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笑顔の男

「37番のカードをお持ちの方、6番窓口へどうぞ」
 37番?腰を浮かせる。自分のカードを見る。39番だ。このハローワークはいつもは比較的すいているのだが、きょうは混んでいる。もう、かれこれ2時間近く待っている。
 浮かしかけた腰を下ろす。まだまだ待たなければならない。昼の1時に近い。腹が減った。なにか食べてから来たら良かったかな。いいかげんイヤになってきた。きょうは帰って、あす出直そうか。
「あのう」
 隣に座った男が話しかけてきた。私と同年配の中年男だ。丸顔で八の字眉毛。団子のような鼻で、大きな耳。鼻の横とあごの先に黒いひげ、顔全体で愛想良さを表している。
「はい」
「よろしければカードを替えてあげます」
 男が見せたカードは37番だ。
「え、いいんですか」
「いいんです」
「でも、どうして?」
「あ、早く行かないと窓口の人が待ってますよ」
 37番と私の39番を交換して、6番の窓口へ行った。ハローワークの職員に37番のカードとプリントアウトした求人票を渡す。
「ちょっとお待ちください」
 職員は求人票を見ながら電話する。
「こちら西戸ハローワークですが、いま、新山さんとおっしゃる54歳男性の方が窓口にお見えですが。はい。はいはい。はあ。わかりました」
 職員は受話器を置いて気の毒そうな顔でいった。
「残念ですが、この案件、たったいま、決まったそうです」
 ハローワークを出てJRの駅に向かう。きょうもボウズだ。これで2週間ボウズが続いた。先月の月末に電機会社に面接にいったのが最後だ。やはり50を超してる年齢がネックだろう。
 駅の切符を買おうと、財布を出した時、ポンと肩をたたかれた。振り向くと、丸顔、八の字、団子鼻、大耳があった。満面の笑みを見せている。実にフレンドリーだ。
「や、また、お会いしましたね」
「あ、どうもありがとうございます」
「いえ。ちょっと休んでいきませんか」
 駅前の喫茶店を指さした。時間はある。できたら家に帰りたくない。「どうでした」と妻が聞く。「ダメだった」この時の妻の落胆した顔。その顔を見るのがイヤなのだ。家に帰らないわけにはいかない。その妻の顔を見るのをできるだけ先に延ばしたい。
「いいですよ」
 二人で喫茶店に入った。二人ともコーヒーを頼んだ。
「どうでした。面接ですか」
「ダメでした。もう決まったそうです」
「そうですか。それは残念ですね」
「50過ぎると再就職は難しいですね」
「そうですね。ところが相談なんですが、これを持って私の代わりに面接に行きませんか」
 男が丸い指で取り出したのは封筒だ。中身はハローワークの紹介状だった。
「尼川の電子部品の商社なんですが、私は急に面接に行けなくなりました。電子部品の在庫管理の仕事ですが、あなたと私は同年輩ですね。先方に電話したらあなたに面接してもいいということです」
「願ってもないことですが、あなたはいいんですか」
「ああ、私、私はどうとでもなります」
「どうして、そんなに私に親切なんですか」
「そで振り合うも他生の縁というではありませんか。ハローワークの待合室で隣り合って座ったのも何かの縁です」
「どうもありがとうございます」
「では、私は行くところがありますから」
 伝票を持って立ち上がった。
「あ、私がもちます」
「いいです。いいです」
 うむをいわさずレジに行った。店の外に出た。
「では私はバイクですので、ここで」
「あ、ありがとうございました」
「いえいえ。うまく採用されるといいですね」
 男は満面の笑みを浮かべて、駅前の駐輪場に行った。小型バイクに乗って南の方へ走って行った。背中に釣竿を背負っている。釣りにでも行くのだろうか。

 その尼川の電子部品の商社に採用されて三ヶ月が過ぎた。年が明けて1月の10日。西戸神社に向かう。ここは福の神の総本社。毎年1月10日は大きなお祭がある。西戸生まれの私は毎年1月10日のお参りを欠かしたことがない。屋台が並ぶ参道を歩くと赤い門がある。この門をくぐると本殿がある。
「おかげさんで再就職できた。今年のお賽銭は多めにしよう」
「そうね。賛成」
 妻と私、1000円づつお賽銭を入れた。拝殿を出て、福笹を売っている店がある。この神社のご神体の神様のイラストがついた大きな福笹がある。
「あれも買おうか」
「うん」
 イラストを見る。丸顔、八の字、団子鼻、大耳だ。その笑顔の神様がウィンクした。 



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