yaaさんの宮都研究

考古学を歪曲する戦前回帰の教育思想を拒否し、日本・東アジアの最新の考古学情報・研究・遺跡を紹介。考古学の魅力を伝える。

The Antonine Wall報告-3  まだ行方も判らず帰ってこない荷物の条

2008-04-01 17:47:50 | 歴史・考古情報《西欧》-1 英国 
 BA も金属疲労かな?!と思ったら・・・・よろしくお願いします。


(実は混乱の予感は確実にあったのです!)

あれから3日が過ぎた。
荷物を積み込んだ日からすると既に4日が過ぎている。
にもかかわらず不親切極まりないBAのホームページには


(こんな立派な、見栄えだけはとても綺麗な空港なんだけれどもね・・・)
TRACING CONTINUES. PLEASE CHECK BACK LATER
(引き続き探索しているので後でチェックしてください。  というのである。)
No information available
(それにしても「何の情報もない」というのはどうなっているんですかね)

と、実に素っ気ないのである。
そもそもがここに辿り着くまでにいろいろな問題があり、中でも一番の問題は

File Reference という

このファいつの中にはいるためのいわばID番号があるのだが、彼らが教えてくれたのは5ケタの数字のみ。

これでログインすると、10ケタの記号を入れろと言う?そんなもんどこにあるんや?

いろいろ試して判ったことが、① 成田空港の略記号と思われる「NRT」とバッグの略かと想像する「BA」からなる語を入れ、さらにこれに教えてもらった5ケタの数字を入れ、そして自分の姓名の名前の方を次の升に入れてやっとつながるのだ。


こんなこと誰も教えてくれない!!そもそもが全部英語で書いてあるからとてもわかりにくく、時間がかかる。そしてやっと辿り着いたのこの「情報」??

一体全体どうなっとるんや!!ええかげんにせー!

と怒鳴りたくなる。こんなことで本当に荷物は返ってくるのだろうか。


(結局この飛行機に荷物は載らなかったのである。よく見るとカートに荷物が載っていないようにも見えるが・・・・?!)
こんなことなら二度とBAには乗らないぞ!!と固く決意した次第である。
ちなみに、イギリスに行くのにBAでなくとも「Vergin Atlantic air 」が飛んでいるし、もちろんJAl やANA もあるのだからこっちにした方が親切だ。

今日から新学期、授業はまだだが、新一年生が学内をうろちょろしている。我が新ゼミ生9人も早速昨年度の後期の成績をもらいに我が研究室を訪れた。本当ならその際に彼らに「お土産」を渡すはずだったのがそんなこんなで渡せなかった。

残念!(とは言っても大した土産はないのだが・・・・)

なお、ヴェトナムで体調を崩した新3年生3人も無事元気な笑顔を見せてくれた。少しホッとした。あのくだらない「怒鳴り声」がトラウマにならないことを願っている。


(とてもよく残っていたBarHillの城壁)
みんな元気でよかったねと思ったらよろしくね

The Antonine Wall報告-2 ヴェトナム・イギリス帰国報告の条

2008-03-31 04:02:49 | 歴史・考古情報《西欧》-1 英国 
大英帝国、とっくに落ち目なんだがなーと思ったらよろしくお願いします。


(bearsdenの風呂)


 1ヶ月半に及ぶヴェトナムタンロン遺跡での発掘調査及び出土文字資料の調査・研究とヴァーチャルリアリテイー構築のための基礎研究、そして、イギリスでのThe Antonine Wallを探索を終えて、先ほど日本に帰って参りました。

 やはり、異国での1ヶ月半というのは肉体的にも精神的にも結構厳しいものがあります。特に間に予想外の不幸が重なり、後半はブログも書けなくなりました。申し訳ありません。


(Hillfortの城壁基礎村の墓地の中に残されていた)
 まずは、皆様方から頂いた母への厚いお言葉、本来ならコメントのお一人お一人にお返ししなければならないところなのですが、なかなか手が動きませんでした。お許し下さい。


(barhillのfort都城壁)
 3月9日、母のお骨を拾って、そっと最後の旅をさせてやりました。彼女の愛したアジアと行ったことのなかったヨーロッパです。これで西方へ旅立つことができるでしょう。

 一体どこから総括すればいいのか、書かなければならないことが余りに多すぎて、困ってしまいます。


(小雨に煙るfort)
 まずは、最後の最後に起こったトラブルからお話ししましょう。

 イギリスヒースロー空港に新しく第5ターもなるビルが完成し、ブリテイッシュエアウエーズの専用ターミナルとなったこと、そしてそのターミナルが運用開始の3月27日から大トラブルに見舞われたことはあるいは日本でもニュースになったらしくご存じの方もいらっしゃるかも知れません。
 実はこのトラブルの主要因はバッグの配送システムが故障しているためのものでした。飛行機に乗られたことのある方ならどなたでも経験されている、手荷物以外の荷物に付けるあの鉢巻きのようなタグがあります。これを読み取る装置が不具合を起こしているようなのです。開始から3日も経っているのですからとっくに直っているかと思いきや、悪い予感が当たりました。日本到着直前になって、機長から変なメッセージが流れ出したのです。


(barhillの城壁跡)


(道なき道を分け入って、ドロドロになりながらとてもよく残っている城壁を調べました。)

 「・・・・baggages・・・」を繰り返すのです。同行のWさんが聞き取ってくれて、ナナナント、この飛行機(ジャンボ)の荷物の大半が搭載できていないというのです。乗せたのはたったの11個!!
 「エエッツ!」機内は騒然!
 ほぼ満席の乗客の荷物ですから、恐らく500余りがイギリスに残っているというのです。余りにお粗末なBAの対応に、乗客も開いた口が塞がらない!


(とてもよく残っており、かつ整備の行き届いたroughfort)


(右がThe Antonine Wallつまり内側、人の立っているところが侵入を防ぐために掘られた堀。つまり左側が外になる。)


(有名な落とし穴)
 「帰って来れただけでもいいか!」という日本人らしい諦めの声も聞かれる始末。

 そんなこんなで、お土産はお預け。久しぶりに学生達にお土産を買った(イギリスの物価は超高いので大した物は変えなかったが・・・)のに、それらも全部バッグの中!(但し奇跡的に?息子の息子に買った土産の一部はリュックの中に入っていて無事到着!! ところがその息子の息子はお嫁さんの実家へ遊びに行っていて不渡り (笑)

 いかにもイギリスらしいエピソード??に巻き込まれてなんとか帰ってきました。

 さらに帰宅後メールを見てびっくり!

 鈴鹿関の発掘調査を担って下っていた亀山市教育委員会のMさんが小学校へ異動になったと。

 「エエッツ!!」

 ただ絶句するのみでした。ショックです。


(callenderhouseでは結婚式が行われていた。)
 そのショックを和らげるために、とにかくすごかったThe Antonine Wallを紹介します。
 The Antonine Wallはとてもよく残っていました!!ほとんど残っていないなんて大嘘!!詳しくは後日ごアップするとして、取り急ぎ今夜はその残り具合のいいところの証拠写真をざっと紹介しておきます。ご堪能下さい。


(callenderhouseの前に広がる公園内にはThe Antonine Wallがとてもよく残されている。)
The Antonine Wall行ってみたくなったでしょう!!誰かツアーを組みません! 


The Antonine Wall報告-1  ただ今イングランド時間3月28日21:35の条

2008-03-29 06:42:44 | 歴史・考古情報《西欧》-1 英国 
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The Antonine Wallの探索を終えてただ今エジンバラからキングスクロスへ向けての列車の中です。間もなくキングスクロス駅です。

とても充実した5日間でした。

帰国してから詳しい報告をしますが、とてもとても素晴らしい遺跡を東西60kmにわたって見学することが出来ました。

感動しました!

とにかく想像以上によく残っていることがわかりました。

その写真は帰国後に掲載します。ご期待下さい。

イギリスに滞在中にとてもくだらない電話が入りそのために私の精神はいらつきましたが、それ以上素晴らしい遺跡を見ることができてとても嬉しく思いました。

こんな遺跡に連れて行ってもらった山口大学のH 先生、W先生に感謝です。

これからホテルに入ります。また後で。

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