yaaさんの宮都研究

考古学を歪曲する戦前回帰の教育思想を拒否し、日本・東アジアの最新の考古学情報・研究・遺跡を紹介。考古学の魅力を伝える。

河西回廊踏査-3 河西回廊の寺院と祈りの条

2012-09-10 01:27:08 | 歴史・考古情報《日本》-1 宮都
 平安京研究の第一人者山田邦和同志社女子大学教授が4月に倒れられ、生死の境をさまよわれたことは私のブログ(7月3日付け)でもお知らせし、山田さんのブログ『平安京閑話』(http://heike.cocolog-nifty.com/kanwa/)でも、奥様が適宜ご報告なさりご存じの方も多いことだろう。

 一時は本当に生死の境をさまよわれ、後から聞くとぞっとするような厳しい状況を、まさに「奇跡」としか言いようがないほんの少しの命の可能性を切り抜けて無事帰られたことは私たち宮都研究を行っているものにとっては本当によかったと思う。その山田さんのその後の病状もブログで、最近はご本人が更新されて書かれているので、少しは話せるかな?と思い、メールしてみたところ、直ぐに返事があり、元気だが退屈なので遊びに来いという。

 ならばということで、9月5日にシルクロード土産話もあるのでご自宅へ伺ってきました。結論的にはとても死にかけたとは思えないくらい元気でした。ほとんど以前と変わらないくらいです。

 でもその後の「リハビリ?」での手術を聞くとまたまたゾッ!!

 心臓の大動脈との間の弁を人工(金属)に取り替えたらしいのですが、その手術でまたまた死にかけたとか。二度も奇跡を起こすなんて、今や考古学のスーパーマン、キリスト以上!!!なのですが、とにかく大変だったみたいです。1時間ほど話をして帰りましたが、少し肩の荷が下りたという感じでした。

 とにかく今年は、4月14日に安藤栄里子さんが亡くなり、4月に山田さんが倒れ、5月30日に久保哲正さんが亡くなりと、この春は最悪でした。ですから、今回の調査では予め決めていたのです。あちこちのお寺で二人の冥福を祈ると共に、一刻も早い山田さんの完全回復を祈ろうと。

 

 ここ大雲寺でも山田邦和さんの回復を祈って、お線香を上げさせていただいた。

 麦積山石窟、南郭寺、柄霊寺石窟、山丹大仏寺、腸液大仏寺、馬蹄寺石窟、大雲寺・・・。あちこちでお線香を上げるもので、一緒に行った団員の方々は「山中がこんなに信心深かったかな?」と大いに疑問に思われたに違いありません。

 もちろん私は信心などありません。ただし、以前にもご報告したことがありますように、安藤さんが病気になってから、訪れる寺院、神社でことごとくお祈りし、お札をもらい、線香を上げてきたのです。その甲斐あって安藤さんは8年近くも生き延びたと私は勝手に思っています。

 だから、今回も山田さんのために、そして亡くなってしまったがあちらの世界で楽しく生きられることを願って、お線香を上げてきたのです。

 山田さんの奇跡の一部は私の祈りがあったとこれまた勝手に思い込んでいます。

 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・

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