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作戦終了

「渡辺さん。どうかお元気で」
 これで三人目。渡辺が定年でこの職場を去る。三百人以上いるこの会社の従業員で、声をかけてくれたのはこの三人だけ。
 有志が幹事となって、盛大な送別会を開いて送り出される定年退職者もいる。渡辺の場合、かようなモノはない。ひっそりと会社を去っていく。人望がないわけではない。存在感がないのだ。
 総務部庶務課庶務係主任補佐。渡辺のこの会社での最終肩書きだ。四十年この会社に勤めたが管理職にはなれなかった。直属の上司の係長は十歳以上若い後輩。人事部の会議ではどうも、みんな渡辺のことは忘れがちなようだ。 
渡辺は人よりも三十分早く出勤する。ロッカーを開ける。古びたロッカーだ。中にはボールペン、鉛筆、サインペン、カッター、コピー用紙といった事務用品、文房具が収納されている。このロッカーが渡辺の仕事道具。九時になり朝礼が終わると、何人かがボールペンなどをもらいに来る。手渡す。在庫が少なくなれば出入りの業者に発注する。これが渡辺の仕事だ。四十年この仕事をやってきた。
 会社の門をでる。もう、この門をくぐることはないだろう。通信機器を製造している会社だった。そんなことは渡辺には関係ない。文房具の在庫管理と発注。それだけの四十年であった。
 とことこと十五分ほど歩く。地下鉄の駅。三駅で都心。そこからJRで四十分。郊外の住宅地。駅から自転車で十分。古い賃貸マンション。三階の2DK。ここが渡辺の家だ。
「ピンポン」チャイムを鳴らす。「はあい」
女性の声。ドアが開く。「ただいま」「おかえりなさい」

 敵にはまだ対空レールガン砲塔が五基残っている。攻撃機はあと五機。隊長機は撃墜された。隊長は骨の髄からの軍人。ただでは落とされない。一基の砲塔に激突。地獄への道づれとした。おかげで五対五。互角の勝負となったわけだ。
 独裁者コン・ジュンが支配する惑星ヒタセン。コンは禁断の反物質爆弾を首都に撃ちこむと惑星メリを脅迫。銀河連盟のたびたびの非難決議、経済制裁にかかわらず、コンは反物質爆弾を完成していた。
 惑星メリ絶体絶命の危機に救いの手を差し伸べたのが惑星チキュウ。チキュウは密かに宇宙空母イズモをヒタセン宙域に派遣。ヒタセン静止軌道上でワープから実体化したイズモは艦載機ネオ・ゼロを発進。反物質爆弾ミサイル発射基地を空爆させた。
「こちらワタナベ。ミサイルの破壊に突入する。援護を頼む」
「了解。武運を祈る。理力とともにあらんことを」
 四機のネオ・ゼロが対空砲塔に向かって、三十ミリ機関波動砲を撃ちまくる。レールガンからは対空砲火がシャワーのごとく噴出される。弾幕が張られた。ミサイルが肉眼でも視認できた。ワタナベ機は急速に接近。次ぎのチャンスはない。照準。ロックオン。
「ワタナベ。理力を使え」
 戦死した隊長の残留思念が頭脳に直接届いた。隊長はワタナベの師でもある。師は死の直前、弟子に対するアドバイスを強く念じた。その師の思念が残留思念となり死の直前にいた空間に残った。そこをワタナベ機が通過した瞬間、ワタナベの脳に直接届いた。
 照準器のスイッチをOFF。分子離散空間魚雷ツルギ・クサナギ発射。命中。発射台に設置されたミサイルが一瞬揺らいだ。輪郭がうすれた。次ぎの瞬間ミサイルは消えた。空間魚雷ツルギ・クサナギは爆発力で目標を破壊するのではない。目標に着弾すると、目標物の分子の結合力をゼロにする。分子がバラバラになって目標は消滅する。究極のピンポイント攻撃が可能だ。以前、敵の将軍を暗殺するミッションで、パーティに参加している将軍だけ消して、他の参加者にはキズ一つ負わせなかった。
「作戦終了。帰投する」

「四十年、ご苦労さまでした」
 頭に白いモノが増えた妻が、お酌をしてくれた。
「うん。んまい」
「どうでした。この四十年は」
「うん。作戦は成功やった。地球から惑星ヒタセンまでワープを使っても四十年かかった。これで惑星メリは安泰だ」
「ほんと、たいへんなお仕事ですね」
「なんか夢を見ていたような気がするよ」
「航空宇宙軍のエース渡辺中佐がどんな夢を見ていたの」
「毎日、ボールペンの数を数える夢さ」
 

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