すとう功の周回遅れ

元駅伝選手の「いろんなことに走り続けます」

集団移転で市に要望書

2012年09月24日 | 市政・市制・市勢

 『今でも余震が起こる度に、津波の恐怖がよみがえる次第です。家族との新しい生活が安心して送れる日々を早く岩沼市内で実現したく願ってやみません』

 これは「岩沼再建の会」なる7世帯が、岩沼市長に要望書を出した文面の一部です。被災者は集団移転について新たな場所を選定していただけるよう、岩沼市議会に請願を出しましたが残念なことに6月議会はこれを認めませんでした。

 7月から集団移転に関し、被災者の方たちと話し合ってきました。週に一度のペースで会議を行い、様々な意見が飛び交う中、被災者同士が意見を集約しやっとまとまったのが本日の要望書でした。

 要望者は全員が個別移転や、高速道路より西側を希望していた方々です。今回の要望書は「朝日土地区画整理組合」地内に集団移転先へ希望したものです。

 もう議会は当てにできないと執行部側に直接要望書を提出しました。午後4時、市長は公務のため不在で菊地副市長に要望書を手渡すことが出来ました。

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 7世帯の内2世帯は仕事で都合がつかず、5世帯6名が副市長室を訪れました。テレビ局(東北放送)が取材に来ていました。また新聞社も遅れて来てくれました。

 要望者は当初10数世帯おりましたが、意見の折り合いがつかず残られたのが7世帯でした。いろんな意見は被災された方でなければ判らない事情がありました。

 不自由なお年寄りを抱えた家族や、重い病気を患っている方など被災者には人それぞれ悩みを持っています。家族ごとに勝手は違っているのだが、、、

 皆が岩沼に住みたい、暮らしたいと願っています。

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岩沼市議会の情報公開

2012年09月24日 | 市政・市制・市勢

 平成23年度決算審査特別委員会は総務・教育民生・建設産経常任部会長の3人から報告があり、意見や質問がなくわずか15分で終了しました。明日議場にて議長に報告され承認となります。

 その後、10時半から議会運営委員会が開催されたので傍聴しました。質疑内容は明日審議する意見書についてですが、議運はいつもおかしなことが起こる。

 先週木曜日に行われた震災復興特別委員会で、建設産経部会より国などに「意見書」を出そうとしました。私と大友健議員は意見書そのものには賛成でした。しかし、文面の表現をわかりやすくした方が良いと提案し、文言の修正を求めたのです。

 震災復興特別委員会で「文言の修正」には反対したのですが、飯塚特別委員長らは「意見書に対する採決」だったと主張し、我々は意見書に反対したとみなされたことになっていました。

 大友健委員は「特別委員会での可否は無かったのでは」の意見に対し、松田由雄副委員長は「意見書の段取りでは採決と認識した」と双方主張のまま譲らない。

 この議題に関し双方に見解の相違はあるが、様々な議論していく中で理解できない方向に進むのです。大友健委員は「会議録を出して議論すべき」と提案したら、佐藤議運委員長が各委員から意見を聞いた。

(簡潔にまとめてみました)
 沼田委員:出す必要ない
 飯塚委員:自分のことなので、、、
 森委員:会議録はいらない
 宍戸委員:出して議論すべき
 酒井委員:見てから判断
 大友健委員:確認するため
 松田委員:言ったことを覆すことになる

 中断をはさみ30分もの議論の上、会議録は委員会に提出しないことが4対3で決まりました。先ほど「理解できない方向」と書いたのは、松田副委員長が会議録を持っていたからです。なのに言ったことを覆すことになるとは理解できません。(変ですよね!)

 事務局は会議の成り行き上、会議録をコピーし配布する準備をしていました。それにもかかわらず議員は何故会議録を出そうとしないのでしょうか。見解の相違や認識の違いはあって当然です。だから議会は手間暇かけて会議録を残し、「言った、言わない」を議論するのです。

 おかしなことはその後にも起こりました。会議終了後、事務局職員にコピーを貰おうとしたら、「飯塚特別委員長の許可が無いと出せない」と拒否される。(松田副委員長は持っていたのに?)その後20分して配られたが、

 岩沼市議会は特定の議員に情報公開しないのかな。

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