♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■こここそ神の家だ/岩井基雄

2015年07月10日 | Weblog
2015/7/10放送


 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。月の第2週の金曜日は旧約聖書に登場するヤコブの人生について学んでいます。

 彼は神様によって内側から変えられた人でした。兄や父をだましても神様の祝福を受けたいと願ったヤコブは故郷を離れ、彼に殺意を抱いた兄から逃げざるを得ませんでした。それは自業自得の面があったでしょう。しかし、そんな彼をも神様は見捨てませんでした。彼の孤独な旅の最初に神様は彼に夢、すなわち天から地に向けて立てられた梯子に神の使いが登り降りするという不思議な夢、を見せて、神ご自身が彼と共にといるということを示してくださったのです。

 聖書をお読みします。
 ヤコブは眠りからさめて、「まことに主がこの所におられるのに、私はそれを知らなかった。」と言った。
 彼は恐れおののいて、また言った。「この場所は、なんとおそれおおいことだろう。こここそ神の家にほかならない。ここは天の門だ。」
 
 ・・・そして、その場所の名をベテルと呼んだ。
 旧約聖書 創世記28章16節から19節

 自分の傲慢さと罪の結果、故郷を離れ孤独の旅を始めたヤコブでしたが、神様の臨在に触れたとき、「こここそ神の家だ」とその場をベテルと名づけ、主なる神様を礼拝します。このベテルという名は「神の家」という意味です。逃亡の一人旅で、荒野をさ迷うヤコブだったのですが、そこにも神は共におられること、まるで神の家に戻ってきたような恵みを覚えたのですね。神様のご計画は、彼が人との争いや競争、両親や家族に依存する歩みから離れて神様の前に膝まずくことだったのではないでしょうか。どんな孤独や戦いがあろうとも、それが自らが招いた問題のゆえであろうとも、彼が自分と共にいてくださる神様の愛と恵みを知り、自ら神と共に歩む決意をし進み出すこと、それこそ神様にある豊かな祝福への第一歩となったのではないでしょうか。

 神様の祝福は受けるに値しない者に一方的に注がれる愛と憐れみに満ちているのです。恵みと憐れみを注がれる神様の愛に生かされ、神様と共に歩む人生を始めてみませんか?

 (PBA制作「世の光」2015.7.10放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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