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KIMURAの読書ノート『シリアで猫を救う』

2022年05月04日 | KIMURAの読書ノート

『シリアで猫を救う』
アラー・アルジャリール with ダイアナ・ダーク 著 大塚敦子 訳
講談社 2020年

4月23日ネットニュース(BuzzFeed)で流れてきた記事の1つに、ウクライナで動物保護に尽力する獣医師夫妻のことが取り上げられていた。この記事によると、ロシア軍のウクライナ侵攻が始まって2か月、彼らは飼い主が最前線に動員されたために置き去りにされた盲目のハスキー犬や飼育されていた市場の爆撃を生き延びた鳥たち、他爬虫類や両生類を含む小動物、また、鍵のかかったアパートに警察と出向いて、部屋に取り残されたペットを救出しているという内容であった。そして、4月25日のプライムオンラインでは、ウクライナで飼い主と離れ離れになった2000匹のペットを保護したシェルターの記事が配信された。これらの記事を読み、ホッとしたというのが正直な気持ちである。それはその直前に本書を読んだことが大きい。

本書は2012年「アラブの春」がシリアに波及し、シリアが内戦状態になった戦禍の中、負傷した人々の救出活動を行いながら、取り残された猫をはじめとした動物たちの保護と、シリア初の猫サンクチュアリを創設した著者の回顧録である。

まずは口絵を見てもらいたい。最初の写真は激しい砲撃で噴煙が上がったシリアの街である。そして、ページをめくると著者と行動を共にする猫やサンクチュアリで過ごす猫たちの姿がそこにある。それは戦禍の中とは思えない程、穏やかな顔をしている。どれだけ彼を動物たちが信頼しているか、それだけでも著者の人柄がうかがえる。そのため、うっかりすると内戦で混とんとした世界がそこにあることを忘れてしまいそうである。しかし、口絵が終わり、本文に入っていくとその過酷な世界がびっしりと記録されている。

彼はなぜ砲撃が繰り返される場所で保護活動を行うようになったのか。彼によると、もともとは父親の影響で消防士に憧れを持っていた。しかし、シリアでは「コネ」のシステムが働いており、彼が何度も申請しても通ることがなったようである。しかし、皮肉なことにシリアで内戦が起こり、自分の車が救急車変わりとなって人命を救助。それを行っている最中に出会った1匹の白猫を保護したのがきっかけである。それまでも、彼は人命救助のかたわら、置き去りにされた猫を見かけてはえさを与えてはいたらしい。しかし、彼の幼い頃の出来事において白猫の存在は大きく、結果、戦禍の中にいた白猫が彼の保護活動の引き金を引いたということである。

何もない平穏な日常においても保護活動と言うのはなかなかに大変である。その中において、自分自身がいつ砲撃を受けてもおかしくない状態で戦場を彷徨う猫や、被災し猫まで養えないと遺棄しようとしている人に対しても、何も言わずに黙って猫を引き取り保護していく彼の姿。戦闘地域から遠いところに創設したサンクチュアリが、戦争の悪化により砲撃を受け、犠牲となった動物たちが多数出る。それでも生き残った動物たちを連れ、また新たなサンクチュアリを別の場所に作っていく。彼だけの力でないことは確かであるが、何よりも彼の行動に賛同して彼の周りに同じ志を持った人たちが戦禍に集まることに、彼の人となりを感じる。

読後に思いを巡らせたのは、今のウクライナであった。きっとあそこにもたくさんの動物たちが飼い主を探して彷徨っているのではないだろうか。シリアのように誰かひとりでも動物たちに目を向けてくれる人がいればと思っていたところでの記事だったため、安堵を感じたのであった。

このように書くと「他人事のようだ」と思われる人も出てくるであろう。「他人事」とは決して思っていないが、戦禍の中に飛び込むことはできない。安堵を感じながら次に考えたのはもちろん、自分にできることは何なのかということである。それは「千羽鶴」ではないことだけははっきりしている。本書にはそのヒントが多く記されている。そして何よりも人だけでなく猫をはじめとした動物たちが安心して過ごせる世界になって欲しい。

=========  文責  木村綾子

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