鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

大津界隈(前半)

2009-08-13 19:00:18 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
囀るシマセンニュウ 2009年7月 北海道中川郡豊頃町)


(日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより」167号(2009年8月発行)より転載 一部を加筆・修正)


 十勝川河口に面した三日月沼や豊北原生花園は、近年探鳥地としてすっかり定着した感があるが、十勝川を挟んだ大津周辺もまた、一級の探鳥地である。帯広から国道38号線を経由し、途中茂岩市街の手前で国道から離れ、十勝川の右岸沿いを進む。およそ50分で十勝河口橋たもとの交差点に到達する。直進して大津市街や漁港を目指しても良いが、春から秋にかけては、左折して河口橋の手前で右折して、十勝川の築堤に入ってみると良い。ちなみに、十勝河口橋が完成したのは1992年と意外と新しく、それ以前は25㎞上流の茂岩橋が最下流の橋で、車はそこまで迂回、人や自転車は旅来から渡し船で十勝川を横断しなければならず、国道336号は全国的にも珍しい「渡船国道」だった。
 さて、築堤に入ったら所々拡幅されて広くなっているので、そのような場所に車を止め、歩いてみよう。川側にはヨシを主体とした湿原が広がり、道路側にはハンノキなどの灌木林が広がり、繁殖期にはオオジュリン、ノゴマ、ベニマシコ、コヨシキリ、シマセンニュウ、オオジシギ、カッコウなど草原性・灌木性の鳥類が多い。ここの特徴として、近年減少が指摘されているマキノセンニュウが、まだそれなりに生息していることが挙げられる。「チリリリィ…」と虫のようなか細い囀りは、ともすれば聞き逃してしまいそうだが、一度認識すると数か所で鳴いているのに気が付くはずだ。草の中にいることが多く、姿を見るのは難しいが、根気よく待っていれば草や灌木の頂上で囀る姿を見られるかもしれない。5月末から7月が狙い目だ。2㎞ほど下ると、川側の河川敷に沼が現れ、沼の周辺にはいくつかの小さな沼や湿地が広がる。治水が行き届いて、川が河道のみを流れ、それ以外の河川敷やその周辺の乾燥化・森林化が進む現在、往年の十勝川下流域の雰囲気を残す、数少ない場所である。カイツブリやアカエリカイツブリ、ヨシガモ、クイナ、オオバン、タンチョウなどの水鳥のほか、秋にはミサゴが魚を捕えるのを観察したこともある。周囲には枯木が多く、アリスイの密度が高いのもここの特徴である。4月下旬から6月くらいが観察しやすいだろう。沼の少し下流側にある樋門付近は魚が豊富なのか、アオサギやカワアイサ、春にはミコアイサの姿も多い。そこから1㎞ほどで堤防の末端となり、十勝川の河口が一望できる。ここで河口の様子を見て、行くかどうか決めるのも良いだろう。


タンチョウ
2009年7月 北海道中川郡豊頃町
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アカエリカイツブリ(夏羽)
2008年5月 北海道中川郡豊頃町
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 築堤から直に大津市街へ降りることもできるが、秋冬なら河口橋手前の交差点まで戻り、そこから大津市街を目指すのもまた面白い。両側に広がる灌木林ではノスリ、ケアシノスリ、オオモズなどが観察され、積雪期であればアトリやカシラダカといった小鳥が路肩で採餌しているのを見ることができる。
 十勝川河口へは、大津市街のはずれにある小さな橋を渡って行く。途中通過する大津市街は、現在でこそ小さな漁村だが、明治時代には十勝の玄関口として、十勝川を上り下りする機船で賑わい、飲食店や遊郭も有する大都会だった。その後鉄道が内陸側を通り、物流の中心になったことから、一気に衰退した。この時代の様子は、上西晴治著の小説「十勝平野」に窺うことができる。冬であれば、小さな橋を渡ったらもうポイントである。海岸草原でハイイロチュウヒやケアシノスリ、コミミズクといった猛禽類や、ユキホオジロ、シラガホオジロなどの小鳥が見られることがある。河口へ向かう未舗装道路が、明らかに砂浜へ変わるあたりで車を降りた方が良い。その先は四駆の車でも埋まることがあるし、河口へは十分歩いて行ける距離だ。河口が最も賑わうのは秋。9月下旬のセグロカモメから、10月中旬のミツユビカモメ、その後のカモメやオオセグロカモメと主役を交代しながら、数千羽のカモメ類が集まる。互いに良く似ていて、齢によっても羽色の異なるカモメ類の識別は難しいが、小春日和の河口に腰を下ろし、図鑑と照らし合わせながら望遠鏡でじっくり眺めていれば、決して手の届かない世界ではないと実感できるはずだ。セグロカモメの多い時期には、脚が黄色くて背のグレーが濃い個体が数羽から、多い時で十羽以上混じっている。こうした個体をホイグリンカモメとする向きもあるが、個人的には背や脚の色に変異が多すぎ、独立種として扱うには無理があるような気がする。いずれにしても、こうしたものを眺めながら、その正体に思いを寄せる時間もまた楽しい。冬、川面が氷で覆われる頃、ゴマフアザラシが現れる。本来はオホーツク海の流氷上で繁殖する種なので、ここで見られるのは、繁殖開始前の若い個体が多い。1990年代半ばくらいまでは20~30頭が観察できたが、近年は数~10頭程度になった。望遠鏡を沖に転じると、アビ類やカイツブリ類、海ガモ類、秋ならばオオミズナギドリやトウゾクカモメ類も見ることができる。オオミズナギドリなど、点のような距離ではあるが、それでも陸から見える距離なのだから、遊漁船などでそこまで行ったらどれほど面白いかと思うのだが…(こんな酔狂に付き合って下さる方、どなたかいませんか?)。


コミミズク
2008年1月 北海道中川郡豊頃町
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大型白頭カモメ (成鳥)
2008年9月 北海道中川郡豊頃町
すぐ後ろのセグロカモメと比べると脚は鮮黄色だが、背の灰色の濃さは同程度。最奥はウミネコ。
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河口のゴマフアザラシ
2008年1月 北海道中川郡豊頃町
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大津湿原
2009年8月 北海道中川郡豊頃町
大津燈台より望む。遠くには河口橋や旅来も見える。
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(続く)


(2009年7月15日   千嶋 淳)


囀るメス

2009-08-13 15:04:56 | 鳥・夏
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All Photos by Chishima,J.
ノビタキのメス 2008年5月 北海道十勝郡浦幌町)


 ムシクイ類やメジロの、渡りの走りと思われる行動を観察した海岸の高台では、ノビタキも賑やかだった。こちらは付近の草原で繁殖したようで、オスとメス、それに2羽の幼鳥が草から草へ駆け廻っている。幼鳥は巣立ち後日が浅いと見えて、親鳥から活発な給餌を受けている。日が高くなり灼熱が周囲を支配するようになると給餌も一段落したのか、親鳥も休息や羽づくろいなどリラックスした行動を示し始めた。
 ちょうどその頃、ノビタキの囀りを数回聞いた。春の渡来当初、高らかに縄張りを主張する歌に比べると聊か弱々しいが、「ヒーヒョロヒー」の澄んだ声は紛れもなくノビタキのものだ。ホオジロやコヨシキリなどは繁殖期を過ぎて初秋になっても囀ることがあり、初めは大して気にも留めていなかった。しかし、その歌がオスとはどうも別の方角から聞こえてくるらしいことに、じきに気が付いた。声の発信源近くを注目すると、メスが草本の中から突き出した枯木の枝上で羽づくろいしているだけである。双眼鏡を望遠鏡に切り替え、更に注視する。すると羽づくろいの合間に、確かに嘴を開ける短い瞬間があり、その時に例の弱々しい歌が聞こえてくることがわかった。どうやら、この歌はメスによって発せられたものと考えて良さそうだ。ルリビタキなどオス成鳥の羽衣を獲得するのに数年を要する種では、メスのような羽衣の若いオスもいるが、ノビタキではそのような話は聞いたことが無く、また幼鳥やオスとの関係からメス成鳥と思われる。


ノビタキ(オス夏羽)
2009年6月 北海道上川郡下川町
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ノビタキ(幼鳥)
2009年6月 北海道河西郡更別村
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 縄張りの確立や配偶者の獲得を主な目的とした囀りは、オスから発せられるのが通常であるが、一部の種ではメスも囀りを行い、オオルリはメスもよく囀ることで知られている。それ以外にもコルリ、コマドリ、イソヒヨドリ、マミジロ、サンコウチョウ、イカル、カヤクグリ、ミソサザイなど、また北米産鳥類ではアメリカコガラやショウジョウコウカンチョウなどでメスの囀りが記録されている。メスが囀ることの意義については、つがいの絆を深める、周囲のライバルのメスに対する威嚇などの説がある。また、外敵が縄張り内に侵入したり、巣に近付いた時にもメスが囀ることがあると言われており、今回のケースも、私とノビタキ一家との距離が比較的近かったため、警戒・威嚇の意味もあったかもしれない。


オオルリ(メス)
2005年5月 北海道十勝郡浦幌町
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コルリ(メス)
2009年6月 北海道広尾郡大樹町
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イソヒヨドリ(メス)
2007年1月 福岡県福岡市
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ノビタキ
2009年8月 北海道十勝郡浦幌町
秋の気配が漂い始めた原生花園で、1羽のノビタキに出会った。一見メスかと思ったが、喉まで黒いことなどから磨滅したオスかもしれない。
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追記:この後ゼニガタアザラシの調査で訪れた道東の草原でも、やはりメスのノビタキが一声ではあるが囀るのを観察した。

(2009年8月13日   千嶋 淳)