雫石鉄也の
とつぜんブログ
お正月のお酒
正月の三日である。商店街は、ほとんどの店がシャッターを閉めている。鏑木は風呂敷で包んだ一升瓶を2本足もとに置いた。
店のドアを開ける。ドアの小さなしめ飾りがゆれる。一升瓶を持って店に入った。壁のスイッチを入れる。バー「海神」の明かりが点いた。風呂敷をあける。日本酒が2本。「灘正宗」だ。
海神は三日からの開店だ。バーだから洋酒を提供するが、正月の三日だけは日本酒も出す。銘柄はいつも灘正宗だ。
灘の生一本といわれる灘五郷の酒はいろいろある。全国展開している大メーカーもあるが、灘の生一本というよりも神戸の地酒といった方がいい酒もある。灘正宗は神戸の地酒だ。今津、西宮、魚崎、御影、西郷といった灘五郷とは少し外れた芦屋との市境に近い東灘の東の端の酒だ。あまり知られた酒ではないが、鏑木はこの酒が好きだ。出荷数も少なく、入手が難しい酒だ。鏑木は年末に神戸市東灘区の醸造元まで買いに行った。
その年の初日、1月3日に来る客だけには、この灘正宗を出している。
ドアが開いた。客が入って来た。老人だ。
「おめでとうさん」
「おめでとうございます」
「今年もワシが一番のりか」
「そうです」
「そっか。あの酒入ってるか」
「もちろん手に入れましたよ」
鏑木は一合ますを二つ出した。両方のますに灘正宗をいっぱいに入れた。
「では、あけましておめでとうございます」
「あらためて、おめでとう」
鏑木は海神で酒を飲むのは、この時の灘正宗の一合だけだ。それ以外では自分の店の海神では酒は飲まない。なかにはすすめてくる客もいるが、鏑木はやんわり断って飲まない。
「ワシはこうしてマスターと灘正宗を飲むのが楽しみで生きてるようなもんだ」
「ありがとうございます」
「なんぞつまみが欲しいな」
「こんなものでよろしければ」
鶏のささみを軽く焼いたものを出した。
「お、うまいな。これ、粕漬けか」
「はい。ささみの粕漬けです。昨年、灘正宗へ行った時、酒粕もいっしょに手に入れましたので」
カラン、入り口のカウベルが鳴った。客が入ってきた。
「おめでと。お、安藤のじいさん。今年も先をこされたな」
「先生、おめでとう」
医者の重松だ。安藤をじいさんといったが、自分も充分じいさんである。
「先生も灘正宗ですか」
「もちろん。そのために正月に来たんだ」
重松は安藤の隣に座った。重松の前にもますを置いて灘正宗をいっぱいに入れた。
「先生、奥さんは」
「ああ、ちょっと郷に帰ってる」
「じいさん、あまり飲むなよ」
「先生、それはワシの身体が心配なんか自分の飲み分が減るのが心配なんか」
「オレは医者だぞ。あんたの主治医なんだぞ」
「そんなこといって、ワシのぶんまで飲んだら、医者の不養生というんだ」
「ところで文房具屋がこんな」
ドアが開いた。
「噂をすればだ」
「佐賀さん、おめでとうございます」
文房具屋の佐賀だ。
3人の正月の酒盛りが続く。一升が空になった。もう1本の瓶も半分になった。
「さすがに3人で2升は多いな。写真屋がいなくなったからな」
毎年、正月の三日は、安藤、重松、佐賀、それに写真屋をやっていた犬飼の4人で海神で灘正宗を飲むことになっていた。最年長の安藤に最初の一杯を飲ませるために3人はわざと遅れてやってくる。4人で一升瓶2本あけていた。
「マスター、来年から1本でいいんじゃない。それに先生、来年からあんたが最初の一杯をやってくれ」
「なにいうんだじいさん」
「先生、かくすな。ワシは来年、ここにはこれないんだろ」
鏑木はキープされているボトルがずべてなくなれば海神を閉めようも思っている。また今年も1本キープボトルが減った。灘正宗を1本持って阪神電車の駅に向かった。
店のドアを開ける。ドアの小さなしめ飾りがゆれる。一升瓶を持って店に入った。壁のスイッチを入れる。バー「海神」の明かりが点いた。風呂敷をあける。日本酒が2本。「灘正宗」だ。
海神は三日からの開店だ。バーだから洋酒を提供するが、正月の三日だけは日本酒も出す。銘柄はいつも灘正宗だ。
灘の生一本といわれる灘五郷の酒はいろいろある。全国展開している大メーカーもあるが、灘の生一本というよりも神戸の地酒といった方がいい酒もある。灘正宗は神戸の地酒だ。今津、西宮、魚崎、御影、西郷といった灘五郷とは少し外れた芦屋との市境に近い東灘の東の端の酒だ。あまり知られた酒ではないが、鏑木はこの酒が好きだ。出荷数も少なく、入手が難しい酒だ。鏑木は年末に神戸市東灘区の醸造元まで買いに行った。
その年の初日、1月3日に来る客だけには、この灘正宗を出している。
ドアが開いた。客が入って来た。老人だ。
「おめでとうさん」
「おめでとうございます」
「今年もワシが一番のりか」
「そうです」
「そっか。あの酒入ってるか」
「もちろん手に入れましたよ」
鏑木は一合ますを二つ出した。両方のますに灘正宗をいっぱいに入れた。
「では、あけましておめでとうございます」
「あらためて、おめでとう」
鏑木は海神で酒を飲むのは、この時の灘正宗の一合だけだ。それ以外では自分の店の海神では酒は飲まない。なかにはすすめてくる客もいるが、鏑木はやんわり断って飲まない。
「ワシはこうしてマスターと灘正宗を飲むのが楽しみで生きてるようなもんだ」
「ありがとうございます」
「なんぞつまみが欲しいな」
「こんなものでよろしければ」
鶏のささみを軽く焼いたものを出した。
「お、うまいな。これ、粕漬けか」
「はい。ささみの粕漬けです。昨年、灘正宗へ行った時、酒粕もいっしょに手に入れましたので」
カラン、入り口のカウベルが鳴った。客が入ってきた。
「おめでと。お、安藤のじいさん。今年も先をこされたな」
「先生、おめでとう」
医者の重松だ。安藤をじいさんといったが、自分も充分じいさんである。
「先生も灘正宗ですか」
「もちろん。そのために正月に来たんだ」
重松は安藤の隣に座った。重松の前にもますを置いて灘正宗をいっぱいに入れた。
「先生、奥さんは」
「ああ、ちょっと郷に帰ってる」
「じいさん、あまり飲むなよ」
「先生、それはワシの身体が心配なんか自分の飲み分が減るのが心配なんか」
「オレは医者だぞ。あんたの主治医なんだぞ」
「そんなこといって、ワシのぶんまで飲んだら、医者の不養生というんだ」
「ところで文房具屋がこんな」
ドアが開いた。
「噂をすればだ」
「佐賀さん、おめでとうございます」
文房具屋の佐賀だ。
3人の正月の酒盛りが続く。一升が空になった。もう1本の瓶も半分になった。
「さすがに3人で2升は多いな。写真屋がいなくなったからな」
毎年、正月の三日は、安藤、重松、佐賀、それに写真屋をやっていた犬飼の4人で海神で灘正宗を飲むことになっていた。最年長の安藤に最初の一杯を飲ませるために3人はわざと遅れてやってくる。4人で一升瓶2本あけていた。
「マスター、来年から1本でいいんじゃない。それに先生、来年からあんたが最初の一杯をやってくれ」
「なにいうんだじいさん」
「先生、かくすな。ワシは来年、ここにはこれないんだろ」
鏑木はキープされているボトルがずべてなくなれば海神を閉めようも思っている。また今年も1本キープボトルが減った。灘正宗を1本持って阪神電車の駅に向かった。
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