<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
宇宙エンタメ前哨基地



東京オリンピックのあと開催された東京パラリンピック。
いつもと違ったのはテレビ放送が多かったことで、おかげで障害を持つアスリートたちの信じられない素晴らしい競技に魅了され、大いに勇気を与えてもらったことは記憶に新しい。
テニスや水泳、車椅子競技に陸上などなど。
健常者も敵わないその技、パワーに度肝を抜かれて、
「初めてみたけど、凄いね」
とカミさんと話したものなのであった。

翻ってパリパラリンピック。
なんじゃこりゃ?
競技を放送しているのはNHKだけで、それもリアルタイムの深夜枠。
デイタイムの録画放送はほとんどない。
結果をニュースなどで報道しているが肝心の競技は特別でない限り、なかなか見ることはできない。
一方オリンピックの視聴率の取れそうな競技を嬉々として中継して、録画再放送もしていた民放はパラリンピックの放送はなし。
ひな壇タレントの酒場のバカ話はスタイル変えていくつも放送するけど、市井のアスリート、しかもトップアスリートが活躍するパラリンピックは放送しない。

どんな感覚を持ってるんだろう。

呆れ返るのは日本テレビ系で多くの問題を抱えている24時間テレビは放送してパラリンピックは放送しない。
本末転倒だ。
これは24時間テレビなら寄付金を着服して飲み食いができるけどパラリンピックは放送料も安くないし視聴率は難しいそうだし、飲み食いできそうにないからなのか放送しない。

まったくもってメディアの怪なのだ。



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小学校2年生の夏休み。
私は日射病、つまり今で言うところの熱中症で1週間ほど寝込んだ。
熱が下がらずウーウー唸っていたことと、回復仕出した頃に友達のMくんが遊びに来て外へ出ていこうとして母に叱られたことの2点ぐらいしか記憶にないが、ともかく暑さは恐ろしいということを印象付けた事件だった。

この日射病事件以来、私は暑さにすこぶる弱くなった、と思う。
外で遊ぶと暑いときはすぐに疲れるし、飲み物、とりわけを水分をがぶ飲みしてはだるさが増し、夏はすっかり苦手な季節になってしまったのであった。

これに転機が訪れるのが30代になってから。
夏の暑さにバテにくくなり、ついに今日に至っては38℃の猛烈な暑さの中自転車でロングライドに出かけてもとりあえずへっちゃらな体質に変化したのだ。
そのきっかけとは、東南アジア旅行。
主にタイを訪れるようになってからだった。
それもGW明けの5月から6月を狙っての旅行が思わぬ効果をもたらしたのだ。

タイの5月は暑い。
6月も暑い。
年がら年中、暑い。
とりわけ首都バンコクはシンガポールに住んでいる日本人が遊びにやってきても、
「暑いな〜ここ、たまらんわ」
というぐらい暑い。
この暑い季節を狙って私はタイを旅するようになったのではなく、単にGWを過ぎると航空券が安くなるからであって、他意は無いのだった。
この1年でも最も暑い季節にタイへ行って街歩きを楽しみ、屋台を楽しみ、路線バスに乗って迷子になっては楽しんだ結果、暑さ慣れをするようになった。

つまり日本ではまだ梅雨前のさして暑くない季節にタイへ行って思いっきりの暑さを体験してフラフラになって戻ってくると梅雨末期から始まる日本国内の暑さに順応して、従来のようなバテバテ体質が改善することとなった。
水分がぶ飲みで腹を下すというようなことも少なくなり、暑いのに元気、みたいな体質に生まれ変わったのだった。

熱中症を防ぐには暑さに順応する生活をする必要がある。
というようなことを最近テレビなんかで専門家が語っているのを時々耳にするが、大いに賛成だ。
私の東南アジアの旅で得た夏前旅行の効果を考えると、まさにその通りだと思うのだ。
で、タイへ行きたい!と言っても、そんな暇ないと言われる現在の我が家なのだ。


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駅前に書店がない。
そんな場所が増えている。
私がよく利用する南海高野線・JR阪和線の三国ヶ丘駅には書店がない。
つい数年前までは「天牛堺書店」という地元の書店チェーンがあったが、出版不況の影響をもろに受けたのか倒産してしまった。
暫くの間、その書店が入っていた空きスペースに何ができるのか待っているとドラッグストアがオープンした。
なんじゃそれ。
期待外れ。
まったく嬉しくなかった。

これでは駅なのに雑誌を買うこともできなければ立ち読みしながら電車を待つこともできない。
駅の周辺にも書店はないので、本が欲しければ書店のある駅まで移動するかスマホを使ってネットで購入する必要がある。
本末転倒だ。
そもそも目が悪くて近くのものはよく見えなくなってきており、電子書籍はありえない。
カミさんいわく、それはローガンなのだそうだ。
もちろんヒュー・ジャックマンのことではない。

地方の人にはわからないかもしれないが三国ヶ丘駅は大阪府堺市内でも一位二位を争う乗降客の多い駅で、しぶちんな南海電鉄が客をJRに獲られてはかなわないと各駅停車と準急行しか停車させない駅でもある。
参考に2駅高野山寄りの中百舌鳥駅は御堂筋線との乗換駅だが、ここも同様に急行や特急は通過させる。
そして書店もない。
数年前までTSUTAYAがあったが閉店して今はMacCafeになっている。

このように書店が無くなってくると今も営業を続ける書店はどうやって生き残っているのか。
駅前または駅ナカに書店のある駅はどの程度生き残っているのか。
興味あるところだ。


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あまりの暑さにトマトが立ち枯れを起こした、ということを書いたのはつい先日。
この暑いさなか。
スーパーで売られている葉物野菜も値上がりが著しく、キャベツ1玉250円、植物工場生産の弱々しいリーフレタスが1束200円、かいわれ1パック50円、キューリ1本70円、と家計を直撃。
このままでは行けないと葉物野菜を育てることを考えたが、以前レタスを作ったところバッタの攻撃にあって全滅に近くなったことや、暑さに強いはずのコリアンダーを植えてみても土が悪いのか発芽せず、元気に育ったのバジルだけ、ということがあった。
バジルだけで生食するのは困難であり、だいたいがハーブであるバジルだけなんか料理しても食べるのは難しいので、
「こりゃどうする」
と考えていたところで、奈良の農家の話を聞く機会があって「つるむらさき」を植えてみることにしたのだった。

「つるむらさきは奈良の地野菜ですが暑さに強い」という言葉を信じて種を買い撒いてみた。

すると酷暑35℃を超えで太陽光ギンギンの中、1週間ほど発芽した。
あとは水やりだけを欠かさずしてみたところかなりの大きさに育って今や手のひらより大きくなったのだ。

トマトが立ち枯れしている横ですくすく育つ「つるむらさき」。

これを収穫したら海苔の佃煮といっしょに食べてみようかと思っている。
もちろん使う佃煮は「江戸むらさき」。

ダジャレでも言ってやんと暑さでボケるワイ!


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岸田首相がついに「やーめた!」と言ってしまった。
自民党総裁。
つまりは日本の内閣総理大臣。
秋に予定されている総裁選に出ないとのことで、ではいったい誰がなるのか。
世界の注目が集まっている。

とはいえ、困ったもので昔みたいに、
次は絶対にこの人!
というのがおらず、混戦状態だ。
しかも候補になりたい人がかなりの人数になっており、総裁選というよりも地方市長村会議員の選挙みたいでこれはこれで面白い。
中には「あんた誰?」というような人もいて、ますます地方の市町村会議員の選挙みたいだ。

岸田首相が誕生したときも岸田さんって誰みたいな空気感がなくはなかったのだが、今回はさらにそれに拍車をかけたような状態になっている。
まさか都知事選のようにキャバクラや犬の写真で選挙をすることはないにしても、今の日本に突出して優れたリーダーがいないということの裏返しのうような、ちょっぴり危機感さえ感じてしまう。

私の希望としては公明党との連立解消を決断できる勇気ある候補者が希望だが、果たしているだろうか。
今や政治家も人気商売なので票を集めるシステムを持つ集団との連携は麻薬のようなものだから、手を出してしまった限り何もできない。

あんた誰?が首相になったときの心構えだけは必要な総裁選になりそうだ。


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夏の高校野球。
京都府代表の京都国際高校が韓国の高校であることをなぜかマスメディアはきっちりと報道せず、唯一産経新聞だけが、
「あそこの学校の校歌は日本海のことを東海と歌っているのをNHKが東の海と故意に解説している」
と伝えただけだ。
産経新聞もはっきりと「どこが京都府代表やねん」と伝えればいいものを。

とまあ、高校野球。
昔から言われているけれども各都道府県代表の学校はホントに都道府県の代表なのか?
ただ単に、学校の立地がその都道府県にあるからだけで代表になっているんじゃないか。
中身は全国各地からやってきたその道で優秀な学生による選抜チームではないか。
はっきり言って、各都道府県代表ではなくて日本代表の一つのチームではないか、なんて思ってしまう人は少なくないはずだ。
また京都の学校のように、実は日本の代表ですらないという学校も中にはあるのかもしれない。

私が中高生の頃。
大阪のダントツ人気チームはPL学園なのであった。
私が高校生のときに初優勝を果たしたと思うのだが、以後、桑田、清原を排出し、高校野球の歴史の一時期を盛り上げた存在だった。
でも、自分の周囲を見渡しても、
「誰かお前ンところの中学からPL学園に進学したの誰がおる?」
と訊いても、誰もいなかった。
不思議な学校だった。

上宮高校や浪商、近大附属へ行った同級生はいたけれどもPL学園は一人もいなかったのだ。

PL学園が常勝校になってきていささか鼻につく存在になった頃。
あそこは果たして大阪の代表なのかと疑問符が具体的になりはじめた。
もちろんここの生徒に対する悪意はない。
たまたま大阪芸大に通う大学生だった私は自宅からの途中の山の中にPL学園があって、そこの生徒と自転車ですれ違うと、
「おはようございます!」
「こんにちわ!」
としっかり挨拶するので、良い学校だとさえ感じていたのだ。
でも、何か違う。

そんななかの1982年の夏。
奇跡とも言える代表校が出現。
大阪府立春日丘高校が大阪大会で優勝し甲子園へ出場した。
これにはびっくりした。
偏差値70近くの府立の進学校の野球部が府の頂点にたったわけで、当然この学校となんら関係のない私も周囲もこの学校を応援したことは今も記憶に強く刻まれている。
印象的だったのは私学のような応援団がいなかったことで、急場で作られた応援団は実に高校野球の原型のようで清々しかったのであった。
なお、シンガーソングライターの槇原敬之、コミックシンガーソングライターの嘉門達夫、手品師のゼンジー北京がここの卒業生である。

昨日、大阪の代表校が完封負けを失した。
私は何度かこの学校の隣にある大阪府消防学校へお邪魔をしたことがあり、ここの学校の明るさ、礼儀正しさをかつてのPL学園のそれのように見ることがあった。
なので、いい学校だと思うのだが娘曰くここもまたPL学園と同じように「同級生に誰も進学したものがいない」学校の一つのようだ。

毎年、甲子園の野球球児を見るたびに、
「あんたどこ出身?」
と尋ねたくなる、少しく寂しい感じもある甲子園大会なのだ。


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南海トラフ地震への警戒のために各地でレジャーの自粛が発生。
「自粛」

それにしても日本は自粛が大好きだ。
何かあったらすぐ自粛。
これって一体なんなのか。

新型コロナが初めて広がったときは仕方がなかった。
未知の伝染病を食い止める方法は行動制限しかない。
しかも現行憲法下では非常事態であっても国民の行動に政府が制限を加える方法はないということで、苦肉の策が自粛だった。

飲食店は営業を自粛。
会社もリモートワークで出勤を自粛。
学校もリモート授業で通学を自粛。
唯一反旗を翻していたのがパチンコ店だが、もともと娯楽産業のパチンコは凋落傾向にあったのが、この反発営業でますます顰蹙を買って凋落に拍車がかかった。

しかし、今回のようないつ発生するの専門家でもわからない災害への対策として自粛するっていうのはなんだか変だ。

地震発生時に〇〇へ逃げ込む。
多くの人を誘導するのは困難だから人数制限をして営業を続ける。
海岸は泳ぐ範囲を制限する。
などなど。
やり方はいくらでもありそうで、自粛という選択肢は馬鹿げているのではないかと思われる。

自粛を打つのは普段何も考えていませんでした、の裏返しに過ぎない気がするのだ。
納税者としては自粛をしたから金をくれにならないようにお願いしたいところだ。


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「あいつは嫌いだから飲み会には呼ばない」

という感覚で長崎の原爆平和祈念式典にイスラエルの大使を呼ばなかったのが長崎市の鈴木史朗市長。
アホです。
このヒト。
イスラエルは呼ばないのにパレスチナを招待。
このヒトの正義はエセ正義。
今後このヒトの考え方と態度には注意が必要だ。

イスラエルとパレスチナの衝突問題についてはイスラエルの民間攻撃というあってはならいことも見逃すことはできないけれども、始まりはパレスチナのハマスによるテロ行為。
だから片方だけを非難するのはバランス感覚としてまずおかしい。

この両者、どっちもどっちの世界なのだ。
なのにパレスチナだけ呼んでイスラエルを呼ばないというのは、
「あいつは嫌いだから」
のレベルとしか言いようがない。

長崎の原爆平和祈念式典なんだから、国際的に説得力のある機会。
広島のそれと比べると知名度が少しばかり落ちるかもしれないが、それはそれ。
両者を呼んで横に並ばせ戦争することの無意味さを並み居る国家の代表の前で穏やかに諭し語る数少ない機会。
だからこそリーダーたるヒトはどういう行動をとって、どういう発言をすべきなのか。
中高生でもわかるレベル。
それが東大出身の市長がこんなレベル。
残念至極という感じだ。

そもそも日本はG7の中で唯一この両者に対して良好な関係を築いている国でもある。
しかも仏教と神道の二本立てという世界文化の中でもガラパゴスに近い宗教をもち、歴史的にも二者とはややこしいことは一切なく非常にニュートラルな存在だ。
せっかく両者を同席させて停戦を呼びかける貴重な機会なのになんていうアホなことをしてしまったんだろう。

このような好ましい立ち位置を潰してしまうような態度をとったこの市長はとっても危険な人物といえる。
一緒に飲みたくないタイプのヒト。
これから長崎市民が注意しなければならないのは、何が重要で何らかの行動を決めなければならなくなった場合、ここの市長は言葉を使う前に態度に示すだろうということ。
つまり「話す」より「ぶっ叩く」ヒトと思われる。
この正義とは自分のための正義で世の中のための正義ではない。
ある意味、わかりやすい歪んだヒトなのだろう。


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ここ数年、毎年ミニトマトを栽培している。
最初は2〜3株をホームセンターで買ってきて上て育てる程度だったのが、会社を退職して自営を始める少し前ぐらいから種から育てるようになって、最近は毎年36株以上のミニトマトを育てるようになった。

その結果、ミニトマトは完全自給できるようになってトマトの類を買い求めることがほとんどなくなってしまったのだ。
それこそ毎年かなりの量を収穫することもができて、多くを冷凍することによりシーズンオフでもトマトに事欠かなくなった。
たった2袋のトマトの種を買い求め、それを植えるだけでビックリするような量が収穫できることに家庭菜園とは言えばかにできないものだと実感している。

で、今年も梅雨前から種を蒔いて育てて順調に大きくなり7月に収穫を始めて、
「今年も大豊作!」
などと喜んでいたら、ちょっといつもと異なる酷暑が始まった。
連日35℃を超える酷暑。
太陽の光は強烈で半袖シャツの露出部分は太陽の光でジリジリと痛いくらいの光量だ。

トマトはもともと太陽の光を受けて真っ赤な実をつける。
だから曇りばかりだと思ったように育たず困ることもあるのだが、これだけ強烈な暑さと光量だとどういうことになるのか。
いつもならまだまだま花が咲いて結実していくのに、今年は足元付近から立ち枯れが始まった。
水を撒いても駄目。
土をかけても駄目。
もしかするとネットを被せて光量を落としてやる必要があるのかもしれないが、家庭菜園でそこまでの設備はいささか無理でもある。

そうこうしているうちに枯れが全体に広がってきて、横で咲いているヒマワリとの対比でなにかこう災害のような様相だ。

暑いこともあり、果物類が高価なこともあり、おやつ感覚でポリポリとミニトマトを食べているという贅沢さも今年は少しセーブする必要がでてきた。

お盆用に植えた花はもっと大変で、7月末には元気だったのが、肝心の今の季節、かなり弱ってしまってお墓に供える花もちょっぴり貧弱になりそう。

ヒマワリをお墓にお供えするかどうか、もっか検討中だ。


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南海トラフ地震発生警戒という気象庁発表の「巨大地震に注意」というお知らせは、いわば「狼が来た」の1回目。
もし来なかったら次の2回目、3回目と発信すればするほど「狼が来た」と同様になってしまう危険性がある。

とりわけ「狼」の場合はまだ今現在どこにいるのか調査するればわかるわけで、来るタイミングもしっかり監視を怠らなかったら予測することは可能だ。
ところが「地震」の場合は、いつ、どこで発生するのか専門家にも予測することは不可能なわけで、
「地震が発生しそうです」
と言っても発生しない可能性も高く、率直に言って当てずっぽう。

あの阪神大震災が発生する前は関西では「関西は関東と違って大きな地震は発生しにくい」と本気で信じられていて、東京に住んだことのある人に、

「東京はよく地震がありますよ」

と言われても、

「へー」

ぐらいの反応しかできず、

「関西は地震が少ないから古人が都に選んだんだね」

と勝手に思ったりしていた。
ところがある日突然夜明けまにあの強烈な揺れが200万人以上住んでいる地域を襲ったわけで、これも誰一人専門家は地震が発生するなどと言っていなかった。
今年発生した能登半島地震も同じで、

「まさかここで」

という図式は阪神大震災と同じだった。

ということで地震の専門家が発した「巨大地震が来るかもしれない」は「狼が来た」の1回目。
私達がどう反応するかは、それも私達次第だ。


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