風雅遁走!(ふうがとんそう)

引っ越し版!フーガは遁走曲と訳される。いったい何処へ逃げると言うのか? また、風雅は詩歌の道のことであるという。

毒書日記Poisonous Literature Diary/「家守綺譚(いえもりきたん)」

2006-10-30 23:53:53 | ブンブク文学/茶をわかせ!
 いや、これはこれまで「毒書日記」で取り上げた作品(おもにポルノ作品でした)とは、作風も世界も違う。むしろ怪異な日常を淡々と描いた幻想譚とも言うべき作品だ。ぼくはこの作家のことを全く知らなかった。千葉の樹木葬に行く電車の中で、読むものを探していてその書名にひかれて求めたものだ。

 「家守綺譚(いえもりきたん)」梨木香歩。新潮文庫。本文188ページ。税別362円。安価で堪能できるお買得商品だ(笑)。

 時代も、場所も明確に書かれている訳ではないが、物語のはしばしから判断するにおそらく明治後期の京都の郊外(琵琶湖疎水ぞい)を舞台とするもので、主人公綿貫征四郎は売文を生業とする貧乏文士。学生時代に亡くなった学友の住むものもなくなった庭付きの一軒家に家守(いえもり)として住みついてから庭木、学友の幽霊、鳥獣、物の怪の類いの怪異が日常茶飯のように起るようになる。

 時代背景はまったく希薄である。むしろ時代を薄めることを作者は意図し、主人公が交歓する手入れをおこたった庭や庭木との話をたっぷりと美しい日本語で描く。この小説では28章ある章立てのタイトルのすべてが「サルスベリ」から「葡萄(ぶどう)」で終わる植物の名前である。森のようにこんもりとした植物の濃密な雰囲気にむせそうになる。その濃密な植物の気配に、さらに山寺までの森や山、そして主人公を化かしにかかる狸や狐の里山の野生動物たち、そして河童や人魚、小鬼、精霊(妖精)までもが主人公の前に立ちあらわれるようになる。

 読みながら、泉鏡花を思ったり、上田秋成を連想したり……最終的には中国古典の怪異譚の集成である『聊斎志異』にまで至ったが、結局は水木しげるの『河童の三平』にまで連想はおよぶのだった。
 とりわけ、ラスト近くで向こうからの世界に呼ばれた主人公綿貫は、まるで水底(みなそこ)のような饗宴に差し招かれる。このシーンは『河童の三平』の幻想的な河童の国に良く似ていた。

 そして、樹木葬の寺に向かっていたボクは、以下のくだりにいたく共感したのであった。

 ??いい場所ではないか。
 ??ああ、たしかにいい場所だ、こういうところに人は埋まりたがる。
 ??埋まりたがる、とは。
 ??つまり、ああ、いい場所だと思う。そして自分が死んだら故郷のどこそこへ埋めてくれと人にせがみたくなる、いい場所とはつまり、人が埋められる気になる場所なのだよ。
(98p)

家守である綿貫は、自らも変異していくのだ。「いえもり」からヤモリへ!

 のどを押さえると変な感触がする。慌てて手を見てぎょっとした。人間の手ではない。
 ??当たり前だ。おまえは家守(やもり)だもの。……そうだ、おまえは夢を見ていたのだ。人になった夢を見ていたのだよ。(46P)

 「家守綺譚(いえもりきたん)」梨木香歩。新潮文庫。2006年10月の新刊。


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2 コメント

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きゃー!! (いやん南国)
2006-10-31 06:25:33
きゃー!!
その本恐いんですか!?
恐い本ってそういえば
SMものしか読んだことないかも

私もね・・・いろいろね
幽霊とかはないんだけど。
もののけな事は、よく?ある


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いや、南国、ホラーのような恐さではなく、もっと... (フーゲツのJUN)
2006-11-01 02:43:34
いや、南国、ホラーのような恐さではなく、もっとしっとりとしたというか、そう、古典的な体裁をもったファンタジーと言えばいいかしらん。
物の怪、怪異の話のたぐいでしっとりとした読後感を得るとは思ってもみなかった。ボクはファンになってしまいました。
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