ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

マクファーソン作「海をゆく者」

2009-12-24 23:26:13 | 芝居
12月8日パルコ劇場で、コナー・マクファーソン作「海をゆく者」を観た(栗山民也演出)。

幕が開くと舞台は地下にある居間。散らかってはいるが居心地のよさそうな暖色でまとめられた室内(美術:松井るみ)。中央に二階への階段、右に台所へ通じるドア。

シャーキー(平田満)、兄リチャード(吉田鋼太郎)、その友人アイヴァン(浅野和之)が次々に登場。
時はクリスマスイヴ。失明した兄の世話をするため、シャーキーは家に戻ってきたのだった。
その後、彼が忌み嫌っているニッキー(大谷亮介)、その連れロックハート氏(小日向文世)が入ってくる。
ロックハートという男の正体は誰も知らない。

小日向文世が何とも魅力的。
一人だけ、いかにも紳士然とした優雅な物腰で、周りの男達とは違う不思議な雰囲気を漂わせるのに成功している。
これは彼の当たり役になるのではないか。
シャーキーと二人だけになると彼は本性を現す。
実は彼は長いことシャーキーを探していて今夜やっと見つけたのだった。
二人はかつて刑務所で出会い、或る契約を交していた・・・。かくて普通のドラマと見えたものが一転しておとぎ話となる。

シャーキーは小さい頃からどうしようもない悪い奴で、ロックハートに目をつけられたらしい。
だがシャーキー役の平田満には残念ながら「毒」がない。だからそれほど悪い奴にはどうしても見えない。
苦労人というなら分かるが。ミスキャストと言うしかない。

ロックハートは音楽が嫌いで、音楽を聴くと身動きが取れなくなるという設定は面白いが、それってどうなのか。
かのゲーテのメフィストフェレスは確か歌ったりするが・・・。ドイツとアイルランドでは違うのだろうか。

彼は様々な力を持っている。
他人の体を借りたり、お金を自由に作ったり(?)、手を触れることなく人間を痛めつけることもできる。
だが、人間の魂を手に入れることだけは勝手にはできないらしい(そもそも手に入れてどうするのかよく知らないが)。
ちゃんと契約を結び、それを忠実に守らないと手に入れられないらしく、そこが真面目と言うか律義な感じがする。
「あちらの方」「あの方」「誰かさん」・・・彼は至高の存在をそう呼び、「あの方」が「あんた方人間ばっかり愛しておられる」とひがんでいる。

作者マクファーソンの劇の構成は緻密。栗山民也の演出も実に巧みだ。

兄は信心深く、折に触れて弟の幸せを神に祈る。彼はそばでそれを聞いている。(どんな気持ちなのだろう。)
「誰かさん」が弟の「肩を持つ」のは、この兄の取りなしの祈りあってこそだろう。

我々から見ると、兄は不潔だし子供のようにわがままだし、その兄を助けて黙々と部屋を片付けたり、嫌がりもせず世話を焼く弟の方が
ずっといい奴のように見えるので、実は弟は悪い奴で・・・と言われてもなかなかすぐにはイメージが湧かない。

弟は兄の愛に包まれている。兄も弟に甘え、細々と世話を焼いてもらっている。
二人は見たところ惨めな男所帯だが、愛によって結ばれている。
だから観終わった後こちらの心も温かくなるのだろう。

これが今年最後の芝居だったらよかったのに、と思ってしまった。
実際にはこの後私の苦手な現代ドイツの作家の芝居を一つ観る予定なので・・・。
芝居は英語圏のものに限る、と最近つくづく思う。
ただの個人的な好みだけれど。


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