畑に行きますと赤とんぼが飛ぶようになってきました。
遅ればせながら、しばらく放置していたジャガイモを掘ってきました。
残っていた去年収穫したジャガイモを使ったので、収穫量はそれほどでもありませんでした。
ジャガイモのはなんらかの処理をされた種芋を買って植え付けないとどうも上手く行かないらしいです。
その後に秋冬野菜の植え付けが目白押しです。
雑草も伸び放題だし、頻繁に畑に通えないしで、なかなか状況は芳しくありません。
寒くなったらじっくりと畑を整備し直さなければなりません。
そんななかでも、店で使うからと大量に植えた甘トウガラシが次から次へと実をならせています。
鈴なりです。
一年分は十分に採れたでしょうか。
炭火で焼いて食べてもおいしいです。
2~3年前にもこのブログで書いたような覚えがあるのですが、畑をしてますとどうしても農村部の過疎化や、
村作りの貧弱さというか、無策さが気になります。
予算もないし、そういうプロジェクトに積極的に参加する土壌も発想もないのでしょうが、
お金や人員の問題でもないような気もします。
どんどん若い人たちが村や町を出て行く現状で、なすすべもなく故郷の山や畑が廃れていきます。
なんとかこの流れを変える意識変革に与したいとは思っているのですが、とっかかりがありません。
特産品やなんとかミュージーアムといった物品や箱物での地域興しはどうしても限界があります。
その地域地域そのものが豊かな暮らしの循環を形作らなければ、魅力的な地域とはなりません。
魅力的な地域とはなんでしょうか。
第一義はそこに住んでいる人たちが、心豊かに楽しく暮らしていることです。
産業が大都市圏に集約されすぎて、仕事がないというならば、どうしても新たな職を産み出さなければなりません。
その職の産み出し方が、既存の流通や産業システムに乗っかろうと思うから、上手く行かないのだと思います。
何かまったく別の切り口が必用なのだと思います。
四国のどこかの村が刺身のツマ用の葉っぱの採取で成功したように、その村の自然をそのまま最大限に生かすというような方向。
川があれば川を、山があれば山を、竹林があれば竹林を、なんとか工夫して魅力的な場所にする。
川がコンクリートの護岸でべったりと囲われていたら、それを取り壊して、環境保全・防災を兼ねたエコな護岸にする。
山も渓流沿いには至る所に砂防ダムで水流が遮断されている。
竹林は手つかずでうっそうと生い茂り、怖ろしいくらいに荒れ果てているところがある。
農村部の魅力の根源であるはずの自然環境自体が荒れ果てているのに、そこに人々に魅力を感じろと言ってもそれは無理な話でしょう。
生産性をがむしゃらに追求する時代は終わりました。
生産性だけでいうなら、日本はもはや中国や新興国に敵わなくなるでしょう。
スローで豊かな暮らし方をなんとしてでも見つけていく方向に舵を切るべきだとぼくは思います。
そして、そういう日本の暮らし方を見て、世界諸国がうらやましいというような暮らし方を模索するべきだと思います。
そんなに不可能なこととは思いません。
ITや格段に便利になった電化製品などはそのまま使いながら、暴力的なグローバル金融の波から身を遠ざけておく。
金融面での国力は落ちますでしょうが、本当の意味での国力は上がるでしょう。
わけも分からずがむしゃらに働いて、疲れ切っているような生活など、もうどうでもいいです。
そんな生活を送ることが豊かだとか、平和だとか、ちっとも思いません。
一つ一つすることに意味を感じ、喜びを感じ、その対価として慎ましいながらも豊かな食生活にありつければ、
それでいいと思いますが。