『新しい国へ ~美しい国へ 完全版~』
安倍晋三 著 文藝春秋 2013年1月20日
あくまでも私個人の感想であるが、現日本の首相は、第一次安倍内閣を務めていた時よりも、お顔立ちがかなりきつくなったような気がする。言い方によっては、「勇ましくなった」と言えるかもしれない。それに付随して第二次安倍内閣は、「特定秘密保護法案」を通したり、「集団的自衛権の行使」を閣議決定したりと、第一次内閣の存在をうっかりすると忘れてしまう活躍ぶりである(これらのことについての是非は別として)。しかし、その活躍の陰で、東京オリンピック誘致の際には、「東京は安全である」という、誰もがそこで引っ掛かりを感じる発言をしたり、年明けて、日本を震撼させたイスラム国の人質事件に関しては、安倍総理に関するきな臭い噂が立ちこめたことも否めない。それでも、これらのことは、安倍首相に関する報道の一部を切り取って発信されているものとしたら、真実はどこにあるのか、
本当の総理の意図はどこにあるのか、その一端でもうかがい知ることが出来たら、私の偏見はなくなるのではないだろうかと手にしたのが、本書である。
本書は、第一次安倍内閣が発足した2006年に刊行した『美しい国へ』を、第二次安倍内閣の時に改訂し、『新しい国へ』として再刊したものである。第一章で、まず自身の原点となっていることが綴られ、第二章以降、今の政治を行っていく上でのそれぞれのテーマについて自論を展開している。
読後、正直に言うと偏見が深まってしまった。これまたあくまでも私の個人的見解であるが、かなり多くの矛盾点がみつかり、突っ込みどころが満載である。それは、本書の中だけでもそうであるが、実際に会見を行っている首相の言葉と本書との比較でもそうである。また、国民の生活、とりわけ、一般的な平均年収を持つ家庭の生活を実感として持っているのかという疑問も覚えた。それとも、私自身の解釈の仕方が間違っているのか……そんなことまで思わせるものであった。具体的にそれを述べよと問われると、キリがないので読んでくれというのは、逃げ口上になって悔しいのであるが。
それでも、あえてはっきりとここに書けることとしたら、先月の読書ノートで取り上げた『新・戦争論』で、池上氏と佐藤氏が共に首相に関して語っていたことで、「心の問題」という話題。そのヒントになる発言が本書で随所に表れている。主に第一章にその部分はあるが、至る所に祖父や父の出来事が書かれてある。一つ一つを解説するわけにもいかないが、その中でも見逃せないフレーズがある。癌に侵された父、安倍晋太郎氏が病を押してゴルバチョフ書記長を迎え、その1か月後に亡くなった時の回想。
「たった五分間ほどの会見だったが、父はわたしに晴れやかな顔を見せた。まさに命を削った外交の最後の姿だった。父が逝ったのは、それから一か月後のことである。《政治家は、自らの目標を達成させるためには淡白であってはならない》==父から学んだ大切な教訓である。(p41)」
仮にこれが総理の現在の原動力となっているならば、この一連の安倍晋太郎の言動をかなり取り違えているように思えるし、それを呪縛としてしまった父の罪は重い。そして、とりわけ第2次安倍内閣以降の押せ押せムードの理由がおぼろげながら説明が付く。
これが、本書を読んだ私の感想であるが、他の人が読んだら新たな発見もあるかもしれない。もしかしたら、私の偏見を正してくれるという期待もある。是非、一国民として誰もが一度は目を通してほしい。 文責 木村綾子
安倍晋三 著 文藝春秋 2013年1月20日
あくまでも私個人の感想であるが、現日本の首相は、第一次安倍内閣を務めていた時よりも、お顔立ちがかなりきつくなったような気がする。言い方によっては、「勇ましくなった」と言えるかもしれない。それに付随して第二次安倍内閣は、「特定秘密保護法案」を通したり、「集団的自衛権の行使」を閣議決定したりと、第一次内閣の存在をうっかりすると忘れてしまう活躍ぶりである(これらのことについての是非は別として)。しかし、その活躍の陰で、東京オリンピック誘致の際には、「東京は安全である」という、誰もがそこで引っ掛かりを感じる発言をしたり、年明けて、日本を震撼させたイスラム国の人質事件に関しては、安倍総理に関するきな臭い噂が立ちこめたことも否めない。それでも、これらのことは、安倍首相に関する報道の一部を切り取って発信されているものとしたら、真実はどこにあるのか、
本当の総理の意図はどこにあるのか、その一端でもうかがい知ることが出来たら、私の偏見はなくなるのではないだろうかと手にしたのが、本書である。
本書は、第一次安倍内閣が発足した2006年に刊行した『美しい国へ』を、第二次安倍内閣の時に改訂し、『新しい国へ』として再刊したものである。第一章で、まず自身の原点となっていることが綴られ、第二章以降、今の政治を行っていく上でのそれぞれのテーマについて自論を展開している。
読後、正直に言うと偏見が深まってしまった。これまたあくまでも私の個人的見解であるが、かなり多くの矛盾点がみつかり、突っ込みどころが満載である。それは、本書の中だけでもそうであるが、実際に会見を行っている首相の言葉と本書との比較でもそうである。また、国民の生活、とりわけ、一般的な平均年収を持つ家庭の生活を実感として持っているのかという疑問も覚えた。それとも、私自身の解釈の仕方が間違っているのか……そんなことまで思わせるものであった。具体的にそれを述べよと問われると、キリがないので読んでくれというのは、逃げ口上になって悔しいのであるが。
それでも、あえてはっきりとここに書けることとしたら、先月の読書ノートで取り上げた『新・戦争論』で、池上氏と佐藤氏が共に首相に関して語っていたことで、「心の問題」という話題。そのヒントになる発言が本書で随所に表れている。主に第一章にその部分はあるが、至る所に祖父や父の出来事が書かれてある。一つ一つを解説するわけにもいかないが、その中でも見逃せないフレーズがある。癌に侵された父、安倍晋太郎氏が病を押してゴルバチョフ書記長を迎え、その1か月後に亡くなった時の回想。
「たった五分間ほどの会見だったが、父はわたしに晴れやかな顔を見せた。まさに命を削った外交の最後の姿だった。父が逝ったのは、それから一か月後のことである。《政治家は、自らの目標を達成させるためには淡白であってはならない》==父から学んだ大切な教訓である。(p41)」
仮にこれが総理の現在の原動力となっているならば、この一連の安倍晋太郎の言動をかなり取り違えているように思えるし、それを呪縛としてしまった父の罪は重い。そして、とりわけ第2次安倍内閣以降の押せ押せムードの理由がおぼろげながら説明が付く。
これが、本書を読んだ私の感想であるが、他の人が読んだら新たな発見もあるかもしれない。もしかしたら、私の偏見を正してくれるという期待もある。是非、一国民として誰もが一度は目を通してほしい。 文責 木村綾子