鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

十勝の自然100 オオワシ・オジロワシと人間

2016-12-15 15:55:05 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J.
闘うオオワシの成鳥(右)と幼鳥 2014年12月 北海道十勝川中流域)

(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年12 月2日放送)

 古くはオホーツク文化や擦文文化の時代から、オオワシ、オジロワシの羽は北海道の重要な交易品でした。特に武家社会では尾羽が矢羽根として重宝され、江戸時代にはラッコの毛皮などとともに松前藩から将軍家へと献上されました。美術品としての価値も持つ尾羽を中心に、ワシを狙った密猟は、比較的最近まで行われていたようです。

 国の天然記念物や国内希少野生動植物種として法律で保護される現在では、狩猟による捕獲はほぼなくなりましたが、ワシたちは現代社会特有の新たな脅威に直面しています。

その一つが鉛中毒。1990年代、爆発的な個体数増加にともなう農林業被害を受けてエゾシカの狩猟・有害獣駆除が活発化します。撃たれたシカの多くは残滓(ざんし)として山中に放置され、それを冬の餌としたのがワシでした。その際、体内に残っていた鉛弾の破片を一緒に食べ、貧血や神経症状による運動能力の低下などから餌が捕れなくなって、最終的に衰弱死するのが鉛中毒です。1997年に最初に発見されて以降の10年間で、100羽を超えるワシが犠牲となりました。道は鉛弾使用の規制や禁止でこれに対応し、2013年には所持も禁止しましたが、残念ながら鉛中毒は発生し続けています。

 もう一つは風力発電用風車への衝突です。「エコでクリーンな」エネルギーとしての風力発電が近年、一種の流行のようになり、道内の海岸線を走っていて巨大なプロペラを見ない方が珍しいくらいです。風車の回転羽根であるブレードへ野鳥が衝突する事故が各地で起きていて、特にオジロワシはこれまでに30羽以上が命を落としました。衝突を避けるための実験、衝突リスクの高い場所の地図作りなどが行われているものの、原発事故以降のクリーンエネルギーへの期待を追い風として風車は着実に増えています。

 どちらも一朝一夕には解決できない問題ですが、まずは現状をしっかり認識し、皆で知恵を出し合って人間にもワシにも明るい未来を切り拓いてゆきたいですね。


(2015年12月1日   千嶋 淳)

十勝の自然99 オジロワシ

2016-12-14 22:36:40 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J.

オジロワシ成鳥   2012年1月 北海道十勝川中流域)

(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年12 月1日放送)

 オオワシと肩を並べる冬の猛禽がオジロワシです。その名の通り、成鳥では尾羽が真っ白なのが特徴ですが、オオワシの成鳥も尾羽が白いので、注意が必要です。また、幼鳥や若鳥の尾羽は白黒のまだら模様で、完全に白くなるには5、6年かそれ以上かかります。嘴の黄色や体の茶色は、冬枯れの景色に溶け込むように淡く、派手なコントラストが人気のオオワシに対して、通好みの渋さを持つ鳥といえるでしょう。

 東アジアからヨーロッパまで、ユーラシア大陸北部に広く分布しますが、特にヨーロッパでは家畜へ被害をもたらすとして銃や毒餌で殺されたり、農薬汚染による繁殖失敗が続いたりして、20世紀半ばまでに絶滅・激減した地域も少なくありません。それらの一部では、人為的な再導入や手厚い保護によって回復傾向にあります。個体数は少し前には5000~7000つがいと推定されていましたが、現在はヨーロッパだけでも10000つがい前後がいて、もう少し多そうです。

 オオワシ同様、ロシア極東で繁殖して越冬のため北海道に渡って来る一方、一部は北海道の主に東部と北部で繁殖し、一年中見られます。繁殖つがい数や夏に残る若鳥は近年増えており、十勝でも1990年代には3ヶ所しかなかった繁殖地は現在、可能性のある場所も含め、少なくとも10前後あります。

 繁殖期は早く、つがいによってはまだ雪深い3月はじめに卵を産みます。そのせいか、冬でもつがいと思われる2羽でいるものが、オオワシより多いように感じます。樹上や地上に並んで、時に「カッカッカッ…」とよく響く声で鳴き交わす2羽をじっくり見ると、大きさにかなりの開きがあるのがわかります。大きい方がオスと思われがちですが、実は大きいのはメスで、オスは平均して大きさで15%、体重では25%もメスより小型です。オスがメスより小型な傾向はワシ、タカなどの猛禽類に広く見られ、その理由として、小型ですばしこいオスが獲物を捕まえる、巣で卵や幼いヒナを温めるメスは大型化が進んだと理論的には説明されていますが、例外や矛盾する事例もあり、完全には解明されていません。


(2015年11月29日   千嶋 淳)

十勝の自然98 オオワシ

2016-12-10 22:43:32 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J.
オオワシ成鳥 2010年12月 北海道十勝川中流域)


(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年11月30日放送)


 今年も冬の猛禽類、オオワシの季節がやって来ました。サハリンやカムチャツカなど世界でもロシア極東でのみ繁殖し、10月下旬に稚内の宗谷岬から北海道に渡って来るオオワシは分布が狭いだけでなく、総数も5000羽程度と少ないため、世界中のバードウオッチャーがオオワシを見に冬の北海道を訪れます。翼を広げると2.3mにもなる巨体や精悍な眼差しは、バードウオッチャーでなくても実際に出会えば圧倒されること請け合いです。

 ところで、オオワシというと十勝の人でも知床に行かないと見られないと思っている人が多いようです。確かに、1980年代までは日本で越冬するオオワシやオジロワシの大部分が知床半島の羅臼で、スケトウダラ漁のおこぼれに預かっていました。ところがその後、漁の不振に伴い、餌を求めて各地へ分散するようになりました。あるものは川でサケを、別のものは山間部で撃たれたエゾシカの残滓(ざんし)を求め、といった具合に「海ワシ」と言われた生態は徐々に変化します。

 その過程で目を付けた場所の一つが、幕別町の十勝川千代田新水路。新水路の浅瀬が産卵に適していたため、多くのサケが遡上・産卵後に死に、それがワシの餌となったのです。12月上旬・中旬の多い日には50羽を超えるワシが観察され、それらが鈴なりになって羽を休めるドロノキを、私たちは「ワシのなる木」と呼んでいます。

 帯広市街から車でわずか15分の距離で、たくさんのオオワシやオジロワシを見ることができるのです!!新水路で多くのワシを観察できるのは11月から、サケを食べ尽くす1月前半くらいまでですので、是非その勇姿を楽しんでほしいと思いますが、一定の距離を保ち、できれば車の中から観察するなど、警戒心が強いワシの食事を邪魔しないよう、配慮をお願いします。写真を撮るため必要以上に近付いたり、逃げたワシが戻って来るのを待ち続けたりするのはご法度。皆でマナーを守りながら、新水路をいつまでもワシたちの楽園としてゆきましょう。


(2015年11月29日   千嶋 淳)


本別町の鳥類

2016-12-07 16:56:21 | 鳥・一般

Photo by Chishima, J.
タンチョウの親子 2013年5月 北海道中川郡本別町)


(2016年11月6日本別町にて開催の郷土学習「本別の野鳥を知ろう」(講師:千嶋夏子)での配布資料を一部改変)


 文頭から唐突だが鳥って何だろう?ボクが子どもの頃はテストで「羽毛を持つ恒温動物」と書けばマルが貰えた。何とも簡単でわかりやすい定義だ。しかし、世界各地で恐竜学が発展するにつれ羽毛を持った「羽毛恐竜」の存在が知られ、一部の恐竜は恒温性だった可能性も指摘されている。現在の学説では鳥類は恐竜の現生系統、すなわち生き残りと考えられている。恐竜は6500万年前に絶滅していなかったのだ!最近の教育現場では鳥類をどのように教えているのだろう?(ご存知の方がいたら是非教えて下さい)


トロオドン類(竜盤類獣脚類)の全身骨格(レプリカ)



 大型恐竜から鳥に至るまでには数多くの種が化石も残さずに絶滅していっただろうが、現生の鳥類は約1万種前後とされる。20年くらい前は8000~9000種といわれていたが、この20年で冒険家が世界の僻地から新種を採集しまくったワケではない。DNAの研究が進んだ結果、同じ種と考えられていたものの中に実は種レベルで異なるものが複数含まれていることがわかった積み重ねによる部分が大きい(もちろん、完全に新しく記載された種もある)。形からは見分けが付きづらい、隠蔽種というヤツだ。たとえば、世界のアホウドリの仲間は1990年代前半まで13種とするのが一般的だったが、遺伝子解析が進んだ結果、現在は24種とされている。いまのところ同じ種とされている伊豆諸島と尖閣諸島のアホウドリも別種とするのが妥当という研究者もいる。


アホウドリの若鳥
2014年6月 北海道十勝郡浦幌町



 日本ではこれまでに少なくとも633種の鳥が記録されている。この中には絶滅したオガサワラマシコや世界でも沖縄島北部にしかいないヤンバルクイナ、2回だけ迷って来た記録のあるヒメノガンなども含まれるから、広く定期的に見られるのは300種くらいだ。北海道では不確実なものを含めると480種以上が記録されている。北海道の鳥類相の特徴の一つに、本州以南の国内にはいない種・亜種(別種とするほどではないが明らかに羽色や大きさが異なるもの)の分布することがある。庭や公園で親しみ深いハシブトガラも本州以南には生息しない。ほかにエゾライチョウ、シマフクロウ、ヤマゲラなどは国内では北海道にのみ分布し、アカゲラ、エナガ、カケスといった身近な鳥たちも亜種が異なる。これらは国内では北海道にしかいない一方、大陸には広く分布するものが多い。北海道という大地が辿って来た歴史がその理由で、水深の深い津軽海峡は15万年前に成立してから陸続きにならなかったが、大陸とは水深の浅い宗谷海峡や間宮海峡を通じて1万年くらい前まで何度も繋がり、動物たちがやって来たのだ。ヒグマ、ナキウサギなど日本では北海道にしかいない哺乳類が多いのも同じ理由による。哺乳類・鳥類にとっての分布境界線となっている津軽海峡は、そのことに気付いた英国のナチュラリストの名にちなんで「ブラキストン線」と呼ばれる。北海道の鳥相のほかの特徴として、キバシリ、ゴジュウカラ、アオジなど本州以南では山地に生息するものが平地にも普通に分布しており(垂直分布の下降)、スズメ、カワラヒワといった本州以南の平地の種と一緒に暮らしている、いわば圧縮された鳥類相を示すことがある。繁殖期に本州以南から来道したバードウオッチャーは種や個体数の多さに驚く。一方、冬はごく少数の留鳥や冬鳥をのぞくと極端に少ない。雪や氷に閉ざされ、環境が厳しいためだ。夏鳥が多いことも北海道の特徴といえる。


エゾライチョウ
2014年4月 北海道十勝郡浦幌町



キバシリ(亜種キタキバシリ
2012年2月 北海道帯広市



カケス(亜種ミヤマカケス
2015年10月 北海道中川郡池田町



 さて、前置きが長くなったが本別町では2016年10月末現在、43科138種の鳥類が確認されている。十勝で記録ある鳥は約350種なので、その4割ほどだ。種類が多いのは主に海鳥や水鳥であることを考えると、内陸の町としては比較的多いといえるのではないだろうか。その理由の一つには比企知子さんがご自身の観察記録を1997年、ひがし大雪博物館研究報告に論文としてまとめられていることにある。地理的な条件も影響しているだろう。ボクは秋になると池田町まきばの家展望台で渡り鳥の調査を行っているが、本別方向から飛んで来る水鳥や猛禽類が多い。おそらくオホーツク海側から太平洋側へ抜ける最短ルートの一つとして利別川沿いを利用するのだと考えている。そのほかに本別町の鳥類相の特筆すべき点を挙げるなら、
①本別沢からウコタキヌプリにかけての町東側の山地は阿寒山地や白糠丘陵とも繋がりを持ち、オシドリやエゾライチョウ、クマタカ、クマゲラなど自然度が高い森林に生息する種が多い。また、針広混交林、針葉樹林が広く分布するため本来は亜高山帯に分布するルリビタキ、コマドリ、ウソなどが繁殖期にも比較的低標高で見られる。
②一方で平野部や丘陵にはミズナラ、シナノキ、イタヤカエデなどの広葉樹林が広がり、海霧の影響を受けない夏の気候のためかイカル、ヤマガラ、アオバズクなど十勝では数の少ない南方系の夏鳥が生息する。かつてはアカショウビンも渡来していた。
③海から50km前後離れた内陸部ながら利別川やその周辺の湿地、(行政区的には足寄町だが)仙美里ダムなど水辺環境もあり、先に述べたようにオホーツク海側への渡りルート上にあると考えられることから水鳥も多い。近年では十勝川やその支流沿いに内陸側へ分布も広げているタンチョウも繁殖している。
④市街地付近でオジロワシが繁殖する。
などといったところだろうか。とはいえ、未解明の部分やこれからの記録が期待される鳥も多く、本別町の山野は北海道の鳥類学におけるフロンティアだ。さらに視野を広げれば十勝平野とオホーツク海側の中間に位置するため、足寄、陸別、池田なども含め鳥類相がどのように変化してゆくのか大いに興味深い。市街地から農耕地、森林までどんな環境でも見られ、双眼鏡さえあれば観察できる(ルーペや顕微鏡を必要としない)のが鳥の魅力。外歩きが苦手なら冬に庭に餌台を設置して、ヌクい室内からホットコーヒー片手に見るのも悪くない。キガシラシトド、ゴマフスズメなど冬の北海道では餌台に迷鳥が飛来するコトが多い。ぜひ多くの方に観察して、記録を残してほしい。それがアカショウビンやシマアオジなど減りゆく鳥たち、ひいては地球環境を守る第一歩になるはずだ。本日は直接お話できず申し訳ありませんでしたが、近いうちにフィールドで一緒に鳥を見られる日を楽しみにしています。どうぞよろしくお願いいたします!


オシドリ(オス)
2013年5月 北海道中川郡池田町



オジロワシ(成鳥)
2012年1月 北海道十勝川中流域



千嶋淳:1976年群馬県生まれ。幼少より鳥に親しみ、「4年間北海道の鳥を見に行く」つもりだった帯広畜産大学入学もいまや22年前。海なし県に生まれ育ったのになぜか仕事の大部分は海鳥・海獣に関するもの。道東鳥類研究所主宰。NPO法人日本野鳥の会十勝支部、日本鳥学会等会員。著書に「北海道の動物たち 人と野生の距離」、「北海道の海鳥1~4」、「十勝 湿地のいきもの図鑑」等。


(2016年10月31日   千嶋 淳)

十勝の自然97 ネオニコチノイド系農薬と生態系

2016-12-07 13:35:32 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J.


コチドリ 2014年5月 北海道中川郡豊頃町)

(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年11月25日放送)


 1962年にレイチェル・カーソンが著書「沈黙の春」の中で警鐘を鳴らして以来、農薬が生態系に与える影響は、さまざまな規制や取り組みがなされながらも問題であり続けています。近年、世界的に危惧されているのがネオニコチノイド系農薬(以下、ネオニコ系農薬)です。

 ネオニコチノイドはニコチン様物質を意味し、イミダクロプリド、クロチアニジンなど多くの種類があります。従来の殺虫剤と比べ、人など哺乳類への急性毒性は低いといわれます。しかし、ネオニコ系農薬が広まり始めた1990年代から、世界各地でミツバチの大量死・大量失踪が頻発し、2007年春までに北半球から4分の1のハチが消えたとされます。これら「蜂群崩壊症候群」の主な原因となったのがネオニコ系農薬でした。

 ネオニコ系農薬の特徴として、水に溶けやすく、地面に染み込みやすい上に長期にわたって残留する点があります。これが何を意味するかというと、農耕地で使われた農薬が地面に染み込んで周辺の川や湖沼に広がり、それらが長い年月残ることで、農地以外の生き物、特に水中の生き物や鳥に影響を及ぼすということです。実際に、農薬が地表水に高濃度で含まれる地域で、鳥の個体数が急速に減ったという論文が発表されています。著者らは餌の昆虫の減少がその理由と考察していますが、飼育下のウズラでの実験で、ネオニコ系農薬が生殖機能に異常をきたすとの報告もあり、化学物質が直接鳥に作用した可能性も否めません。

 地球環境に甚大な影響を及ぼすとしてヨーロッパでは規制が強化されていますが、アメリカや日本は特に規制を行っていません。それどころか、日本は今年、ネオニコ系農薬の食品残留基準を緩和するという、農薬メーカーの利益を優先した、世界の流れに反した動きをとっています。

 農地の中に川や沼が点在する十勝平野の自然は、水溶性、浸透性、残留性の高いネオニコ系農薬の影響を受けやすいと思われますが、国や自治体は実態調査すら行っていません。早急な調査や規制が必要なのは明白です。


(2015年11月19日   千嶋 淳)