<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
宇宙エンタメ前哨基地



「1937年7月。一発の銃声が日本を日中戦争の泥沼に落とし込んだのであります。」
(往年の人気番組「歴史への招待」鈴木健二NHKアナウンサーのナレーションをイメージして読んで下さい。)

後に第二次世界大戦に拡大していく中国との戦闘の端緒になったのが蘆溝橋事件。
そのキッカケは中国側が放った一発の銃声であったことは現在では通説になっていて、その目的は中国が日本に戦端を開かせるための誘導であったという。
つまり陰謀であったというわけだ。

この説はご多分に漏れず中国では否定されているが日本側では「恐らく真実」と結論づけられている。
どうでもいいが実は私もそう思っている。

当時中国は無政府状態であった。
蒋介石率いる国民党。
毛沢東率いる共産党。
その他有象無象の勢力が互いに対立していて、その対立構造の中に、欧米列強および日本は放り込まれていた。
この様々な勢力が入り乱れ互いの利権をいかに確立するのかということに中国側はあくせくしていて、日本はその混沌に振る舞わされていたのが実態だ。
このあたりの国際情勢をどういうわけか学校の歴史授業では教えることはなく、単に日本が中国を侵略したことになっていて、甚だ遺憾ではある。

この盧溝橋事件。
たった1発の銃声にひっかかって戦端を開いてしまった日本は、ある意味おめでたいとしか言いようのない歴史の滑稽さがある。
日中戦争が始まるまで、日本は清國、ロシア、そして第一次大戦の戦勝し、ベルサイユ講和会議ではついに5大列強の仲間入りを果たすなど、国際社会へ登場し、わずか半生記で世界の頂点の一つにのぼり詰めた。
驕りふけっても仕方ない、愚かさで、そのまま群雄割拠、国というよりも賊の集まりと戦い始めたのだからアホとしか言いようのない部分がある。

結局、第二次世界大戦が終結してから、この中国とのゴタゴタを中国共産党に利用され、好き放題悪者にされている、というのが今日までの流れなのだ。

で、時代は移って現在。
中国の一方的な防空識別圏の変更は、ある種、中国による盧溝橋事件の銃声の一発のひとつと思えば、納得がいく。
尖閣諸島に出没しては自衛隊の護衛艦にレーザー照射したのもそのひとつ。
漁船をぶつけてきたのもそのひとつだったのかもしれない。

昔、日本を引っ掛けたのと同じ手法を使おうという魂胆だ。

中国が陰険で腹黒~い魂胆を発揮しなければならないのは盧溝橋事件の頃とあまり変わらない理由もある。
盧溝橋事件の頃は群雄割拠、蛮族が互いに勢力争いを繰り返し、そのエネルギーを外部からの脅威で持って統一する必要があったらか。
現在は極端な格差問題や民族問題、宗教問題など、いつ爆発してもおかしくない民衆の不満をどこかに振り向ける必要があるから。

防空識別圏の勝手な変更は日本の暴走を期待する「現代版・盧溝橋事件」そのものと言っても過言ではないと思う。


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先日、新聞だったか雑誌だったか、ある記事を読んでいると、

「日本の神道ほど奇妙な宗教はない。戒律というものが存在せず、ただ八百万の神というものに祈るために存在するのだ」

ま、それがホントかどうかは分からないが、確かに神道では戒律についてあまり小うるさいことを言われることはない。
神社は午前中にお参りしなさい、とか、そんなことをやったらバチが当たる、程度の話しか聞いたことがない。
だから、戒律だとかモラリティを担っているのは日本では仏教ということになる。
神道は多神教だが、それこそ色んな神様が存在していて、それを下地にしてこそ宮凬駿の「千と千尋の神隠し」みたいな世界が生まれるのだろう。
上方落語には「貧乏神」なるビンボーの神様まで登場する。

ある物臭なオトコに貧乏神が取り付くのだが、あまりにオトコがだらしなく、そのまま死んでしまうと死活問題だということで、貧乏神が甲斐甲斐しく働くという噺だ。
落語だけに陽気でビンボーだからといって陰々滅々したところもまったくない。
それが日本の宗教観なのかも知れない。

中東や中国、時にはヨーロッパで宗教紛争などがあると、日本人には何のことやらさっぱりわからない、というのも日本人の宗教観の現れだろう。
なんで人々の幸せと安寧を願う宗教で殺し合いをするのか理解できないのだ。
日本の歴史でも宗教での対立は度々経験しているが、どれもこれもカルトに類するものか反社会的なものに対する対立という図式があり、思想信条で対立するというのは、まま理解しにくいものがある。
石山本願寺や一向一揆などはカルト的要素がふんだんにあり、当時としてもその異様な信仰度合いが時の為政者をして見過ごしにできないものがあったのだろう。
またやがて島原の乱などに発展し、存在そのものが維新を迎えるまでタブーになってしまうキリスト教も、その信仰を恐れたというよりも、来日した宣教師やそれについてきた有象無象な人たちが日本人を海外に拉致し奴隷として人身売買にこれ励んでいたこと、など反社会的なことが発覚したから厳禁とされてしまったという。
ちなみに日本史において奴隷制は存在すらしたことがない、マリアルス号事件を待つまでもなく「奴隷って何?そんなことしていいの?」という文化なのだ。

このように少々社会や日本の価値観から逸脱したものは受け入れられず、それでいて世界にはそういうものがたくさんあるので、なかなか世界スタンダードな宗教観というのが日本人には根付かないのかもしれない。

講談社プラスアルファ新書「キリスト教は邪教です」を買って読んだのは、なにもキリスト教に対して悪意をもっているからではない。
私の親友知人の中にもカトリックからモルモン教徒まで、さまざまなキリスト教の信者がいるので誤解されると困るのだが、稀代の変わり者であるニーチェが著者ということもあり、キリスト今日についてどのようなことをニーチェが述べているのか大いに気になったので書店で見つけるなり即断で買ってしまったのであった。

で、内容は予想通り、面白いものであった。
多分に訳がよく出来てるということもできるが、皆が思っていてもなかなか言えないことを論じていて、例えば、
「聖母マリアは相手なしでキリストを授かった」といういわゆる処女受胎について「ありえないウソ話」と切って捨て、聖書に登場する数々の奇跡の物語を「ヨタ話」、教会を利権と悪の権化というような意味合いに断言しているところは、ビックリするよりも、あまりにハッキリと言い過ぎているために笑ってしまったくらいであった。

かといってニーチェはキリスト教そのものを否定するのではなく、現在の聖書と教会を非難しているのであって、これらはキリスト教の本来の思想(残念ながら私の家は真言宗なんでよくわかりませんが)はキリスト教開闢の後世にその利権構造が作られねじ曲げられてしまっているという趣旨で本書を執筆したという。
いうなれば「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というやつである。

本書執筆後にニーチェは発狂したので本書がまともな著作の最終作だそうだが、キリスト教へのこの辛辣でかなり的を射た批判を書くことは、読む側が楽しむことができるとしても、その精神の苦悩は考えてもあまりあるものに違いないのだ。

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最近お隣の国の大統領を見ていると、腹が立つよりお気の毒になってきた。
韓国国民がお気の毒なのだ。
で、自分が何をしているのか分からない大統領ご自身も不憫でならない。
いったいこのままエスカレートしてどこまで行く気なのだろうか。

何を言っても日本人は怒っていないとでも思っているのだろうか。
そう。
怒っていないが呆れ返ってものも言えなくなっているのだ。
親もこういう子供育てていると、自国民に暗殺されてもしかたがないだろう。

一般的に言って、外交の世界というものは礼儀が大切で、個人的な悪魂雑言は言わない。
ところがお隣の国の大統領は、あるコトないコト色んな国で他人を罵っては、得意になっているが、本人がいちばん顰蹙を買っているのだ。
外交には「気品」が必要なのをあの人は知らないのだ。
親の教育が悪いので、こうなってしまったのだろう。
きっとまともな韓国人(もし仮にいたとして)が見ていると情けなくなっていることと思う。

私たちは元総理の鳩山の言動を聴くと、未だに彼を首相にしてしまったことを大いに恥じるのだが、たぶんまともな韓国人(もしいたとして)も同じように別の意味で恥じ入っていることだろう。

それにしても昨日のお昼のニュースを聞いて驚いた。
中国政府と連携して伊藤博文を暗殺した安重根の銅像をハルビンの駅に作るのだという。
どこの世界に他国の政府要人を暗殺した人間の銅像を建てる国があるだろうか。
多分今回この銅像が世界初のケースになるに違いない。
しかも安重根。
単なるテロリストではない。
「バカな奴」なのであった。

伊藤博文は初代朝鮮総督を務めているかもしれないが、この人はもともと朝鮮併合には反対の立場の政治家で、安重婚はいわば味方になるはずの外国の要人を殺害したことになる。
例えはよくないかも知れないが大津事件の津田三蔵とはちと状況が異なるのだ。
だからこそ伊藤博文は亡くなる直前に安重根をして「バカなやつ」と言ったわけで、そういうバカ者を褒め称える韓国の大統領は、どういう感覚の持ち主なのだろうか。

ただひとつ言えることは、私は奈良の騒音おばさんを思い出した、ということぐらいなのである。

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子供の頃はテレビで歌っている歌手の力量などあまり気にすることはなかったように記憶する。

私は1960年代の生まれなので、極端なへたくそな歌手はそう簡単に見つからない時代でもあったのかもしれない。
ところが小学生高学年の時に浅田美代子が現れ、「歌手は歌が上手い」という思い込みは、単なる幻想にすぎないことがわかった。
「赤い風船」
を歌った浅田美代子の歌唱力は当時、群を抜くへたくそさで、それでいて大ヒットしたのだから、小学生の私にも歌謡曲のヒット条件は必ずしも歌のできではないことがわかった。
それでもまだまだ、
「浅田美代子は特別だ」
との微かな願いを、胸に秘めていたのだが、やがて大場久美子が登場し、田原俊彦がアイドルの頂点に経つに至って、
「歌の質などどうでもいい」
という境地に到った。

先日、民放で懐かしのアイドルのビデオ特集が放送されていて、
「お~、昔はこんな歌の下手な歌手がいたものだ」
と感無量になったのだが、少し間を置いて愕然としたのは、そのへたくそな歌に妙な愛着をもってしまっていることと、ついでながら、現在のアイドルの上手いようでメチャクチャへたくそな歌に味わいのないことに気づいてしまったことであった。
たとえば、私が大学生時代のアイドルと言えば松田聖子や小泉今日子なのであったが、松田聖子はともかく、小泉今日子の歌唱力は浅田美代子や大場久美子と比べても遜色のないくらいに「音痴」なのだ。
ところが、この小泉今日子の音痴の魅力は、それがなんてったってアイドル的に、いわゆる今日も魅了されているきょんきょん的魅力に直結していることで、あのつたない歌唱力が小泉今日子の魅力を十二分に増幅していたのであった。

小泉今日子よりも若年世代になるカミさんなども、
「きょんきょんって、下手やけど、上手い」
とわけの分からない評価を、テレビを見ながら下していたのであった。

他にもヘタッピ歌手はたくさん現れた。
とりわけジャニーズ系アイドルは3人以上のグループを形成しているのだが、現在のアイドルグループと比較しても歌のテクニックは「上手い!」とは言いがたく、それでいて味があるのはどうしてなのだろうか、と思ったのであった。

とどのつまり、昔のアイドルと現代のアイドルではプロとアマもしくはセミプロといった違いがあるのではないか、と思ったのであった。

きょんきょんはきょんきょんで小泉今日子の舌ったらずの歌い方で魅了するよう綿密にプロモーションされており、それは他の売れたアイドルすべてに言えることではないかったのではないか。
おニャン子登場以来の「素人っぽさ」を売りにするようなことはなく、ティーンズはティーンズとしてのプロのアイドルとしてしっかりとプロモートしていたのだろう。
だから当時のアイドルはスキャンダルも少なく、やっている本人もプロ意識があるので、失言はほとんど聞かなかった。
今のように、男を作っては丸坊主になったり、左遷されたりするということもなかったのだ。

ということで、アイドルの歌唱力を真剣に考えるのは無粋なことかもしれないが、それはそれで芸能界のプロ精神をはかるには、なかなか面白い尺度かも知れないと思ったのであった。

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風邪というのは至極めんどくさい病気で、咳をすればマスクをし、鼻が垂れればこれまたマスクをしなければならない。
まあ、伝染病みたいなものなのだ。
ま、伝染病ですけど。

咳をする原因というのは私の場合は鼻からトローとのどの中で流れている鼻汁ごときものが喉につっかえて、ゴホゴホと出るわけだ。
これを止めるには鼻をかむ必要があるが、鼻をかみすぎると鼻血が出たり、鼻が完璧に詰まってしまったりするのだ。
こうなると鼻、喉ときて残った耳にも影響が出る。

今週はろくでもない週で、私は昨日にブログで書いたような風邪を患ったまま、東京出張に行かなければならなくなった。

朝早く、関空に付き、いつものように8時10分発の羽田行きに乗った。
機種はB777。
300席以上ある客席は満席で、アベノミクス効果がここにも現れているようで、せせこましい。
風邪気味の私は座席に座ったやいなや眠りについて、目覚めたのは木更津上空を飛んでいるときなのであった。
寝ていたからかどうかはわからなかったのだが、問題は帰りの羽田から関空で発生した。

搭乗したのは18:00発関西行きのB737-300。
ちっこい機体のB737は離陸時に元気があっていいのだが、客室は屋根も低く、座席もせせこましいのでなんとなく好きではない。
で、問題は離陸時ではなく、着陸時に発生した。

折しも、風邪で鼻づまりが悪化し、咳こそでなかったものの、耳抜きが出来ず、着陸態勢で高度が下がってきても耳はツーンとするだけで、つばを飲み込もうがあくびをしようが変化無し。
次第に音がくすんできて、遠くになりだし、気圧の変化で時々耳がちくちくと痛み始めた。
この日、大阪湾では風は南風だったようで私の乗ったB737-800は大阪湾を一周。
淡路島、明石海峡大橋、神戸上空を飛行して、堺市沖で進路を南に変えると関空に着陸した。
この間、耳はズキーンズキーンとして、音は遠くで聞こえた。

「静かな機内やの」

と思ったが、静かなのは私の耳だけで、多分他の人には大きな音に聞こえているはずだ。

結局着陸してロビーにおりてきても耳は直らず、そのまま電車に乗り込んだのであった。
ちなみに電車のノイズも静かで、これが耳の異常でなければ、めちゃ騒音対策のとれている鉄道ということができる。

耳はまるで水中の中の音を聞いているようで、自分のうめき声だけが鼓膜に強く振動するのであった。

ということで、風邪をひいて耳抜きできなくなったら、気圧の変化しないB787をお勧めしたい、風邪時の航空機利用なのであった。


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久しぶりに風邪をひいてしまった。

ここ数日、妙に寒いなーと思っていたら、秋を通り越して冬になっていたのだ。
ついこの間まで「暑いよ~、暑いよ~」と汗をダラダラ流していたのに、いきなり冬になったものだから、体のコンディションも、そのスピードについて行くことが出来なかったわけだ。
なぜなら、私はまだまだ暑い日々が続いていると思い込み、仕事が終わって自宅に戻ってきたら、風呂に入ったあとはランニングシャツにパンツ一丁という出で立ちでリビングでビール何ぞを飲んでいたのだ。
これで風邪をひかない方がどうかしている。
ある意味、風邪をひいたから正常な肉体であったということが言えるのかも知れない。

それにしても今年の風邪はまず、重度の肩こりと膝痛という現象からスタートした。
仕事では私は自動車をめったにつかわず歩くのだが、今回は歩いていると膝が怠くて痛くてどうしようもないくらい苦痛を感じたのであった。
しかも肩の上には何か乗っかっているのではないかというぐらいのズシリとした重量感を感じながらである。
「はてさて、何か霊にでも取り憑かれたのか」
と思いたくなるくらいの肩こりなのであった。

やがて鼻水が出てきて、次いで鼻がつまり、咳が出るに及んで、
「これは風邪だ」
と気づいた。
20代の頃は浅田飴だけで風邪を治してしまった私であったが、ここんところ風邪をひくと症状が長引くという、嫌な病状ががあるので、早めに風呂に入って寝ることにした。
ところが、その夜、寝ている時にいきなりのどにタンが詰まって呼吸が出来なくなるというアクシデントが発生。
ズバッと一気に目覚めて、
「ぜ~~~~は~~~~、ぜ~~~は~~~」
と死にそうな呼吸を繰り返すと、カミさんが驚いて、
「どうしたん!どうしたん!どうしたらええの!」
と必死の形相なのであった。
こっちとしては、
「タンが気管に入って息が出来ない。救急車読んだ方がいいかも」
と言いたいところだが、声に出るも何も、息をすることがほとんど出来ず、
「死ぬかも」
と思っていたら、やがて少しづつ息が出来るようになって、ことなきを得た。
救急車を読んでいたら、笑われているところであった。

そんなこんなで、これは普通ではないと思った私は翌朝、近所の内科医を訪れた。
「あそこなら、並ばずに見てもらえるよ」
という義母のアドバイスに則って訪れたのであった。

で、予想通り、患者の大半は年寄りで、それもほとんどが注射のみ。
私の診断の順番がすぐに回ってきて。先生に見てもらえることになった。

「どうしたんですか?」
と先生。
「風邪みたいなんです」
と私。
「風邪?」
「はい」
「いつからです?」
「おとといぐらいからおかしくなりまして」
「熱はあります?」
「いいえ」
「はい、舌出して。」
「あ~~~」
「薬出しときましょ。それ飲んどいてください」

ということで、1週間分処方されたのが写真の薬なのであった。
結局。2日経っても3日経っても症状は緩和されず、悪化をたどった。
5日に目におよんで、症状の主たるものが咳と鼻水鼻づまりなので耳鼻科を訪れると、バキュームみたいな機械で鼻水を吸引し、蓄膿でないかのレントゲンを撮って、薬を2種類処方されたら、それでだいたいの症状が治まってしまったのであった。

恐るべし耳鼻科。
もっと恐るべし、近所の内科。
なのであった。

ということで、体調は急ピッチで戻り始めているのだが、カミさんが、
「しんどい」
と言って寝てしまったので、明日は耳鼻科に行くように薦めてみるつもりだ。

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東北大学の元学長西澤潤一先生がその著書の中で、
「科学で解決できないことはない。今できなくても、未来には必ず科学が解き明かす」
というようなことをおっしゃっていたのを記憶するが、曖昧なものについてはなかなかそのメカニズムを解明することは今の科学でも困難だ。

その代表格が「宇宙」。

宇宙はどのくらいの大きさがあって、何時生まれて、これからどうなるのか。
という疑問にとどまらず、そもそも「宇宙」って何故存在するの?
というようなことを考え始めると、かなりの確率で「ビョーキ」になってしまいそうなくらい、重大な謎の一つだ。

一方において、身近にも解明の難いものが少なくない。
例えば、
「室内蛍光灯は明るいほど仕事や勉強の効率が上がる。」
という思い込みがあるけれども、これも単なる思い込みで、最近の科学では光はその時に行っているジョブの内容や状況、目的に応じた適切な色温度や明るさがある、ということがわかってきている。
例えば数学の勉強をしているときは白っぽい光が集中でき、国語の勉強をしているときは黄色っぽい光のほうが想像力が働き効果的なのだという。

最近は植物工場の情報が一般にも流れてきているので「光の色」については多くの人々がこれまでの思い込みが明らかな間違いか、間違いに近いものであったことに気づきだしているに違いない。

リチャード・ワイズマン著「その科学が成功を決める」(文春文庫)は、そういったこれまで「それが正しい」と思われていたことを科学的に調査分析し、その結果をレポートした、なかなか興味溢れる科学ノンフィクションであった。

どこの会社でもグループワーキングの大切さや、チームプレーの大切さが説かれ、それがイノベーションの元となる重要な要素であると教育され、実践を要求される。
重要な決定事項も話し合いを重んじる。
それが民主主義社会における企業の役割だ、と説かれるのだ。
とりわけ最近増殖してい「コンサルタント」と呼ばれる人たちには、そういうことを盛んに推し進め、クライアントの同意を得ようと必死になっている人たちが多いが、こういう人たちの説教は話半分がいいんじゃないか、むしろお偉方に不興を買うことの無いように、丁重に追い出すよう働きかけるのが適切ではないかと私は思っていた。
コンサルタントが10人いれば役立つのは1人くらいで、あとはそのコンサルタントの話を聞くぐらいなら、ビジネス系の雑誌や漫画を読んでいる方がよっぽど有効ではないか、と思っていたのだ。

実際、プロジェクトの推進などはグループで出来たものではない。
皆の意見が交錯し、どの人の意見を立てても不興を買いそうで、結論は持ち越し。
なかなかプロジェクトは前に進まず頓挫する。
という、まあ丁度昨年まで四の五の理屈ばかりを並べて結局何もできなかった民主党政権のような状態に陥るのが、オチである。
これに対し、諸説を徹底的に否定し、個人が強力な指導力でグループを引率するプロジェクトはあっという間に結論が出て、出てくる結果も斬新で、気がついてみると、次のプロジェクトにもうかかっている、という極めてポジティブな現象を観察することができる。

その代表格がジョブスが存命中のアップル社ではなかろうか。

本書ではこのように、大勢で同意を得ながら進めることが適切であるというのは伝説にすぎないことを立証した例や、最近の若い人たちの一部がハマっている「自己啓発セミナー」には実はなんのメリットもなく、デメリットの塊であることが科学的に分析されている事例が紹介されていて、実に面白いのだ。

ということで、うちの会社のお偉いさんも、本書を読んで目覚めてくれれば嬉しいと思っている私なのであった。


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