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昨日は古代宮都探訪会の記念すべき第1回見学会の日であった。
「古代宮都探訪会」て何や?
てですか。いい御質問です。はいこの度私が勝手にでっち上げました。
会員0、決まりなし。目的曖昧。予定、不明。とにかくaboutなのである。
ただ、前から何となくこんなことをして市民の皆さんや研究者とあちこちを歩きたいなと思っていたので、そのきっかけに、何となく企画した長岡京巡りを組み込んだのである。
その長岡京巡りはこのブログでもご紹介した。
きっかけは三重大学の授業でやっている長岡京の考古学を現場で触れてもらいたかったからなのである。ところが、どうしたわけか、授業を受けている学生は二年生の男子が二人(この二人は授業でもとても熱心で、いつも書かせる感想や意見がとっても面白い。)来ただけで、考古学研究室の学生は15人いるのに0。アー情けない、悲しい。その分卒論や演習に頑張っているのならまだ許せるのだが、果たして、来週の発表が 楽 し み である。
ところが、期待通り!!先日やった放送大学の受講生はわざわざ東海地方各所から10人もやってきてくれたのである。嬉しかったのはこうした催し物始まって以来の中学生がお祖母ちゃんに連れられてやってきたのである。それも、考古学大好き少女らしく、熱心に半日の難コースを踏破したのである。えらい!!○○ちゃん、名前聞くのを忘れました。残念。また来てね。
JR向日町駅に集まった総勢17人の学生さん達を私とSM博士とで御案内申しあげたのである。前日は大変な雨で、天気予報も雨!ところが誰の行いがいいのかハレー!!適度に風も吹いて、とても心地いいのである。放送だいがくの学生さんはとても熱心で、歩きながら、説明しながら、ひっきりなしに質問攻めなのである。だから予定よりちょっと時間もかかったのだが、ほぼ計画したところは全部回ることが出来た。
先ず向日町駅から東向日駅へほぼ北京極想定地を東から西へ。東向町駅で関大の社会人学生の方と合流。サテイーの前で禁野について説明。その後つい先日の慶應女子高校の学生の時はやっていた現場に寄るがもう既に工事が始まっていた.宮内道路の側溝や官衙の入口かと思われる門跡が出たが、この頃は発掘調査が制限されていて、遺構が出ても拡張できないらしい。
その後宝菩提院跡付近を通って向日市文化資料館へ。
今は私の後輩のNN君がいるので、いろいろ頼みやすく、資料の追加を依頼して配布。説明は博士に頼んで私は一服。それにしても相変わらずの古文書館。真っ白けでふんぞり返っている「学芸員」??(私はこんなのを学芸員とは認めたくない!!)が、学者気取りで古文書研究会をなさっていらっしゃる。ごくごく一部の市民のために自己満足のこんな会をやる人間に給料を払う必要があるのだろうか?先日の三重県での講演会で言いたかったのもこのこと。
そして今回の文科省の学芸員資格科目の強化のとんちんかんなことは既に指摘済み。奢れる平氏がいつまで権力を持ち続けられるのか?所詮定年過ぎれば終わり!!
そんな嫌な思いを振り切るようにして元稲荷古墳→向日神社へ。
(長岡京右京域を見た後、元稲荷古墳に向かって歩く。)
晴れたのでベンチでお昼ご飯。3世紀末の前方後方墳の上で食べるにぎりめしは格別!!うまかった。ナナナントそこへ、この三月に三重大学の近世史を出たKT君が顔を覗かせた。何でも今は地元京都の高校で歴史を教えているとか。まだ嘱託だが、近頃我が人文学部で「教員資格廃止」という愚かな議論があったが、彼などもしそんなことがあったら絶対に三重大学を受けることはなかった学生。何とか文化学科は継続することで意思一致できたが、法律経済学科は来年から止めるとか。ホント信じられない。
こんなことしてて来年、さらに応募者が減るのは確実!!自分で自分の首を絞めるというのはこのこと。何考えとんにゃ!とどやしたくなるが、同じ学部でありながら、学科が違うので「ほっといて!!」だって。ま、いずれ、学芸員も、司書も法律経済学科の教員は「専門教育に無駄」だからという理由で廃止するんでしょうね。あの学科からどんな専門家が生まれるのか?楽しみではあるが・・・。
とにかくそんな馬鹿な教員が文化学科にいなかったことだけは少し救われた気分。久しぶりに文化学科がまとまった珍しい会議でもあった。
向日神社の説明後いつもの通り長岡の先から天王山、石清水の丘そして、長岡京域全体を見る。晴れていてとてもよく見え、皆さん感動の声。
神社の参道から大極殿へ。大極殿の看板が替わっていて、説明が増えたのはいいが、なんだかフィルムを貼り付けたらしく既に破れていてちょっと残念。
(いつものように大極殿の碑の前で記念撮影)
皆さん宝幢には感激のご様子。朝堂院を縦断して門闕跡へ。整備が終わって綺麗になっていたが、まだ中には入れず残念。
(お金のない向日市としてはとてもよく頑張っているんだけれどね。大体何処でもそうだが、お金が付くのは最初だけ。直ぐに雑草だらけになる。)
(追加指定された閤門跡)
西向日駅の地下から築地跡へ。宝幢があんなに綺麗なのに、築地は草ボウボウ!!ホントどうしてこうなんかね。所詮エエカッコするための整備ではこうなるわな。市民不在の資料館、史跡整備。橋下みたいなんが市長になったらたちまち中止、廃館じゃないかと心配でたまらない。
内裏から春宮坊跡へ。そろそろ皆さんの足がくたびれてきたようなんで、時間もいいところで旧東院跡で説明は終わり。新東院のあの醜いビルを横目に睨み、早く日本電産があの場所から退散することを祈りつつ解散。
皆さんとお別れして私は直ぐに京都市内での全く別の市民運動の会議へ。
さすがに疲れました!!
市民と一緒に長岡京を守ることができたらいいのにね。
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「古代宮都探訪会」て何や?
てですか。いい御質問です。はいこの度私が勝手にでっち上げました。
会員0、決まりなし。目的曖昧。予定、不明。とにかくaboutなのである。
ただ、前から何となくこんなことをして市民の皆さんや研究者とあちこちを歩きたいなと思っていたので、そのきっかけに、何となく企画した長岡京巡りを組み込んだのである。
その長岡京巡りはこのブログでもご紹介した。
きっかけは三重大学の授業でやっている長岡京の考古学を現場で触れてもらいたかったからなのである。ところが、どうしたわけか、授業を受けている学生は二年生の男子が二人(この二人は授業でもとても熱心で、いつも書かせる感想や意見がとっても面白い。)来ただけで、考古学研究室の学生は15人いるのに0。アー情けない、悲しい。その分卒論や演習に頑張っているのならまだ許せるのだが、果たして、来週の発表が 楽 し み である。
ところが、期待通り!!先日やった放送大学の受講生はわざわざ東海地方各所から10人もやってきてくれたのである。嬉しかったのはこうした催し物始まって以来の中学生がお祖母ちゃんに連れられてやってきたのである。それも、考古学大好き少女らしく、熱心に半日の難コースを踏破したのである。えらい!!○○ちゃん、名前聞くのを忘れました。残念。また来てね。
JR向日町駅に集まった総勢17人の学生さん達を私とSM博士とで御案内申しあげたのである。前日は大変な雨で、天気予報も雨!ところが誰の行いがいいのかハレー!!適度に風も吹いて、とても心地いいのである。放送だいがくの学生さんはとても熱心で、歩きながら、説明しながら、ひっきりなしに質問攻めなのである。だから予定よりちょっと時間もかかったのだが、ほぼ計画したところは全部回ることが出来た。
先ず向日町駅から東向日駅へほぼ北京極想定地を東から西へ。東向町駅で関大の社会人学生の方と合流。サテイーの前で禁野について説明。その後つい先日の慶應女子高校の学生の時はやっていた現場に寄るがもう既に工事が始まっていた.宮内道路の側溝や官衙の入口かと思われる門跡が出たが、この頃は発掘調査が制限されていて、遺構が出ても拡張できないらしい。
その後宝菩提院跡付近を通って向日市文化資料館へ。
今は私の後輩のNN君がいるので、いろいろ頼みやすく、資料の追加を依頼して配布。説明は博士に頼んで私は一服。それにしても相変わらずの古文書館。真っ白けでふんぞり返っている「学芸員」??(私はこんなのを学芸員とは認めたくない!!)が、学者気取りで古文書研究会をなさっていらっしゃる。ごくごく一部の市民のために自己満足のこんな会をやる人間に給料を払う必要があるのだろうか?先日の三重県での講演会で言いたかったのもこのこと。
そして今回の文科省の学芸員資格科目の強化のとんちんかんなことは既に指摘済み。奢れる平氏がいつまで権力を持ち続けられるのか?所詮定年過ぎれば終わり!!
そんな嫌な思いを振り切るようにして元稲荷古墳→向日神社へ。
(長岡京右京域を見た後、元稲荷古墳に向かって歩く。)
晴れたのでベンチでお昼ご飯。3世紀末の前方後方墳の上で食べるにぎりめしは格別!!うまかった。ナナナントそこへ、この三月に三重大学の近世史を出たKT君が顔を覗かせた。何でも今は地元京都の高校で歴史を教えているとか。まだ嘱託だが、近頃我が人文学部で「教員資格廃止」という愚かな議論があったが、彼などもしそんなことがあったら絶対に三重大学を受けることはなかった学生。何とか文化学科は継続することで意思一致できたが、法律経済学科は来年から止めるとか。ホント信じられない。
こんなことしてて来年、さらに応募者が減るのは確実!!自分で自分の首を絞めるというのはこのこと。何考えとんにゃ!とどやしたくなるが、同じ学部でありながら、学科が違うので「ほっといて!!」だって。ま、いずれ、学芸員も、司書も法律経済学科の教員は「専門教育に無駄」だからという理由で廃止するんでしょうね。あの学科からどんな専門家が生まれるのか?楽しみではあるが・・・。
とにかくそんな馬鹿な教員が文化学科にいなかったことだけは少し救われた気分。久しぶりに文化学科がまとまった珍しい会議でもあった。
向日神社の説明後いつもの通り長岡の先から天王山、石清水の丘そして、長岡京域全体を見る。晴れていてとてもよく見え、皆さん感動の声。
神社の参道から大極殿へ。大極殿の看板が替わっていて、説明が増えたのはいいが、なんだかフィルムを貼り付けたらしく既に破れていてちょっと残念。
(いつものように大極殿の碑の前で記念撮影)
皆さん宝幢には感激のご様子。朝堂院を縦断して門闕跡へ。整備が終わって綺麗になっていたが、まだ中には入れず残念。
(お金のない向日市としてはとてもよく頑張っているんだけれどね。大体何処でもそうだが、お金が付くのは最初だけ。直ぐに雑草だらけになる。)
(追加指定された閤門跡)
西向日駅の地下から築地跡へ。宝幢があんなに綺麗なのに、築地は草ボウボウ!!ホントどうしてこうなんかね。所詮エエカッコするための整備ではこうなるわな。市民不在の資料館、史跡整備。橋下みたいなんが市長になったらたちまち中止、廃館じゃないかと心配でたまらない。
内裏から春宮坊跡へ。そろそろ皆さんの足がくたびれてきたようなんで、時間もいいところで旧東院跡で説明は終わり。新東院のあの醜いビルを横目に睨み、早く日本電産があの場所から退散することを祈りつつ解散。
皆さんとお別れして私は直ぐに京都市内での全く別の市民運動の会議へ。
さすがに疲れました!!
市民と一緒に長岡京を守ることができたらいいのにね。
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今回ブログという形でyaa先生にご連絡いたしまして大変失礼で申し訳ございません。
この度コメントさせていただきましたのは次の第2回古代宮都訪に是非とも私が参加させていただきたいと思い、コメントさせていただきました。
もし次回の探訪会の日にちに私に予定がなければ、参加させていただいても宜しいでしょうか?