マニキュアとふ言葉を知らぬあのころの手に並べたる桜貝美し
鋭角のガラスの並ぶ高塀を見上げ海への道を歩みき
拉致といふ言葉はあらず浜寺の海にひとりで遊びし頃は
臨海のコンビナートの運河には海の名残のささやかな波
この海に白き砂浜ありしこと知つてゐるのは老人ばかり
埋め立ては半世紀前にはじまりぬもうほどけない配管の束
感情を持たぬ光のまぶしさよ湾岸に建つ石油プラント
工場の夜景を愛づるクルーズは若者たちの歓声に満つ
限りなき水のあることいつの日も救ひでありき海を見に行く
たこフェリーの復活ならず海峡にライトミントの明石大橋
空を飛ぶ自由の代はりに失ひしもののあるべし海の上の鳶
腕と腕握り合はせて鉄骨のトラスは橋の重みを支ゆ
蛸壺にしばしの夢を見たるのち甲板を走る海峡の蛸
表面も中も優しき明石焼きなにか足りないやうな気がして
沈みゆく夕日の余韻オレンジの帯は揺れつつ護岸へと伸ぶ