私の日帰り散策

写真でつづる山歩き、ドライブなどの日誌です。
最近は ギャラリー巡りをしています。

西脇市美術展

2013-10-31 14:50:34 | ギャラリー散策
 10月31日(木)  天気:晴れ のち 曇り   室温:22.8℃

 きょうは 西脇市民会館で 行われている ”西脇市美術展” へ行きました。
募集要項には
 西脇市展は 昭和27年に 市町村合併前の旧西脇市制発足 翌年の昭和28年に 第1回が 開催され 地域芸術
 文化振興の柱として 西脇の文化の顔を標榜する事業として また その時代に生きた文化活動の先駆者の思い
 を引き継ぎ 本年で 第61回を迎えた伝統を有する美術展です。
 西脇市展は 平面・立体とも 技法にとらわれない 素材そのものの特性を活かした 個性豊かな作品や ファイバ
 ーアートや テキスタイル等 技術をも大切にする作品を募集し 西脇市展ならではの そして 全国に発信する展
 覧会を 目指しています。

 部門は 日本画、洋画、彫塑、工芸、書、写真、デザイン。 日本画の審査員は 青田 賢蔵さんです。
出品された作品は 合計385点で そのうち 写真が 231点。 入賞点数は 58点、入選は166点。 入賞には
最優秀賞、優秀賞、奨励賞があります。
 60年の伝統を 礎に 新しい一歩を踏み出そう。 現代を生きる私たち。 伝統に新しい風を。
 未知の美術を目指してみたい。 自分を確かめる場としての西脇市展。


 相生市は パスしましたが 加西市、姫路市、たつの市、赤穂市 の美術展をめぐってきましたが 今年は これで
終わり・・。 西脇市美術展は 彫塑・彫刻もあり 良かった。
 出品作で 名前を知っている人は ただ一人、 アンドレイ・ヴェルホフツェフ だけでした・・。 以前 ルネッサ
ンス・スクエアで 絵と写真を 見たことがあります。


 9:26 出発。 姫路バイパス、播但道から中国道に廻り 10:10 加西ICで 降ります。 播但道 400円、
中国道 300円。 ここまで 46.9km。 西脇へ行く ついでに 蓬莱山普光寺に寄って ”蓬莱水” を汲みます。
 10:19 普光寺着。 加西ICから 5.6km。 水を50Lほど 汲んで 県道24号線に戻り 東へ。
明楽寺で 右折して 県道34号線に出て 西脇市街へ入り 高田井北の信号で 右折して 三和橋を渡ると 左前方
が 市役所で 隣が 市民会館です。 10:57 駐車。 普光寺から 14.1km 家から 66.6kmです。


 市民会館の入口で 立派な入選目録をもらいます。 展示は 4カ所に分かれています。 まず 1階の ”書、彫塑”。
書の部の作品概評:初めて審査をさせていただきました。 出品点数は 多くはありませんでしたが 作品の質は高く
特に かな作品に 優秀作が多いことに 驚きました。 渋味のある作品も拝見することができ 楽しく審査しました。




 工芸は 技術を積み重ねて表現するものですが 余分なものを取り除くことで より 見る者に語りかけられる
ものでもあると 思います。 今回は 過度の装飾をされたものではなく シンプルな造形作品が 受賞されたのが
印象的です。 




 洋画は 出品数も増え 表現意欲、構成、色彩感覚など 情熱を感じる作品が多く 悦ばしい・・・。


 以前 ルネッサンス・スクエアで 絵を見たことのあるアンドレイの絵は 今回は 奨励賞。 アンドレイの
名は ヴェルホフツェフで フ が抜けていました。 ふ がいない・・。




 写真と日本画は 2階です。 写真は 点数が多いうえ 照明などの光が反射して 撮るのは 大変です。
写真の部の概評は 既視感のない 新しい写真、作者の世界観や哲学が 感じられる作品を期待します。 写真は
「今」 を記録するものです。 時代は絶えず動いています。 そうした社会に敏感な写真、時代性のある作品を
作ってください。 自分の作品すらも 軽々しく扱ったり その人の写真に対する執着心も 疑ってしまう・・・。




 2階の奥の部屋に 日本画が展示してあります。 青田さんの作品概評は 出品数は 昨年とあまり変わりませ
んが 作品の質は高く 充実した展覧会になりました。 特に 受賞作品は 個性的で 自分の主張が はっきりと
しており 存在感があります。 毎年のことですが 当市展の特色は 墨彩色が 多く出品されておりますが 今後
とも出品いただき 展覧会を大いに盛り上げていって欲しいと願っています。
 最優秀賞の カーニバルは イタリアの仮面の華やかさが 良く表現されています。 日本画のテーマとしては
珍しいですが このようなテーマに挑戦する気持ちを 大切にしたいと思いました。 




 美術展を 1時間ほど見て 12:00 帰路につき 来た道を戻ります。 県道34号線を戻り 12:27 加西IC
から 中国道に入り 福崎ICで 播但道に入り 途中 豊富PAで ラーメンを食べ 12:59 花田ICを通過。
 姫路バイパスを走って 帰りました。 13:24 帰着。
本日の走行距離は 往路:普光寺まで 52.5km 市民会館まで 14.1km 復路:61.9kmで
計:128.5kmでした。 11月2日 休日割引で 給油すると 走行距離697.5km/給油量26.7L=
26.124km/Lで 過去最高の燃費でした。 なぜ?  ガソリン代は 149円。 少し安くなりました。
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特別講座 軍師官兵衛3

2013-10-30 15:31:49 | 歴史探索
 10月30日(水)  天気:晴れ   室温:23.5 ℃

 きょうは 大津茂公民館で ”特別講座 軍師官兵衛” の3回目の講演を 聞いてきました。 講師は 歴史研究
家の菅原 美文先生です。 きょう 最終回の演題は ”如水という生き方” です。 今回は 原稿通り話が 進みま
した。 最後に言われたのは 長政には 関ヶ原の合戦後 筑前が与えられ 官兵衛も 筑前に住んだため 姫路
には 黒田家の財宝が 何も残っていない・・・。 残っているのは 祖父、父、母のお墓だけ・・・・。


以下に きょう もらった原稿を 記します。

 ・・・・ ☆官兵衛(如水) の生き方 ・・・・・・・・・

1.万葉集 945番 山部赤人の歌
 ・風吹けば 波か立たむと 伺候(さもらひ)に 都太(つだ)の細江に 浦隠り居り (風の止むのを待つ)
  *伺候・・・さもらう・・様子を見るの意
       ・・侍・・・さむらい
           ・・はべる(側に居る)
   侍(サムライ)の上にいるのが 武士(ぶし、もののふ)・・今でいう係長のような役職者
 (1)官兵衛は れっきとした武士
     武士(15~20%)・・・戦いのときは 鎧兜で 馬に乗る。
     侍 (20~25%)
     足軽・中間・小者(25~30%)・・・非正規
     百姓(40%前後)
 (2)武士の世界観は 一定
   a.父祖から受け継いだ領地を 命がけで守る。・・一所懸命(命がけで守る)
   b.できることならば さらに 拡大発展させていくことを 願う。
   c.名こそ惜しめ・・・名誉を重んじ 誇り高く生きる。・・卑怯なことはやらない。
    *戦国時代 日本に来た西洋人(宣教師など)は 日本人を誇り高く 名誉心に富む民族と書き残している。
     知的にも優れていると。
   d.運命に殉じる。 運命に逆らわない。・・覚悟している。
    *信長の登場により 人生観(生き方)は 大いに変わる。 道、橋などインフラを整備。 商人に税金。
     (a)運命に挑戦する。・・信長の人生観・世界観は 官兵衛と同じ。
     (b)競争に勝つという意識に目覚める。・・日本史を変えた。 能力があれば 人生はひらかれる。
     (c)聖性を重んじない。・・・神仏が縮小、天皇に対する尊敬薄れる。 キリスト教が入ってくる。
 (3)官兵衛(如水)の生き方を支えたもの
   ア)14歳で 母に死別。・・・悲しみを乗り越える。・・一時は 武将を止めようと思ったことも。
   イ)一番上の妹は 盲目・・・障害者に対するシンパシー。
   ハ)黒田家の長男・・・家族、一族に対する責任感。
   エ)宗教  a.キリスト教の教え・・絶対者に対する深い信仰 (下のbとは矛盾する)
          b.臨済宗(禅宗)への帰依・・反対に independenceに対する強い自覚。
             大徳寺に葬られる。(座死)
   オ)幸若丸敦盛(信長の好んだ歌)
     人間五十年 下天のうちをくらぶれば 夢幻の如くなり。 一度(ひとたび)生を得て 滅せぬ者のあるべきや。
       人間なるようにしかならない。・・・自然体


2.官兵衛(如水)の言葉から 彼の生き方を探る。
 (1)神の罰より 君の罰より 臣下百姓の罰 恐るべし・・「黒田家譜」・・みのもんたとは違う(笑)
 (2)夏の火鉢、旱(ひでり)の傘と云うことを 能々 味わい 堪忍を守らざれば 士の我に服せぬものぞ。
 (3)采配を振りて 一度に敵を 千も二千も 打ち取ることは得手者に候。 (「若話記」)
 (4)人の上に 相口(あいくち)、不相口ということあり。 (「名将記録」)
 (5)君の御運 開かせ給うべき 始めぞ。 能(よ)く せさせ給へ。 (「名将記録」)
 (6)使う間敷ならば 金にてはなく 瓦礫に劣れり。 貯え置きては 詮なし。 (「古郷物語」)
     お金は 使ってこそ 値打ちがある。
 (7)大将たる人は 威と云うものなくては 万人の押へ成り難し。 (「黒田家譜」)
 (8)是は 汝の為なり。 乱心にあらず。 (「老人雑器」)
    晩年 無茶をし 周りの人に 嫌われたが これは 長政のため。・・死後も 官兵衛は 良かったでは 困る。
 
3.辞世
 ・おもひおく 言の葉なくて つゐに行く 道はまよはじ なるにまかせて
  他に残された官兵衛・如水の和歌
 ・仁と義と 勇にやさしく 心かけ あふ人ことを 敵と思ひて
 ・不忠不義 私もなく 今日くれて ながらへは 又あすもかくこそ

4.如水(軒)と号す
 ・身は 褒貶毀誉(ほうへんきよ)の 間に在るとはいへ 心は 水の如し

5.父・職高は 慈悲深く 家臣、領民を 大変 慰撫した。 その誠実な人柄により 秀吉の信頼は大きかった。

6.長政や家臣たちに 質素倹約をすすめた。 勿論 本人が質素に暮したことは 言うまでもない。
  それ故に 黒田藩では 幕末に至るまで 汚職事件もなかった と伝えられている。

7・「草鞋(わらじ)」 と 「木履」 と 「弁当箱」 があれば 戦え。・・気持ちで戦う。

8.毛利輝元 上洛時の接待(天正16年(1588) 7月~9月)・・官兵衛 接待受持
  『輝元公上洛日記』には 唯官兵衛と記す。 毛利氏にとって 官兵衛は 全く親しい存在。
  決して 裏切らない男、誠実な人格、キリストの愛(アガペ)により 残酷な現実とバランスをとる男。

  ・・・・・ 毛利輝元上洛時(接待)の経路を描いた地図がありますが 省略します ・・・・・

9.黒田家の家系
  黒田高政ー(次男)重隆ー職隆(もとたか)-孝高(生母明石氏)-長政ー忠之ー光之ー綱政
                            -利高(生母明石氏)
                            -利則(生母神吉氏)
                            -直之(生母母里氏)
                            ー妹(三木氏に嫁ぐ、盲目、生母明石氏)
                            -妹(尾上氏に嫁ぐ、生母明石氏)
                            -妹(一柳直末に嫁ぐ、生母明石氏)
  ※長政は 蜂須賀正勝(小六)女(秀吉養女)と結婚していましたが 後に 保科正直女(家康養女)と結婚し
   忠之を 儲けました。
  ※黒田家では 三代・忠之 以降 藩主は 徳川将軍より 諱を 一字 賜わる。
   忠之は 秀忠より 忠を 光之は 家光より 光を 網政は 家綱から 綱を 賜わっています。

  ・・・・ 官兵衛は ナンバーワンには なれなかったが オンリーワンの存在であった ・・・・
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上郡町 美術展

2013-10-28 17:13:59 | ギャラリー散策
 10月28日(月)  天気:晴れ  室温:23.0℃

 きょうは つばき会館で 行われている ”上郡町 美術展” に行きました。 どこかで 案内を見たのですが 詳
細が分からず ひょっとして 月曜日は 休みかもと 心配しましたが 幸い 開いていました。 美術展は ”2013
上郡町 文化祭” の一環として 行われているようで 11月2、3日(土、日) には 生花もあるようです。
 以前 行った 香寺町の美術展では がっかりしましたが 上郡展は 学童美術展もあり すごい量の作品が 展示
されていました。 書、絵画、写真、剪画、ちぎり絵、押し花、陶芸、木彫り、人形、編み物、・・・。 何でも あり?
 賞は なかったので 応募作品は 全部 展示? 日本画は 無かった? 洋画は 一枚だけ? 絵画が 少ないの
は ちょっと 寂しい・・・。 種兼さ~ん!!

 10月30日 新聞に 「日展」 の審査で 不正があったとあり やっぱりという気持ちですが 今回のように
審査がないものは 安心して見ることができます。 この前 池川さんも 審査をすると いろいろクレームがある
と言われていましたし・・・・。


 10:11 出発。 太子町を 北へ抜け 龍野新大橋を渡り 県道5号線に入ると 西へ一本道。 上郡の千種川
に突き当り 上郡橋の袂を右折して 東へ約1km行くと つばき会館です。 10:59 着。 ここまで 28.3km。
道路の向かい側が ギャラリー ”静匠” です。 帰りに 寄りましたが 奥さんは 不在でした。


 美術展の案内図によると つばき会館の1階の奥の実習室2で 高齢者大学作品展(陶芸・生花・家政)、2階
の実習室6で 一般作品(手工芸・その他)、実習室3で 高齢者大学作品(書道・彫刻)、実習室4で 一般作品
(絵画・写真)、実習室5で 一般作品(水墨画・書道)、裏の別棟の講堂で 学校関係作品(保育園~高校の絵
画・書道)が 展示されているようです。 上に書いた順番に見ていきます。 
 まず 1階 実習室2で 高齢者大学作品展の陶芸、家政を。 生花は 11月2日です。



 階段を上がって 2階の実習室6へ。 一般作品(手工芸・その他)を見ます。 ここには 木彫、竹細工、ポー
ラセーツ(白磁の器に絵を描く)、押し花、ステンドクラス、ちぎり絵、剪画、編み物・・・。






 実習室3、4、5の 高齢者大学作品(書道・彫刻)、一般作品(絵画・写真・水墨画・書道)を見ます。




 つばき会館の実習室を後にし 裏の別棟の講堂へ行きます。 講堂では 保育園から高校生まで 学校関係
の絵画・書道の作品が 展示され 各種の賞が 選定されています。 



 上郡高校1年6組の作品・ミッキーマウスは 色を付けた爪楊枝を 何万本か使って 全体を見ると ミッキーに
見えるように なっています。 下の写真は その一部を撮ったものです。



 12:07 帰路につきます。 上郡橋に戻り 千種川に沿って 南下。 有年原で 国道2号線に突き当り 左折。
2号線で 相生に戻り 相生駅を過ぎた 次の信号で左折して 山手2丁目の住宅地に入ると 自家焙煎珈琲の
喫茶店 ”ぶどうの木” があります。 12:30 着。 ここまで 15.9km。  ここで 軽い昼食 & 休憩。
 きょうは 娘さんのお顔を見ることができました。 2、3度しか 来ていないのに 私を覚えておられ きょうは
どこへ? 上郡の美術展へ・・。 2階は ギャラリーとしても使えますが きょうは なにか 会議をしていました。


 網干まで帰ってきて 高田の古民家ギャラリーへ寄って お茶をいただきながら 2時間ほど おしゃべり・・・。
ここに おられた女性が 以前 周太郎さんのとき 指輪で 御手を お借りしたヒトでしたが 気付きませんでした・・・。
今 思うと 会釈されたので あの人は 私と 判っていた・・・。   家に帰ったら 16:25 でした。
本日の走行距離は 往路:28.3km ぶどうの木まで 15.9km 復路:13.7kmで 計:57.9km。
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ギャラリーWEARCHで 美杢の椅子

2013-10-26 16:13:13 | ギャラリー散策
 10月26日(土)   天気:曇り   室温:21.9℃

 きょうは 高田にある古民家ギャラリーWEARCHへ ”美杢の椅子” を見に行きました。 美杢(びもく)
の椅子とは 後山の麓、東粟倉で 創作家具を制作されている 野間 清仁さんの椅子で  ”心地いい椅子が 自分
の居場所になる”。  案内状には 座の生活から 椅子の生活へ。 暮らしのスタイルも 年齢や 嗜好とともに
変化します。 フローリング空間は もちろん 畳の空間にも 似合う椅子が バリエーション豊かに 揃います・・・・・。
 毎日座る椅子は あなたの体をサポートする大切なパートナーです・・・。




 今回の展示は 椅子が メインですが 器(漆)、箱物、お盆、時計、茶筒、テーブルなど いろいろあります。
野間さんは 1960年 兵庫県夢前町生まれ。 1981年 姫路の別注家具の木工所にて 家具職人の道に
入り 1994年 東粟倉村(現 美作市後山)に 移住し 創作家具工房 「木道」 を設立、創作活動を始める。
 暮らしの中で 手仕事の木の物を 使ってほしい・・・。 大切にできる お気に入りの物があれば そこから
毎日が 豊かな気持ちになっていく・・。





 こだわりとして 樹から木へと変わり これからも生きていく 大切な木材を使っているので その木の特性を 最
大限に活かす仕事が 木工家の使命とうけとめています。 作者の気持ちの入った作品は 時として 人に感動を
与える。 身近に置いて 便利に使うだけでなく 掌中で 愛玩してもらえたり 何か生きていく 癒しになれたらいい。


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 28日 上郡へ行った帰りに 傍を通るので 寄り お茶をいただきながら 2時間ほど おしゃべりしました。
このとき おられた女性が 以前 周太郎さんのとき 指輪で 御手を お借りしたヒトでしたが 気付きませんで
した・・・。 今 思うと 会釈されたので あの人は 私を 判っていた・・・。 女性の顔が 覚えられません・・。
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イーグレひめじで 第67回 学童美術展

2013-10-25 14:16:09 | ギャラリー散策
 10月25日(金)  天気:雨   室温:22.5 ℃

 きょうは イーグレひめじで 行われている ”第67回 姫路市学童美術展” を見に行きました。  ついでに
第40回 好古学園大学校 陶芸科作品展と 第9回 木彫 白彫会 作品展を見て カフェに寄り ヤマトヤシキの
”美術工芸品 チャリティーオークション” と 中井三成堂画廊の ”墨彩会 彩画展” を 見て 山陽百貨店の ”阿
部友子 日本画展” を 見てきました。 11月1日から 大手前公園で ”全国陶器市” が開かれます。

 9:59 の電車で 姫路へ行き みゆき通りを歩いて まっすぐ イーグレひめじへ。 みゆき通りは アーケードを
工事中で 雨が降っています。 大手前公園では 全国陶器市の準備中で テントが張られています。

 市民ギャラリーの第1、2、4展示室で ”第67回 姫路市学童美術展” が行われていて まず 第4展示室の
”書” から見ます。 学童美術展には 市内の幼稚園、小・中学校の児童、生徒から 計3181点の作品が 応募され
会場では 特選108点と 入選713点の計821点を 展示しているそうです。 見るだけでも 大変です。


 第1、2展示室の“絵画” へ。 写真は たくさん撮りましたが・・・。 




 第3展示室は ”第40回 好古学園大学校 陶芸科作品展”。 面白い作品が あります。
チャリティーバザールを兼ねているので 即売コーナーもあります。 収益の一部を 義援金として 寄付。





 特別展示室では ”第9回 木彫 白彫会 作品展”。 案内状には 40人ほどの名前が 書かれていますが
そのほとんどが 女性です。 女性が このような木を彫るのは 大変だと思うのですが・・・。
 以前 イーグレで 絵画展をしていたとき 女性に 今回の白彫会の案内状を もらったのですが 尋ねると
絵画展の女性は 高原智子さんで 今回の木彫りの会を 主宰するのが お姉さんの中塚静子さんでした。
高原さんの名や 絵は あちこちで 目にしますが・・。






 カフェ・ゆうゆうゆうで 休憩します。 きょうのカップは china? 山岡さんが 若いころ(50年前?)集め
ていたのものの ひとつ。 お友達の江越さんが 陶芸科作品展に 展示されているそうですが・・・。 お花が
飾ってある花瓶の後ろの古木は 流木かと思いきや 昭和の大修理のときの姫路城の廃材だそうです。

 ヤマトヤシキの特選ギャラリーでは 美術工芸品のチャリティーオークションをしていました。 清水公照の
泥仏や 掛軸もありましたが・・。 6階催し場では 猫雑貨・・。

 3階の中井三成堂画廊では 墨趣会 墨彩画展をしていますが 撮影は お断りされました。
山陽百貨店の美術画廊では 阿部友子 日本画展。 阿部友子さんは 1980年 生まれで 33歳。 若くて
美人です。 土曜日在廊なので 土曜日に 来ればよかった・・。 2002年 22歳で 日展入選。

 2003年 京都市立芸術大学 美術学部 卒業、5年間 高校の美術教師を 勤めた。 2003年 日春展 入選。
毎年個展を 開催。 やはり 日展に入選する人の絵は ちょっと違います。 現在 無所属。


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