私の日帰り散策

写真でつづる山歩き、ドライブなどの日誌です。
最近は ギャラリー巡りをしています。

岩谷山 733m ~ 五蔵山 791m

2008-11-29 10:25:18 | 山歩き
 11月29日(土)  天気:曇り・ガス・雨   地図:安積(北東部)

 きのうは 「宍粟50迷山」の38番・岩谷山と 35番・五蔵山を 縦走しました。
予報では 日曜日より 土曜日の方が 天気が良い はずだったのに・・。 下山中 雨が落ちてきて 車に
戻り 弁当を 食べていると 一時 本降りに なりましたが しばらくして 上がり 山崎まで 戻ると 道路
も 濡れていませんでした。

 7:20 出発。 いつものように コンビニで お弁当を買い 北へ向かい 太子の陸橋から見ると 新
竜アルプスは モヤにかすんでいます。 新宮から 山崎に入り 8:08 国道29号線に入り 8:27
安積橋手前で 国道を離れ 県道6号線を 4.6km北へ走り 生栖で 左折して 深河谷へ。 正面に見え
る山には ガスがかかっています。 県道から 約1km坂を登ると 車が停められそうな 場所があり 8:
37 駐車。 ここは 一宮町消防団深河谷部の前。 家から 46.8km。 通りかかった軽トラの人に
停めてもいいか尋ねると OK。 池王神社から 山に登ると言うと 車で送ると言われ リュックとストック
を 持って乗せてもらいました。 車だと 2、3分で 五蔵山登山口の標柱のある池王神社前に 着きました。

 山門を潜って 池王神社へ。 お賽銭を 5円入れて 安全登山を祈りました。 勿論 ここにあるオッサン顔
の狛犬も 撮りました。 左へ廻り 天然記念物のアカガシを見て 山門横のトイレを借り 8:55 ス
タート。 上に上がると グランドで ライトからレフトの後方まで バックして 外野フライを 取り損ね・・・。
 このグランドは 草茫々で 昨日の雨で 水が浮いています。 レフト後方に見える 形のいい山は 行者山だ
と思うのですが・・。 土手を上がり ヤブを掻き分け 林道に出て これを登ります。

 この林道は 地図にある破線の道だと思うのですが きょうは 雲が厚く お日様が見えないので 方向
感覚が 麻痺し 左に見える雲のかかった双耳峰の山が 何山か分かりません。 行者山? 地図の何所を
歩いたのか分かりませんが この砂利道を ひたすら歩き 左手が開けた所から林に入り グランドから
30分、 林道終点から 山道になると 急にヤブ道になり 下草が濡れて 裾を濡らします。
 ここに 五蔵山の手作りのプレートがあり 道の確認ができ 一安心。 道標に 岩谷山の表示がないの
は 岩谷山の山頂北に 倒木帯があるため 登山ルートとして 好ましくないからのようです。

 枯れたシダのヤブを抜け はっきりとした山道になると 倒木が多くあり 煩わしい。 倒木に頭を下
げるのは 嫌なので 下を潜らず 右にかわしながら登ります。 ヤブを抜け 道の無い急登を登った所は
588m標高点辺りだったのか?
 黄色いネットを潜り 暗い林の中に NHKのアンテナの表示があったので  矢印に導かれ 右に進んで
みましたが 5分ほど歩いても アンテナは無く 見晴らしも良くない。 道も怪しくなったので 引き返
す。 林を抜けると 明るい雑木林になり 雰囲気が良くなります。 紅葉は 終り 落葉になっていますが
目には 楽しい。

 雑木林と植林の間を登り 10:08 NHKの丸いアンテナのある分岐に突き当たりました。 右は
五蔵山。 左の岩谷山に進みます。 右下に 林道を見ながら 緩いアップダウンを歩き 10:14 林
道終点に降りて 左から登ります。 少し登ると 凄い倒木のジャングルに出ました。 この倒木群には
参りました。 潜るには 低いし 跨ぐには 高いし、 おまけに 昨日の雨で 濡れていて 下手に木に乗り 足
を滑らせると ただでは 済みません。 ズボンは汚れるし・・。 下草は 煩わしいし・・。
 乗り越えられそうな所を 探しながら進み 倒木を越えると 直ぐ山頂に出ました。  10:26 登
頂。  尾根道の途中の細長い山頂。 三等三角点と 50山の標柱があります。

 見晴らしはないが 古城山の表示に従って 南へ進むと 岩の露出するやせ尾根になり 左に 行者山が見
えます。 空は いつの間にか 暗くなり 雨が降りそうで ガスが出てきました。 右に 南西方向の山が見
えますが ガスがかかっています。 南尾根は 急な下りですが 面白そうな尾根でした。 つい最近 メ
~さんの山日記』 のOAPさんが 歩かれたようなので レポが楽しみです。
「宍粟50山」としての正規ルートは 南の尾根から 古城山経由のようです。 10:32 下山。

 倒木帯も 降りる時は登るときより ルート取りが良かったのか 楽に降りられました。  10:46
アンテナ分岐に戻り 暗い林を五蔵山へ向かいます。 急な登りになると 道も テープも 分かり難く 10:
58 登ったピークは 751m標高点の手前?  4本のテレビアンテナが立つ、枯れシダのピークでした。
 東は 開けていますが モヤが濃く景 色は さっぱり。 天気がよければ 東に暁晴山が近く 千町ヶ峰
や 段ヶ峰が見えるのではないかと・・・。
 この先から尾根と並行して 左下を走っている林道があり 左、西の見晴らしが いい。 前方の五蔵山
の西裾を走る林道が見え 奥に見える山並みのピークは 点名:谷村770m? 後方は 植松山の方向だが・・。

 この辺りの尾根は なだらかで 歩きやすく 左の景色を見ながら 11:23 780m 等高線ピークに
登りました。 北から強い風が吹いてきて 木立が ざわざわ音を立てています。 雨の前兆か? 下山は
ここから 直接 北東尾根を降りるのかと思っていましたが ここに 道は無く このピークを降りた所に
シャクナゲコースの表示がありました。 広い尾根で 落葉が敷き詰めてあります。 ここからは 面白い
尾根歩きでした。 細い尾根で 右には 東山が 透けて見え 右前方には これから登る 五蔵山の突峰が見えます。

 馬の背のような細い岩尾根を越え 11:39 岩の展望台に上がりますが 展望はなし・・。 展望岩
の下から南? 南西? 方向の山並みが見えましたが・・・。 後日 調べると 中央左の左が 切れ落ちる山は
黒尾山のようです。 展望岩の右から降りましたが ここが 唯一の難所でした。 鞍部から広い尾根を
登り 11:53 五蔵山に 登頂。 狭い頂で 50山の標柱と 四等三角点:深河谷があります。

 切株には マルサのマークではなく 50山策定委員3班の調査記念が書いてあります。 ここも見晴ら
しはありません。 北へは 東山への縦走路が 確認できましたが 急な下りだったので 偵察は しません・・。
 写真だけ 撮って 直ぐ降ります。 雨が降る前に 降りなくては・・・。 山頂には 2,3分滞在し
ただけです。

 五蔵山・山頂からの下山は 広い尾根なので 注意しないと 少し方向を誤ると 違った所へ降りてしまう。
 テープのお陰で ルートを外さず尾根に乗れました。 展望岩、馬の背を戻り 12:18 シャクナゲ
コースへの分岐に戻り ここから 東に 段ヶ峰が見えた? ここから 広い谷への下りも 難しかった。
 テープは 谷の右にありますが 落葉の積もった谷には 道はなく 少し降りるとテープが見当たらず
木を掴んで 急な下りを滑り降りると 左に テープがあり 結局 左の尾根に乗った。 尾根には テー
プも 踏み跡もあり 右の暗い植林と 左の明るい自然林・雑木林の境界を降りました。

 左に 木々の隙間から 東山が見えていたが 左の開けた所から 東山の稜線が 見渡せる所があります。
細い尾根の上を歩くときはいいが 尾根の下を歩くと 途端に踏み跡が怪しくなり なかなか難しいルー
トでした。 左の雑木林は 紅葉は 終わっていますが 黄葉は まだ 残っていて いい雰囲気でした。
 表示にしたが って 右の桧林に降りると 暗い桧林の中で 低い黄葉が 一株だけ 輝いています。
急な下りもありましたが 登りでなくて 良かった・・。

 何とかテープを辿り ルートを外さず降りました。 集落の近くへ降りると 平坦地があり 地図に
神社の印があるので 何かの建物跡でしょうか? 集落の上から 右へ降りて 13:20 段々畑に降り
ました。 道かと思ったら 水路の土手だった。
 横には 墓もあります。 民家の前から舗装路の林道に出た所に 健脚コース登山口の表示があったので
降りた所も 正規のルートだったのか・・・。 この林道を登ると 五蔵山の登山口に出るらしいが 工事中
の林道は歩きにくい?
 舗装路を降りて 13:26 車に戻りました。 山の写真を 撮っていると 雨が 本降りになってきた
ので 急いで 車に入り 車で弁当を食べ 13:49 帰路につきました。

 雨は 小降りになり 県道手前へ降りると 朝 ガスがかかっていた 780m等高線ピークには 薄日が
射していました。 県道を 約1km下った田ノ尻のS字カーブ辺りから岩谷山が見えるかと思ったが・・・。
 14:08 安積橋に戻り 山崎まで戻ると すっかり晴れて 路面も濡れていなかった。 14:31
国道29号線を離れ 新宮経由で 15:24 家に帰ってきました。 きょうも バイパスの手前で
少し渋滞。   本日の走行距離は 往路46.8km、 復路46.5kmで  計93.3km。
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 少し前 新聞に「宍粟50名山」登破一番乗りの記事があり 加古川の稲葉という人が 完全登破
第一号として 市から表彰されたそうだ。 1日に 2、3ヵ所 登ったこともあり 10月10日に 制覇
したとか。 後日談として この人は 50山の策定委員だそうです。 道理で速く登れるわけです。
 たくさんによると 第二号も 出たそうで 近々 登破する予定の人も 多いとか。 WEBにも載って
いないマイナーな山のルートを どのようにして 調べたのか 聞いてみたい気もします・・。
 私としては 『ふるさと兵庫50山』で 登った山など 6月以前に登った山に 再トライする元気は
ないが 残るは 赤谷山、波佐利山、銅山、水上山の四座となりました。
 年内は 無理かなァ・・・。 雪が降ると 春までは 行けそうにないし・・・・。
 、、、、、  。。。。。  。。。。。  。。。。。  。。。。。。。
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杉山 すぎやま 1088m

2008-11-22 19:32:38 | 山歩き
 11月22日(土)  天気:雲の多い晴れ   地図:神子畑

 きょうは いえ 実は きのう 「宍粟50名山」の高い方から 17番 杉山へ登りました。 
世間では 連休ですが 日曜より 天気が良さそうだったので 土曜日に行きました。 先日 「たくの
わがまま風来記」に 岩塊流の調査に行く との記事があったので クジラ岩の調査を お願いしたら さ
っそく調べていただき 元気に泳いでいたそうです。 私も以前 やまあそを見て 行ったことは ある
のですが クジラ岩を見つけることが 出来ませんでした。 今回は クジラ岩の近くに 立派な道標があ
り 難なく 見つけることができ、胸のつかえが 取れました。

 7:22 出発。 新宮から山崎町に入り 8:28 安積橋手前の信号で 右に進み 川沿いに 県道6号
線を北へ走る。 7.3km走り 福知渓谷へ曲がる。 ここまで来たら 文殊の水を 汲まなくては。
 この前 来たときは 渇水状態で パイプ一本だけ かろうじて 水が出ていたが 今回も 同じ状態だっ
た。 お陰で 誰もいませんでしたが・・・。 今年は 台風も上陸しなかったし これも 温暖化の影響
でしょうか? 8:51 水を汲み、坂を下り 県道へ戻り 更に 北へ。 9:04 国道を 右折して
草木へ。 坂を登ると 草置城の手前で 北が望め 下界は 雲海に 埋まっていました。

 上千町の集落を抜け 林の中の林道を 更に1.6km登り 森林王国の建物の下に 9:24 車を
停めました。 家から 文殊の水への寄り道を含め 70.4km。  この辺りは いい雰囲気の森です
が 既に紅葉は終り 枯れ葉や落葉になっています。 9:27 スタート。 前に来たことがあるので
地図は 要りません。

 林道から遊歩道に降りて 砂防ダムの横を 少し戻ります。 遊歩道の終点から 丸太の橋を渡り 尾根
の先端に取り付きますが 落葉が 積もり 橋が 見えません。 お茶山への登りは 丸太の階段があり、
登山道は はっきりした道だったのですが 今の時期 木々の葉が 全部落ちて丸太の階段 も隠すほど積
もっています。
 足で落葉を蹴散らし 道を確認しながら登ります。  左に笠杉山から 点名上千町の尾根が 木を透け
て見えます。 急な北西尾根を 丸太階段を 辿りながら ジグザグに登り 970mピークへ。

 25日 新聞を見ていると 落葉についていい記事が載っていました。 風が吹くと カサカサと さざ
めきながら 頭上に降るとか 所々に雪だまりならぬ 「葉だまり」があります。 くるぶしほどに 積も
った葉を かき分けながら 山道を歩いたとか 山に降る落葉には 生命の輝きがあるとか 落葉は 一切
を捨てて 裸の骨格を空に突き上げるとか 葉という衣装を脱いで 樹林は明るさを 広げていく・・・

 お茶山の山頂手前は いい雰囲気の落葉の絨毯です。 右には 千町ヶ峰が見えるし・・。 10:13
お茶山970mに登りました。 木の幹の白ペンキで  山名が書いてあります。 ここは 尾根の途中で
山頂らしくない所です。 北が開け 笠杉山が見えますが 山腹の工事中の林道が 痛々しい。 頭では
ここから 東へ降りると思っていましたが 地図を見ると 北へ降りるようです。 ここからは 杉林で
落ち葉がなくなり 道が明確で 歩きやすくなります。 少し降りると 左にネットが現われ ここから西
の大段山が望めます。
 後方の山には 雲がかかり 氷ノ山は 見えません。 右に寄ると 杉山から 山上庭園の尾根が見渡せます。
10分ほど降りて 低い板塀を またいで 林道に出ました。


 林道を100mほど進み 車止めを越えると岩塊流があります。 林道は この岩塊流を埋めてしまう
のでしょうか? 岩の上には 雪が残っています。 岩塊流は 幅約20m、長さ約600mにわたる奇岩、
巨岩に 覆われた地域のことで 氷河期の氷河によって 形成されたそうです。 岩塊流に沿って登ると,
新しい道標と説明板があり、傍に 古いプレートもありました。 前回は この辺りを くまなく 探したので
すが・・。

 新しい道標によると クジラ岩は 50m上らしい。 古いプレートは なんなの? 10:35 クジ
ラ岩発見! 落ち葉を食べながら 元気に 泳いでいました。 クジラ岩の後から 岩塊流を越えて 登山道
へ戻り 杉山を目指します。

 ここから 尾根の手前までは 枯れたシダなどの草が道を覆い 登山道が分かり難い・・。 所々に
ある丸太階段とテープを探しながら ジグザグに登ります。 真直ぐ尾根に登るのか と思ったら どう
も 北寄りに登るようです。 尾根が 近くなると 一面落葉の絨毯を敷き詰めた平原 裸の雑木林になり
いい雰囲気です。 大きな岩があったので ここが 岩塊流の始点? 大岩を撮るのに道を外れたので
←笠杉山の道標を 見落としてしまった・・・。
 11:10 右に千町ヶ峰を見ながら 尾根に出ました。 広い尾根だったので 奥段ヶ峰から 北へ
延びる尾根の先端1080m等高線辺りだったのか?

 ここからは なだらかな稜線散歩道で どんどん歩けます。 アセビの葉の水滴が 陽の光に輝いてい
たが 雪が溶けたのでしょうか? 岩が散在していた辺りが 山上庭園か? プレートは見当たらなかっ
た。 奥段ヶ峰が 近くなると低いササ原で これを 踏み分けて 歩いていると 靴が濡れ、水が沁み込
んできました。


 11:23 奥段ヶ峰に 到達。 ササ原で 特徴の無い尾根で 山頂か確認できないが ぽつんと岩があ
る辺りが 山頂だろうか。 ここから 東が見晴らせ 段ヶ峰から 東に伸びる尾根の先の尖った山が トン
ガリ山。 山並みの一番左の奥の山は 粟鹿山? 西の見晴らしもよく 氷ノ山も見えます。 左の高い
山が 三室山で 更に左が 後山? さらに左の三つコブが 日名倉山?でしょうか。 奥段からの下りは
やや道が分かり難く 道を外しましたが 直ぐ道に戻れ・・。 低いササ原の細い道を降りて 段ヶ峰
への分岐を過ぎ 緩やかな登りを 左に 段ヶ峰のなだらかな稜線を見ながら 11:37 杉山に登頂。

 広い草原には 誰もいなたません。 ササを踏み 西へ進み 目の前の千町ヶ峰、北寄りの氷ノ山を
撮りました。 北の笠杉山の右にも 高い山が見えますが・・・。 北東の奥段ヶ峰から 北の尾根はな
だらか。 南の段ヶ峰もなだらかで どこが山頂か分かり難い。 写真を撮って降りようとして 振り
返ると千町ヶ峰の左の山に 鉄塔が見えます。 あっ あれは暁晴山だ。 すると その左の丸い山は
夜鷹山か? 平石山や高星山は? 南方向の写真は 撮らなかったので・・。
11:46 下山。 下山中 前方に見える奥段ヶ峰方向は いい景色でした。

 10分ほどで奥段ヶ峰に戻り もう一度 東方向を眺め・・。 北東方向の朝来の街の奥に見える山
は・・・。 ここからは どんどん歩いた。 山上庭園を過ぎ 広い尾根の先端辺りに戻り 左に登って
きた道・テープは 確認できたが 以前 笠杉山・大乢から登ったときの記憶と 全然違う感じだったので
大乢へ降りる ルートは これとは 違うと感じた。
 広い尾根の落葉の平原は 何所も道に見えるし。 特に北西の尾根は テープはないが いい雰囲気で
思わず足が向いてしまう・・。 前方に 笠杉山は見えないし 私の学習機能付きの第六感が これは違う
と 暗示してくれた。

 テープのある所へ戻り 登ってきた道を降りる。 仕方ないので 岩塊流へ戻り 来た道を戻ろうと
思って 少し降りると・・・。 12:18 大岩の所に降りると なんと ここに立派な道標があった。
 以前 大乢から登ったとき こんな所を登った記憶は ない! 季節が違うと こうも雰囲気が違うものか・・。
 登ったとき この道標を見ておけば・・・。 道標の指示するとおり 岩塊流分岐を まっすぐ降りた。
どこの山へ行っても 一回は ルートを外さないと気が済まない性分なのです。 前方に 笠杉山が見え
るので 安心して降りられるが この下りは えらく急です。

 木を掴んで 慎重に降りて 12:36 大乢へ降りました。 天保十四年(1844年?) 志庄田・・・
のお地蔵さんは 優しいお顔でした。 新しい波板で 立派な?小屋が建てられていました。 道標もあ
り 上千町50分。 笠杉山側の斜面は 木が切り倒され 小枝が散乱しています。

 いい道を降りたが 直ぐ下で 林道の工事をしていました。 林道へ降りるにも 倒木が散乱し、登
山道は めちゃくちゃ。 きょうは 重機は 稼動していませんが 林道へ降りると 泥沼状態で 靴も
裾も 汚れました・・。

 谷を覗くと 右にも左にも テープが見えたが 土砂が崩れ 急で降りられない。 どっちへ降りようか
迷ったが 右に50mほど進むと 踏み跡があり ここが 道?らしい。 急斜を降りると登山道に合流
した・・。 やれやれ・・・。  工事業者は ハイカーのことは 全然考えていないようです。

暗い林の道は 良く踏まれていて はっきりしていました。 12:54 林道に降りました。 降りた
所にも 笠杉山登山口の新しい立派な標識がありました。 直ぐ下に 以前からある登山口の標識もありま
す。  林道を右に進むと 岩塊流に行けるようです。 後は 舗装路をてくてく歩いて 13:02 車
に戻りました。 車で 弁当を食べ 帰ろうと車を出したら 下から 青い工事業者?のトラックが来たの
で 慌てて バックして道を譲りました。 13:25 帰路につきます。

 草木峠まで戻り 北を見ると 雲海は すっかり消え 西から北にかけて 見晴らしが 良かった。 何事
もなく 13:59 安積橋の袂から 国道に入り 山崎まで戻ると 急に車が多くなり 渋滞気味。 山
崎では 農業祭りがあったらしい。 どの駐車場も 車であふれていた。
15:17 帰着。 きょうも いい山歩きができましたが 今日のコースでは 三角点を 踏むことが
出来なかったのが 残念。
本日の走行距離は  往路70.4km 復路62.8kmで  計133.2kmでした。  
 。。。 。。 。。。。 。。 。。。。 。。 。。。。 。。 。。。。。  。。。
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書写山 しょしゃざん 371m

2008-11-15 19:26:07 | 山歩き
 11月15日(土)  天気:晴れ・曇り やや暑い  地図:姫路北部(北西部)

 きょうは 姫路の書写山に 登ってきました。 日曜日は 雨 今日 土曜日も 予報が よくなかった
ので 止めようと 思っていましたが 朝起きると いい天気。 近場の書写山に 行くことにしました。
『ふるさと兵庫50山』の 43番の山ですが 何で こんな山が 50山?  三角点もないし どこが
山頂か 分かり難いし・・。 まあ きょうは 山登りと言うより 西国霊場27番札所・円教寺の紅葉
めぐりのハイキングということで・・。 ”もみじまつり” も 始まったようだし・・。
でも 観光客の多いのには 参りました。 が 意外と 若い人も 多かった・・・。

  山頂近くに 白山権現があり 性空上人が 六根清浄の行を つんで 心眼を開いたとされる。 それ
以前から 祠があり それは 素盞鳴尊(すさのうのみこと)を 祀る お堂で 故に この山を 「素盞の
杣そま」 と呼んだ。 書写山は これに 由来するといわれるそうです。
 山上にある 書写山円教寺は 平安中期の966年 性空上人が 開いた天台宗の大寺で 宝灯千年
の歴史を もつ由緒ある山で 西の比叡山 と 呼ばれています。

 8:00 出発。 国道2号線を東へ走り 夢前橋を渡り 直ぐ左折。 県道516号線を 北へ向かい
上手野の信号で 左折して 田井橋を渡り 右折して 夢前川沿いに 北へ。 曽左小学校で 左折して
少し西へ進むと 広い空地があり 前方に 書写山の全容が 望め ロープウェイ山上駅も見えます。
写真を撮って 川沿いの道に戻り 北へ。 書写橋を過ぎ 山陽道の高架下を 西へ入ります。
 いつものように 道路脇に 駐車しようとしたが 1台も停めていない。 通りかかった人に聞くと
高架下のフェンスの中が 無料駐車場だそうです。 8:45 駐車。 家から 寄り道も含め 15.4
km。 すぐ スタートします。

 書写山の登山道としては 本にあるように 東坂、西坂、置塩坂、六角坂、刀出坂、鯰坂の六本の
参道があるそうですが 私は 書写山には 3、4回 登りましたが いつも この東坂コースを登ります。
 この六道は 仏教でいう六道と関係があるのでしょうか?   いつだったか 『播州野歩記』さんが
一日で この六コース全てを 登り、降りされた記録を見たことがありますが・・・。 高架下から住宅街
を抜け ちょっと分かり難い道を進み 登山口へ。 女人堂は?

 この道は よく踏まれていて 凄く硬いが 長年風雨に 曝され 岩も露出し デコボコで 荒れて歩き
にくい。 9:07 五丁の大日如来を通ると 林の中のなだらかな道になる。 後方の景色を見なが
ら登り 岩場にさしかかると ユニホーム姿の小学生が 登ってきた。 挨拶をしてきたので 何人?
と聞くと 23人との応え。 何人か 先に行かせ 写真を撮りました。  分岐があったので 少年達と
別れ 右の紫雲堂跡へ上がります。

 東屋のある紫雲堂跡は 南が開け シートが敷いてあり ハングライダーの基地のようです。
見晴らしもいいが 南は 今日も モヤが濃い。 紫雲堂跡の上が ロープウェイ山上駅。 少年
野球団について 屋上ベランダに出ると 丁度 下りの9:30の電車?が 発車した。
階段を 誰もいない展望台に上がった。 南の見晴らしはいいいが・・。 ここから 姫路城は 見
えないのでしょうか? 低い山が並んでいますが 八丈岩山は どれ?

 全然同定ができません。 瀬戸内海が 赤く染まっていたが 写真では ぼやけてしまった。
展望台から降りて 志納所で 300円払って 円教寺の境内へ入ります。 六っつの登山道で
料金を徴収するのは ここだけ。 ここからの登り道は 西国三十三ヶ寺巡礼の道で 10mご
とに並ぶ 仏像を見ながら歩きます。 石仏ではなく ブロンズ像なので 細かい描写が具現さ
れ 芸術的で 見るのも楽しい。 千手は 分かるが 千眼は どのように表現されているのか?
目は 手にある?
 仁王門に近い所に 馬頭観世音菩薩像がありました。 地元の朝日山の山頂近くに石仏があり
やまあそさんに馬頭観音だと教えてもいました。 人が 死んだら 六道で 生死を繰り返す いわ
ゆる六道輪廻の畜生道に対応する観音で 悪を滅ぼすに 相応しい憤怒の表情が 私は好きです。
この馬頭観音は 右ひざを立てた 輪王座の姿です。 右手の一本には オノを持っています。
 しかし この馬頭観音の写真を 撮るのは 大変でした。 馬頭の高さは 私の背より高く 馬を
撮るのに 台座の上に上がらなければ ならなかった・・・。 誰にも 見られなかったかな・・・。

 9:59 そうこうしているうちに 仁王門に出ました。 ここは 十八丁。 やっと 一本だけ
紅葉しています。 ここから しばらく 何も無い道を登り 円教寺会館を過ぎ 10:06 十妙院
の前に出ます。 白壁の上に いい紅葉の木が見えたので 階段を上がり お庭から紅葉を
撮ります。 もみじまつりの期間中 この十妙院の内部が 公開されていて 狩野永納の襖
絵を 見ることが できたようですが・・・。  ここから 右にカーブして降りると 右の弁慶がお
手玉して 遊んだ 弁慶石を 横目で見て 10:15 摩尼殿の前に出ました。
 
 摩尼とは 梵語にて 如意の意なり 六臂なるは 六道に迷える 衆生を意の如く助け給うとて
「六臂如意輪観世音菩薩」と称す 後白河天皇 摩尼殿と 名付け給うと どこかに書いてあり
ました。 私のカメラでは 摩尼殿の周りの紅葉を含めた全貌が 収まりません・・。
 この辺りの紅葉も ほぼ 見頃を迎えています。 階段を上がり 靴を脱いで 摩尼殿に御参り
します。 中国人と思しき若い女性のグループと 一緒になり・・。 引率の男の人も居たので
集団就職してきたのかな? 中国語が話せないので 声は 掛けられませんが・・・。

 摩尼殿の裏から 書写山山頂に 登れますが 前回 道が荒れていたので 階段を降りて 摩尼殿の
下から 西へ坂通を上がります。 瑞光院の前を通り 10:38 常行堂の前から 本多家廟所の前に。
 ここも 祭りの期間中 公開されています。 門を潜ると 中に五棟の廟屋があり 本多忠勝、忠政、
政朝、政長、忠国のお墓となっています。 お墓といっても五輪塔です。 本多忠政、政勝は 姫路
城の城主だったそうです。 左奥の建物の無い五輪塔は 忠政の子・忠刻と 孫の幸千代のお墓です。
 忠刻は 千姫と結婚し 姫路で暮らしたが 31歳で没し ここに 葬られた・・。 このような大きく立
派な五輪棟は 初めて見ます。  そうそう 大寺山の南の梅岳寺の新宮藩主のお墓・五輪塔も 立派
でした・・・。
 本多家廟所を後にし 大講堂の右から 北へ登ります。 100mも行くと 細い道があり ここから
右の山通に入ります。 ここから 白山権現までが 本当の山道で 4階建ての森林。 高木層、亜高木
層、低木層、草木層からなり どの層も 適当に 木漏れ日を 受けて成長している・・。
10:50 白山権現に登りました。

 白山権現の謂れについては 頭書に書いたとおり 性空上人が 悟りを得た所です。 白山権現の
右から 石碑を見て 左に廻ると 神戸ツキワ会のプレートのある辺りが 書写山の山頂でしょう?
10:50頃 登頂。 前回あった西宮勤労者山岳会のプレートが 見当たりませんが・・・。
 登ってきた道を降ります。 分岐へ左へとり 大講堂へ降りたが 直進して 仙岳院へ行けばよかっ
た。 大講堂の前は 人が多くなっています。 常行堂の横から 南へ歩き 11:02 鐘楼の前から
法華堂へ。 この辺りの紅葉も 見頃です。 十地院の前から鐘楼を撮ったが 手前の木が邪魔です。
この頃は すぐ南の榊原家の廟所(墓所) に 亀趺があることを 知りません・・・。 

 西の榊原家の墓所を見て 西へ廻り 11:09 金剛堂へ。 金剛堂は 三間四方の小堂で 性空
上人の住居とされています。 この時期 ここも 公開されていて 天井に 描かれた天女が 舞い踊る
様子を 見ることが出来ました。 この辺りの紅葉が 一番の見頃だったように思います。
 南の東屋のある展望所へ行きましたが 展望は あまりよくなく 家島は 全然 見えません。
金剛堂の西の広場では 草笛愛好会の演奏会が 行われていて その横で 摩尼殿で 会ったチャイ
ニーズが 車座に座り お弁当を食べています。

 西へ降りて 石垣の横を北へ歩き 刀出坂への登山道を 左に見て 奥の院へ。 奥の院にも 見所は
色々ありますが 生憎 工事中で 鉄パイプの櫓に 覆われています。 護法堂拝殿と 開山堂の全景は
撮ることができません。 開山堂も いまは 公開されていて 上がると 住職が 女性のグループに 説
明されているのを 横から聞くことができました。 現在の建物は 1671年に再建されたもの。
 軒下に 左甚五郎の作といわれる像(力士?)があり 軒を支えています。 

 開山堂の北に ヤブに埋もれそうな宝篋印塔があります。 これが 和泉式部の歌塚で 和泉式部は
平安女流歌人の第一人者で 性空上人を 訪れた際 詠んだ 「暗きより 暗き道にぞ 入りぬべき
遥かに照らせ 山の端の月」 は 居留守を使われた無念さを 歌にしたもの。 当時は女人禁制だっ
た?  それを 知った性空上人が 返した歌は 「日は入りて 月まだ出ぬ たそがれに 掲げて照ら
す 法の灯」。  和泉式部と 紫式部は ライバルだったが やがて 歌は 和泉式部 小説は 紫式部
と言われるようになり よき友となった?

 開山堂の横に 同じ造りのお堂があり これが 護法堂で 性空上人が 当山で 修行中 いつも傍らで
仕えた乙天護法童子(不動明王)と 若天護法童子(毘沙門天の化身)をまつる祠で 室町末期の神社
建築の特色を よく表している。 向かって右が 乙天護法堂で 左が 若天護法堂です。
その右の石垣の上の建物は 不動堂。 奥の院周辺には 紅葉は見られませんでした。 

 奥の院を後にして 食堂の裏から弁慶の鏡池 (弁慶が寝ている間に 顔に落書きをされ この鏡池
で 自分の顔を見て 怒った弁慶が この辺りを 丸焼きにした?) を見て 大講堂の前に出て 広場を
横切って 本多家廟所の横に出て 横のベンチに座り まだ 12時少し前ですが ここで お弁当を
食べます。
 食べている間も ベビーカーの赤ちゃんから 80過ぎと思える老人まで 色々な人が 通り過ぎてい
きます。 犬を連れた人も 多かった。 腰をあげ 樹齢700年の大杉を見上げ 大仏の前から 大黒
堂の横に 降りて 瑞光院の紅葉を撮り 摩尼殿へ下り 来た道を てくてく歩いて 12:49 ロープ
ウェイ山上駅に戻りました。 ロープウェイで 降りようかとも 思いました・・・。
 東坂を降りながら パンフレットを見ると 一応 一通り 全ての施設を見たつもりでしたが 仙岳院、
薬師堂、松平家墓所、文殊堂、妙光院などを 見ていませんでした。 また いつの日にか・・・。

 13:22 車に戻りました。 スタート時 路上駐車の車は 1台も無かったが 路上には 車が
一杯です。 ガードマンが出て 交通整理中。 私が車を出すと 入れ替わりに 1台入ってきました。
驚いたことに 川沿いの道に曲がると 駐車中の車が ずらっと書写橋近くまで 並んでいした。
書写橋の周辺も 車が多く 特に 東西方向は 渋滞気味で 信号の無い交差点を抜けるのに 苦
労しました。
 14:06 無事 家に帰ってきました。 翌日の日曜日は 午前中 雨が 降ったので 土曜日に
行っておいてよかった・・・。  書写山 特に円教寺は いい歴史の勉強になりました。
本日の走行距離は 往路:15.4km 復路:13.9kmで 計:29.3kmでした。
・・・・  ・・・・  ・・・・ 書写山の項 おわり  ・・・・  ・・・・  ・・・・  ・・・・  ・・・・
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的場山 まとばさん 394.2m

2008-11-09 19:36:35 | 山歩き
 11月 9日  天気:曇り やや涼しい  地図:龍野(ほぼ中央)

 きょうは 天気がよくないので どうしようか 迷いましたが 近場の低山を散歩することにしました。
しかし 散歩にしては きつかった。 私の住んでいる 姫路市西部から 周辺を見回すと 南は 瀬戸
内海、西は 御津山脈、北は 新竜アルプスから 書写山、広峰山、東は 桶居山などの山に 囲まれ
ています。 近場の低山は この辺りから探すことになります。 きょうは 『はりま歴史の山ハイキ
ン グ』 (横山晴朗著) の鶏籠山(けいろうざん)、的場山を 歩きました。
 本では 的場山は まとばやま と 振り仮名がありますが 山頂の案内板には まとばさん とあり
ました。  この本は 私には 大変参考になる いい本で ただ単に 山に登るだけではなく 歴史の
一端に触れながら 神社仏閣、城跡などをめぐり 地域のことを 学びながら 好奇心を 旺盛に 働か
せながら 山を歩き それを 記録にまとめることが 私にとって 無上の喜びです。
 ちなみに この本で紹介されている 30コースは 全て踏破しました。 この的場山は 以前
北の亀池・亀山(城山きのやま)から 縦走したことがあり 的場山から 両見坂へ降りたのですが
ほとんど覚えていません。 後年 鶏籠山の頂上で 本の著者の横山さんに お会いすることがで
きました。

 朝 起きたときは 今にも雨が降りそうで 躊躇していましたが 西が やや 明るくなり 雨の
心配が なくなったので 山へ行くことにしました。 丁度 10:00に 出発。 龍野橋を渡り 狭い
市街路を抜け 10:20 龍野公園のグランド脇の駐車場に 駐車。 家から 20分ほどで ドラ
イブには 物足りません。 家からの距離は 10.1km。 グランドの隅で 菊花展をしていたの
で 菊の展示を見ながら 10:25 スタート。

 播磨の小京都と呼ばれる龍野をめぐる 歴史のハイキングです。 街角のあちらこちらに道標が
あるので 道に迷うこともありません。 まず 聚遠亭に 向かいます。 聚遠亭の前に来ると 凄い
人と 犬で 圧倒されました。 何事かと 尋ねると 犬を散歩させながら美化活動をするそうです。
聚遠亭は 前庭からの展望絶景をたたえて 名付けられたもので 江戸時代の数奇屋風の建物
である 池に浮かぶ 浮堂としての茶室と 前庭が 有名だそうですが・・・。   庭の紅葉も展望も
いまいちでした。 10:35 聚遠亭を 後にして 龍野城へ向かいます。

 龍野城は 500年程前 室町時代に 赤松村秀が 城を築いたそうです。 その後 羽柴秀吉に
城を明渡し その後 破却されていたのを 脇坂氏が 再建したそうですが 本格的なお城ではなく
御殿のようなものだった?  当初は 鶏籠山218mの山頂にあったのを 江戸時代に 麓の現位
置に 降ろしたそうです。
 10分足らず歩くと 西の門に出ます。 ここの復元された櫓の白壁は 見事で 背景に 鶏籠山が
あります。 西門から場内に入り 資料館の前から石段を降りて 東の門へ。 この辺りは 石垣も
あり 昔の雰囲気が漂い 一瞬 江戸時代に 戻ることが出来ます。 市街を見下ろすには ちょっと
木立がうるさく 残念ですが 右に 白鷺山のなだらかな裾に 国民宿舎赤とんぼ荘の建物も見え
ます。 そうです! ここ龍野は ”夕焼け小焼けの赤とんぼ” の歌で 有名な三木露風のふるさと
です。

 10:53 北の柵を通り 鶏籠山へ。 鶏籠山は 鳥籠のような形から その名が付いたそうです。
少し歩くと 分岐があり 左は 紅葉谷へ。 ここから 右の荒れた山道へ進みます。 この辺りは
原始林(国有林)で 伐採が 禁じられているのか 太い木が多いが 登山道は荒れて 分かり難く
なっています。 ほとんど崩れた 古い丸太の階段があるので これを 探しながら 登ります。
伐採された小枝が まとめてあるので 整備する人はいるらしい・・・。
 どこかにあった 想像復元図にも描かれているように 南北に長い尾根に 建物が ずらっと並ん
でいたそうで 山頂の本丸跡まで 10段くらいの削平地を越えて登ります。 ほとんど見晴らしは
ありませんが 二の丸跡から 僅かに 東が見えました。 登山口から 30分ほどで 本丸跡に 登頂。
 
 小さい龍野城跡の石碑があり 傍に 1本だけ 紅葉していました。 見るものもないので
右下に 降りると 昔の石畳があり 奥に 石垣も残っています。  北へ降ります。 しばらく
急な所を下ると なだらかになり 右に 新宮の街が見え 左に的場山の鉄塔が見えます。
11:42 両見坂に降りました。

 的場山側に 大きい石燈篭があり そのまま登ります。 ここからの登りは 急です。 段差の
ある丸太階段を登り 前を行く ハイカーのお尻を見ながら ガレた岩の露出部を登り 熟年女
性を横目に シダのジャングルを抜け 20分ほどで 本にある 明るく東の開けた305mピー
クに登りました。 ここに 先行した三人のハイカーが 休んでいました。  小柄な人が 私の
ように 80過ぎると・・・と 言っていたので もう 80歳以上らしいが 元気です。

 この人の家が ここから見えるらしい・・。 直ぐ下の揖保川の東側? 下に 見える金輪山や
愛宕山や 鶴嘴山の話をし 鶴嘴山の奥に見える山は 明神山ですねと言うと ヒルの話になり
最近は 雪彦山にも ヒルがいるという話になり しばらく話し込んでしまい・・。 三人を残し 一人
で 山頂へ向かいます。 ここからは きつい登りはなく 歩きやすい山道を 緩やかに登り 左の
鉄塔を過ぎ 丸太の階段を登り 12:25 的場山に登りました。 山頂には 誰もいません・・。

 山頂から 南の見晴らしが いいが きょうは 曇り空でかすんでいます。 それでも 瀬戸内海に
浮かぶ家島諸島も 小豆島も見えた。 東寄りには 太子町の立岡山や 檀特山、京見山、白毛
山などが見えます。 南西方向には 御津山脈が 見えるが なだらかで 同定し難い。
 この前登った 天下台山も見えていると思ますが・・。 西は 建物があり 見えにくい。  北は
この前来たときより木が 茂り見えにくくなったようです。 亀山と 大倉山の頂が確認できます。
写真を 撮り 12:33 下山。 三人は 登ってきません・・・。

 登ってきた階段を降りて 左に見えていた鉄塔の方へ入ります。 ここに 道標を 設けて欲しいな。
鉄塔の下を 左へ巻くと いい山道が 延びていいました。 なだらかな 桧林は いい道で どんどん歩
けます。 雑木林になると シダが茂り道が 狭くなり 急な下りになります。 次第に 岩が露出し
ガレて 歩きにくくなり・・。 途中 前方が開け 南のたつの市街が 望める所を過ぎ ガレた所を
下っていると 下から アベックが登ってきました。 夫婦だったのか?  山歩き風には 見えなかっ
たが・・。

 急な下りを降りて 分岐を左へ廻ると 野見宿祢(のみすくね)の墓の前に 出ます。 野見宿祢は
相撲の始祖らしい。 扉が閉まって 中を見ることはできません・・。 長ーい階段を降りて 展望台
へ上がったが 展望は よくありません。 鶏籠山も 的場山の鉄塔も見えません。
 階段の下から西へ降ります。 コンクリの階段は 暗く やや急で 丁度 歩幅に合わない段差に
なっていて 転びそう・・。 桧皮用の林を抜け グランドの傍へ降り 13:12 車へ戻りました。
ついでに 南の白鷺山へ登りましょう。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 きょう(11/13) 野見宿祢について 調べようと WEBを見ていると ”野見宿祢を 追って
のロマンの旅” というページに 行き着き この人のプロフィールを 見ていると 涙が出てきました。
 野見宿祢は 「日本書紀」 に 登場するのかは 分かりませんが 大昔(紀元前23年?) 当麻蹴
速という力自慢の勇士がいて 当時の天皇が これを 負かす者は 居ないのかと言われ 出雲の
国から呼ばれた野見宿祢が 相撲をとり これを負かし 天皇から 土師という姓を与えられた。
 学問の神様と言われる菅原道真の先祖だそうです。 龍野で 病死したとき 人々が ”野に立ち”
並び 川から石を運び 宿祢の墓を造ったことから この地が  ”立野” と呼ばれるようになり
後に ”龍野” になり 宿祢が 地名伝承に係わっているそうです。 いやー いい勉強になりました。
 この人は 難病にかかり 今は 身体障害者で 車椅子生活だそうです。 1935年生まれ。 龍
野市出身で 奈良在住。 そうそう この人の 「ふるさと龍野」のページには 本に書かれている
私が 行かなかった梅玉旅館の片しぼ竹(国指定天然記念物)の写真も ありました。
それから 『播州野歩記』さんの H17.6.12 にも 記録がありました。
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 道路に出て 小さい動物園の臭い匂いをかぎながら 哲学の小径から 童謡の小径を歩き
”月の砂漠” や ”みかんの花咲く丘” のオルゴールを 聞きながら 登ると山頂に出ます。
 四等三角点:日山のある山ですが この辺りは 山というより しらさぎ山公園で 散策する
人も多いようです。 前に来た時 山頂のベンチに 座って 弁当を食べたことを思い出します。
 三角点の写真を撮り 少し下から 東へ回ると 鶏籠山が 目の前に望めます。 南へ進むと
立派な展望台があり らせん階段を上がると 南が一望できます。 写真には 写りませんが
肉眼では 家島諸島が望めます。 
これで 本にある小京都の歴史をめぐるルートを ほぼ 歩いたと思いますが・・・。

 13:50 車に戻り 弁当を食べ 14:05 帰路につきます。 本にある写真を 撮ろ
うと 龍野橋を渡り 左折し 川沿いに東へ行くと すぐ駐車場があり 山が 見渡せますが
少し先の旭橋のところまで行くと 前景に 揖保川の水面が写り いい写真になると思います。
写真を撮って 真直ぐ 家に帰りました。14:40 帰着。
本日の走行距離は 往路10.1km 復路11kmで 計21.1kmでした。
 
 。。。。。。。。 的場山の項 おわり 。。。。。。。。。。。
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皆ヶ山 みながせん 1159.3m

2008-11-02 19:44:21 | 山歩き
 11月2日(日)  天気:曇り   地図:蒜山・延助

 きょうは 連休なので 遠出をしようと 岡山県の北西部 鳥取県との県境の皆ヶ山へ行きました。
山と渓谷社の分県登山ガイド32 「岡山県の山」の27番の山です。
 天気予報は 晴れだったのに 今にも 雨が降りそうな どん曇りで せっかくの紅葉も 台無しでし
た。 雨は降らず 最悪の事態は まぬかれましたが・・。

 きょうの山は 遠いので 少し早めの 6:35に出発。 近くのコンビニで 牛肉弁 当を買い
国道2号線に出て 西へ走り 6:58 龍野西ICから 山陽道に入り、 直ぐ 播磨道に曲がり 終
点の播磨新宮(300円)で降りて テクノ中央から 北の三日月町に降りると 凄い霧で 先が思
いやられます。 7:28 佐用ICに入る頃には 霧は一旦晴れましたが 中国道を西へ走ると
また霧の中へ突入。 8:02 落合JCTから 米子道に入る頃には 霧は晴れましたが・・・。

 片側2車線の区間が増え 走りやすくなった米子道を 20分ほど走り 蒜山SAに寄りましたが
下り側からは 展望がないので 帰りに 上り車線側のSAに寄ることにして そのまま通過。
 8:25 蒜山ICを降ります。 佐用ICから 94km、¥2450円。 蒜山スカイライ
ンに入った辺りから 正面に 二俣山、皆ヶ山が見えますが 雲に覆われています。 右には 上蒜山
が雄大です。
 この先 道路がU字形に曲がる所では 地図にはない新しい道があり 十字路になっていて 一
瞬 戸惑いましたが なんとか キャンプ場への道へ入ると 一本道。 8:39 キャンプ場(野
営場)の駐車場に到着。 蒜山ICから 5.7km、家から146.3km。 丁度 2時間かかり
ました。 傍の黒いワゴン車の後ろで 若いご夫婦が登山の準備中でした。 私は何の準備も要らな
いので 8:45 先に スタートしました。

 ここから登山口までは 標識がないので 管理棟の前の案内図で 確認する必要があります。 ここの
案内図は わざわざ北が 下に描いてあるので 注意方。  駐車場から山の方を向いて左奥へ進みます。
 近くのトイレに入っている間 に 若夫婦が先に行ってしまい・・。 結局 この夫婦とは 車に戻るま
で 抜きつ 抜かれつの大接戦を演じることになります。
 キャンプ場を抜け 水道施設?に突き当たり 左に廻ると 暗い林の中に入ります。 所々で木の隙
間から 右に上蒜山が見えますが 二俣山までは 自然林の中を歩くので 見晴らしはほとんどありません。
 雑木林のいい雰囲気の遊歩道を緩やかに歩くと  木の階段があり やや急な登りになります。 少し
登った所で 若夫婦が座り込んで 休憩中。 先に行ってくれを言われ 先に行くことに。 前であれ 後
であれ 人物を入れて 写真を撮ると いい被写体となり 急な傾斜が表現でき ありがたい。
 道標に 「←野営場1500m・皆ヶ山山頂1700m→」とあるので  キャンプ場から 山頂まで
の距離は 3.2kmらしい。

 9:23 登りがやや急になった「山頂まで 1700m」の道標の先で 早くも男の人が降りてき
ました。 きょうは あまり天気が良くないのに 多くの人と出会いました。 両手足の指を使って数
えましたが 途中で 数え切れなくなり・・。 最初は 気が付かなかったが よく見ると周囲にブナの
木があります。 細い木で 分からなかった。 登りが急になると 紅葉も見られるようになるが 暗い
ので 発光・発色が冴えないし、写真に撮ると 更に冴えない。 天気のいいとき 実際に肉眼で見ると
この写真の3倍は きれいだと思います。
 急な登りの途中、左に窓があり 奥に山が見えますが あれは 南西の三平山・ 毛無山だったのかも。
そうこうしてる間に また夫婦が降りてきました。 100m以上 離した若夫婦も追付いてきた。 抜
かれないよう 先を急がなくては・・・。

 急登をあえぎながら登り、10:03 二俣山(ふたまたぜん)1080mに登りました。  スター
トから 1時間18分。 水を飲み 呼吸を整えていると 山男風の人が 降りてきて 正面に見える三平
山、毛無ヶ山、朝鍋鷲ヶ山を教えてもらいました。 本には  皆ヶ山から アゼチ~蛇ヶ乢コースは 岡
山国体や鳥取国体の登山コースとして 使用されたとあるが この人の話では 星山~櫃ヶ山のコース
が国体に使われたと言っていました。  そうこうしている間に 若夫婦が 登ってきて 5m先に 腰を降
ろした。 また 先に行かせてもらう・・。

 ここから皆ヶ山への鞍部へ降りるまでの尾根道は ブナ林の極楽尾根です。 なだらかな下りで 倒木
はあったが 右に 上蒜山を見ながら 紅葉の尾根を歩きました。 この辺りから左手に 烏ヶ山や大山が
見えるらしいが 全然 気付かず・・。 鞍部から 見上げる皆ヶ山は 紅葉に染まっていますが 写真で
は 暗い。
 皆ヶ山への登りは 急で しんどかった。 ロープもないし 掴むものもないし・・。 一歩一歩 ゆっ
くり登るしかない。 なだらかになり 頂上が近いと思われる所から 三角点まで なだらかに歩く。
 上蒜山を見ながら 呼吸を整えている間に 若夫婦に また抜かれてしまった。

 夫婦に 20m遅れて 10:36 皆ヶ山1159mに 登頂。 二俣山から 30分ほど。 笹に囲ま
れた狭い山頂に 三等三角点:皆仙がある。 西は 見えないが 東の蒜山方向の見晴らしはいい。
 北の県境尾根への道へ踏み込んでみたが 踏み後程度で ヤブになりつつある。 上蒜山の上に 暗
雲が立ち込め、風が寒く 暗く、雨が降りそうだったので 若夫婦に頼まれ 記念写真を撮ってあげて
山頂に 6分ほどいて 10:42 下山。 

 夫婦も すぐ降りてきたようだが 急な下りで 滑って転ぶところは 見られなかっただろうな・・。
降りる時も こんな急な所を よくも登ったと思わずにはいられない。 少し降りたところから 前方に
二俣山が見え 東斜面は いい紅葉でしたが 写真では 暗く うまく表現できていない・・・・。

 二俣山に戻る間に 数人に会ったが 11:05 二俣山に戻ると 親子?の男の人が座って食事中。
私も座って 休憩。 ここは 風が吹いていないので 寒くはない。 若夫婦も戻ってきて コンロを出
して 料理を始めた。 若い女の人が  一人で登ってきて そのまま通過すると また女の人が と
思ったら 少し遅れて 男の人が・・・。 夫婦だった。 もう 会った人数を 数えることが出来なく
なった・・。  山頂が狭くなったので 11:22 降りる。

 登ったときより 降りるときの方が 南の空が明るくなり 紅葉が 少しきれいに見えるようになった
が 気のせいか?  ここからの下山も登るとき以上に 急だった。 慎重に降りたので 2、3回し
か滑らなかった・・・。 登るとき 気付かなかった紅葉を見ることが できました。 左に見える皆
ヶ山、二俣山の紅 葉も 右に見える二俣山の東斜面の紅葉も良かった。

 ゆっくり降りていると 下から話し声がして 団体さんが登ってきました。 道を譲り 数えていると
11人だったので 11人ですか?と聞くと いいえ 45人です! と返ってきた。 若い人やお歳
を召した人は いなかったようだが 10人位のグループに分かれ しんどそうな素振りも見せず 元
気良く登って行きました。 こんなに 大勢で登ると 狭い山頂に収まりませんよ。 それに もう12
時を過ぎているので 山頂に着くと 13時過ぎになりますよ。 もう少し早く登らないと・・・。

 このグループの後からは 登る人はいなませんでした。 道が なだらかになると どんどん歩ける。
えっ いつの間にか 若夫婦が追付いてきた。 階段を降りて キャンプ場近くの遊歩道で何か花が
咲いていないか 探している間に また抜かれた。 遊歩道の脇に リンドウが一株開き始めていま
した。 薄紫の花はノコンギク? たくさん咲いています。 探したが マツムシソウはなかった。
 空が明るくなり 車に戻ると 薄日が射してきました。 振り返ると 皆ヶ山の上にも 青い空が
見えている・・・・。
 車に リュックを降ろし キャンプ場の広場を散策しました。 南の湿地で 写真を撮っている人が
いましたが 何を撮っていたのか?  広場を一周しましたが 親子連れやバーベキューの人で賑わ
っています。
 車に戻ると 黒のワゴン車はもういなかった。 弁当を食べ 13:03 車を出しますす。 蒜山
スカイラインのU字路に出ると 西にも 東にも 車が並び 信号のない 交差点は 渋滞中?

 13:27 蒜山ICから 米子自動車道に入り 直ぐ上のサービスエリアに寄ったが ここ
の駐車場も車が多く 満車状態。 東屋に上がり 大山、蒜山方向を撮ったが やはり 大山に
は 雲がかかっています。 OAPさんも この日 三平山へ行かれたようですが 大山は 見えな
かったようです。 
 後は 何事もなく家路を急いだ。 米子道・中国道は 車は少なく 楽に走ることができました。
13:33 中国道・佐用ICを降りて 14:28 山陽道・龍野西 ICを降りて 15:21
家にかえりました。
 本日の走行距離は 往路146.3km、復路146.7kmで 293kmでした。

 以前から登りたかった皆ヶ山に登ることができて 岡山県の山で残るは  雌山~雄山、県立
森林公園など・・・。
 。。。。。 。。 。。。。。 。。 。。。。。 。。 。。。。。 。。 。。。。。 。。 。。。。。
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