横浜外国人墓地は、いくつかの出来事が重なることによって成立したようです。
その最初のきっかけは幕末の1854年、日本の開国を求めて来航したアメリカ艦隊のペリー提督の部下の埋葬にあり、ついで横浜開港直後の1859年7月、市中で殺害されたロシア使節の随員の埋葬がきっかけとなって敷地が確保されたとのことです。
1861年には外国人の墓域が定められて、1866年に国際親善の趣旨から敷地の無償貸与の方針が確定、明治新政府もそれを受け継いで、現在に至ったのです。
(以上、周知板より引用)
入り口右手の資料館の中で、写真を撮りました。
横浜の山手通りを散歩すると現在・明治・大正・昭和初期、そして日本・西洋と不思議な雰囲気が漂っています。
1854年に事故死したペリーのウイリアムズ水兵を埋葬したことからはじまり、有名な生麦事件のリチャードソン、鉄道事業の祖エドモンド・モレルなど工業分野から絵画・学校などの文化面にもわたって活躍した40を越える国の4000を越える人々が眠っているそうです。
決められたコースなら外人墓地内を探索することができます。
そして、下のような遊歩道ができています。
トッポも、お墓の前では失礼になると思いましたが、ちょっと記念撮影です。
続く..............。
日本人墓地(お寺とか)で写真撮る人っていないよね。
なんでかな。
外人墓地はやはり・・・むか~~し昔に、行ったっきりです。それもちょっと回りを見ただけ・・・
もっとちゃんと散策しとくんだった。
トッポ君、案内ありがとー。
パパさんといっぱいお出掛けできて・・羨ましい。私も何処かへ出掛けたいな。
といっても行ったのは山下公園だけですが・・。
昔々、高校の修学旅行で山下公園と鎌倉の大仏を見ました。そう、昔々です・・・。
大変な賑わいの様子を、テレビ等で拝見していました。
横浜にこられる機会がありましたら、港みらい、山下公園、中華街、そして外人墓地周辺と周り、帰りに元町でショッピングで1日十分楽しめる地域です。
やはり、春がいいのでしょうね。
50選めぐりは、最初大変だと思いましたが、続けていると慣れてきて、結構楽しく週末を過ごせるようになりました。
黒子さんは風邪引いたりして、チョット大変でしたが。
今は、海外旅行も多いいと聞いています。
また、機会がありましたら是非横浜エーリアに寄ってみてください。