私の日帰り散策

写真でつづる山歩き、ドライブなどの日誌です。
最近は ギャラリー巡りをしています。

頂ノ岩 ちょうのいわ 187m

2012-07-03 17:08:04 | 山歩き
 7月 3日(火)  天気:雨 後 曇り  室温:28.1℃  地図:家島

 きょうは 2006.8.6 に 登った 家島・西島の一等三角点:家嶋 213.14mを アップします。
山の名は 東大寺山 かと思いますが 『播磨 山の地名を歩く』に 頂ノ岩 とあるので それを 採
用しました。 三角点の点名、標高は むかしは 「家嶋」213.1mでしたが 今は 「西島」187.5
mに なっています。
 記録は HPBで 書いていましたが このブログに アップするのに 写真が 付いてこないのが
情けない・・・。
 兵庫県には 21点の一等三角点がありますが 最後の一座:西島には 船の定期便がなく 1点
だけ残り どうすべきか 悩んでいましたが あるとき 相生から 夏季限定で 週末だけ 船が出る
ことになり これに 飛び乗りました。
 しかし この日は 真夏の猛暑日で 灼熱の採石場の 砂漠のような西島を歩き廻り 無事 戻る
ことができたのは いま 思い出しても 奇跡?としか思えません・・。
  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 一等三角点:西嶋 213m 登頂日:H18年 8月 6日(日) 天 気:晴れ+猛暑    

 きょうは 家島の西島へ行きました。 兵庫県の一等三角点の山で 最後の一つとなっていた
点名;家嶋 への登頂を 果たすことができました。 『兵庫の山めぐり』を見て 地図に 213mに
三角点が 記されているが '93/3に 187m地点に 移設されていることは 確認済み。
 近くに 頂ノ岩が あり 「天の逆矛」とか 『古事記』に出てくる 「天の御柱」 とも言われている
とか・・。 『兵庫の山々 山頂の岩石』の橋元先生のページにも 記述がありました。


 岩には 諸説・御利益も 色々あるらしいが 私の目的は 最後の一等三角点を踏むことだけ・・。
遅い梅雨明け後 急に暑くなり 今日も 36度位の気温になったのだろうか? 猛烈な暑さのなか
砂漠のような山や海岸を 約14km歩き パンツやリュックまで 汗で びっしょり濡れ 飲料はなくな
るし 意識は 朦朧となり 脚は攣り 倒れそうだったが 何とか 無事 帰還することができました。


 先日 新聞に相生から 西島への航路が 土・日のみ 復活したとの記事が載っていて 前々から
気になっていたので 早速 相生市観光協会へ電話して 申込みをした。 相生の埋立港の場所
が分からなかったので 先々週 港の場所の下見もして 料金¥2200円も振り込み 準備万端。
しまった! 携帯ラジオを 持ってくるのを忘れた・・。   


 出航は 10時。 もう少し早ければいいのに・・。 家で 新聞を見て 時間をつぶして 8:50 出
発。 国道2号線から 相生市内に入り 相生湾を東へ回り 西から南へ曲がる所が 駐車場。
 9:17 到着。 距離は 16km。 出航まで 30分以上ある。 家島から来た船は 10時 丁度に
出航したが 乗船したのは 私一人だけ。 乗るとき 今日の名簿には 7人の名前があったが・・・。
 船は 高速艇だけあって スタートすると すぐに 高速になった。 写真を 撮ろうと デッキに出ると
風で 帽子が飛ばされそうになる。 今日は モヤの濃い日で 家島に近づいても 島は ぼんやりと
しか見えない・・。 左手で 船のパイプを掴み 右手で 写真を撮った。 家島に近づいたら 島の
全景を撮りたいと思っていたが 西島の東に浮かぶ生け簀を 迂回するため 船は大きく東を回っ
たので いい写真は 撮れなかった。 東から廻り込み 10:30 西島東側の桟橋に 接岸。


 船は 私が降りると 直ぐに 桟橋を離れて行く。 一人残され 本当に 3時半に迎えに来てくれ
るのか 不安な気持ちになります。 
 今日は カンカン照りの予報なので 傘を 持ってきたのは 正解だった。 日除けに 傘を差して
300mほど 舗装路をゆっくり登り 休憩舎まで登ると 早くも汗が 噴き出してきた。
「母と子の島」の案内図によると 西島の東1/4が 敷地のようです。 山越え道への分岐は 直ぐ
分かりました。 舗装路が 右に曲がった先に 木に隠れていたが 小さい階段があります。
木を掻き分けて 上がると 山道に出た。
≪追記≫
 私が 西島へ行った当時は 「母と子の島」でしたが 今は 県立「いえしま自然体験センター」
と言われているようです。 県民だより「ひょうご」7月号(H24年)に 西島の南東部に広がる
県立いえしま自然体験センターは 前身の県立母と子の島を含め 今年で 30周年を迎える・・・
活動のの拠点施設です  とあります。


 山道は 誰も歩かないので 雨で 土が流され デコボコになり 雑草が生え 荒れて歩きにくいが
道は はっきりしていて 迷うところはなかった。 少し登ると 下の湾が見え 母と子の島の建物
が見えてきます。 子供が多いのか 歓声も聞こえてきます。
 写真を撮りながら 登っていて 失敗した・・。 持っていた地図を 落としてしまったのです。 少し
先で 気付いたのですが 捜しに帰る気には なれず・・。
 後は 勘で歩くしかない。 道に沿って 電信柱があり 電線が走っている。 道端に キキョウが
咲いていました。 道が下りになると 雑木林で 日陰になったのは 有り難いが 枝が垂れて 雑
草が伸び 歩きにくかった。 クモの巣が 少なかったのは 助かったが・・。
 雑草の茂る広場のような所に降り 左に曲がる。 芝生の道を抜けると 広い砂の道に出た。
二つの池の横を通ったので 頭にあった地図の道を 降りたことが分かった。 錆びたタンクの横
を通り 11:15 海岸に出た。 海岸の近くに 沢山咲いていた黄色い花は オオマツヨイグサ
(宵待ち草)? 昼間 咲いていたが・・。 


 湾に 生け簀があるが 釣り堀か 養殖場か・・。 ここから車で固められた土道の車道を歩く。
傘を差していても 地面から むっとする熱気が上がってくる。 廃虚となった建物の横を通り
海岸を 道なりに進む。 地図がないので 位置が全然分からない・・。 道を尋ねようにも 人
っ子一人いないし・・・。
 自動車が 何台かあったが 全部 廃車で 窓が割れています。 広い採石場に出たが 今は
使われていなれいようで 設備が錆付いています。 ここから山へ登れば 良かったが・・。
 先へ進み 小さい岬を通り 室崎の半島の付け根辺りまで来た・・。 昔懐かしい赤い氷の旗
の揺れる 小さい店があったので 中に入ると お婆さんが出てきて 道を聞きたいだけだったの
に 話好きの人で しばらく話し込むことになり・・・。 かなりの時間を ロス・・。 


 やはり 山へ登るには 引き返さなければ・・。 12:00 室内の集落から1km以上戻る。
この辺りの海岸には 緑が残り 採石場の雰囲気は 感じられません。 採石場から登ると
思っていたので 行き過ぎてしまった・・。 参考にした『兵庫の山めぐり』(03.8)には まさ
に 採石場のど真ん中を通る・・・これは 場違いな所に 足を踏み入れる感じだったが・・・と
書いておられる。 
 12:20 小さい湾の東側から 広い砂利道に戻り これを登る。 TAJIさんと同じ道を歩い
たのだろうか? 地図にある 島の中央の南へ延びる広い道を登った。 南から向かい風が
吹いてきて 傘が飛ばされそうになるが その割に 全然 涼しくない。
 道が 右に曲がると 正面に最高峰270mPが見え 尾根の右に 頂ノ岩が 頭を出している。
山の東側は 大きく削られ 無惨な姿をさらしている。 


 道は 大きくS字にカーブして 山に向かう。 広い砂利の採石道から 右の山道?へ。 この
道は 雨に流され 路面が荒れて 歩きにくい。 右下に 広い採石場が見える。 道なりに 右に
曲がり 歩ける所を適当に登る。 路面に砂が浮いて ザレて ずるずる滑る。


 山頂と頂ノ岩の尾根の中間点に出たが 西は絶壁で どちらへも進めない。 少し戻り 土
砂崩れ跡のような斜面を登り 13:13 山頂に到達。 ここは 今の地図には無い H3年の
私の地図の270m等高線ピークです。
 30m位の広い平坦な荒れ地で 周囲に視界を遮るものはなにもない。 東・南・西側は 削
り落とされ 急斜面で怖くて 近付くことはできません。 北側には 結構深い雑木ヤブが残って
います。 古い地図では このヤブに 213mの三角点がある?


 この山は 東大寺山と言うのでしょうか? 2、3年経つと 削られてなくなってしまう運命か?
写真だけ撮って直ぐ降ります。 古い一等三角点が どうなっているのか 調査する気にはなら
なかった・・。
 カンカン照りで 地面は からからに乾いていたが 山頂近くで 水が湧きだして 道に小さい
流れを作っていた。 少し戻り 土砂崩れ跡?を 滑り降りて 頂ノ岩への道?に 降りました。 
 頂ノ岩の手前 100m辺りの両側に危険・通行禁止の立て札があったが 道は しっかりし
ているし 誰もいないし 危険は まったく感じなかったので 無視した。 ここまで来て・・。
 頂ノ岩の手前 右の雑木の下に 三角点を見付けほっとした。 2006年8月6日13:26
これで 兵庫県の一等三角点21座 全山登頂という 私の大きな目標が 達成できた。
 酷暑の中 登ってきて 三角点が踏めて 良かった・・。


 頂ノ岩のへ行ってみたが 雑木に囲まれていたので 周囲を探検するはやめた。 えっ!
岩に触ると病が治るの? 3時半までに桟橋へ帰らないと 乗り遅れたら えらいことになる。
登頂を果たしても 無事に下山しないと・・。 気が焦り始め 急いで降りる。


 山頂から頂ノ岩の間の尾根は 見晴らしがよかった。 下に小ヤケ島が見え 西の院下島
も見え 正面には最高点の山頂も見える。 家で調べると 「頂ノ岩を守ってくれたら 石切
場は栄える」 という言い伝えがあるらしく 山頂は いずれ削られるだろうが 頂ノ岩は 残す
ことになっているらしいが・・。 岩は 既に西に傾いているし・・。


 1時を過ぎると 昼休みが終わったのか 日曜日なのに 北の採石場の作業が始まり
重機のエンジン音が響いてきた。 幸い 私の降りる道では 作業はなく 安心して歩けた。
 帰りも同じコースを歩く。 登るのは しんどいが 降りるのは 楽。 広い砂利道を ざくざ
く 降りて 13:56 下の海岸へ降りました。
 日陰にしゃがんで 少し休んで さあ行こうと立ち上がった瞬間 右足のスネが攣った!
こんなことは 初めてだ。 手で 指圧・マッサージすると 何とか収まったが 脚の付け根に
軽い痛みがあるが 歩くのに支障はなく 海岸沿いの道路を てくてく歩いた。
 海岸を離れ 登り道になると 急に しんどくなる。 時間は気になるし 脚は痛いし・・。


 登りを登り切り ほっとした。 後は 下りだけだ。 右の尾根のピークにある建物は何だろう?
分岐の道標にあった六角堂か?
 越えた尾根に向かって 電信柱が並び 歩いた一筋の道が 見える。 途中 往路で落とした
地図を 無事? 回収し 14:48 舗装路に降りた。 桟橋まで 10分もあれば行けるだろう。
やれやれ間に合ったか。 疲れて 写真を撮る気力もなかったので 帰路の写真が 少ない・・。
TAJIさんは 山から降りて 母と子の島で 海水浴をする余裕があるのは 信じられない。

 途中の休憩舎の水で 顔を洗い 汗を流し 重い脚を引きずりながら 桟橋へ降りた。
14:58 桟橋に降りると なんと 100人位の子供がいた。 疲れていたので ベンチに座りた
かったが 子供に 占領されていた。 道路脇の日陰に腰を下ろし 休んだ。 自販機があると
思って 飲み水を 全部飲んでしまったが ここには 自販機はなかった。
 曲げていた膝を伸ばし ストレッチをしようと 脚を伸ばした途端 今度は 両脚が攣った!
曲げた足首が 戻らない・・。 手で 足首を掴んで引き寄せ 何とか 膝を曲げると 良くなった。
傍の木を掴んで立ち上がると よろめきながら 立つことが出来た。
 しばらくすると 脚に 違和感があるが 歩けるようになった。


 時計を見ると 3:15 だった。 船は まだ来ないだろうと 桟橋の方を見ると 白い船が 近
づいてきた。 降りて行くと 船から若い男の人が 降りてきた。 朝の船だった。 予定の時刻
より 10分以上前に 出航した。 帰りも 船から家島を撮りたかったが モヤのうえ 逆光にか
すんで 全然だめ。 15:50 船は 相生港に無事着いた。 直ぐ車に乗り 自販機を捜し 冷
たい飲み物を買った。 16:22 無事帰着。 本日の走行距離は 16+16=32km。



 家に帰り 地図を広げ 歩いた道を見ると 桟橋から 山を越え 海岸まで2km、海岸を歩い
て 室内まで 4km、引き返して 採石道の途中まで 6km、山頂から頂ノ岩まで 8km、下りの
採石場の途中で 10km、海岸へ降りて 山越えの途中で 12km、山を越えて 桟橋まで 合計
約14km 歩いたことになる。 炎天下 14kmも よく歩いたものだと 我ながら感心する。
 しかし 三日過ぎた 今も まだ 右脚の付け根が痛い・・。  

《追記》 ’06.9末 広報ひめじ10が 配布された。 裏表紙を見ると ”再発見ちょっといい
 姫路42”の記事が載っていて ~坊勢島・西島・男鹿島周辺~の中に 中でも東大寺山山
 頂にある謎の巨石「頂上岩」は 一説に「古事記」の国生み神話に出てくる「天の御柱」とさ
 れ 近年 注目を集めています とある。 頂上にあるというのは おかしいが 山の名前は
 やはり 東大寺山というらしい。  
 。。。。。。。。。。 。。。  。。。  。。。  。。。  。。。  。。。  。。。  。。。。。。。。

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