さそりのらびりんす~たわごと~

慢性膵炎持ちのあゆが気ままに書く、たわごと日記です。

この半年間の話Part2

2023年12月11日 23時22分03秒 | たわごと

母の振り返り話Part2。

 

敗血症は幸い早い処置によって救命していただきましたが、

入院3日後の血液検査で白血球900(9000ではありません、念の為)。

赤血球154、ヘモグロビン5.5、血小板、3万に下がってしまう。

あまりに低くてびっくり。

白血球が1000を切ると感染対策で個室に移されるレベルです。

敗血症が起きると血球が減るらしい。(ググった)

 

母は肺炎からの敗血症でここまで1ヶ月超。

ずっと食欲のない状態が続いていたので、3〜4kg体重が減ってました。

こんな状態で抗がん剤やるの?と思ったけれど

やらなければ感染症で死ぬらしいので、やるしかない・・・。

入院1週間後から「ダナキューロ➕DBd療法」が始まりました。

これは本来は再発難治性の多発性骨髄腫に行う治療だそうですが、

おそらく感染症を繰り返しているので、強い治療でないと意味がないとの判断で

この療法を選択されたのだと思われます。

ダナキューロ皮下注、ベルケイド皮下注とステロイドを使い、

通常は1サイクルが約2週間で、8サイクルほど続きます。

ダナキューロが1、8、15日目、ベルケイドは1、4、8、11日目に注射します。

母の場合は肝臓の病気があるので、

「やってみないとどうなるかわからない。」←え?

とのことで、サイクルは未定でひとまず1サイクル目に突入しました。

ちなみにダナキューロ薬価は1本445,064円ですって。

いやー、そんな高い薬老人に使ったらあかんやろ。💦

とちょっと思いました。

(母は長年保険を自分で払っていたので良しとするか・・・)

ダナキューロとベルケイドを一回ずつ使用した後の採血で

白血球600、血小板が16000に低下。

白血球900から抗がん剤を始めたらこうなることは容易に想像はつきますが、

この好中球が500を切ったことで、

ここから家族といえども面会禁止が続くことになりました。

ベルケイドの二回目は行ったものの、ダナキューロ二回目は延期。

輸血と血小板輸血をしたら白血球1500、血小板30000に戻り、

ダナキューロの二回目とベルケイド三回目をしました。

この2日後ぐらいからどんどん腹水が溜まっていきました。

面会禁止なので、電話ではどんな治療をしているのか、状態もよくわからない。

(なんなら本人も理解していない。)

荷物を持って行った時に遠くから私の姿を見ているのが

なんとも哀れで悲しかったです。

抗がん剤の副作用か、アルブミンが1.6ぐらいまで低下、

ビリルビンは3越え、アンモニアもH、カリウムはLL。

水を出すために利尿剤を使うとそれでカリウムが下がり

カリウムが下がるとそれでまた腹水が溜まるという悪循環になっていました。

 

結局、腹水のたまった状態で2週間ほど経過し、

この間、今日は面会出来るのかしら?と病院に行っても

血液検査がよくないので却下の繰り返し。

無菌室の大部屋に閉じ込められているので、

看護師さんも決まった人が一日にほんの短い時間入ってくるだけ。

具合の悪い人ばかりなので、同室の人とも会話なし。

電話するにも大部屋なので電話しづらい。

・・・ということで、母は相当メンタルをやられていました。

もう死んでもいいので2クール目の抗がん剤はしない、とも言ってましたが、

そもそも生きて帰れるのか??という疑問もあり。

この時、私が思ったのは、

感染リスクがあるから面会できないというけれども

余命が少ないのであれば(あるいはこのまま死ぬのであれば)

面会せずに死ぬほうが可哀想ないじゃないか??ということ。

姉とは、もし本当にこのままで回復しないのであれば

個室に移してもらって(個室代11000円を払う必要はあるけれど)

主治医に面会させてもらうように掛け合うしかないかなあという

話しもしていました。

 

抗がん剤を始めて2週間ほど経過したころ、

腹水はそのままでしたが、ようやく血球が回復し、

1か月ぶりぐらいに面会をすることができました。

面会して間近に見たらば、ありえないほどの腹水の状態で、

見た目は完全に臨月です。

問題はおなかだけではなく、足も顔もすべてがむくんでいました。

体重は腹水で10キロ近く増。

この約1か月ぶりの面会後、主治医から病状の説明のために呼び出しがありました。

 

主治医曰く、

抗がん剤を1クールを行った結果、(正確にはダナキューロは1回足りないまま)

9000を超えていたIgGは3000台にまで下がり、一定の効果をあったけれども、

そのかわりに肝臓が大ダメージを受けてしまって、

肝硬変が非代償期になってしまったので、これ以上抗がん剤はできません。

一般的に肝臓がその状態になると余命は半年ほどだと思います。

、とのこと。

肝臓の余命に関しては20年前にも余命が短いと言われたことがあるので

「またか。」という感じで、

私も姉もそれ(余命半年)はないな・・・というのが個人的感想ではありました。

とりあえず血球が回復したので、退院できないことはない、

というか、母のメンタルがもう持たないので入院をこれ以上続けるのは無理だったので、

説明してもらった日にそのまま退院手続きをして40日ぶりぐらいに家に連れて帰ることとなりました。

 

腹水が溜まっていると塩分を制限しないといけません。

入院中は塩分を限りなく0に近い状態のものを食べさせられていたらしい。

そして、通算2か月以上の入院で足が弱っていて、手すりなしでは歩けない状態。

入院中に介護保険を申請していたので、退院日に即連絡し、

手すりやベッド等をもってきてもらいました。

(いつもお世話になっている業者さんは、本当にとても親切で仕事が早いので驚かされます。)

 

ここから、腹水を抱えた母の世話で、

私の一番苦しい時期が始まりました。

 

続く・・・って、あと1回では到底終わりませんわ・・・。💦


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。