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All photos by Chishima,J.
(キタキツネ 2006年11月 北海道広尾郡大樹町)
T川の河口は、十勝海岸の中でも私の好きな場所の一つである。川自体は改修によって直線化されているが両岸には湿原が広がり、それを高台から俯瞰するとなかなか豪快な眺めとなる。ただ、いつもの周遊コースからはちょっと離れていることもあり、この日久しぶりに訪れた。時刻は午後の3時ではあったが、すっかり短くなった晩秋の陽がヨシ原を黄褐色に、ハンノキ林を黒褐色に照らし、期待通りの景観を呈してくれた。ただ、鳥の方はさっぱりで、期待していた猛禽類や小鳥の姿は皆無に等しい。海上に目を転じると、クロガモやシノリガモをはじめとした海ガモ類やアビの姿がちらほら見えるのが、迫りつつある冬を示唆している。
シノリガモ
2006年11月 北海道広尾郡大樹町
左端がメスで、ほかはオス。オスは「道化師カモ」という英名そのものの顔をしている。
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帰途につこうと観察器具等を片付けていると、どこからか1匹のキタキツネが歩いて来た。ふさふさの冬毛が周囲の冬枯れた風景に馴染み、夕陽に照らし出されて美しい。私は車の陰に身を隠し、望遠レンズを構えようとしたがキツネはどんどん近寄って来る。珍しいこともあるものだと慌てて標準レンズに付け替えたが、キツネは我々から10mくらいの距離で止まってこちらを凝視している。これは幸運な出会いだとしばらくシャッターを切っていたが、驚いたことにキツネは近付いてきて、車の傍に落ちていたゴミに興味を示し始めた。さらには車にも興味を示し、中を覗き込むような仕草をしている。この瞬間にすべてを理解した。これは幸運な出会いなんかではない!このキツネは餌付いているのだ。試しにこちらから近付いてみると、一瞬警戒こそすれ、我々が立ち止まると逆に寄って来る始末だ。油断していると、鼻先を摺り寄せてきそうな距離までやって来る。なんともいえぬ哀しい気分になり、キツネを追い払った。キツネはしばし遠巻きにこちらを見ていたが、やがて夕闇迫る原生花園の中に吸い込まれるように消えていった。
上目遣いで接近中(キタキツネ)
2006年11月 北海道広尾郡大樹町
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車に興味を示す(キタキツネ)
2006年11月 北海道広尾郡大樹町
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人に急接近(キタキツネ)
2006年11月 北海道広尾郡大樹町
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帰りの車中、なぜこんな場所に「観光ギツネ」のような個体がいるのだろうと不思議に思い、考えた。「観光ギツネ」とは観光客の多い道路や駐車場に住み着き、観光客の与える餌に依存しているキツネで、各地で見られる。ここは観光客などそうそう訪れる場所ではなく、夏のシーズンには花目当てに多少の人はやってくるが、それにしても微々たるものだし、そういう人達はそれなりに自然との付き合い方もわかっているだろうから、キツネに餌を与えることもなかろう。
「観光ギツネ」2点(キタキツネ)
2006年6月 北海道河東郡鹿追町
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![7_57 7_57](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/5d/56f244d6ce6fef89ccf3c73e2eeb5851.jpg)
と、高台の一部で何かの工事をやっていたのを思い出した。否、厳密に言えば休日なので工事は休みだったが、何かの施設を建築中で、「こんな場所に景観を損ねるようなものを作らなくても…」と思ったのを思い出したのだ。おそらくキツネはそこで人に慣らされたのではないか。初めは、その辺に捨てていた弁当の余りの御相伴に預かりに来ていただけかもしれない。そのうち皆の目に触れるようになり、可愛さのあまり餌を与えるようになり、そう時間のかからない内に手渡しで餌をもらうようになったのだろう。
大口開けて(キタキツネ)
2006年11月 北海道広尾郡大樹町
牙を剥き出しにして怒って…いるのではなく欠伸中
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工事は雪が降れば終了もしくは春まで中断となるだろう。しかし、ここで餌をもらうことに味をしめたキツネは通い続けるだろう。もちろん、雪に閉ざされた原野に餌を持った人など来るはずもない。数ヶ月の餌付けでこの個体の狩りの能力が落ちていたとしたら、あるいはもしこの個体が幼獣で人から餌をもらうしか生きてゆく術を知らなかったとしたら、一瞬の餌付けはキツネにとってかえって仇になるだろう。
それだけではない。有名なようにキタキツネはエキノコックス症を媒介する。キタキツネとネズミ類の間で生活環を成立させている多包条虫が人体に寄生することで発生し、肝臓や脳を侵し、死に至らしめる場合もある。手渡しで餌を与えるなどという行為は、自殺行為に等しい暴挙である。
「危険」で人馴れしたアザラシについてふれたように、野生動物との不用意な接触は動物と人間の双方にとって不幸を招くことを再認識する必要がある。
黄昏の湿原を背景に(キタキツネ)
2006年11月 北海道広尾郡大樹町
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(2006年11月24日 千嶋 淳)