走る営業公務員、奮闘記!!

地方分権が進展する中での地方からみた木っ端役人の奮闘記です。

高浜通信 090615号

2009年06月16日 01時22分54秒 | その他
 高浜の毛利雄一朗公民館主事から下記のような報告と写真が入りました。
写真は、原始時代の恐竜時代の鳥のようにも見えませんか?
また、報告は微笑ましく、うれしくなったので紹介します。

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地域学習振興課の皆様お疲れ様です!

 先日五明公民館の「ほたる祭り」に行って、子供のとき以来に見た蛍の飛ぶ姿に感激した、海のそばの高浜公民館主事、毛利雄一朗です。

 今回は、先日手に持っている物がちょっと震えてしまう程にキンチョーした体験からお話したいと思います。

 それはこの前の水曜日の朝の8時10分前、場所は高浜小学校、1年松組の教室です。
松組の子どもたち26名のつぶらな瞳が、黒板の前に一人で立っている私を、真剣な眼差しで見つめていて私はとても緊張していました。
担任の先生も廊下から窓越しにこちらを見ています。
私が手に持っているのは1冊の絵本です。
そう、私は高浜小学校の子どもたちに本の読み聞かせをするボランティア活動をすることになったのです。
かすかに指が震えていることを悟られないようにページをめくり、子供たちの方を向いて語りかけます。

 きっかけはボランティアスタッフの方からのお声がけでした。
「主事さん、やってみませんか?」誘ってくれた方は気軽な気持ちで言われたのでしょう。
その場にいた周りの人たちからも「やってみたらええわいね」「そうよそうよ」とけしかけてきました。

 その時私の脳みそは、その呼びかけに対して思いっきり「拒否反応」を起こしていました。
「何でそんなことせんといかんの?」「なんか押し付けられそう!」「自分に子供もおらんのに!」「ムリよ!」「メンドくさい!」「早起きまでしてしたくない!」「主事の仕事と関係ないし」「やったことないし出来ん!」
言葉にするなら、そんな思いで心が一杯になり、その場は一旦お断りをしました。

 しかしその夜、ふともう一度考えてみたのです。
「本当にオレはできないだろうか?」
確かに、運動音痴の私がバスケットボール部のコーチをしたり、楽譜も読めないのにブラスバンドの指揮者をすることは出来ません。

 でも、子どもたちに本を読むことだったら、自分にも出来るんじゃないか?
私は子どもの頃から本が好きでした。
さすがに読む冊数は減りましたが、今でも一番の趣味は読書です。
そして子どもと接することが嫌いではありません。
公民館事業に参加してくれた子たちが、私を憶えていてくれて、道で会ったときに「こうみんかんの人!」と声をかけてくれると嬉しくなります。

「私が本を子供たちに読んで、子供たちがそれを楽しんでくれたら」と想像して、私は一人でワクワクしている自分に気づきました。
さっきまで「押し付けられそうになったやりたくないこと」と思っていたものが
「チャレンジしたいワクワクすること」に変身したのです。

 こうして私は読み聞かせボランティアをすることを選びました。

 今回のわたしの話は幸運な変化を遂げましたが、業務上で起こるこういった葛藤は、必ずしもこう単純ではないと思います

 これは私の個人的な意見ですが例えば現状の業務に加えて新たに業務が発生した時、上司→部下→主事→地域と要請が行くとします。
その流れの中で、要請を受けた者の方が、自分自身でその業務の中に何かしら楽しいことや役に立つこと、「メリット」を見つけだすことはできると思います。

 しかし、それだけでは、依頼をされたことに対し「よろこんで!」という、居酒屋のかけ声のような気持ちにはならないのではないでしょうか?

 そこには「何でそんなことせんといけんの?」という名の壁があるように思います。

 日常で私もついつい使ってしまうこの言葉は、やる気がないこと、積極性なさの表れのようにもみえますが、逆を返せば「何でそれをせんといけんのかが分かればやる」ということ、それをすることの「意義」が分かれば、受ける側は「納得」し、先のことを詳細に説明せずとも、その方針についていくということではないか、と思うのです。

 そうでなければ動かされる側は、例え業務の結果自体が満足できるものなったとしても自分の主体性を宙ぶらりんにされたような、そんな割り切れぬ気持ちが残るのではないでしょうか?
秋山好古のような人物でさえも、納得いかない指令には「しかたない」とあまり乗り気ではない態度を見せています。
 これは公民館主事として私も、肝に銘じなければならないことだと思っています。
 ややもすると、主事と地域の方との関係を上下関係でもあるような、地域が主事の言うことに従うのが当たり前のように思いがちですが、そのような錯覚に陥ることなく地域の方に何かを依頼する時には、相手の思いを読み取り、そしてこちらの手の内をさらした上で互いが「納得」ができる地点を見出すよう自戒を込めて、忘れないで行動したい、と強く思います。

 …8時20分、私の初めての読み聞かせ体験は、何とか無事に終わることができました。
子どもたちは私がページをめくろうとするたび、次のページに何が描かれているのか知りたくて真剣な眼差しで、最後まで飽きることなく、楽しんでくれました。
そのことが本当に嬉しく、安心できた私は途中からは楽しみながら本を読むことが出来ました。
読み聞かせ活動をすることを自分が選んで良かったなあ、と感じています。

次はどんな本を読んでみよう?
次回がとても楽しみです。


 読んでいただいてありがとうございました。
       高浜小学校読み聞かせボランティア
       「ママーズ・トントン」スタッフ 毛利雄一朗


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 私が幸せなのは、こうやって素直に自分の思っていることを直言してくれる部下がいるということです。
そして、その思いを(公民館主事も含めて)課内全員にきちんと伝えようとしているところです。
 どのようないいアイデアや意見も自分の中だけでとどめておけば、形になりません。
毛利雄一朗君の凄いところは、こうやって明言してしまえば、まず自身が率先垂範で行動しないといけなくなるということです。
これはかなりのプレッシャーです。
でも、人は追い込まれれば追い込まれるほど、不思議といい仕事をします。

 私は、どんないい考えをもっている部下よりも、荒削りでも行動に移す部下を評価します。
人のせいや世間のせいにするのは、もうやめましょう。
 私たちの仕事を通して充実感を得られるのは、地域の人たちが自主的に行動をし始めたときだと思うのです。

 日経新聞に鉄鋼王 アンドリュー・カーネーギーの墓標の言葉が掲載されていましたので紹介します。

 「ここに自分より優れた人々を集めるすべを知っていた男が眠る」