私の日帰り散策

写真でつづる山歩き、ドライブなどの日誌です。
最近は ギャラリー巡りをしています。

大平山 おおひらやま 698.1m

2009-06-27 20:32:52 | 山歩き
 6月27日(土)  天気:晴れ・濃いモヤで蒸し暑い   地図:有漢市場

 きょうは 山と渓谷社の分県登山ガイド32 「岡山県の山」 の39番 大平山と権現山へ登ってきま
した。 ドライブ登山で 車で 山頂まで。 この前 宮島の弥山へ登りましたが ぽくぽくさんから コメ
ントを頂き 広島県の一等三角点の山の残りが 4座とか・・。
 そこで この暑い時期 車で登れる 岡山県の一等三角点 踏破を 目指すことにしました。 三角点を
探すのに 苦労しましたが なんとか三角点を踏み これで 岡山県の一等三角点の山13座中 7座に
登頂し 完全踏破も見えてきました。 大平山は 岡山県のほぼ中央部 岡山自動車道の有漢(うかん)
ICの直ぐ 東にあり 車で 行くには 大変便利です。 今なら 高速千均も 利用できます。

 8:05 出発。 国道2号線を 12.5km走り 8:31 龍野西ICから 山陽道に入り 一路西へ。
なんとなく 車が多いような気がします。 山陽道は 走りやすいのですが トンネルが 多いのには・・。
ライトを 点灯しない車も あるし・・。 73km走り 9:13 岡山JCTから 岡山自動車道へ。
 岡山道も 初めは 2車線で いいのですが 1車線になると 走りにくくなります。 37.2km北へ
走り
9:38 有漢ICを 降ります。 高速道は 1000円。 県道49号線に出て 右折。 岡山道の下を潜り
少し先で また 右折。 一本道と思っていた分岐に 道標があり 左へ上がります。 有漢ICから 3kmで
道路脇の保月山板碑に 出ました。 9:48 路上に 車を停め 板碑を見学します。

 保月山板碑は 鎌倉時代末期・嘉元三年のもので 重要文化財。 本には 石塔婆 とあります。 高さ
3.15m 幅34センチの石板に 釈迦、阿弥陀、地蔵の三尊が 陽刻してあるそうですが 風化した
のか 光線の具合が悪いのか 像が はっきりしません。 説明板には 名工 井野行恒が造ったとあります。
 少し上の六面塔を 探しながら 進んだのですが 通り過ぎ 引き返す。  上から見ると 分かりやすい。
右上の畑の脇に 保月山六面石幢(どう)がありました。 六面石幢は 六角柱の上に 笠石と五輪塔を重
ねたもので 重要文化財。 この石幢も 井野行恒の作で 供養のために作った一種の石像物で 全国的
にも その類を見ない 非凡の名作で 年代の判明する石幢のなかでは わが国最古のものとか・・・。
 六面には 阿弥陀・不動・釈迦・薬師・地蔵・観音など 12尊が彫刻され 脇侍諸尊10体の梵字が
添えられている・・・。

 農道を進み 10:12 大平山の道標から細い舗装林道に入る。 この林道は 山頂の鉄塔・アンテ
ナを 造るためのものと 思いますが 林道としては 走りやすい。 ただ 見晴らしのない 林の中の曲がりく
ねった道を登ると 方向感覚がなくなり おまけに 地図にない道も現われ 運と勘だけが頼りです。
 道の脇には 花も咲いていて・・・。 道幅は 狭いので 脇見運転で 道を外すとえらいことになります。
 標高400m辺りから 300mほどの登りを セコで ゆっくり登ると 伐採地に出て 明るく見晴らし
が良くなると 走りやすくなります。
 10:26 山頂尾根道に 突き当たった。 案内図によると この辺りは 大平山生活環境保全林とし
て 整備された公園のような所で 育成の森、高爽の森、憩の森、水守の森があり 散策する遊歩道も
あるようです。 道標もあり 右の高爽の森へ行く。 ここは 地図の696m標高点で 電波塔の印
のある頂ですが 駐車場がなく 行き止まり手前のスペースに 10:30 車を停めました。

 山頂は DoCoMoの中継所で フェンスに囲まれています。 展望東屋もありますが 森ではなく 高爽
の森の雰囲気は 全くありません。 南の展望は いいのですが きょうは モヤが濃いので・・・。 遊歩道
は 草茫々で しばらく 整備されていないようです。 引き返して 右下の憩の森へ降りてみました。
 ここには 西谷池があり めだかを採らないでとの表示が・・。 青いアジサイが咲き 雰囲気は 悪くな
いのですが ここも 雑草が茂り・・・。 池の傍に トラノオが たくさん咲いていました。 トラノオを
見るのも久し振り。 ヤマボウシもありました。 育成の森は 桧の植林で 歩くには いい雰囲気の山道です。
小さい池の周りを一周して 車に戻り 大平山へ向かいます。
 
 尾根道に戻り 真直ぐ 北へ進むと 大平山。 左の林道終点の展望台・東屋の前に 10:58 車を
停めました。 保月の石塔から 5.6km 家から 131.9km。 展望台からは 南から北へかけて
遮るもののない180度の大展望ですが・・・。 西寄りに 鉄塔のある権現山が 確認できるだけ。前に
ある展望図(写真?)によると 天気が良ければ 北西方向に 大山や 蒜山が 見えるようですが・・。
 目の前の斜面は ハングライダーの基地らしいが 今は 使われていない? 誰も来ないと思っていた こ
んな所へ 車で 老夫婦が 来ました。 単なるドライブだろうか?  景色を見て あれが 大山ですか? と
聞いてきたが このモヤでは 大山が 見えるわけないでしょう・・。

 三角点を 探さなくては・・・。 右の一段高い鉄塔・フェンスのある辺りを 探しますが 見当たりま
せん。 地図を見ると 山頂の北寄りに 電波塔があり 三角点は その南。 黒い建物の印が ハの字にあ
る頂点辺り・・・。 いくら探しても 見当たりません。 フェンス北の平坦地に 四等三角点のようなも
のが ありますが これは 絶対違うし・・。 フェンスの傍に 一輪のササユリが咲いていました。 この
可憐なササユリにも 惑わされました。 一旦 東屋に 降りて 一息入れます。 老夫婦に ササユリが咲
いていたと 教えましたが 全然 関心がない・・・。

 もう一度 探します。 なんと ササユリの後ろのフェンス際の 雑草の中にありました。 残念ながら
角を少し削られていましたが 一等三角点は さすがに大きい。 雑草を 踏み倒し 手を当てると 対
辺は 中指と親指の第一関節の大きさです。 21センチ?
 あまり広くない山頂で 三角点を探すのに 30分近く費やしてしまいました。 三角点を撮って
東屋に降りると 今度は クラウンで 高年の夫婦が 来ました。 大型車で あの狭い林道をよく登って来
たと思います。 狭い駐車場に 高級車?が 3台も・・・。 老夫婦の車は スカイラインです。 誰にも
会わないだろうと 思っていたのに・・・。 クラウンの夫婦は しばらくして 降りて行きました。
11:27 私も 降ります。

 林の中の林道を 東へ1.6km下ると 急カーブの角に 天福寺があります。 天福寺は 奈良朝前 天台宗
の修験の寺として 役行者の草創と 伝えられ 本堂の裏山には 修験の行場もあるそうです。 本堂は 江戸
時代初期 1651年に再建され 天平時代 行基の開山した薬師如来を 本尊とする・・・。 薬師如来を
見ることは 出来ません。
 階段の上の山門には 鎖がぶら下げてあり 2階部分にある鐘を 下から撞くことが出来ます。 ゴォーー
ン・・・余韻が 心地よく 響き渡ります。 本堂の前には 立派な宝篋印塔もありました。 本堂に お参
りして 大木の横から降りました。 この大木は 大鴨脚樹で 推定樹齢五百年 周囲5.6m 樹高2
6mで 町指定の天然記念物。 鴨脚とは 葉の形が アヒルの足の形に似ていることから 付けられたのも
で イチョウとのこと。

 来る前は 天福寺から来た道を西へ戻って 有漢町から 権現山へ行くつもりでしたが 道脇にある地図
を見ると 東から廻る方が簡単そうです。 登って来た林道を 戻るのも・・・。 11:27 お寺を後
にして 東ヘ降ります。 垰(かせ)信へ降りて 右折して 広域農道に出ると この道は 走りやすい いい道
です。 道の脇には アジサイが たくさん植えてあり 今が 見頃です。 この前の あじさい寺のアジサ
イが いまいちだったので ここで 元を取りましょう。 アジサイを 撮りながら進みます。


 天福寺から 5.2km 広域農道を 南へ走り 豊野小学校で 右折。 狭い広域農道156号を 西へ
登ります。 この道も 山道にしては 走りやすい道です。 何しろ 車は 1台も走っていないの・・・。
 点在する集落を抜け 山を越えると 高梁市の表示があったので 有漢町は 今は 合併して高梁市?
カーナビを 見ながら 有漢池の南へ降りると 右に細い道があります。 ここは 東から降りてくると 分かり
難い分岐です。 西から 登ってくると 正面に 権現山林道の道標が見えるので 分かりやすいが・・。

 しかし この林道への曲がりは 逆V字形になっていて 林道が細く 一回では 曲がりきれず 2、3
回切り替えし やっと曲がることが出来ました。 有漢池の直ぐ南ですが 池は見えません。 この林道は
大平山林道より 狭くて走りにくい・・・。 おまけに この林道は 走る車がほとんどないのか 低木の
小枝が張り出し 車を叩きます。 林道脇には 白い花が 咲いていましたが ドクダミのようです。
 なぜ ドクダミが こんな山道に・・・。 白い花が見えたので 車を停めて見ると なんと ヤマジ
ノホトトギスでした。 こんな山道で たった一輪のホトトギスを 見付けるとは まさに 奇跡・・・。

 山頂の南 実線の道が V字に曲がる所だと思うのですが 左に 破線の道があるが これが また舗装
された立派な道で・・・。 ここは 勘で ヘアピンを 曲がりました。 正解。 細い林道を 3.6km登
り 12:58 権現山の山頂に 着きましたが 林道終点は 行き止まりで 車を停めるスペースがあり
ません。
 地図では 電波塔のマークは 一つですが 実際には 鉄塔・アンテナが 林立状態です。 西に 丸い
鉄製の展望台があるので 上がってみましょう。 ラセン階段を上がると 双眼鏡もあります。 100
円? ここも 大平山と同じ景色で 北西に 大山や 蒜山が 見えるはずですが・・・。

 南の一段下には 東屋がありますが 荒れていて 草茫々で 夏草や 兵どもが 夢の跡 松尾芭蕉 奥の
細道? ここでも 三角点探しには 苦労しました。 北寄りに 電波等があり その南・・・。 いくら
探しても見付かりません。 鉄塔・フェンスのある山頂では 三角点を探すのに 苦労することが 多い。
 最悪の場合 三角点が フェンスの中にあったりして・・・。 おまけに ここは 夏草が茂り放題で・・・。
東の一段下に 平坦地があり ここが 駐車場のようです。 車を 平坦地の木陰に 降ろし 車で 昼食に。
 きょうも コンビニ弁当。 弁当を食べながら 地図を再確認して 三角点探しに 再挑戦。 大平山で
一等三角点を踏んだので もう どうでもいいのですが・・・。 草の茂る鉄塔フェンスの周りを 歩き
廻っていると 草に 埋もれた岩の祠を 見つけました。 諦めて帰ろうとして 草を踏みつけると 足に
当たったのが 三角点でした。 一番高い所で 草に埋もれていました。

 三角点を探しながら 平坦地から南の東屋の方へ歩いていると 足もとに ウツボグサが たくさん
咲いていました。 ここに トラノオも 多くありました。 三角点探しのお陰で 花をいろいろ見るこ
とができました。  写真が多くなったので これ以上 載せることはできません。

 14:12 車を出し 帰路につきます。 林道は 舗装されているので 下りは楽です。 14:22
広域農道に合流し 西へ降ります。 右下に 池が見え 寄りたかったのですが 降りる道がない。 岡山
道の下を潜り 県道に出て 右折。 北へ向かいます。 少し北へ走り 八幡辺りまで来ると 東が開け
権現山が スッキリ見えます。 大平山は 手前に尾根があり スッキリしませんが 平坦な稜線の一
番左の鉄塔が 大平山のようです。
 14:44 有漢ICから 岡山道に入り 来た道を そのまま戻りました。 15:13 岡山JCT
で 山陽道に合流 15:56 龍野西ICを降り 16:18 家に 戻りました。
 本日の走行距離は 往路 大平山山頂まで 131.9km 権現山山頂まで15.4km 復路1
33.1kmで トータル280.4kmでした。

 これで 岡山県の一等三角点の山は 滝山、妙見山、烏泊山、泉山、星山、大平山、八丈岩山の7座
に登頂。 残るは 二上山、天神山、金山、竜王山、種松山、真鍋島の6座です。 鳥取県との県境に
ある仏ヶ仙と 花見山も 岡山県側から登れるようなので これも含め あと8座に登ることができる目途
がつきました。 後は 登ろう 踏破しよう というモチベーション、意識の高揚を待つだけ・・・。
真鍋島へ連絡船は あるのかなァ・・・・・。
 。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あじさい寺 大聖寺 だいしょうじ

2009-06-19 10:51:41 | ドライブ
 6月18日(木)  天気:晴れ   地図:佐用(南西部)

今回は 山登りではありません。
 けさ 新聞を見ていると 西脇市の西林寺のあじさい園で アジサイが 咲き始めた という記事が 載
っていました。 忘れるところでした。 やまあそさんに教えてもらった 愛染明王を見に行かなくては・・。
 西国愛染明王霊場めぐりの第7番・大聖寺は あじさい寺で 西国愛染明王霊場は 第17番まであ
ります。 愛染明王は 愛のキューピット役で 大聖寺は 佐用町才金から 岡山県側に入った所にあり
ます。 残念ながら アジサイは まだ 盛り前で 2週間 早かったし 肝心の愛染明王も 秘仏で 見ること
はできませんでした・・・。
 後日 ネットで 愛染明王を 確認していたら なんと 先日登った六甲山縦走路にある 再度山・大龍
寺が 西国愛染明王霊場の第5番だそうです。 大龍寺には ぼけ封じ観音や 馬頭観音はありました
が 愛染明王のあの字も 見当たりませんでしたが・・・。

 お茶を 飲みながら 新聞を見て 遅くなり 10:42 出発。 国道2号線から 龍野西ICで 山陽道に
入り 播磨道へ。 播磨新宮ICで 降り(400円) 北の三日月へ下り 峠を二つ越え 佐用の街を
通り 西山橋で 右折。 県道365線を 中国道沿いに 西へ走り 才金で 左へ曲がります。 ここに
は ←あじさい寺の標識があります。 ここからは 細く曲がりくねった山道の登りです。 対向車も
なく 舗装路なので 走るのには 問題はありません。 県境道路に 合流して 右折。 すぐ先に 道
標があり 左の細い道を降りると 右側が 広い駐車場です。 11:40 駐車。 平日の昼間ですが
結構 車も 人も 多い。 家から 龍野西ICまで 12.4km 佐用の西山橋まで 32.4km 才金ま
で 5.7km 駐車場まで 4.6kmで 計55.1kmでした。

 駐車場脇の大聖不動明王を見て 左の道を進むと 呼び止められ 1000円取られま した。 入山料
500円 (緑化倶楽部)と 駐車場500円。 こんな山奥で 駐車場500円は 高い・・・。
 道を進むと 大聖寺・山門の前に 天然記念物・大銀杏の木が 二本あります。 NHKのドラマにもなった
吉川英治著 「宮本武蔵」 の舞台です。 武蔵が 幼少の頃 吊るされた千年杉は この山門の前に そ
びえ立つ大銀杏が モデルだそうです。 脇には NHKの放送を記念して 建てられた武蔵、お通の銅像
もあります。 山門を入ると 右手に 小説に 登場する鐘楼堂があります。 私は この辺りに 咲くアジサ
イを 見るのに忙しく 本堂を撮ったり 鐘楼で 鐘を 撞いたりする暇は ありませんでした。  

 恵龍山・大聖寺は 今をさかのぼる1260余年前 天平10年 聖武天皇の勅命を受けた行基菩薩に
より開山。 時来 山岳仏教の聖地として 五院(不動院、中院、奥の院など) 十八坊舎の塔堂伽藍
を誇りましたが 天平年間の戦火で焼失。 現在の本堂不動院、本坊客殿などは 津山城主・森忠
政公(森蘭丸の弟)により 慶長九年 城主祈願所として 再建されたものです・・・・・。
 本来は 本堂の拝観には 300円要るようですが 今の時期は 無料で 拝観できました。
ご本尊 不動明王さま、愛染明王さまは 秘仏で 33年に一度の公開で 次回は 2024年? それ
まで 生きていられるか・・・・。
 入口で いわ藤を見てくださいと 言われたが 庭園にある ツツジのような こんもりとした花が い
わ藤のようです。 いわ藤は 羽状複葉枝に 紅紫色の小さな花々が 無数に咲いている。 夏の季語
として 有名で
       - 岩藤や 高根にしずく 雨の雲 -

 庭園には おーどりーさんの西国霊場巡りの三室戸寺にもあった 「幻のアジサイ」 と 言われる七段花
(シチダンカ)もありました。 シチダンカは 今は 何所にでも あるようです。
 縁側の近くにあった 矢はずアジサイは 非常に珍しいものらしく 古代日本アジサイの原種 と言われ
ているそうです。 葉は 大きく 先が 割れて ハート型になっています。
 花は 分かりませんが 蕾が 固まりになっている? 山門の脇にも 矢はず銀梅が ありました。
愛染明王を 見ようと待っていましたが 住職さんが お説教中で・・・。 先に アジサイ園を廻ることにして
一旦 外へ出ました。

 小さな石仏を見ながら 急な石の階段を 88段?上がると 観音堂。 観音堂には 金色に輝く
如意輪観音菩薩さま(宝暦年間の作、高さ2.5m)があり 随時 拝することができると パンフ
レットには 書いてありましたが このときは 読む暇がなく 見逃してしまいました・・・。 土足厳禁
とあったので 止めたのだったか? 
 観音堂の右には 高さ1.75m、南北朝時代の宝篋印塔があります。 昔は 山の上にあった
ものを この場所に 移築したもので 重要文化財。 相輪を含め 完全な形で 保存されていて
塔身は 四方に月輪を刻み 中に 蓮座に乗る胎蔵界四佛を 陰刻しているそうです。
 観音堂の右から 森に入ると 気功の道。 気功とは 中国伝来の心身のリラックス法? 道は
ありますが 何所へ行くのか・・・。

 アジサイ園に戻り 順路に沿って 遊歩道をめぐります。 このアジサイ園は 緑化倶楽部が 年間を
通し 管理しています。 約1万坪に 約300種 約1万株のアジサイが『心』の字形を描き 植栽されてい
るそうですが ほとんどが 何所にでもあるアジサイで 変わったものは ありませんでした。
所々に モクレン科の大木「ハンテン木」(別名チューリップの木)があり 春には 枝々に 六弁花の珍し
いチューリップの同形花が 咲き誇るそうです。 ただ 広い山腹斜面一面に アジサイだけが 植えて
あり 陽を遮るものがなく 炎天下 多くのアジサイが ぐったりと 萎れているのは かわいそうです。

 大きく一回りして 入口近くへ降りて 多宝塔へ。 多宝塔の前にあったのは 右近の橘と 左近の
桜? 観音堂から 階段を降りて もう一度 本堂へ。 説教は 終り 本堂には 誰もいません。 しめ
しめ 愛染明王を 盗ろう・・・。 しかし 私のバカチョンカメラでは・・。 ストロボが 光ると 手前は 明
るく 写りますが 奥は 暗いし 発光禁止にすると シャター速度が1/4秒で 手持ちでは しんどい
し・・。 暗い写真を PCで 精一杯明度を上げると ボヤけるし・・。 下の写真は 最大限の努力の結
果です。 折角の愛染明王も これでは ご利益がない・・・。 
 境内には 沙羅(夏ツバキ?)の木もありましたが 花は咲いていません。 祇園精舎の鐘の声 諸
行無常の響きあり・・・。

 愛染明王は 弓矢をつがえた愛の仏で 愛欲染着が 名前の由来。 人々が 持っている性欲に 執
着する心を 金剛薩の浄菩提心の全てであるとする煩悩即菩提を表した姿です。 本来は 人間の
煩悩としての 愛欲を そのまま 仏の悟りに変える力を持った明王で 愛を成就させてくれます。
 腕は 六本で これは 六道全てを救う意味です。 ネットで 調べると 概略 以上のことが 書いて
ありました。
いつだったか いしだあゆみが 大阪の愛染明王を 訪れるテレビ番組を 見たことが ありますが・・・。

 車に戻り 13:35 帰路につきます。 来た道を そのまま戻り 13:39 才金 13:53
西山橋で 国道179号線に入り 播磨新宮ICから 播磨道~山陽道へ渡り 14:26 龍野
西ICを 降りて 14:49 帰着。
 本日の走行距離は 往路55.6km 復路55.1kmで 計110.1kmでした。
   ・・・・・・・・・・ 《 追記 》 ・・・・・・・・・・・・
 今回の大聖寺には 沙羅は 咲いていませんでしたが 2007.6.23 福崎の応聖寺に 咲いて
いた沙羅(しゃら)の花を載せておきます。 朝 咲いて夕方に散る はかなさから 無情の象徴として
「平家物語」でも うたわれている。 本当は ナツツバキとか・・。 応聖寺の庭園も有名なようで
私が行ったときも 四国から 観光バスできた グループもありました。 房状に咲く白い花 カシワバ
アジサイも咲いていました。 睡蓮も・・・。

 。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鶴居の城山 つるいのしろやま 433m

2009-06-14 19:33:47 | 山歩き
 6月14日(日)  天気:晴れ・濃いモヤで 暑い  地図:寺前(南東部)

 きょうは 近場の低山 市川町鶴居の城山(稲荷山城跡)に 登って来ました。
暑そうだったし 体がだるく 疲れも残っているようだったので 近場の低山を 探し TAJIさんの「兵庫
の山めぐり」 5.16のレポを 参考にしました。 地図は この前の 少し南の谷城跡のときのものが 残し
てあるし・・・。
*追記 : 2014.1.5 「播磨の山々」 にしみけんさんが 登られたようです。 地図もあるので 参考
にしてください。  こちらを・・・。

 今朝は 自治会の美化活動の放送で 7:00に 目が覚めました。 支度をして 8:03 出発。 姫路バイ
パスから 播但連絡道へ廻り 8:48 播但道の市川北ランプで 降ります。 TAJIさんは 市川SAから
山を撮っておられたが きょうは モヤが濃く 山は かすんでいたので SAには 寄りませんでした。
 ここまで 48.5km 450円。 国道312号線に出て 少し南へ行き過ぎ 橋を渡って西へ行き 県道
を戻り 左折すると 鶴居駅に出てしまい また 戻り・・。 細い道を西へ向かい 中学校の横へ出ますが
登山口は 一つ北の道らしい。 地図にある標高点116mの所から 西へ行くと 墓地があり 手前の広場に
車を停めました。 ここは 日曜日でも 工事中? 重機が 二台。 9:11 駐車。
市川北ランプから 廻り道も含め 4.3km、家から 5 2.8km。 1時間ちょっとかかりました。 通りかか
った地元の人に聞くと 駐車OKとのこと。

 9:14 スタート。 作業倉庫のような建物の間から 林に入り 竹林を 50mほど進むと 左のフェンスに
扉があり 9:20 扉から中へ入ります。 この扉には 鍵はなく 錘が付 いていて 自然に閉まる。 こう
でなきゃ。 山へ入ると 低いタケニグサ?が 目に付きます。 杉の林を南へ進み 南東の尾根に乗る。
 道は 地元の人が整備した 手造りの丸太の階段。 直ぐ 道標があり 9:24 城山山頂あと1000m。
きょうも 蒸し暑く 汗が 噴出します。 体調が良くないのか 最近 よく汗をかきます。

 道はだらだらと やや急な登りが続く。 山頂で会った地元の人は 休日に150人位
の人が出て 整備したそうですが やや やりすぎの感じがします。 丸太の階段は理
解できますが ロープあり 鎖あり ビニールテープありで 賑やか過ぎます。
 9:34 あと700m。 この辺りだったか 南が開け 尖った七種槍 その右に七種山
が すっきり見えた。 9:39 あと600m 9:47 あと400m を通る。
 あと500mの道標を見なかったのは 七種槍を見るため 道を外れ 少し左を歩いた
ためで このため あと500m地点にあった 三角点:鶴居を 見逃しました。

 9:54 あと300mの道標の辺りは急登になり 南への支尾根と合流する等高線の
詰まった辺りでしょうか? この辺りは これでもかとロープが張り巡らされています。
 9:59 あと200m。 この辺りでは尾根の上を歩かず 左斜面を歩きます。 なだら
かに歩いていると 足元に白い花が散っていますが ネジキのようです。 10:04 あ
と100mで 東が開け 市川の街並が見えますが 霧のような濃いモヤに覆われてい
ます。 ここから 4分、10:08 20mくらいの広い平坦地の山頂に 出ました。

 山頂には 駐車場所で出会った 地元の二人が居ました。 中央の4、5本の木を 残し
周囲の木は 全部切られ 禿山です。 木の下は 日陰になっていて 木製のベンチがあ
ります。 周囲は 小枝で低い柵が設けられていますが・・・。 木が切られているので
360度の展望です。 山頂にいた人が 北に 石垣があると言っていたので 急な所を
20mほど降りると 石積跡が 残っていました。 北西の大中山方向には 細い道があ
りそうでした。
 できれば ここ稲荷山城跡の由緒書がほしい。 調べても はっきりしたことが 分か
りませんが 赤松氏の幕下で 長水城主赤松師範の子 永良則縄が 永良庄の名を 姓として
築城。 1560年頃 戦火で 焼失。 永良山城とか 鶴居城とも 言われる?

 北西方向の鉄塔の奥に大中山(松尾山)。 北は平らな稜線があるだけで見える山
がない。 北東方向には TAJIさんのページにあるように 奥に笠形山が見えるはず
だが 濃いモヤにかすんでいます。 東の下に市川市街。 南東には この前登った谷城
跡、横倉山? 同定が 難しい。 南西には 尖った七種槍から 七種山の稜線が見えます。
 地元の人は 天気が良ければ 明石大橋も見えると 言っていましたが きょうの天気は
最悪。 霧のように 濃いモヤで 蒸し暑く 展望はダメ。 視界5km?

 山頂に 25分居て 10:32 下山。 先に降りた二人に直ぐに 追付いた。 降りる
のは 私もそこそこ早いのだ。 10:46 あと500m地点で 三角点を発見。 疵の
ない きれいな三角点でした。
 登るとき やや急と思った道は 降りるときも やっぱり 急です。 11:00 三人
揃って 扉を潜り 11:02 車に戻った。 折角なので 南の皿池に行くことにして
11:03 車を出す。 中学校の角に出て 西へ。 池の横に車を 停めて フェンスを
乗り越えて 池の近くに降りて 写真を撮った。 皿池の水は やや濁り 水量も
少なめでした。 フェンスの横に ベニドウダンのような赤い実が たわわに成ってい
た。 きょうは 山で花を見ることが出来なかったので せめて これでも 撮らないと
持って帰る花がない・・・。

 11:16 帰路につく。 鶴居の集落の細い道を抜けて 駅前から尾形橋を渡り
帰りは 道を間違えず まっすぐ市川南ランプに。 皿池から2.7km 11:26
播但道に入り 姫路バイパス経由で 12:05 家に帰えりました。
 早く帰れたので コンビニ弁当を食べながら ゆっくりテレビを 見ることが出来まし
た。 私には きょうのような山が丁度いいのかも・・・。 次は 生野の古城山?
釜床山は遠いな・・・。 やっぱり 止めた。 やまあそさんが ヒルに献血していた。
今の時期は 血の気の多い人でないと・・・。
 下の白い花は ヒメジョオンというらしい。 とうこさんのページを見ていたら 載
っていました。

 本日の走行距離は 往路52.8km 皿池まで1.0km 復路51.3kmで 104.1km。
この前 広島へ帰って ガソリンが少なくなったので ガソリンを入れると 822km/43.42L=
18.93km/Lで まずまずでした。
 しかし ガソリン代は @117円になっていた。 高速千均もいいけど 車で走る人が増えて
ガソリン代が 上がるのは 困ったことだ。 高速千均を使わない人も 割をくうし。 ましてや
ごく一部の人が 土日のレジャーに 使う高速千均の補填に 国民の税金を 勝手に使うのは 納得
できないし・・・。
 。。。。。  。。。。。。。  。。。。。。。  。。。。。。。  。。。。。。。  。。。。。。。  。。。。。。。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宮島・弥山 みせん 529.8m

2009-06-08 19:59:23 | 山歩き
 6月 8日(月)  天気:ほぼ晴れ・蒸し暑い!   地図:厳島

 きのう 6月7日(日) 日本三景・安芸の宮島の弥山に 登ってきました。 いつだったか テレビで
神々が すむ森・鎮守の森・安芸の宮島原始林歩き という番組を見て いつか 登ろうと思っていた
のです。 子どものころ 広島に住んでいたので 2、3度 登ったことは ありますが 記憶には・・・。
 母が 米寿を迎えたので 兄弟(本当は 姉と妹)が 集まるため 木曜日から 広島に 帰っていまし
た。 金曜日に 登ろうかと思っていましたが 天気が 良くなかったので 日曜日になり お陰で 帰
りの高速道の千均が 利用できず 高速道料金は 5600円也。 しかも 世界遺産・厳島神社のある
宮島、弥山は 人が多かった・・。

 一週間ほど前 姫路の本屋へ地図・厳島を買いに 行ったのですが 品切れ! 仕方なく 5万分の
一を 買いましたが・・・。 山と渓谷社の分県登山ガイド33 「広島県の山」 44番を 参照してください?
 本によると 登山ルートは 東から 博打尾コース、ロープウェイコース、紅葉谷コース、西尾根コース、
大聖院コース、多宝塔コース、大元谷コー ス、西の多々良潟のコース などが あるようですが・・・。
尾根を 登る方が 見晴らしが良いかと思い 多宝塔コースを 登りましたが・・・。 ロープウェイで 登るの
だったか・・・。 山の高さは 地図では 529.8mですが 本では 535mとなっています。 山頂に
大きな岩があったので 高御位山と 同様に 三角点と 岩の上で 高さが 違うのかな?

 7:53 家を出ました。 徒歩で JR大野浦駅へ。 宮島までの切符を 往復(700円)で 買い 時刻表
を見ると 丁度 8:13の電車が・・。 急いで ホームへ出ましたが 来た電車は 下りでした。 上りは
8:20。 宮島口で 降りて 桟橋へ。 桟橋からも 船のデッキからも 宮島の山並は 見えますが 同定が
難しい。 船が 島へ近づき 海に浮かぶ 大鳥居が見えると 方向が定まり 弥山、駒ヶ林が 同定できま
す。 駒ヶ林は 変な名ですが 弥山の西の尖った 509mピークです。 残念なことに 行くときは 駒ヶ林
の西斜面の岩壁に 日が当たらず 岩が はっきり見えません。 帰りは 岩が 白く輝いていましたが 撮
り忘れるし・・・。
 8:54 船を降りて 海岸沿いに歩いて 大鳥居の横から 厳島神社の裏を廻った 少し先に 多宝塔の
道標があり 9:10 ここから 露地の石段を上がるり 2、3分で 多宝塔がありました。 多宝塔は 面
白い建物ですが 周りに 木が茂り 写真が 撮り難い。

 私が登ろうとする多宝塔コースは 本には 書いてありますが 誰も登らない 地図にも 載って
いないコースのようで 道標もありません。 多宝塔の前に 道らしきものがあったので ここから 山
へ。 尾根を ほぼ一直線に 南へ登り 駒ヶ林へ登ります。 道は はっきりしているような 荒れて
分かり難いような・・・。 土のところは 雨に洗われ ざらざらで 滑りやすいし 地図にもある通り 原
始林なので 整備はされず 枝は延び 倒木も 少しあります。 クモの巣は 少しあったが テープの
類は 一切 ありません。 以前 赤ペンキで 印を付けられたらしい箇所を調査しよう? と思ったの
ですが・・・。
それでも 尾根を登っていくと 所々で 景色が見え 後方に 多宝塔や 大鳥居や 厳島神社や 五
重塔や 桟橋が見えるし 西には 海の向こう 廿日市市街の奥に 山並が 望め 展望は まずま
ず・・・。 東も 尾根が見え 下の谷には むき出しの斜面が・・。 平成17年の台風の爪痕のよ
うです。 風化した花崗岩は 真砂土となって 粗く 土砂崩れを生じやすい?
 白い小さい花が たくさん咲いていて ドウダンツツジかと思っていましたが 山の上で 会った
若者に ネジキもあった と言われ 調べると 幹がねじれているか 否かは見ませんでしたが 一
列に並んで 咲く 咲き方から やはり ネジキのようです。

 だらだらと登り 高度が上がるにつれて 道の脇に シダが現れ 進むに連れ シダ原になり
やがて ジャングルに・・・。 本にある朝日観音は 分かりませんでしたが 徐々に大きな岩が
現れて 岩の下に 祠もあり 10:23 摩尼大師石仏の祠は 壊れ 屋根が 横に置いてありま
した。 石仏が 何体かあったので 昔は 修業道だったのでしょうか? 険しい登りもありました。
えっ・・ 空海が修行した? 岩屋大師?もあった? 岩に 磨崖仏がないかと 一応探したが・・・。
 駒ヶ林の頂上が 近くなると 大きな岩がいくつも 現れ 岩は どれも丸く 尖った岩は ありませ
んでしたが 太古の昔 この辺りは 海の底だったのでしょうか? それとも 花崗岩は 脆く 風雨に
曝されると 風化しやすいのでしょうか? 三角点や 墓石に使われるらしいが・・。

 大岩は どれも迂回しましたが 山頂近くでは 滑りそうな岩の上を歩き 10:55 駒ヶ林 509mに
登頂。 ここは 30m以上ある平らな大岩の上です。 東に 弥山・山頂が 目の前です。 驚いたのは
大岩の上に ポツンと リュックがあり 人はいません。 岩から落ちたのかと・・・。 オーィと 叫ぶと 西
の木の奥から ハーィと 返事があり 西へ行くと 大岩の上に 若い男の人がいました。 この人は ロ
ッククライミングに 来たそうで 仲間を待っているが 来ないので 下山しようか 迷っているようでした。
 ここ 駒ヶ林の西斜面は 地図にもあるように 高さ約50m、長さ約450mにも及ぶ 断崖が 北から
東ヘ伸のび 断崖の傾斜は 西に 約85度の一枚岩で 岩登りのトレーニングの場となっているのだ
そうです。 若いけど この人は 色々なことを よく知っていました。

 また この山頂は 弘治元年(1555)の厳島合戦の舞台だったそうで 龍ヶ馬場の攻防 と言わ
れている。 西の岩からも 展望がよく 直ぐ西のピークの岩も見えます。 若者に挨拶して 先に
降りたが 直ぐ追付かれ 抜かされた。 ここからの下りは 参道だったのか 石段が多い。 登っ
てきた修業道?に比べると まるで 遊歩道。 大元谷コースとの分岐を過ぎ 階段を降りて 11:
12 鞍部の分岐に 降りました。 ここは 仁王門跡と言われる 10m位の平坦地で ベンチもあり
公園のよう。 道は 十字路になっていて 北は 石段の大聖院コース 南は 奥の院へ 東は 祢山
山頂へ。 若者は ここから南の奥の院の方へ降りて行きましたが どこへ行くのか? 私は 東の
祢山へ向かいます。

 ここからは 遊歩道のような道で 道標もあり 若い女性も歩いていて 何の心配もなく 気持よく
歩けます。 赤い鳥居のある御山神社の分岐を 直進。 石段を上がって 11:20 水掛地蔵を 通過。
 11:24 階段を上がり 大日堂。 11:28 干満(かんまん)岩を通過。 11:31 広い山頂広場
に 西から登頂。 中央に 二等三角点が 突き出ています。
 南は 大岩が四つ、五つ。 北は 3階建ての展望台で 1階は 売店。 きょうは 蒸し暑かった。 い
つもは あまり水を飲まない 脱水症状気味の私も 500mLの水を ほぼ飲んでしまいました。 売
店で ポカリスエット500mLを買うと 300円だった。 高っ!

 3階の展望台に 上がると 360度の大展望。 生憎 昨日の雨で 空気が湿っていて モヤが・・。
北の広島市街方向は ボケているが 北東の似島 東の ああ江田島 南東の能美島は 近いの
で 良く見えます。 東の下には ロープウェイの獅子岩駅も見えます。 南の山口県方向には
分かるものがありません。 西には さっき登った駒ヶ林・山頂の大岩が 小さく見えます。
北の下には 桟橋が・・。 本にも 見える山や 島が いろいろ書いてありますが・・・。

 山頂には 多くの人がいました。 20人以上の人が いたでしょうか? 半分以上が 外人で
女性も 多い。 黒人女性も 一人。 写真を撮って 日陰に座り 母に電話しました。 歳を取る
と 心配性になって・・・。 今から 降りるから とだけ言って 11:54 下山。
 登ってきた西へ降りましたが 本にあるように 山頂一帯は 道が 三角形になっていて 南東
へ降りると 直ぐ下が 三鬼堂だったのに・・。 西から 回り道をして 弥山本堂へ。 弥山本堂
とは? 本尊は 虚空蔵菩薩? 近くにいた人に聞くと 少し下に 御山神社があるので 是非
と言われた・・・。
 御山神社は 厳島神社の奥宮で 本殿三棟は 品字形に並び 御祭神三女神が 夫々 一柱
ずつ祀られています・・・。 本殿三棟とは 弥山本堂、三鬼堂、文殊堂のことでしょうか?
 広場の南が 本堂で 階段を上がった上が 三鬼堂です。 何のことか よく分かりませんが
とりあえず 御山神社へ お参りしましょう。

 本堂から西へ降りて 道標に従い 左へ降りて 山道を約3分 12:17 御山神社に。 朱色に
塗られた三つの小さい建物 お堂?が 品の字形に並んでいます。 このことだったのか?  明
るいし 思ったほどの雰囲気は ありません。 南の鳥居を潜り 降ります。
 道なりに降りたのですが 奥の院の表示があったので ついでにと思って 自然林の暗い林を
降りました。 荒れた道はどんどん下るので また登り返すのは 大変なので 奥の院は 諦めて
引き返すことに。 登り返し 赤い鳥居を潜って 遊歩道に 戻った所の大岩から 南の山の裾に
見えた建物が 奥の院だったのでしょうか?

 12:45 分岐の仁王門跡に降りて 右の大聖院コースへ降ります。 石段の遊歩道を 少し
降りると 道の脇に アオテンナンショウが たくさんありました。 若者が 教えてくれたのですが。
花?は 枯れ始めているのも ありますが ウラシマソウのように 長い釣り糸を 伸ばしています。
 写真を撮っていると 多くの人が 歩いて行きますが 興味がないのか 皆 素通り。 テンナン
ショウは 20本以上あった?
 大聖院コースは 本に書いてあるように 台風の災害で 新しく修復された きれいな庭園風の
谷間の道? 庭園とは 感じませんでしたが 石段もある緩やかな下りの遊歩道です。 自然林
を歩くので 見晴らしはなく 前を歩くハイカーの背中を見ながら 付いて行くしかありません。
 しばらく黙々と降りて 右が 見える所から 土砂崩れの跡を 垣間見ることが出来ました。
東屋のある休憩所を過ぎ 道標に 白糸の滝とあったので 右へ100mほど行くと 岩から水が
滴り落ちていましたが これが 白糸の滝?
 土砂崩れにより 滝も崩れた? 更に下へ降りると 石畳のような 整備された遊歩道になり
大きな砂防ダムもありました。 これでは 折角の景観も台無しですが・・・。

 更に降りると 屋根が見えてきて 大聖院へ降りました。 橋を渡って 大聖院に お参りします。
真言宗御室派の大本山。 仁王門を潜り 鐘楼の横を上がり 本殿に お参りしました。 雰囲気
のある大きなお寺でした。 お寺から真直ぐ進み 厳島神社の裏から北へ廻ると 朝は 満潮だっ
た潮が すっかり引き 干潮。 海岸へ降りて 大鳥居の傍へ行ってみました。 近くから見る鳥居
は さすがに大きい。 この鳥居を 建て替えるには 樹齢500年以上の くすの木が要るそうです
が・・・。
 砂浜では 多くの人が 潮干狩りをしていました。 そうそう いつだったか テレビで この近くの
うどん屋のアサリうどんを 放送していました。 うどん屋は 近くにありましたが 貝殻付きのアサ
リが 入ったうどんが 750円。 きょうは 暑いし うどん食べる雰囲気では・・・。

 14:22 桟橋に 着き 14:25 の便に乗ろうとしたら 改札口で 止められ 14:50の船で 宮島口へ。
船から見る駒ヶ林西斜面の岩壁は 陽が当たり 白く輝いていました。 宮島口に 着くと ホームに 電車
が待っていて 飛び乗りました。 きょうは 汗もかいたし 疲れました。 大野浦の駅から歩いて 帰るとき
汗を 十分吸ったリュックの重いこと・・・。
 。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。。。   。。。。。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする