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あしたのジョー


ちばてつや 高森朝雄            講談社

 あまりにも有名なラストシーン。世界チャンピオン、ホセ・メンドーサとの壮絶な試合を終えた矢吹ジョー。かすかな微笑みを浮かべて、真っ白になってリングのコーナーに座っている。
 ここでジョーは死んでいるのか、生きているのかがこの漫画のファンの間で論争になっている。小生はジョーは生きている派だ。ジョーが満足しているのは間違いない。メンドーサとの試合で真っ白になるまで、存分に戦い、その試合に満足しているわけ。ただ、彼はボクシングの試合だけで満足しているのではない。愛を全うして満足しているのだ。
 この漫画はボクシング漫画である。日本を代表するボクシング漫画である。そのころは誰も認めるであろう。小生もそう思う。しかし、この漫画の隠された本質は別にある。この漫画の本質、それは「愛」だ。そう、この漫画は恋愛漫画である。ボクシングは女が男に愛を伝達する触媒にすぎない。
 女、そうこの漫画の主人公は矢吹ジョーではなく、白木葉子なのだ。白木葉子。白木財閥の令嬢にして大金持ち。深窓の令嬢でありながら男臭く汗臭いボクシングをなりわいとしている。らつ腕のプロモーターであり、ボクシングジムの経営者。その白木葉子が密かな恋心をいだいているのが矢吹ジョーなのだ。
 深窓の令嬢と不良少年の恋。これは原作者高森朝雄(梶原一騎)の後年の作品「愛と誠」の主題である。太賀誠と早乙女愛の物語のほう芽は、白木葉子と矢吹ジョーにあったのだ。
「男を成長させるのは、強力なライバルである」これは梶原がすべての作品を通じていっていることだ。それは、この「あしたのジョー」でも強く訴えている。
 ジョーの最初にして最大のライバル力石徹に死なれた後、葉子はひたすらジョーに想いをつのらせていった。カーロス・リベラ、ハリマオ、そして完璧なチャンピオンホセ・メンドーサ、これらのジョーのライバルたちは、葉子がジョーに贈った愛のメッセージなのだ。力石ロスにおちいった、野性を失った、ジョーを立ち直らせるために葉子がつかわした愛のメッセンジャーたちなのだ。そして、その愛を完成させるべく世界チャンピオンまでジョーに贈った。
 ジョーは葉子の愛をなかなか受け入れない。しかし、ジョー本人は気がついているだろう。自分の運命を握っているのは、この女だということを。
 世界タイトルマッチの直前、葉子はとうとうジョーに告白する。
「あなたが好きだった」
 ジョーは重症のパンチドランカーとなっていた。
「この世で一番愛する人を、廃人となる運命の待つリングへ上げることはぜったいにできない」
「リングには世界一の男ホセ・メンドーサがおれを待っているんだ」
 ボロボロになって試合を終えたジョーははずしたグローブを葉子に渡す。
「あんたに、もらってほしいんだ」
 葉子の愛が完成した瞬間である。そしてあのラストシーン。あのジョーの微笑みは、葉子の愛を受け入れた喜びをも表しているのだ。
 ジョーは死んでいない。葉子と結ばれるのだ。
 
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