もみさんの一日一冊遊書録( 2011年9月1日 スタート!: メメント・モリ ) ~たゆたえど沈まず~

年とともに人生はクロノロジー(年代記)からパースペクティブ(遠近法)になり、最後は一枚のピクチュア(絵)になる

0085 大島堅一「原発のコスト―エネルギー転換への視点」(岩波新書;2011年12月) 感想 特5

2013年07月28日 02時24分13秒 | 一日一冊読書開始
7月27(土): 

221ページ  所要時間2:25          図書館

読書と言えるのか微妙な眺め読みだが、本書の価値の高さは、よくわかった。

著者46歳(1967生まれ)。立命館大学教授。原子力政策を社会的コストの観点から検討した書。大佛次郎賞受賞。

反原発(あえて脱原発というあいまいな言葉は使わない)の立場を情緒的感情論ではなく、経済学・社会学の立場からも論理的、包括的に捉えることのできる思考の根拠になる本を求めていた。本書は、まさに求めていた<テキスト>である。

著者は、「すべての科学は批判的であるべきですが、こと原子力政策については、社会科学の領域でも批判的に研究している専門家は極端に少なく、時として孤独な作業を強いられます(220ページ)」と述べている。

本書で示された内容は、今後、個人ではアクセスできない未公開の事実などが明かされたりする中で、多少修正の必要性が出るかもしれない。しかし、本書で示された指摘は、総体として間違いなく、今後日本の市民社会(であるのなら)が目指すべき明確な指針となる。断言する。

同時に、福島原発事故という過酷事故を経験したのに、本書の指針が実現できない時、千載一遇の好機を逸した日本社会の歪み(ゆがみ)は修正不可能となり、破滅に向かうしかない。断言する。そして、今まさに安倍自民党が、その破滅の道に踏み出そうとしている。

向こう3年間、市民運動の力で、現状をどう食い止めていくべきなのか。もっとも有効な方法の一つが、啓蒙のために本書の内容を普及させることだと確信する。原発の社会的コストの高さと測り知れないリスクを背負い続けることの不合理さを訴え続け、「原子力ムラ」という原子力複合体の存在を白日のもとに晒して、彼奴らのウソを常に糾弾し続けるしかない。選挙だけでは完成しない民主主義を市民運動の力で補完するしかない。

ああ、脱原発政策を即時に実現したドイツが羨ましい。偉大なりドイッチェランド! 悲惨なり大日本帝国!

※著者は、本書で菅総理による浜岡原発停止を高く評価している。今の腐り果てた民主党内で菅前総理が叩かれてる度合いの大きさが、菅さんの政治選択の正しさを反映しているのだろう。要するに、菅さんは政治家としてきちんと、既存のエスタブリッシュメントの連中と闘い、虎の尾を踏んだということだ。今の腐った民主党で叩かれれば叩かれるほど、その政治家は立派だったということだ! 鳩山さんも、小沢さんも、生活の党やみどりの風の人たちもそうだ! 俺はそう考えている! 腐った集団の中で、信念を通し腐らないでいれば、バッシングを受けるのだ!逆に、今の民主党でバッシングを受けない連中はニセモノであり、ただの政治屋なのだ!
「菅が、政府内部での調整を行っていなかったことなどをとって、菅のことを首相として無責任と批判する向きもある。手続きや政府内部の調整問題はともかくとして、半世紀を超える原子力開発の歴史のなかで、首相自らが脱原発への方向性を示したことはかつてなく、評価に値する。菅の判断は、国民世論を見つめ、福島第一原発事故の実態を踏まえての歴史的判断であった。首相が替わり方針も変えられる可能性が高いが、国民的関心が強ければ、従前のような政策は決定しづらいであろう。」174~176ページ

※以下、もっともで説得力ある内容の一部を抜き出してみた。御照覧下さいませ m(_ _)m

一定の限度以上は損害賠償しなくてよいとなれば、深刻な事故になればなるほど、被害者が泣き寝入りとなるのは必定である。仮に、限度額以上を国が賠償するとなれば、それは租税を通じた国民負担となる。いずれにしても、国民に負担を押し付けようとしているという点では共通している。略。むしろ、原子力事業の関係者にも費用負担責任を負わせるための法改正が必要である。略。こうすることによって、原子力事業に融資する金融機関、原発の設計施工にかかわる全てのプラントメーカーやゼネコンに対して適切な費用負担責任を課すことができる。そうすれば、危険性の高い地域への立地や、危険な原発の運転を、市場の判断によって回避することができるであろう。84~85ページ。

*原子力事故の重要な点は、広範な地域に深刻な汚染被害が及び、人と環境を傷つけるということである。その一部を金銭評価することはできるであろう。だが、そこで評価された金額は、原子力発電の被害の全体ではない。損害賠償をいくら行っても、人々の生活や環境が元通りになるわけではない。つまり、被害は金銭的に表せない部分が大きいのである。これが原子力被害の本質である。略。原子力発電は、事故コストを含まなくても、多電源に比べて高いのであるから、事故のことを考慮すれば、経済性がないことは明白である。112~114ページ。

*反対派、推進派を問わず、地震や津波によって冷却機能が失われると今回のような事故が起こりうることを指摘していた。つまり、原子力事業者たる東京電力は、事故が予見されていたにもかかわらず、津波対策を行わなかったと考えられる。141ページ。

*ドイツは福島第一原発事故後早い時期に政権内部で脱原発の議論を開始、倫理委員会の勧告を受けて、2011年6月6日に正式に2022年までにドイツ国内の全ての原発を廃止するという政策を閣議決定した。メルケル首相の所属するキリスト教民主同盟と連立与党である自由民主党は、いずれも保守政党であり、事故前までは原発の10年運転延長を認めるなど脱原発に後ろ向きの姿勢をとっていた。これが一変し、ドイツにおいて、脱原発は、政治的立場を超えて一致した政策となった。被災国である日本も、国民世論を受け止め、ドイツと同様、できるだけ短期間に脱原発へと足を踏み出すべきである。190ページ。

*重要なことは発電コストの範囲である。再生可能エネルギーが高くつくとする主張の共通点は、社会的コストを考慮していないことである。福島第一原発事故で明らかになったように、事故が起きると金銭的に評価しきれないものも含めて莫大なコストが発生する。再生可能エネルギーは、地域に回復不能な壊滅的打撃をもたらすことはなく、逆に、原子力発電のような危険な発電方法を終わらせることができる。再生可能エネルギーのコストを考える際、この点を十分に踏まえる必要がある。もちろん、再生可能エネルギーも万能ではない。例えば風力発電のように、低周波騒音や自然破壊問題が発生しないよう十分配慮しなしなければならないが、原子力とは異なり、人間社会がコントロール可能な範囲に収まっている。200ページ。

*日本の原子力開発は、原子力複合体によって、反対派、慎重派を徹底的に排除して、進められてきた。その最終的な帰結が福島第一原発事故である。原子力政策を推進してきた体制が完全に解体されなければ、原子力複合体は復活してくるであろう。福島第一原発事故が起こった後も、従来通りの原子力政策が継続されるようなことになれば、日本は二度と民主的なエネルギー政策をつくりだすことができない。/脱原発は、政治的スローガンでもイデオロギーでもなく、現実に実行可能な政策である。脱原発に進むことは、保守や革新などの政治的立場、思想信条、社会的立場の別を超え、多くの国民が一致できる政策である。/将来世代に、放射性廃棄物と事故のリスクという巨大な負の遺産を残すのか。再生可能エネルギーを中心とするエネルギー体系を残すのか。これは、私たちと将来世代にとってのコストの問題である。「原発のコスト」を回避すること、これは脱原発によってのみ可能である。/略。/まずは、これまで秘密とされてきた原子力発電を含む電気事業の全ての情報を公開させ、完全に透明にしなければならない。また、一部の利益集団や推進派の学者・研究者のみが、社会全体にかかわるエネルギー政策を決定するような仕組みを完全に解体する必要がある。これによってはじめてエネルギー政策が民主化され、公性と中立性が確保されるであろう。/福島第一原発事故は、技術的な安全対策がとられていなかったことが原因と言われることがある。だが、それは原因構造の表面でしかない。なぜ安全対策がとられていなかったのか。それは、エネルギー政策形成にあたって、原発の真のコストが隠蔽され、利益集団の都合の良い判断のみが反映されてきたからである。このような仕組みが亡くならない限り、また新たな問題が発生するであろう。/福島第一原発事故の教訓を活かすためには、国民が強い政治的意思を形成しなければならない。脱原発社会の実現は、私たち自らの「責任ある関与」にかかっている。210~212ページ。

■目次 ※啓蒙・普及活動として、とりあえず本書の詳細な目次を掲載する。  
はじめに
第1章 恐るべき原子力災害
1 福島第一原発で何が起きたのか
 東日本大震災と福島第一原発事故/深刻な福島第一原発事故
2 深刻な環境汚染
 大量の放射性物質の放出/放射性物質による土壌汚染の広がり/全国的な放射性物質の降下/国際原子力・放射線事象評価尺度による評価/広がる海洋汚染
3 人体への影響
 確定的影響と確率的影響/原発労働者の被曝/著しい放射線被曝の現実的可能性があった
4 生活への影響
広範囲にわたる避難/重視すべき子どもの安全/拡がる水と食品の汚染/全面的除染にむけて
第2章 被害補償をどのようにすすめるべきか
1 莫大な原子力被害
被害を総体としてとらえる/事故費用の四つの区分
2 何が賠償されるのか
 原子力損害賠償紛争審査会による指針の位置付け/中間指針の内容と課題
3 原子力損害賠償の原則
 原賠法の二つの目的/事業者の無過失責任/東京電力は免責されうるか/賠償責任の集中/賠償措置の強制/政府と電力会社との間の補償契約/国の援助
4 原子力損害賠償支援機構法の仕組み
 新しい損害賠償の枠組みをめぐって/原子力損害賠償支援機構法とその問題点:(1)支援機構法の目的、(2)国の責務、(3)支援機構を通じた賠償枠組み、(4)支援機構による事業者の公的管理の可能性、(5)保有資産の買取り
5 残された課題
 債務超過回避策としての支援機構法/一般負担金、特別負担金の原資/損害賠償支払いにあたっての問題/損害賠償本格化にあたっての課題/事故収束と廃炉の費用をどうするか/損害賠償に上限を設けるべきか/遺された課題
第3章 原発は安くない
1 原発は経済的か
 政府発表の発電コスト/モデル計算の仕方/電事連の想定の問題性/発電コストの考え方/発電コストに何を含めるべきか
2 発電事業に直接要するコスト
 電力会社の財務データから/総括原価方式をめぐって/計算結果
3 政策コスト
 政策コストの考え方/原子力発電と政策コスト/電源三法交付金/計算結果
4 発電コストの計算結果
 発電の実際のコスト/事故コストをどう捉えるか
5 莫大なバックエンドコスト
 将来へのツケとしてのバックエンドコスト/十八兆八千億円の請求書/含まれていないコスト/不確実なコスト計算/計算にあたっての非現実的な仮定/疑われる経済性/すでに支払いが開始されているバックエンドコスト
第4章 原子力複合体と「安全神話」
1 安全軽視の原子力政策
 原子力政策大綱における安全性のとらえ方/「原子力立国計画」における安全性無視
2 軽んじられた多重防護の思想
 多重防護の思想/施設立地地点の選定問題/地震・津波と全電源喪失への対策の不備/シビアアクシデント対策軽視/防災対策の不備/ストレステストは十分か
3 安全神話の中の原子力複合体
 安全性に対する国民意識/隠された事故被害予測/反対派の徹底的排除/日本の原子力政策推進体制/原子力政策形成の現場/原子力複合体による原子力推進/原子力複合体における国
4 原子力複合体をどう解体するか
 原子力複合体を解体する具体的プラン
第5章 脱原発は可能だ
1 脱原発が始まった
 国民世論の圧倒的支持/始まった政治の変革/経済界の動向
2 脱原発で電力供給は大丈夫か
 原子力発電抜きで電力供給は可能か/節電のコストと便益
3 原発を止める道筋
 東日本は脱原発以外に選択の余地はない/東日本以外の地域の課題/時限を切った脱原発プログラム作成の必要性
4 脱原発のコスト
 基本的な考え方/脱原発のコスト/脱原発の便益
5 再生可能エネルギーの爆発的普及は可能か
 再生可能エネルギーのの発電コストをめぐって/再生可能エネルギー普及政策の考え方/ドイツの経験/産業界の懸念/電力会社の懸念/求められる市民の責任ある関与
 参考文献
 あとがき

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