京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURAの読書ノート 『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』

2020年08月16日 | KIMURAの読書ノート

『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』
庭田杏珠 渡邉英徳 (「記憶の解凍」プロジェクト)著 光文社 2020年7月30日
 
半月前のことだ。SNSから流れてきた一枚の画像に目を奪われた。それは1945年8月6日広島市投下された原爆直後のきのこ雲。撮影場所は広島市の西に隣接する呉市からのもの。これまで私はこの画像を何度も目にする機会はあった。但しモノクロ写真で、である。それが、SNSで流れてきたものはカラー写真であった。そして、そのきのこ雲の色。なんと白とオレンジとピンクだったのである。しかもちょっとかき氷っぽく、不謹慎ではあるが、イマドキの言葉で言えば、「インスタ映え」するカラフルなものであった。この画像の発信者は本書の1人である渡邉英徳氏。彼は現在東京大学大学院情報学環教授で情報デザインとデジタルアーカイブによる記憶の警鐘の在り方について研究をしている。そして共著の庭田杏珠さんは高校生の時に自身の平和活動を通して渡邉氏の研究室が制作した「ヒロシマ・アーカイブス」に出会い、直接渡邉氏から直接 自動カラー化の技術を教わる。そして現在は東京大学に進学し「平和教育の教育空間」について、研究を進めている。
 
本書は戦前・戦時中のモノクロ写真を「記憶の解凍」プロジェクトとしてカラー化したものを約360枚にわたり掲載している。モノクロ写真からカラー化へは、ただAIによってシステム的にカラーに置き換えるのではなく、そこから戦争体験者の証言や資料などから手作業で色を補正していく。渡邉氏の話によると、本書の表紙となっている「戦前の広島・本通り」の完成までには、数か月の時間を要したとのことである。彼は文中でこのように綴っている。「当時の写真は、もっぱらモノクロです。カラーの写真に眼が慣れた私たちは、無機質で静止した『凍りついた』印象を白黒の写真から受けます。このことが、戦争と私たちの距離を遠ざけ、自分事として考えるきっかけを奪っていないでしょうか?この『問い』から、カラー化の取り組みがはじまりました」
 
実際にカラー化された写真を本書で目にすることにより、これまでの戦争のイメージががらりと変えられた。戦争当時のモノクロ写真をこれまで幾度となく目にしているが、モノクロのため、そこの風景はほとんど曇天であるように感じていた。今にも雨が降り出しそうな暗い光景。しかし、本書に掲載されている沖縄で雨に打たれている女学生の写真をカラー化したものは、どちらかと言えば天気雨。緑の芝生がくっきりと明るく生えており、奥の新緑は青々としているのである。そして女学生が着ている合羽は黄緑色と黄土色の中間色で傘は黒。その中での女学生のセーラー服がなんと映えていることか。おそらく、何も言わずにこの写真を手渡されると戦前の光景とは決して誰も思えないのではないだろうか。また原爆投下から1年後の広島市街地。決してそこは黒の世界ではなく、焼け野原とは言え、地面は赤茶色で、奥の山々はやはり新緑で茂っているのである。決してそこは暗黒の場所ではないことをきちんと示している。

SNSでカラフルなきのこ雲に衝撃を私は受けたが、本書でいちばん印象深く忘れられない1枚となったのが1941年に撮られた呉海軍工廠で艤装中の戦艦「大和」。この写真もモノクロでは何度も見ているのだが、これまではそこに巨大な軍艦があるというだけのものだった。しかし、今回カラーになったことで目に留まったのが、大和の背後にある山々である。それは私がよくよく知っている生まれ育った時から身近にある山々だった。どうしてこれまで気が付かなかったのか。この山々は今も全く姿かたちを変えていない。しかし、モノクロで写っていた山たちは全く別の表情であり、私の知っている山であるとは全く気付くことがなかった。
 
実際にモノクロ写真をカラー化したことにより、当時の記憶がよみがえり、その時の様子を手に取るように話し出した戦争体験者が数多くいるという。モノクロでは不鮮明な部分がカラーになることで自分の記憶と一致してくるのであろう。これが「記憶の解凍」である。75回目の終戦を迎えるこの夏。新たな形で戦争を見つめなおして頂けたらと思う。

   文責 木村綾子

 


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