私の日帰り散策

写真でつづる山歩き、ドライブなどの日誌です。
最近は ギャラリー巡りをしています。

イーグレひめじで 白城会美術同好会展

2020-02-27 15:47:57 | ギャラリー散策
 2月27日」(木)   天気:晴れ or 曇り   室温:17.0℃

 きょうは 好古園で 梅花展を見た後 イーグレひめじへ行き ”白城会美術同好会展”
を見ました。 帰りに 山陽百貨店の美術画廊へ寄って ”小品100選展” を見て 駅
に戻りました。 イーグレひめじで 市民ギャラリーの展示予定表を いただきましたが、
3月は 展示が少ない・・。 11日から 22日までは 「姫路市美術展」 が行われます。 

 イーグレひめじの市民ギャラリー第1~第4展示室では ”第20回記念 白城会美術
同好会展” が行われています。 「白城会」の会員ら 約100人の油彩画、書、陶芸
など 約190点が展示されています。 尾田 龍、桂 米朝さんらの特別出展もあります。
 会場に 和田さんが おられましたが 挨拶することができませんでした。 なぜか 杖を・・。
 
     ごあいさつ
 白城会美術同好会展にようこそ・・・・
 当展は 旧姫路中学と現姫路西高等学校の美術を愛好する卒業生によって、その人達
が移り行く歳月を さまざまな人生として歩みつつ、世代を越えて 毎年一回 力作と元気
な笑顔を持って 再会し、友情を確かめ合い 母校の永久を 祈りあう会なのです。
 このように20年にわたって続けてくることができましたのは、同窓の皆様、ご家族、
そして 地域の芸術を愛する多くの方々の温かいご支援、ご鞭撻があったればこそ、この
日を迎えることができました。 会員一同 深く感謝申し上げます。

  


 








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 1階のカフェ・ゆうゆうゆうで 休憩して 山陽百貨店へ行きます。 美術画廊では
”小品 100選展” をしています。 日本画と洋画の3号サイズを中心とした 小品を
100余点展示販売。

 百貨店前で ヤキイモを買いますが いまは 小さいものしかないようで 量り売り。
駅に戻り 13:05の電車には 乗り遅れたので 次の電車で と思いましたが 姫
路止の電車からの乗り継ぎ客のため 待っていてくれました。 が この電車は ほ
ぼ 満席で・・・。 ちょうど 高校生の帰宅と 鉢合わせになったようです。

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好古園で 令和2年 梅花展

2020-02-27 15:14:38 | 日記
 2月27日(木)   天気:晴れ or 曇り 一時小雨   室温:16.7℃

 きょうは 姫路へ行きました。 まず 姫路城西御屋敷跡庭園 好古園へ行って ”梅花展”
を見ます。 この後 イーグレひめじへ行きますが これは 別のページにします。
 いつもの電車で 姫路へ行き 駅の観光案内所へ寄ります。 案内所に 「ジャパンレザ
ーアワード学生部門最優秀作品」の 「桃太郎について行きたかった猫」と 学生部門最
優秀賞の 「クリアベリーアラモード」(お菓子のカバン)を見ます。

 好古園へ行き ”梅花展” を見ます。 ほのかに匂う梅の香が 春の訪れを感じさせてく
れる? 今年は 暖かかったので 梅もよく咲いているかと思いましたが・・・。 活水
軒、潮音齋の梅花展を見て 庭園を回ります。











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播磨の陣屋

2020-02-26 17:28:16 | 歴史探索

 2月29日(土)   天気:曇り   室温:18.7℃

 あるカフェで コーヒーを飲みながら 置いてあったバンカル2020年冬号を見ると 「播磨
の陣屋」 が特集されていました。 それをめくると 1.乃井野陣屋、2.平福陣屋、3.山崎陣
屋、4.林田陣屋、5安志陣屋、6.福本陣屋、7.小野陣屋、8、三草陣屋、9.若狭野陣屋が
載っています。 まだ 小野陣屋と三草陣屋には 行ったことがありません。
 陣屋とは、江戸時代の幕藩体制における、大名領(藩)の藩庁が 置かれた屋敷、また 徳川幕府
直轄領の代官の住居および役所が 置かれた建物のことである。
 一般的には 石高が3万石以下の国持ち大名や 城持ち大名以外の大名が 持った屋敷です。 また
上級旗本も知行地に陣屋を構えた。

1.乃井野陣屋
  元禄10年(1697) 森長俊によって築かれた。 三日月藩森氏は、延宝4年(1676) 津山藩主
  森長武が弟長俊に美作国勝山郡内に一万五千石を分与したことに始まる。 元禄10年(1697)
  津山藩主森長成が 嗣子なく没して 改易となると、所領を播磨国佐用郡・揖西郡・宍粟郡内に
  移され 三日月陣屋を構えた。 三日月藩森氏は 長俊の後、長記・俊春・俊韶・快温・長義・長篤・
  長国・俊滋と 九代続いて 明治に至る。



2.平福陣屋
  平福陣屋の松井松平家は 初代の康朗が 岸和田藩主松平家から 5000石の分地を受け 成立した
  家柄。 平福は 寛永17年(1640)利神城廃城後、松井松平家領となる。 天保7年(1836)には
   所領が 福島の中畑(中畑陣屋)に移された。 その後は 幕府天領であったが 文久3年(1863)に
  旧領のうち 2500石が 松平家に復し、明治まで続く。





3.山崎陣屋
  山崎藩は、姫路藩初代藩主 池田輝政の四男輝澄を藩祖とする。 慶長20年(1615)5月、輝澄の
  同母兄で 岡山藩主の池田忠継が 早世すると、忠継が 相続していた母良正院の遺領分10万石のうち
  播磨国宍粟郡3万8千石を分与されて 鹿沢(山崎)に 陣屋を構え立藩した。 寛永8年(1631)には
  赤穂に転封となった弟輝興の所領3万石を 加増された。・・・





4.林田陣屋
  豊臣政権下で 尼崎郡代700石であった建部光重の子・政長を藩祖とする。政長は 池田輝政の養女を
  母とする池田家一族であった。 池田利隆・忠継兄弟の幕下の大坂の役で 戦功を挙げ、元和元年(1615)に
  伯父の池田重利とともに 摂津川辺郡・西成郡尼崎藩1万石を与えられ 大名に取り立てられた。
  元和3年(1617)、宗主である姫路藩主池田家の転封により 林田に移り、林田藩が成立した。
  建部家は 外様大名でありながら、明治維新まで 10代政世まで 250年余りに亘り 林田藩を治めた。



 

5.安志陣屋
  安志小笠原家は、小笠原秀政の嫡男忠脩に始まる。 大坂の陣で 忠脩が討死にした時、長次が幼少のため、
  本家は 小笠原忠真(豊前小倉)が 継ぎ、長次は 分家扱いとなった。
  長次は、播磨龍野~豊前中津城主となり 8万石を領し、その後 5代続いたが 世継ぎ無く 改易となった。
  享保2年に 小笠原長興に 安志1万石を与えられ 家名存続を許された。 長興が 安志に陣屋を構えて以後、
  7代続いて 明治に至った。 遺構は 何も残っていない。 真光寺に移築された城門が残っているだけ・・。



6.福本陣屋
  播磨国主で 姫路城を築造した池田輝政を父、徳川家康の次女督姫を母とする三男松平輝澄の嫡男政直が
  興した、福本藩の御殿跡です。 大正二年に 大歳神社が遷座されて、小規模ながらも 池泉回遊式の大名
  庭園の一部が保存されました。 寛文三(1663)年に 造営された福本陣屋の縄張りは、南北約600m、
  東西約450mの範囲を占め、陣屋の西に 但馬街道を通し 南惣門と北惣門の関所を設けました。

 この庭園は 元禄年間に描かれた絵図面通りに 現存する庭園として 大変貴重で 蓬莱
島を置き 武運長久を祈る大名庭園としての特徴があるそうです。




7.小野陣屋
  小野陣屋は承応2年(1653)、二代藩主一柳直次によって築かれ、それまでの陣屋から移転した。
  小野藩は 一柳直盛の次男直家から始まった。直家は 播磨国小野と伊予国内に 2万8600石を領し、
  伊予川之江に 川之江陣屋を構え、播磨小野を分領として 代官所を構えた。 しかし 寛永19年(1642)、
  直家から婿養子直次への相続が 末期養子としてとがめられ、小野藩は 1万石の藩となった。
  以後10代にわたって 一柳氏は この地を領して 第11代 末徳の代に 明治維新を迎えた。
  陣屋は 台地の先端部に築かれている。 周囲は 断崖になっていて。東側には かつて 3つの池があり、
  堀の代わりをしていた。 現在 跡地は 小野市立小野小学校となっており 遺構は 残っていませんが、
  旧講堂が 小野市立好古館となっています。
  

8.三草陣屋
  三草陣屋は 寛保2年(1742) 丹羽薫氏によって築かれた。 薫氏は 大坂定番に任ぜられ 越後国高柳から
  美作国・河内国に移され 更に 播磨国に移り 一万石で 三草に陣屋を構えた。 丹羽氏は 参勤交替のない
  定府大名であった。 現在は 学習塾の敷地となり 入口付近に石碑が建てられているのみである。

 三草山城は 要害の地であることから 室町時代 三草山城が築かれ、幾多の戦乱の舞台にもなりました。
 城主は 赤松出羽守則友といい、山名氏との戦いにおいて 戦功のあった人です。


9.若狭野陣屋
  寛文十一年(1671)、赤穂藩主浅野長直の孫・浅野長恒が 分家したことにはじまり、長恒は 江戸幕府
  直参の旗本となり、若狭野に陣屋を構え、若狭野十二ヶ村三千石の知行がみとめられました。 これが若狭野
  陣屋の始まりです。 陣屋は 三千石の旗本宅としては 豪壮で、1600平方メートルの敷地内に 本宅(六室)
  内庭のほか、門・倉庫・馬屋・武器庫などがありました。 現在、札座(藩札をつくったところ)の建物で
  あった法界庵と、那波野の西法寺に、移築された 陣屋門が残っています。




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10.網干陣屋
  この地は、かつて羽柴秀吉が別邸(鶴松亭)を建てたところで、江戸時代初頭は姫路藩領であったが、曲折の後、
 寛永十四年(1658)に龍野藩領となった。 万治元年(1658)、当時の龍野藩主京極高知は 四国の丸亀藩へ
 移封されたが、網干地区二十八ヶ村(一万石)だけは 引き続いて京極家領となり、以来明治まで 丸亀藩の飛地で
 あった。  丸亀藩は、この地に 網干陣屋を設け、代官・奉行などを配置していた。 明治維新で建物は ほとんど
 取り払われたが、門だけが残された。 かつて揖保川の近くに西面して建っていた陣屋門は、明治三年(1870)
 この地に移築され、永らく興浜の壇尻庫として利用されていた。 現在の建物は、老朽化した旧陣屋門を参考にして、
 昭和62年度に 改築されたもので 旧にならって 軒丸瓦には 京極家の家紋が用いられている。


 あぼし一番街の角に 境橋があります。 万治元年(1658)から 明治維新まで 興浜地区は
丸亀藩(京極家)の所領 新在家地区は 龍野藩(脇坂家)の所領に分割されていました。 この
石橋は 両藩の境界堀割に 架けらていたので 境橋と呼ばれていました。 昔は ここに 通用門が
設けられ 朝夕 時刻を定めて 門が 開閉されていた・・。

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ギャラリー集で 美しき民族の布

2020-02-24 16:47:55 | ギャラリー散策
 2月24日(月)振替休日   天気:晴れ    室温:18.3℃

 きょうは 高砂市米田町のギャラリー集へ ”美しき民族の布 インドネシア・ティモール島
~中国へ 岡崎真奈美” を見に行きました。  きょうは 在廊日ではないと思ったのですが
岡崎さんが おられました。 初日は もっと多かったそうですが きょうも 女性客が 多く来ら
れました。 おばさんも来られ 久しぶりに お会いしました。

  ギャラリー集の案内状には
 インドネシア・バリ島から 東の端に位置するティモール島(西ティモール)。 山間に暮らす
人々の古より続く手織りの布は、貴重な織り文化だ。 急速に進む世界の文明の変化は、この小
さな島の暮らしにも 影響を及ぼしている。 織り手は 高齢な女性たち。 幼い頃から 体で習得
した織物を楽しむ。 布に繋がる全ての感覚を広げ、自身の足で布を捜す岡崎さん。 彼女の美
意識の根幹は、この島の布にある。 ・・・・・ ティモールからインドネシアの島々を巡り、
ベトナム、タイ、ラオスへと 北上し、中国の少数部族まで、布に導かれ 彼女の手もとには エネ
ルギーに満ちた美しい布が集まる。 民族の暮らしや歴史、想いが象る装束の布。 ・・・・
  ◆手紬ぎ腰機手織物、藍染、ロウケツ染、刺繍、衣装、紐、裂地、小物など◆












 
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赤穂美術家連合会展 他

2020-02-22 16:09:06 | ギャラリー散策
 2月22日(土)   天気:雨 のち 曇り   室温:17.6℃

 きょうは 赤穂市文化会館へ ”赤穂美術家連合展” を見に行きました。 ついでにと
向かいの図書館を覗くと こちらでは ”赤穂美術協会 小品展” をしていました。 ここ
で 3月6日からの ”女・女・・女展” と 13日からの ”四季彩 絵画展” の案内状
をいただきました。 田中繁雄先生は 今でも 赤穂へ絵の指導に行かれているようです。
 まず 相生・山手2の自家焙煎珈琲・ぶどうの木に行って モーニングをいただきます。
ここに 珍しく 薮田さんがおられ お元気そうでした。

 赤穂市文化海難では ”第12回 赤穂美術家連合会展” が行われています。 この前、
文化協会展のとき 案内状をいただきました。 洋画、日本画、陶芸、書、写真に 26
名が 30点以上の作品を出展。
    連合会展開催にあたって
 皆様には ますますご健勝のことと お喜び申しあげます。
 さて、この度 郷土の美術文化の振興普及に努め 作家相互のジャンルを超えた 交流と
親睦を図るため ”第12回 赤穂美術家連合会展” を開催いたしました。 各分野での
創作発表ですので 是非 覧いただき、ご指導くださいますよう 願いいたします。

 







 
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 向かいの赤穂市立図書館を覗くと 図書館ギャラリーで ”第31回 赤穂美術協会
小品展” が行われていました。 13名が 一人2点ずつ 洋画を出展。
   開催にあたって
 木々の芽もふくらみ始めました。
 今年で 31年を迎えることができました 「第31回 赤穂美術協会 小品展」は、
日頃 会員が、絵画制作活動に取り組んできました 一年間の成果を 発表する機会であり
ます。 何とぞ、ご観覧賜りまして、ご指導ご鞭撻の程 よろしくお願い申し上げます。
 





 
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