私の日帰り散策

写真でつづる山歩き、ドライブなどの日誌です。
最近は ギャラリー巡りをしています。

姫路市小学生 立体彫塑展

2015-01-29 15:21:15 | ギャラリー散策
 1月29日(木)  天気:曇り  室温;11.8℃ 寒い

 きょうは 姫路を歩いてきました。 まだ 前のページが 書きかけなので 明日 行くつもりで
したが あすは 雨が降りそうなので・・・。 9:59の電車で 姫路へ行き イーグレひめじへ
行きます。 きょうは 第1~第4展示室で ”姫路市小学生 立体彫塑展” が行われていま
す。 特別展示室では ”障害者手作り作品展 と コラボ・アート21” が行われていました。
 ヤマトヤシキの特選ギャラリーでは ”特選 絵画・工芸品 展” 、  中井三成堂画廊では
”棒田 和義 陶板アート展” が、 山陽百貨店の美術画廊では ”關原紫水・關原紫光 京
人形展” が行われていました。 中井三成堂画廊で 棒田さんと 柳生 博の八ヶ岳高原ロ
ッジのことなど 30分以上 お話したので 帰りが遅くなり きょうは 13:56の電車で帰り
ました。
 イーグレひめじへ行く前に 数日前の新聞に 気になることが載っていたので ちょっと寄
り道。 せつ子さんに教えてもらった 節子さんの”ブックカフェされど・・・Tree house book
store”です。 新聞に 最近 経営者が 変わったとありました。 が 店は 閉まっていました。
中を覗くと 様子も変わっているようです。 節子さんは どうしているのでしょう・・。 節子さ
んには あちこちのギャラリーを教えてもらいました。 ブログを 開こうとしても・・・。

 イーグレひめじの市民ギャラリーの 第1~第4展示室では  ”姫路市小学生 立体彫塑展”
が 行われています。
           ごあいさつ
 こども達の伸び伸びとした作品を展示し その思いを味わっていただこうという趣旨から
 今年も 「第13回 姫路市小学生 立体彫塑展」 を開催する運びとなりました。
 本年度も 各学校より 子ども達の作品 約2000点を集め 展示することは
 喜ばしい限りです。


 子ども達は 描いたり 作ったりすることが 大好きです。 図画工作科の目標は 一人ひとり
 の子どもが 個性や創造性を発揮し 描いたり 作ったりする中で 想いや夢をふくらませ
 表現する喜びを 味わったり 美しいものを見て 感動する 「豊かな心」 を 育てることです。
                     教育研究会 図画工作部会






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 特別展示室では 第9回 ”障害者手作り作品展 と コラボ・アート21” が行われています。
障害者手作り作品展は 姫路市身体障害者福祉協会 の 絵画、写真、木工、手芸細工な
どの作品が 展示されています。 コラボ・アート21は 当地域の障害者から寄せられた
2014年度の応募作品の中から 入選作品と 審査員特別賞の作品が 展示されています。

    「いきる」 のそばにあるアート、集まりました。
 障害のある方が 思いを込めてつくられた作品を たくさんの方に ご覧いただきたいと願い
2001年から 「コラボ・アート21」 を 実施しています。 14回目を迎えた今年も 568点の
力作を お寄せいただきました。 ここに 30点の入選作品と ご応募いただきました皆さま
のお名前作品名を ご紹介します。






 1階のカフェ・ゆうゆうゆうで 休憩します。 カフェに 入ったときは 私ひとりでしたが
すぐに 満席になり 熟年女性の賑やかなこと・・。 みなさん お元気です。

 中井三成堂画廊では ”棒田 和義 陶板アート展” が行われていました。 写真は 禁止でした
が 展示室全体を 撮るのは OK。 棒田さんの略歴は 1953年 金沢市生まれ、1976年 金
沢美術工芸大学 工業デザイン科 卒業、1976年 鳴海製陶 入社 デザイン担当、1977年 日
本陶器デザインコンペ 出品(入選4回)、1984年 ニューヨークに 約半年 滞在 世界の陶磁器
デザインを学ぶ、1991年 鳴海製陶 退社 金沢にて アトリエ・デザインBODA設立・・・
 陶板アートなので 土をこねて 形を作り 色をつけて 乾燥し 計3回 焼くそうで 小型電気炉なの
で 電気代がかかる・・。 4、50cmのものしか 焼けないので 大きな作品は 切断して 焼く。
 焼くと ひずむので 合わせ面は 削らないと・・。 徳島県の大塚美術館に このような陶板の絵
例えば ピカソのゲルニカが 展示されている・・・。
 このようなアートを見ると 名村 仁さんの組絵を 思い出します。 棒田さんも 柳生博の八ヶ岳ロッ
ジで 展覧会をされるそうで 名村さんの絵を見たことがある・・。 名村さんも 八ヶ岳で・・・。

 ヤマトヤシキの特選ギャラリーでは ”特選 絵画・工芸品 展” をしていました。
山陽百貨店の美術画廊では ”關原紫水・關原紫光 京人形展” をしていました。 ちょっと
いい着物を着たお人形は 200万円以上します。 案内状には 京人形の第一人者である
關原紫水先生と 後継者である關原紫光先生の京人形を 展示。 京都の伝統工芸の美と
技を受け継ぎ 日本女性の美しさを表現、海外でも高い評価・・・とあります。

 先日の新聞に 今春 姫路駅北側に 「姫路ターミナルスクエア」 が オープンするとあり
ましたが 外観は 完成しているよです。 中には 保育園もできる? 3月29日から 「ぼく
の、わたしの、お城」 を テーマに 小学生の絵画コンクールが 開催されるそうです。

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法隆寺領鵤荘めぐり 前編

2015-01-28 15:27:51 | 歴史探索
 1月28日(水)  天気:曇り+雪ちらつく  室温:15.1℃

 きょう カフェ・エルミタージュへ行った ついでに 太子町の ”法隆寺領 播磨国 鵤荘” の
国道179号線より南を 巡ってきました。 以前 歴史資料館で もらったパンフレットを 参
考に 檀特山、大谷投げ石、東南三宝荒神社、北向き地蔵、太子感動岩、矢田部牓示石、
清光寺、徳道上人堂、民俗資料館、北向き地蔵、西国街道、茶屋垣内地蔵  ついでに
帰り道の 石海神社、宮本武蔵生誕地、福地の忠魂碑、糸の井 などを 巡ってきました。
 自転車で 走り回ったのですが きょうは 風は 大したことは ありませんでしたが 風が
冷たく 雪もちらつき サイクリング日和では ありませんでした。  鵤荘の残りの遺産も
お天気のいいときに 廻りたいと 思っています。

 きょうは 檀特山には 登りません。 檀特山は 1月7日の ”檀特山 と 徳道上人生地”
ページを見てください。  下の写真は そのとき 撮ったものです。
 檀特山は 聖徳太子信仰の山です。 聖徳太子が 山頂から 石を投げ 落ちた内側が 鵤荘に
なったという 「投げ石」 の伝承を伝えています。 弥生時代の遺跡も 存在し 『播磨国風土記』
に 「大見山」、 「鵤荘絵図」 に 「行道岡」、 『峯相記』 に 「壇特ヵ峰」 と 出ています。


 カフェ・エルミタージュを出て 北へ行き 檀特山の麓の賃貸住宅・レオパレスへ行きます。
この前 来たので 場所は 分かっています。 ここに 聖徳太子の「大谷の投げ石」 があります。
投げ石は 「牓示石」 で 現在 太子町にある7個の内の1個です。 「松ヶ下」 と 「大谷」 の
二つは 投げ石 と言われています。 
 「牓示石」 は 「聖徳太子の投げ石(はじきいし)」 とも呼ばれます。 聖徳太子が 檀特山の
上から 石を投げたとも 法隆寺に 施入された土地の境に 石を埋めたとも言われてます。
 牓示とは 境界の標識のことです。 南北朝時代に 描かれた 「鵤荘絵図」 にも 12ヵ所の
牓示が描かれています。 現在 鵤荘周辺には 11ヶ所の 「太子の投げ石」 が知られてい
ますが そのうち 4ヶ所が 兵庫県の史跡に指定されています。 鵤荘と聖徳太子との関わり
を知る上で 重要な遺跡です。 重要な遺跡なら 賃貸住宅の中に 置かないで 置き場所を
考えてほしいものです。 ただ ここは 姫路市で 他の牓示石の管理は 太子町なので・・・。

 北へ行き 新幹線の高架下を潜ると 右に 東南三宝荒神社があります。 ここは 東南小字
栗原。 荒神山を守護する神社です。 鵤荘と 弘山荘の境界に位置しています。  永徳2年
(1382) 頃の状況を 描いたといわれる 「弘山荘絵図」 には この地が 「荒神山」 と記されて
います。 また 戦国時代 この神社では 荒神山を守る荒神講が 営まれていました。

 荒神社の下に 「北向き地蔵」 があります。 いわれは 分かりませんが なんでも 願い事を
よく聞いてくれるそうです。 宝くじが 当たりますよーにと 頼んでおけばよかった・・・。
ネットで 調べると 北向き地蔵は
 ・・・六道を自らの足で行脚して 救われない衆生、親より先に世を去った 幼い子供魂を 救って
 旅を続けるのですよ。 そーゆー存在なので ヘアスタイルを気にしたり アクセサリーで
 着飾っている暇もない、と。 常に、民衆とともにいるのが お地蔵さんです。
 六道ってのは 地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道のことで、人間は 死んだら
 このうちのどこか 地獄から天国までの6段階のどっかに 行くわけですが
 どっちにしろ この六道の中を グルグル輪廻しているのが 我々人間です。
 そして お地蔵さんも また 我々に寄り添い、救ってくれる、と。
 なので 常に 民衆とともにあることから あえて 人の下座、つまり
 北向きに配されているのが 北向き地蔵です。 ・・・・・

 お地蔵さんの前を 山に向かって 東へ行きます。 新幹線が 一陣の騒音と共に
走り去って 行きました。

 坂道を 自転車を押して上がると 住宅に突き当たりました。 右は 登山口で 案内図に
登山口の前に 「太子の感動岩」 が描かれていますが 前は 住宅で 岩はありません。
左の山道を 100mほど 登ってみましたが 見当たりません。
 誰かに聞きたいのですが 誰もいません・・。 住宅内の路地を探していると 荒れたヤブに
埋もれそうな岩があります。 どうやら これが 「太子の感動岩」 のようで 表示はありませ
ん。 この辺りの人は 「聖徳太子の涙石」 と呼んでいる。 かっては この岩から 水が湧き
出ていたそうです。 聖徳太子の説法に 感動して 山の上から 転がり落ちてきたとも 言わ
れるそうです。

 新幹線の高架下へ戻り 西へ行き 「矢田部の牓示石」 を見に行きます。 牓示石については
「大谷牓示石」 のところで 説明したとおりです。 現在 7カ所に残っている 牓示石の中で ここが
一番 丁寧に 守られているようです。 石積み上に 祠まであります。
 ここは 聖徳太子が 推古天皇から賜ったという 法隆寺領 播磨国 鵤荘 の故地である。 現在
県文化財4ヵ所、 参考地5ヶ所が知られ・・・・。

 徳道上人出生地へ行く手前に 清光寺があったので 寄ります。 徳道上人の草庵があったので
しょうか・・。 檀特山清光寺は 浄土真宗のお寺で 親鸞上人の銅像があります。 本堂の向拝の
象の木鼻、龍の蟇股も なかなか立派です。
 清光寺に 徳道上人の産湯の井戸があるようですが 本堂の右手前に 屋根のない井戸は 産湯
の井戸ではない・・・。 徳道上人の産湯の井戸は お寺の奥の庭にあり 公開されていないそうです。


 清光寺の角を曲がると 徳道上人出生地のお堂があります。 徳道上人は 斉明天皇656
年 この地・矢田部で 出生。 年若くして 父母とわかれ 出家入道して 徳道上人となる。
各地を巡錫して 多くの寺を建立されたが 中でも 大和国・長谷寺は 有名。 神亀年中(727
~728年) この地に住む。 六地蔵を 始めたとありましたが 確か 西国33ヶ所めぐりを 始め
たのは 徳道上人だと思いますが・・・。 一時 廃れていたが 花山法皇が 再興した?
 白い梅の花が 咲き始めていました。  ・・・ 梅一輪 一輪ほどの 暖かさ ・・・

 新幹線の高架下を 西へ行き 立岡山の下で 右折して 西中学の横を 北へ行きます。
太子山に突き当たると 歴史資料館(旧尾野家住宅)です。 D51を見ながら 太子山公
園を通り 北へ行きます。 

 太子山の上には 聖徳太子の 「和を以て貴しと為す」の石碑がありますが 今回は パス。
太子山公園の裾を回わり 北に出ると 東西に走る道にでます。 昔の西国街道です。 電信
柱の傍に 道標があり 上の三文字が読みにくかったのですが 調べると 「斑鳩道路元標」
だそうです。  西国街道は この ”ページ” を 参考にしました。
 西国街道を 西へ行きます。 100mほど行くと 右に 石燈籠(常夜燈?)があります。
右は 天保ですが 左は 寛政と 刻まれているそうです。 左の山側に 大師堂があり その
右に 北向き地蔵(地蔵菩薩)がありました。 大師とは 弘法大師のこと?

 手前に 小さいお地蔵さんが 並んでいるので 分かり難いですが 左足を立てた半跏坐像
で 人々を救いに行くため 立ち上がろうとしています。 西国街道を 西へ 進むと 太子町
新庁舎建設工事をしています。 さらに 西へ行くと 「式内阿宗神社」 の道標があり 横には
「従是北八丁廣山村鎮座」 とあり 地図を見ると 北約1.5kmの 現在のたつの市誉田町
広山の永久橋の西に 阿宗神社があるので これを 示しているようです。 

 西国街道を さらに西へ走り 林田川の土手が見える辺りまで来ると 右に 茶屋垣内地
蔵がありました。 西国街道を 行き来する旅人の安全を 見守ったのでしょうか。
 林田川の土手に上がると ここは見晴しがいい。 北は 以前の国道2号線の誉鳩橋の
奥に 龍野の新竜アルプスが見えます。 林田川は 渡しがあったのでしょう。 目の前は
林田川と 揖保川に 挟まれた中洲(揖保町) のようなところですが いろいろありそうなの
で 機会があれば 揖保川の正条の渡し辺りまでを 散策してみたい・・・。

 土手道を 南へ行くと 新幹線が走っています。 新幹線の高架下を 東へ戻り 適当に 南へ
行くと 蓮光寺の前に出ました。 真宗大谷派の蓮光寺・山門は 播州・龍野藩五万三千石
脇坂家の城門の一つ 錣坂(しころざか)門です。 元和三年(1617) から 寛永三年(1626)
の間に建造され 明治初期に 移築されました。 今でも 簡素、重厚、風雪に耐えた藩門の
佇まいを 窺わせます。

 600mほど南に 石海神社があります。 何10年か前に 太子町に住んでいたことがあるので
来たこともあるので かすかに 土地勘は 残っています。 神社の前に ”宮本武蔵生誕之地” の
石碑があります。 説明板に 剣聖・宮本武蔵は 自筆の五輪書の序文に 時寛永二十年十月上
旬のころ 生国播磨の武士 新免武蔵守 藤原の玄信 年つもって 六十 とあり また 平野庸修
が 宝暦年間に 書いた 『播磨鑑』 には 宮本武蔵 揖東郡 鵤荘 宮本村ノ産せ とある。
 これらの記述から 当宮本は 武蔵生誕地と 考えられるが・・・・・。

 石海神社に お参りします。 ここの狛犬も 古そうですが 年代が分かりません。
唐破風の下にある鷲の彫り物は 珍しい。 屋根の下にあるので 懸魚(げぎょ)という
のでしょうか。 拝殿には 絵馬がたくさんありました。
 福地の石海小学校の前まで戻ると 公民館の前に 大きな忠魂碑があり 先端は 大砲
の砲弾です。 播磨の戦争遺跡で 訪れました。

 網干駅の近くまで戻り せっかくなので 「糸の井」に寄りました。 この前来ましたが。
糸井のみなと銀行の信号で 東へ曲がり 100mほど 行くと 右に 「糸の井」 があります。
「糸の井」 は 鎌倉時代中頃に この辺りに 浄土宗を広めた 朝日山大日寺の顕実上人の
硯水と伝えられる。 「播磨名水十水」の一つ。  顕実上人の歌碑があります。
 いろいろの 木の葉流るる 糸の井は ゆききの人の しるしとぞきく

 次回 鵤荘めぐり・後編は 国道179号線より北、太子竜野バイパスより 南を廻ります。
また いつか 林田川より西の西国街道も 歩いてみたいし・・・。
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エルミタージュで 手作り小物展

2015-01-28 15:17:34 | ギャラリー散策
 1月28日(水)  天気:曇り+雪ちらつく  室温:15.1℃

 きょうは 朝日谷のカフェ・エルミタージュへ ”手作り小物展” を 見に行きました。
自転車で行ったのですが 風が冷たく 寒い一日でしたが 道脇では ロウバイが 満開でした。


 きょうの田村さんの手作り展は 服・バッグ・雑貨・アクセサリーなどで 犬や猫の小物が
たくさんあり 撮ったり 見るのには 楽しい展示でした。









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コチョウラン展

2015-01-27 13:32:52 | 日記
 1月27日(火)  天気:晴れ or 曇り  室温:17.2℃ 暖かい

 きょうは 手柄山の温室植物園へ ”コチョウラン展” を 見に行きました。
世界初、世界で ただひとつの貴重な 「青いコチョウラン」 を 近畿圏内で 初めて 特別展示
するそうです。 お昼前に行くと 既に 駐車場は 満車。 しかたなく 路上に駐車。
*1月31日の新聞の 「はりま版」 に ”世界初 青色コチョウラン” と 載っていました。
 花粉の飛散を防ぐために 二重の透明ケースの中で 展示されている・・・。
 2月1日までなのに 1月31日の新聞に載せるのもね・・・。

 青いコチョウランは 珍しいからか 素人カメラマンが 多く来ていました。 こういう連中は
人の迷惑も考えず 三脚を立てて 写真を撮るのですが 時間のかかること・・・。
 残念ながら 青いコチョウランは 宝石のように ガラスのケースに入れてあり ガラスの反射
もあって 写真は 撮りにくい・・。 また 前回の青いバラも そうでしたが 青の遺伝子で でき
ているだけで 私には 青ではなく 紫にしか見えません・・・。


 原種は 50種ほどありますが コチョウラン(ファレノプシス)の故郷は いずれも 赤道を
挟んだ 南北回帰線の間に 原産地があります。 主な地域は 台湾南部、フィリピン、イン
ドネシア、パプア、ニューギニア、タイ、マレーシア などで いずれも 霜、雪の降らない
ところで 耐寒性はありません。  コチョウランは 樹木の幹に着生して 生活しています。

 コチョウランは 高級鉢物として 大変人気の高いランですが 青い花は 存在しませんで
した。 この青いコチョウランは 千葉大学 大学院 園芸学研究科 細胞工学 研究グループ
の三位 正洋教授 及び 陳 東波特任講師と 石原産業株式会社との共同研究により ツユ
クサ由来の遺伝子(青い色素合成遺伝子) を ピンクの花が咲く コチョウランの培養細胞に
導入し 個体再生に至ったもので 平成24年2月に 初花が 開花しました。
 遺伝子組替えにより 従来 存在しなかった 青色の花色をもつ コチョウランの世界初の
開花でした。 もとになった濃い桃色の花が咲く コチョウランは ウェディング・プロムナード
です。   ブルーエレガンスの青色は 染色によるもので 2度目に咲く花は 白です。

 姫路市では 百歳の誕生日を迎えられる 市民の方へ 記念樹として コチョウランを
贈呈しています。  贈呈は ご自宅など 希望する場所で 行っており 記念樹とともに
「百歳敬彰状」 、「お祝い金」 の贈呈を 行っています。








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吉岡幸彦 スケッチ画展

2015-01-26 13:07:39 | ギャラリー散策
 1月26日(月)  天気:曇り のち 雨   室温:15.8℃

 きょうは たつの市龍野町のカフェ・ギャラリーへ ”龍野の風景~吉岡幸彦 スケッチ画展~”
を 観に行きました。 吉岡さんが たつの市の街並みを描いた作品 約35点が 展示されています。
 篠山市の浜田ひろさんの精巧な猫の置物 約30点を 展示販売する 「ちいさなねこ展」 も開催さ
れています。 ひな人形も 展示されていました。
 10:38 出発。 太子町を抜け 国道179号線で たつの市に入り 龍野橋を渡り まっすぐ 下
った角が 古民家・ギャラリー結です。 11:00 隣の駐車場に 駐車。 ここまで 7.9kmでした。

 龍野の方は もちろん そうでない方も どこか懐かしい風景。
 この絵の場所 どこだったかな・・・・。
 あそこのあの場所!
 懐かしいあの場所に。
 ぜひ お越しください。

 スケッチは 全くの我流。 龍野の城下町の古い風景が好きで 休日に 暇つぶしに なんとなく
描いていたところ その場所が ある日 突然 空地になっていたのを見て ショックを受ける。
 それが きっかけとなり 龍野の古い建物を中心に 時間を見つけては 描くようになる。

 寅さんシリーズの撮影が 龍野の城下町で 行われたが 龍野には たくさんの撮影風景が その
まま残っているから 素晴らしい城下町であることが知らされ この町の良さを再認識させられる。
 それ以降 スケッチを通じて 龍野の町は どこを切り取っても 絵になることを実感する。
普段は サラリーマンとして 勤務しており 休日にのみ 好きな龍野の街並みを 眺めている。




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