風雅遁走!(ふうがとんそう)

引っ越し版!フーガは遁走曲と訳される。いったい何処へ逃げると言うのか? また、風雅は詩歌の道のことであるという。

「ルバイヤート」と「千一夜物語」

2004-11-18 23:06:10 | ブンブク文学/茶をわかせ!
1001(番外編・西東詩歌文学的トリビア)

四行詩「ルバイヤット」を書いたオマル・ハイヤームは1048年ころイランに生まれた詩人。おおよそ900年前のペルシャ文学の巨匠であり、神秘主義者(スーフィイズムらしい)である。このアラブ圏の詩集が英語圏に紹介された経緯も不思議で面白い。
1862年ころ、ボクも好きなラファエル前派の画家ロセッティの友人が古書店で見つけたこの本の話をロセッティにし、ロセッティは翌日にくだんの古書店に、その詩集を見に行く。一読し、その文学的価値をみとめたロセッティはこの本を友人たちにプレゼントするために求める。その古書値はそれから二倍、三倍にはねあがったとのことである。その詩集が「ルバイヤット」であり、1859年にフィッツジェラルドが翻訳、自費出版したもので、限定250部刷られたが、さっぱりさばけず古書にまわったものだった。ロセッティなどのラファエル前派の”発見”と賞賛によりこの詩集は一躍、ヨーロッパのみならず、アメリカでも一大ブームとなる。19世紀末から20世紀の初頭で、西洋圏にオリエンタリズムやジャポニスムなどのエキゾチシズムが席巻したころと時期的には見合っているだろう。
この頃の、西洋の認識がどれほど中国と、日本と中近東が区別がついたのか、はなはだ心もとないのだが……。ま、エキゾチシズムというものは元来そのようなものなのかもしれない。遠方への憧憬、渇望だろうから正確な知識はむしろ邪魔だったりする……。

戸惑うわれらをのせてはめぐる宇宙は、
たとえてみれば幻の走馬灯だ。
日の灯火を中にしてめぐるは空の輪台、
われらはその上を走りすぎる影絵だ。
(小川亮作訳・105)

同じ詩文を学者志望だった若き日、作家の陳舜臣氏はこう訳された(2004年2月集英社刊)。

廻るこの世にわれらまどいて
思えらく そは回転提灯の如しと
太陽は灯にして世界は提灯の骨
われらその内に影絵の如く右往左往す

ま、このような文語体での訳文は好きになれないが、これは陳氏が学生時代、戦時下の中で夢中になって私訳したものであるそうで、音律も考え原典から口語訳した先の岩波文庫版より一層古めかしいものになっている。
しかし、文語体がすべてダメというのではなく、日本で最初に「ルバイヤット」を訳した蒲原有明のそれは抄訳とはいえ馥郁たる香りが立ち昇りそうな名訳である(当時、今日そんなことをやったら大変な事態になりそうなこと(白秋もそうだが)、翻訳を自作として発表することが多かった!)。

泥沙坡(ナイシャプル)とよ、巴比崙(バビロン)よ、花の都に住みぬとも、
よしや酌むその杯は甘しとて、はた苦しとて、
絶間あらせず、命の酒はうちしたみ、
命の葉もぞ散りゆかむ一葉一葉に。
(「有明詩集」)

陳氏は台湾出身であり、当時は日本人の学生だった。そして、戦時下にこのようなアラブの詩歌に夢中になったというところが、バートン版「千夜一夜物語」をコツコツと個人全訳された大場正史氏とも似ていなくもない。
バートン版「千夜一夜物語」を個人全訳した大場氏は、戦時下の暗い時代をめくるめきアラビアの夜に遊ぶことで、精神のバランスと救いを見い出してたようだ。いってしまえば、女々しい非国民??滅私奉公する翼賛体制についていけず、むしろ享楽と快楽の世界を学問と言う名に変えて乗り切ったのかも知れない。
「千夜一夜」自体もその成立は一筋縄では語れず、インドや中国や中近東の説話、語り物が混在して長い時間を経て成立したというのが、一般的な説のようだ。だから、その物語の中に登場する小道具や、風景も単純にアラブ圏のものとはいいがたいものが出てくる。

そう、有名なところではアラジンのランプだ。これは、ボクたちが考える灯火用のランプのイメージはくつがえるようなほとんど深皿のようなものに芯がついた形態で、どうやら中国製であるらしい。アラジンの物語はそれゆえ、中国の奇談の類いが物語のルーツになっている可能性も高いらしいのだ。
先の陳氏も訳出した「ルバイヤート」の中の「回転提灯」「走馬灯」は、英語ではマジック・ランタンと訳されているものらしい。これは幻灯(ファントマゴだったけな)の原形で、要するに回り灯籠である。フィッツジェラルドは註でインドで今も用いられていると書いたそうだが、これなどもむしろ中国の香りがする。現にハロルド・ラムというひとはチャイニーズ・ランタンと訳しているらしい。

最近やっと第2刷が出て入手しやすくなった前嶋信次・著『アラビアン・ナイトの世界』は、原典訳(平凡社東洋文庫)に個人で立ち向かった前嶋信次氏の労作で、この一冊が千一夜に関するトリビアのかたまりと言ってよく、それは失礼だから学問の蓄積と言い直しておくが、学問って(それは単なる書物の収集から始まったとしても)こんなに面白いものなんだと教えてくれる別格のおすすめ本である。
ま、「千一夜」を読みたいが、なにせ分厚すぎてとためらうむきには阿刀田氏の本は初心者向きで、読んだ気にさせてくれるだろう。
(番外編・西東詩歌文学的トリビア おわり)

参考資料:『ルバイヤート』小川亮作・訳/1949/岩波文庫
     『ルバイヤート』陳 舜臣・訳/2004/集英社
     『アラブ飲酒詩選』塙 治夫・編訳/1988/岩波文庫
     『西東詩集』ゲーテ・作/小牧健夫・訳/1962/岩波文庫
     『千一夜物語』大場正史・訳など多数(とりわけ大場氏訳の河出書房版は古沢岩美がイラストを描いており個人的には愛蔵している。それはちくま文庫判にある程度、反映している。他にマルドリュス判の完訳としての岩波文庫判がある)
     『アラビアン・ナイト(原典訳判)』前嶋信次・訳/1966~/平凡社東洋文庫
     『アラビアン・ナイトの世界』前嶋信次・著/1995/平凡社ライブラリー(最近第2刷が出て入手しやすくなった)
     『図説/アラビアンナイト』西尾哲夫・著/2004/河出書房新社
     『アラビアンナイトを楽しむために』阿刀田高/1983/新潮社 新潮文庫


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