元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「スラムドッグ$ミリオネア」

2009-05-20 06:32:21 | 映画の感想(さ行)

 (原題:Slumdog Millionaire )確かに面白かったが、この映画がアカデミー賞を8部門も受賞するほどアメリカで評価された背景の方が興味深い。アカデミー協会員に直接理由を聞くわけにはいかないので一応憶測になるのだが、おそらく主人公がささやかな夢を実現するところではないかと思う。それも、かの国民が昔胸に抱いていたアメリカン・ドリームとはほど遠いシロモノだ。

 本作の主人公ジャマールはドン底の境遇から何とか這い上がる。でも、やっと人並みのカタギの仕事にありつけるようになっただけの話。この先社会的に成功する見込みは薄いし、当人もその気はない。ただ、昔生き別れた初恋の相手を探すため、たぶん相手が見てくれていると信じてテレビのクイズ番組に出るのである。風采の上がらない若造にだって、夢を見る権利ぐらいはある。

 この“何とかその日その日を乗り切ることで精一杯の庶民”というのがアメリカではイヤになるほど多くなってきている。それでも、何とか(小さくとも)希望を持てば前向きに生きていけるのではないか・・・・という願いを反映させたというのが、この映画の手柄ではなかったのかと勝手に思う次第である。

 映画の出来はとても良い。正直言ってダニー・ボイルがこんなに上手い監督だとは思わなかった。クイズ番組「クイズ$ミリオネア」に出場した主人公が一問をクリアするごとにその問題に関連した過去のエピソードを回想していくという展開は、作劇に説得力がある。演出テンポにはスピード感があり、しかもこれが出世作「トレインスポッティング」のように“無理矢理な疾走感”ではなく、主人公が置かれた劣悪な境遇では走り続けていないと生きられないという、切実な強迫観念みたいなものの表出である点が強い求心力を持つ。

 そして、ジャマールとは対照的な彼の兄サリームの生き様を平行して描いていることが、ドラマに大きな求心力を付与することになる。どんなに阿漕な方法だろうと、成り上がればそれでいいのだという身も蓋もないサリームの生き方と、普通の生活が送れるようになることを第一目標に据えるジャマールのポリシーは、まるでコインの裏表。言うなれば“兄弟仁義”みたいな構図なのだが、これをインドの超シビアな社会情勢の中に置くと、骨太なドラマツルギーを獲得する。

 今回ボイル監督は得意のケレン味たっぷりの映像処理を幾分抑え、ドキュメンタリー・タッチに徹している。しかし、それだけ劇中わずかに挿入される“映像派らしいカット”の効果が増大することになり、同監督の成長ぶりが窺われることになった。インド映画ではお馴染みのA・R・ラフマンの音楽が素晴らしい。そしてラストはちゃんと歌と踊りで締めるところは嬉しくなる。題材は重いが、娯楽映画としてのクォリティは高く、誰にでも奨められる秀作である。
コメント
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