こんにちは! ただち恵子です

政治と社会、日々の暮らしの小さな喜び。思いつくままに綴ります。

「こんにちは ただち恵子です」 №797

2011-08-06 12:38:43 | 活動報告
「舞台裏」の事情も種あかし(というほどのこともない?)してしまいましたが、無事、印刷も終わって、たくさんの手で折っていただいたニュースが事務所に積み上げられています。

純粋な「議会報告」の場合は、用紙代に一議員あたり年間30万円限度で支給される「政務調査費」を使わせていただきます。
今回は、東北被災地訪問の報告が主な記事ですので、政務調査費は使いません。
そのあたりのけじめは、当然のことながらきっちりしています。

泉大津の上條・条東校区にお住まいのみなさんには、明日から、今度はたくさんの手でお宅のポストにお届けさせていただきます。
私の手も足も、もちろん働きます。

ブログは全国ネットなので、せっかく訪問していただいている皆さんにもお届けしたいのですが、ニュースのそのままの形でアップする技術がありません。

№797の主な記事を以下に転載します。

震災後4ヶ月の陸前高田で見たもの・聞いたこと
未曾有の被害をもたらした東日本大震災に対し、多くの市民の皆さんが義援金募金などに応じられたことと思います。
 日本共産党も、震災翌日から街頭募金などに取り組むとともに、延べ1万人以上がボランティアとして現地にかけつけました。
 私たちが訪ねた陸前高田市では、人口の1割近くが死亡または行方不明、約8千世帯の半数近くが家屋全壊、一部損壊を含めると55%にのぼります。


山ぎわまで浸水 ・・・川を遡る波
 海岸近くの市街地はもちろん、川を遡上した津波で海から最大で7kmも離れた山ぎわまで浸水。「まさかここまでは来ない」と思ったところで避難所ごと流されたという話を聞きました。
 まっぷたつに折れたコンクリートの電柱、無数に積み上げられた車の残骸は猛スピードで激突し大破した「事故車」さながら。水の力のすさまじさに身震いしました。
 泉大津の「津波ハザードマップ」は、浸水地域は「主に南海本線より西」を想定するものです。「まさかここまでは・・」と逃げ遅れたことを教訓にすることが大切。大津川と王子川に挟まれた泉大津では、「川の脅威」を見直さなければならないと思います。

市役所も消防署も全壊
 市役所本庁舎、消防本部を初め図書館、体育館、市民会館、保育所など多くの公共施設が全壊。4人にひとりの市職員が犠牲になった市役所。かろうじて「外枠」だけが残っている現場に立った時は、最後まで住民を守り、自らの命を落とした方々の冥福を祈り手を合わせました。
 泉大津市役所は耐震化工事も未実施です。6月議会の質問で「災害時に対策本部となる市役所庁舎の損壊時の代替施設」について質問しましたが、あらゆる場合を想定、対応策を考えておく必要を改めて痛感しました。

 
人と人とのつながりの中で
 仮設住宅を訪問し要望をお聞きしました。ほとんどの方が「扉のあるところに住めるようになっただけでありがたい」と喜んでおられる一方で「避難所では、みんなの顔が見られて心強かった」とおっしゃる方もありました。集会室がある仮設住宅では、「みんなでお茶でも・・・」と、声をかけあう姿がありました。毎日開設している青空市や仮設住宅に出張しての移動青空市のお手伝いもさせていただきましたが、そこは被災者同士の出会い、結びつきの場でもありました。

復興と雇用創出
 震災後4ヶ月たつのに、まだ至るところに瓦礫の山。仮設住宅の周辺に買い物をする店は全くない。「職場ごと流された。命が助かっても仕事がない」という声もたくさん聞きました。
 これまで「景気対策」と称して不要不急の公共事業に税金をつぎ込むことが繰り返されてきましたが、こんな時こそ国の主導で被災地復興の「公共事業」を興していくことが雇用創出にもつながります。

暮らしの再建はこれから
私たちも事前に「現地で不足しているもの」を聞き、蚊取り線香、衣類、タオルなどを大阪から車に積んで行きましたが、全国から様々な支援物資届いています。それらを無料で提供する青空市では、湯のみ茶碗、鍋、・・・など日用品がとても喜ばれました。必要なモノが必要な人のところに届く仕組みづくりがまだまだ必要です。  
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