えびす顔の造花卸売り問屋社長からの手紙

かすかな希望を抱いて幸せを自慢する尊大な日記。重複掲載御免。造花仏花の造花輸入卸売り問屋・卸専門ニューホンコン造花提供

あの戦争と向き合う年を終えるにあたって

2015年12月31日 14時46分18秒 | ドンキホーテ
 東北のみなさん こんにちは

 今年はあの戦争が終わって70年の年でした。年初のこの手紙でこの年を「あの戦争と向き合う年に」したいと書きました。

 あの戦争に関する数冊の本を買いちょろちょろ読みました。
 8月には参加する大阪商工会議所東支部・異業種交流会フォーラム・アイ(FI)で「戦後70年を迎えあの戦争を振り返る」と題した勉強会を開きました。
 安倍首相の戦後70年談話について考えました。
 戦争法案に反対するデモに参加しました。
 隣町で行われたヘイトスピーチのカウンターに行きました。

 振り返ると、なんかしました。しかし年初に決意したことのいくばくかもこなせていません。そんな中、年末に大きな事件が起きました。「日韓慰安婦解決合意」(12月29日付毎日新聞一面の見出し)です。そのニュースは今年の最後の最後にあの戦争と真摯に向き合う機会を与えてくれました。

 この合意については賛否が渦巻いています。どう評価すべきか迷っています。評価する点は、
 日本政府が軍の関与を認め、多数の女性の名誉と尊厳を傷つけたと認めた。
 その責任を痛感して、安倍首相がお詫びと反省の気持ちを表した。
 日本政府が国として10億円を出す。

 半面、評価できないのは、
 強制性の文言がない。
 軍の管理や強制性を認めた河野談話を見直したいと話していた安倍首相の変節した言葉を信じられるのか。
 少女像の撤去を加害者側から求めている。
 安倍首相自らの言葉での謝罪がない。
 そして何より、被害者の方が納得していない。

 年初のこの手紙「あの戦争と向き合う年に」の枕で取り上げたのは、安倍首相がホロコースト記念館を訪れ「先の大戦終結から70年である本年、このような悲劇を二度と繰り返させないとの決意を表明する」と演説した話です。その手紙で「この表明、あの戦争でアジアを侵略した日本の首相として、まずは別の場所、中国や朝鮮半島、もっと広くアジアで決意すべきではなかったでしょうか」と続けました。

 安倍首相が日本国、日本人を代表して、少女像の前で首を垂れる、それが行われた時にこそ、従軍慰安婦問題は解決へ向かうんじゃないでしょうか。そしてその謝罪の行脚は朝鮮半島から、中国、アジアへと連なるべきです。その最後にホロコースト記念館で平和を決意する。そうであったなら安倍首相の決意はどれ程重たく世界に受け入れられたでしょうか。それはあの戦争を終わらせ戦後をスタートさせることにつながったはずです。今年最後にあの戦争をより深く振り返りました。

 これから先は宣伝です 
 造花のことなら、大阪で90年以上の歴史を誇る造花輸入問屋の(有)ニューホンコン造花へ。卸専門です。
装飾造花、ギフト造花から菊、百合、樒(シキビ、しきみ)、榊(サカキ)など仏花、神様用造花まで扱っています。
 (有)ニューホンコン造花・営業本部  〒581-0845 八尾市上之島町北5-32-2
 TEL 072-923-5587 FAX 072-996-4187  ホームページ http://nhkf.jp  E-mail info@nhkf.jp

元新聞記者が明かす 小さな会社 マスコミデビューの法則
(岡田 光司著、1500円 ISBN4-86000-104-4 C2034 ¥1429E)
コメント

1112エピソード四十九日

2015年12月30日 14時46分18秒 | 我が家
 母の四十九日満中陰は12月30日でした。しかし、師走も押し迫った大晦日前日に、お参りしてもらうのは心苦しく、法要は一週間前の四十二日の23日に我が家で行い、35人ほどの親類に集っていただきました。

 法要の後の会食は近くの料理屋さんにしました。しかしそれでも自宅に大勢の方に集まってもらうための準備は一仕事です。そのほとんどを妻がしてくれました。姉や妹にも手伝ってもらいましたが。

 写真はその準備の一つ、ハンガーです。冬場にいらっしゃるのだからコートをかけるのが必要だろうと妻が用意しました。とてもありがたい。

 そんなこんなで、11月11日から、母宏子の危篤、看病、死去を伝えてきました物語も満中陰の今日で終わります。とても幼いのでしょうが、書かずにはいられない気持ちでこれまで書いてきました。長々と個人的な話にお付き合いいただきありがとうございます。また思い出したように、母を話題にするでしょうが。

 
コメント (2)

1112エピソード納骨

2015年12月29日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 母の納骨は四十九日の前の12月19日の日曜日に行いました。墓は隣町の布施との間で、車だと10分もかかりません。「全部持って帰ってきたれ」という父の希望で、母の骨は通常より大きい八寸の骨壺に納めていました。墓の前の石を動かして墓の下に埋葬しますが、その骨を入れる口がとっても小さい。父の話から八寸壺は入らないのは分かっていましたが、思ったより小さい。直径20センチほどの半円形です。骨をさらしに巻いて入れようとしても入りません。

 父は最初から「骨を手でつかんでそのまま入れたらええ」と言っていましたが、その通りになりました。とても軽い母の骨を、父、私、妻、姉妹や孫ら数人で墓に納めました。

 意外と悲しみはありません。一心寺に納めるために残してある喉仏の入った小さい骨壺はまだ我が家にあり、「まだおかあはんは家にいるんや」っていう気持ちもあるからかもしれません。

 近年、四十九日が終わってから納骨するのが多いらしいですが、父は「早くお墓に入れたらんと、ほったらかしにしてるようであかん」と思っていて、満中陰前の納骨になりました。

写真は年末に墓参りした時。
コメント

1112エピソード墓

2015年12月28日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 母方の祖父母のお墓は八尾流通センターのすぐ近く、車で3分ほどのところにあります。職場からこんなに近いのに滅多にお参りしません。しかし母が亡くなって少しして、昼休み時間に報告に行きました。そばにスーパーがあって、そこでお弁当とお花、お線香を買いました。墓地の隣の公園でお昼のお弁当を食べて墓参りしました。

 「おじいちゃん、おばあちゃん、おかあはんがそっちへ行ったからよろしゅう頼みます」

 と。
コメント

1112エピソード高さんを偲ぶ会

2015年12月27日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 母が亡くなってから満中陰まで、会社のを除き忘年会や年末のパーティーやらは欠席させてもらいました。喪に服するという意味もありますが、それよりあまり外に出てはしゃぐ気になれなかったからです。

 唯一参加したのが高仁鳳さんの偲ぶ会。こちらは忘年会というより、4年前に亡くなられた高さんを偲ぶ会です。そんなこともあったのと、やはりこの会だけは毎年ずっと参加したいとの思いが強かったからです。それでも会半ばにお暇しました。

 色んな会を欠席にし、たくさんの方にご迷惑をおかけしました。すみません。

 
コメント

1112エピソードチラシ

2015年12月26日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 カタログショッピングやテレビショッピングが好きだった母。一度何かを買うと、それ以降ずっとカタログやチラシが定期的に送られてきます。亡くなってからもたくさん届くので、返信封筒に「今後はカタログを送らないでください」などと書いて返信しています。

 ほっといてもいいんでしょうが、とてももったいない気がして。いちいち返信しています。
コメント

1112エピソード梅酒

2015年12月25日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 その香港出張帰り便のピーチ航空機内ショッピングで妻に梅酒をお土産に買いました。いつも機内ショッピングの雑誌に載っていておいしそうなので梅酒が好きな妻にもってこいと思っていました。しかいこれまで3度注文してもずっと「品切れ」と言われっぱなし。

 雑誌には載っているけれど本当は積んでないんちゃうのと疑いかけていた今回、初めて買うことができました。

 帰って妻に「あげる」と手渡すと、すぐに母の祭壇に供えました。

 日本産の梅酒、行便から飛行機には積まれていたでしょう。ということは、一度は香港に降り立った梅酒です。香港へ母を連れて行くことはできませんでしたが、その香港の香りを堪能してくれたでしょうか。
コメント

1112エピソード香港

2015年12月24日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 11月の関東出張から帰って中一日で香港・中国出張に出かけました。母の危篤、葬儀のために11月初めに予定していた香港出張を延ばしたので、12月の出張日程がつんでしまいました。

 すべての仕事を終えた香港最終夜、少し時間があったので香港が初めてもM君を誘って香港島を望むカオルーンの海岸沿いに行きました。ここからの夜景はまさに香港です。

 そんな夜景を見ながら、思い出してしまうのは母。うちが香港と長年取引しているので、母も一度は行きたがっていました。しかしそれが叶わないまま逝ってしまいました。

 連れて行ってやりたかったな。
コメント

1112エピソード宏福楼

2015年12月23日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 母が亡くなって1週間もたたないうちに出かけた11月の関東出張。横浜では中華街そばの定宿泊まり。いつものように中華街に繰り出すと、すぐに明るい新しいお店を見つけました。入り口横のメニューを見ていると中から、母親のような女主人が出てき来て入るように促します。誘われてお店の名前も確かめないまま入店。

 おいしそうな料理の中から、「エビチリソース炒め」のセットを頂きました。御飯、スープ、水餃子、ザーサイ、杏仁豆腐までついて、中瓶と合わせて1512円 
 料理はおいしくて、おかみさんをはじめとした店員さんのあいそもよく。次回も寄りたいお店です。

 勘定を済ませ、店を出てお店の看板を見たら、「宏福楼」。母宏子が幸福になる館。そうとったのは間違いじゃないでしょう。
コメント

1112エピソード喪中はがき

2015年12月22日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 母は11月も十日を過ぎて亡くなりました。年末まで日にち少なく、喪中のはがきは出せないな、年明けに寒中見舞いにしようと思っていました。しかし葬儀社さんがはがきを簡単に、またすぐに印刷してくれると言ってくれ、何とか出す手配に。ただその喪中のはがきが通常のはがきよりも分厚く、我が家のプリンターでは引っかかってしまってうまく宛名を印刷できません。一度に印刷機に差し込む枚数を色々試したり工夫して、四苦八苦の上、数時間かけて何とか300枚弱を刷り上げました。11月の関東出張出発の前夜遅くです。あーよかった。

 年賀状の準備をする方のことを考えて、喪中はがきは11月中に出すものと思っていました。しかし葬儀社さんによると、12月になってから出すものだと。そんなこんなで、11月30日に投函、12月に入ったらすぐに届くようにしました。

 その喪中はがきも全ての方々に出せたかどうかは分かりません。届いていらっしゃらない方はすみません。
コメント

1112エピソード白黄供花

2015年12月21日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 49日までの祭壇は、色花を使わずに白、黄の花で飾るんですね。妻がおじゅっさんに聞いて知りました。宗派によっても違うのでしょうが。

 仏花造花を販売している会社の社長なのに、知りまへんでした。あきまへんな。
コメント

1112エピソードかに

2015年12月20日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 母が退院したら、大好きなかにを食べさせてあげようと妻が冷凍のかにを買ってきてくれていました。お葬儀終えた翌週の休日の土曜日、母抜きの家族で頂きました。

 生きてたらおいしそうに食べたやろな。
コメント

1112エピソードルミナス造花

2015年12月19日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 その祭壇に当社のLEDで光ファイバーが七色に輝くルミナス造花の百合と蓮を飾っています。初盆の供花や灯篭、提灯の代替品としてそこそこ人気の商品です。

 自社商品として売っているにもかかわらず、ちょっと派手で仏には似合わないかなどと思っていました。しかし、こうやって母の祭壇に供えると、その明るさが母を飾ってくれているようで、とてもいい。

 自らの母の祭壇に供えてやっと自分の会社の商品の良さを知りました。
コメント

1112エピソード鐘

2015年12月18日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 49日の満中陰まで仏壇の横に祭壇を置いて母の位牌、遺影を飾っています。仕事を終えて自宅に帰るとついつい「ちーん」とな鳴らします。亡くなった母に聞こえるはずもないのに。

 生前、家に帰ってもおふくろに、「ただいま」って言うこともあまりなかったけれど。
コメント

1112エピソード明太子

2015年12月17日 14時46分18秒 | 我が家
 東北のみなさん こんにちは

 夕飯時、九州の叔母がお歳暮に送ってくれた明太子を妻が出してくれました。

 母はこの明太子を電子レンジでチンして食べていました。「おかあはん好きやったな」、思い出してしまいます。
コメント