鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

道東太平洋岸におけるアビ類の分布と季節性

2007-12-30 13:25:32 | 海鳥
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All Photos by Chishima,J.
オオハムの幼鳥 2007年12月 北海道幌泉郡えりも町)


 冷え込みが日ごとに厳しくなるこの季節、季節風の影響で波が高めなことの多い北国の海上は、アビ類や海ガモ類、ウミスズメ類など越冬のためにやって来た海鳥たちの姿で賑わい始める。海無し県の群馬に生まれ育った私にとって、それらの海鳥はまったく未知の世界であり、漠然とした憧憬みたいなものを抱いていた。北海道に移り住んでからは、アザラシと関わり始めてえりもから根室に至る道東太平洋岸の海辺や無人島に足繁く通うようになったこともあって、海鳥たちとの出会いを楽しんでいる。そうした記録のうち、越冬期の分布や生態に関して不明点の多いアビ類についてとりまとめ、分布や季節性を明らかにするための試みとして、2002年12月、足寄町で開催された「第13回北海道鳥学セミナー」において、「道東沿岸におけるアビ類の観察記録~あるアザラシ屋のフィールドノートから~」と称して発表を行った。同セミナーは主に道内の学生や研究者、鳥類愛好家などが年に1~2回集まって開く勉強会で、要旨集も発行されているが、数十人の参加者以外にはほとんど流通することも無いので、この機会に要旨を掲載しておく。
シロエリオオハム(冬羽)
2006年3月 北海道厚岸郡浜中町
肩羽に夏羽が出始めている。喉の褐色の線(chinstrap)が明瞭な、わかりやすい個体。
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道東沿岸におけるアビ類の観察記録~あるアザラシ屋のフィールドノートから~

 アビ類は北半球に分布する大型の水鳥で、1目1科1属5種からなる小さなグループである。夏期には北方の森林やタイガ、ツンドラの湖で繁殖し、冬期には大部分の個体が冷温帯の海上で過ごす。日本にはアビ Gavia stellata 、オオハム Gavia arctica 、シロエリオオハム Gavia pacifica 、ハシジロアビ Gavia adamsii の4種が冬鳥として渡来する(日本鳥学会 2000)。沿岸域を生活の場とするため、海洋汚染や漁業の稠密化などの影響を受けやすいと考えられるが、日本への渡来状況などは詳しくわかっていない(百瀬 1996)。


アビ(幼鳥?)
2007年12月 北海道幌泉郡えりも町
本種とハシジロアビは下嘴角が大きく、頭をやや上向きにする姿勢を取るため、嘴が上反りに見えるが、実際には反っていない。写真の個体は首の灰褐色が前頚まで及んでいることから幼鳥と思われるが、虹彩はかなり赤い。
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 演者は1994年以降道東の無人島や沿岸でゼニガタアザラシ、ゴマフアザラシの調査を行っているが、フィールドではこれらのアビ類を目撃する機会は比較的多い。そこで今回、野帳に記されたアビ類の観察記録をとりまとめてみたので報告する。集計に際しては1回の目撃記録を「1件」として、1件ごとに種類、年月日、場所、個体数、羽衣などを1枚のカードに書き出した。酷似しているオオハムとシロエリオオハムでは野外識別が困難な場合には、オオハム/シロエリオオハムとして集計した。また、種の同定が不可能だったものは Gavia spp. として集計した。このように集計した記録を地域(根室・釧路、十勝、襟裳)ならびに季節(春:3~5月、夏:6~8月、秋:9~11月、冬:12~2月)ごとに解析した。


潜水(シロエリオオハム・冬羽)
2006年3月 北海道厚岸郡浜中町
アビ類の英名Diverはまさに習性を表している。ちなみに米名はLoonで、こちらは鳴き声に由来するもの。イギリスとアメリカで名前が違うのは、コクガンやトウゾクカモメなど割と多くの鳥である。
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 182件1682羽の目撃記録から、道東沿岸におけるアビ類の分布の特徴として以下のことが明らかになった。
1. 全体では、件数でアビ(n=69)、シロエリオオハム(n=51)、オオハム/シロエリオオハム(n=29)、羽数でシロエリオオハム(n=764)、オオハム/シロエリオオハム(n=427)、アビ(n=378)の順で多かった。オオハムはやや少なく、ハシジロアビは非常にまれであった。
2. 根室・釧路ではシロエリオオハムとオオハム/シロエリオオハムの割合が高く、アビもある程度記録された。十勝では全種の記録はあったものの、アビが著しく卓越した。襟裳はデータが少ないが、シロエリオオハム、オオハムが多かった。
3. アビは秋から春にかけて多く、夏の記録は非常に少なかった。一方、シロエリオオハムとオオハムは春から秋の記録が多く、夏期にも少なからず観察された。
4. シロエリオオハムとオオハムは5月と10月下旬~11月上旬に渡りと思われる大群が観察された。5月の渡りは初旬が成鳥、中・下旬が若鳥を中心としたものである可能性がある。
5. 夏期に観察されたシロエリオオハム、オオハムのほとんど(144羽中139羽)は、第1回夏羽と考えられる冬羽タイプの羽衣であり、繁殖に参加しない若齢個体が道東に滞留しているものと思われる。


シロエリオオハム(冬羽)
2006年3月 北海道厚岸郡浜中町
写真2 と同一個体。一度潜水すると数十mは普通に移動し、港内で潜水を繰り返していたこの個体も、突然目の前に浮上してきた。
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 少々補足しておくと、まず日本で記録のあるアビ類が4種類というのは「日本鳥類目録」における公式記録上の話で、ハシグロアビも1990年代以降、北海道から東北地方にかけて数例の記録がある。
 十勝地方ではアビが多く、根室・釧路や襟裳ではシロエリオオハム、オオハムが多いという地域差は、地理的なものよりむしろ両種の選好する環境の違いに起因するものと思われる。直感的には、アビは内湾もしくは砂質の海域に多く、オオハム類は外洋もしくは岩礁質の海岸に多い印象を受けている。視野をもう少しミクロにすると、根室地方でも野付湾など内湾的な環境ではアビを観察する機会が多い。ただし、そうした環境選択の違いが何によるのかは、現時点ではまったくわかっていない。2グループの食性や習性、また道東太平洋岸の海底地形や海流など海中に関する情報の収集が必要だろう。


アビ(冬羽)
2007年4月 北海道中川郡豊頃町
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オオハム(幼鳥)
2007年12月 北海道幌泉郡えりも町
潜水前に水面下を覗き込んでいる。この行動はアビ類以外にもカイツブリ類やアイサ類など、潜水して魚を捕らえる種類に広く見られる。
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 渡り時の大群に関して、アビも11月下旬のごく短い時期に相当数が見られることが、この数年の観察から明らかになってきた。たとえば2004年11月21日に、十勝地方のある海岸では243羽の本種が観察されたが、これは1~2kmにわたって1~5羽程度の小群が散在していた結果である。オオハム類ほど密集した群れは作らないのかもしれない。


アビ(幼鳥?)
2007年12月 北海道幌泉郡えりも町
写真3と同一個体。背中に散らばる小さな白斑は、本種の種小名 stellata (星斑の)の由来となっている。
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 オオハム類の越夏は、釧路以東の海域ではかなり普通の現象である。厳冬期には南下するのかかなり少なくなることから、この海域におけるこれらの鳥は「旅鳥であるが、少数が冬鳥でまた夏鳥」というややこしい渡り区分になる。もっとも、海鳥を陸鳥同様の渡りパターンで括ろうというのが無理なのかもしれない。アビの越夏は非常にまれで、ここにも2グループ間の何らかの差異が反映されているものと思われるが、それが何かはわからない。


オオハム(幼鳥)
2007年12月 北海道幌泉郡えりも町
休息時にはこのように脚を伸ばして蹼(みずかき)を広げる仕草をよく取るが、機能は不明。アカエリカイツブリなどにも見られる。
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(2007年12月30日   千嶋 淳)