J2に降格し、J1昇格に再び挑むことになった09年は、
「赤黒の生みの親」石崎信弘氏(以下ノブリン)を新監督に迎えて始まった。
この年も熊本キャンプ、TM清水戦@鹿児島、福岡空港でお見送り(注1)と
開幕前に札幌を追いかけた。ノブリンの現役時代のJSLイヤーブックを持参し、
「すごいモン持っとるねえ・・・」と呆れさせた感心された思い出もある。
しかし、この年は51戦21勝16分け14敗(注2)。
勝ち点79の6位に終わり、3位昇格の湘南には勝ち点差19と水を開けられた。
09年の札幌は調子の波が激しく、
香川を擁して2位昇格を遂げるC大阪に4対1と圧勝しながら、
05年のエントリーでふれた通り、J2一年生の岡山に初得点を許したり、
富山に3引き分けを喫したり、J2二年生の熊本に0対4と自滅で大敗したり、
と不安定な試合を繰り返す一方だった。その不安定さをモロに味わったのが、
7月に久しぶりに実施したワタシ単独での北海道&四国遠征。
JALやJR、深夜バスを駆使し、
4日の水戸戦@札幌ドームと8日の愛媛戦@ニンスタをハシゴ(注3)したもので、
水戸戦は西嶋が前半に退場&ウノゼロ負け、
愛媛戦は失点をはね返し、上原と芳賀のゴールで逆転勝ち(注4)と、極端な結果に。
ちなみに、6月には2号が単独で関東遠征に赴いて、湘南戦@平塚を生観戦。
大伍のゴールで逆転後、残り10分で2失点を食らい、2対3で敗れる憂き目を見た。
3月のアウエー初戦の鳥栖戦@ベアスタは、終了前の5分間で3点が動いたし(注5)、
振り返ると、夫婦そろってジェットコースターに乗っていたようなシーズンだった。
それは終盤も変わらず、ネ申の引退、ケンゴの退団、大伍の移籍、
そして、ゴン中山の加入と、矢継ぎ早に衝撃のニュースが降りかかってきた。
加えて、この年の暮れには、我が家にも衝撃の知らせが舞い込むことになる。
(第15話に続く)
- とっておきの一枚
この年の我が家の大きなニュースの一つに、4号の小学校入学がある。
同時に、服部浩紀氏(現・J2群馬監督)が指導する志免町のサッカースクールに入れた。
7月遠征で購入した赤黒20番シャツを着せて練習へ。福岡の中心で札幌愛をアピール
注1:PSM「シーサーマッチ」FC東京戦@沖縄に出発した札幌を見送ったが、
強風に見舞われた御一行は、福岡空港で7時間以上待つハメに。嵐の前ぶれだった。
注2:この年のJ2は18クラブが参戦&3回戦総当たり制だった。
注3:ちなみに、5日にあった日本ハム×ソフトバンク@函館も挟んでいる。
注4:愛媛の先制点は内村圭宏。この年を最後に札幌に移籍した。
注5:砂川の美しいボレーに始まり、キリノのJ初ゴールが決勝点。2対1でシーズン初勝利。