![Piaf_1 Piaf_1](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/cc/bfe0d6a50ba84989bf33f4466b3155a1.jpg)
エディット・ピアフというシャンソンでは伝説的な歌姫が、こんなにも無惨な人生を送っていたとは正直思ってもみなかった。街頭で大道芸人の父とともに、シャンソンを歌っていくばくかの小銭を稼ぐ母から生まれた幼いエディットは宵館を営む祖母のもとで育った。エディット自身がストリートで生まれ、街頭で春をひさぐおんなたちとともに育っているのだ。そのような環境の下で、大きくなったエディットの将来がどのようなものになるか、周りの大人たちも絶望の目で見ていたに違いない。ピアフも自身述べている。
「こういう境遇から、おしとやかな人間が生まれるわけがありません」(『わが愛の賛歌』17p。「おしとやか」に傍点付き)
映画の中では、後半にピアフの告白として触れられるだけだが、エディットは最初に好きになった少年(プティ・ルイ)の子をすぐ身ごもって生む。エディット自身が少年を裏切り、やがてピガール街に住みつき、アルベールと関係を持つ。アルベールは数人の女を街娼として街角に立たせ、そのアガリで生活しているヒモだった。こうして、エディット・ピアフは死の床でその生涯を語り尽くすのだ。
さて、映画ではピアフの生涯は時系列的に語られる訳ではなく、過去へいったり、未来へ進んだりとやや分かりにくい展開である。といって、ピアフの晩年の回想として展開すると言う話法ではなかったから、現在がどの時点なのか(老いたピアフなのか、恋する若きピアフなのかという時点)分かりにくかった。だとしても、心地よいシートに身を任せてスクリーンに見入っていると「意識の流れ」のように、ピアフの無惨な生涯が沁み入って来る。
アルベールに客を引けと攻められながらも、エディットはアルベールに貢ぐ分を街角で歌うことによって稼ぎ出す。エディットには道ゆくひとに耳傾かせる歌の天分が少女時代からあったらしく、巴里の下町の街角に立ってはそうして歌うことによって、街娼に身をやつさなくとも済んだらしいのだ。それこそ、「芸は身を助く」だろうか? とはいえ、エディットはアルベールの強奪などの犯罪の手引きさえせざるを得なかった。おっと、これは映画の中には出てこないエピソードだから、口をつぐんでおこう。
そんな底辺の暮らしをしていたエディットが、大歌手エディット・ピアフになるきっかけも街頭だったのだ。なんだか、博多天神のストリート・ミュージシャンだったYUIを連想してしまう(YUIも母子家庭で育ち、アルバイト苦学生として学校を中退して天神のストリートで歌い出した)。
街角で歌っていたエディットの歌に聞き惚れ、自分の経営するキャバレー「ジェルニーズ」のオーディションを受けろとすすめてくれたルイ・ルプレに拾われたことによってシャンソン歌手「エディット・ピアフ」は生まれたのである 。
ルイ・ルプレは、ピアフをスカウトしてまもなく何者かの手によって殺されるが、その嫌疑がエディットにかかる。そのことがエディットをキャバレーのデビュー以上に有名にしたが、エディットは傷つき立ち直れなくなるところだった。それを救ったのも、またしてもレモンという新しい恋人だった。レモンは初期のエデット・ピアフが歌った「私の兵隊さん」などの曲を書きエディットに捧げた。また、エディットをシンガーとして洗練させたのもレモンである(映画には出てこない)。
(つづく)
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