学校に通うサイードとクラスメートのハッサンは親友同士。二人は成績優秀だが、担任の先生からご褒美の腕時計をもらったのはハッサンの方だった。実は彼の父親の形見で、母親が担任に渡したものだった。面白くないのはサイード。うっかりハッサンの腕時計に手を出してしまい、担任からこっぴどく叱られ、サイードとの仲も険悪化。下校中になんとか仲直りするものの、祖父にいいとこを見せたいサイードは、ハッサンから腕時計を借りて自分のご褒美として祖父に報告しようとする。

 しかし、祖父はカバンに時計をしまい込み、鍵をかけたまま外出してしまう。二人は必死でカバンを開けようとするがうまくいかない。ハッサンの母親は息子が帰って来ないので心配し、事情を知った担任は翌日サイードの祖父を学校に呼び出すが、祖父はプライドを傷つけられたと誤解し、サイードを転校させると言い出す始末。事件は雪だるま式に大きくなっていくが・・・・。

 イランの俊英モハマッド=アリ・タレビ監督作品。前作「ザ・ブーツ」(94年)に引き続き子供の世界を描いているが、相変わらず子役の扱い方は神業的で、演技うんぬんの次元のはるか上を行く。ただし、キアロスタミがよくやる“ドキュメンタリーとフィクションの融合”とは趣は異なり、ここでは確実に物語としての脚本と演技が存在するのだが、この小芝居のカケラさえ感じない自然さ。まるで我々がこの中近東の街にいるかのような臨場感。イランという風土・文化が映画的空間そのものではないかと思ってしまう。

 同じ成績なのに友人だけがご褒美をもらったり、祖父が自分を理解してなかったり、母親とのコミュニケーションがうまくいかなかったりetc.ここで描かれる出来事は一見他愛がないが、当人にとっては(また観客の多くが幼い頃そうだったように)価値観を左右されるような大問題であり、普遍的にアピールする素材であることは間違いない。しかし主人公たちは絶望に逃げたりせず、彼らなりの誠実さで事態を好転させようとする。

 ハッサンの家庭やサイードが両親と別居している事情には戦争の影があることは明白。ただ映画はそこをハッキリ描かない。疲弊した社会の有り様を追うより、また戦争の悲惨さを強調するより、無邪気な子供たちの姿を通して、他人を思いやる博愛的な精神と希望を失わない前向きな生き方をうたいあげることにこそ意味があるという、作者の確信犯的なポジティヴ性が画面を覆う。

 時計、安全ピン、スープの入ったボールなど、小道具の使い方がすべてドラマの伏線となる巧妙な作劇。そしてあまりにも見事なラストは泣けてきた。単なる児童映画のジャンルを超えた、普遍的な美しさを備えた珠玉のような作品だ。
コメント
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