<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
宇宙エンタメ前哨基地






吉村昭の作品はほとんど読破したと思っていたのだが、未だ読んでいない作品を書店で見つけた。
それは「東京の下町」というエッセイ集で、先月行ってきた日暮里界隈の昔について語られている内容だ。

日暮里というところは今回の旅行に行く前からよく通るところだった。
もともと東京出張をすると宿泊はたいてい浅草のビジネスホテルにしていて、そのホテルの前を通る都バスが日暮里駅からでている。
池袋や高田馬場あたりで飲んでホテルに帰る時はバスのある時間であれば日暮里で山手線を降りる。
そしてバスに乗って宿に帰るのだ。
バスの車窓からは生地や革製品、糸などが並んだ商店が点在している風景が続く。
日暮里は繊維系の問屋街であるのだ。
私は手芸には興味はないのだが、問屋が並ぶその光景を見ると、アジアのどこかの街を路線バスで走っているような感覚にしてくれてとっても楽しいのだ。

繊維系問屋やだけではない。
肉屋があり、お菓子屋があり、個人経営の食堂がある。
日暮里は下町らしい風情が魅力的なのだ。

作家吉村昭はこの日暮里で生まれ育ったのだという。

エッセイに登場する羽二重団子は一昨年にANAの機内誌「翼の王国」に掲載されたこともあり食べによったこともあるし、JR線の西側の丘陵地帯「谷中」は先日車で通ったところでもある。

不思議な縁でたまたま家族で旅行をしてきた直後に天王寺の書店で見つけた。
観てきた風景と昔の風景を思い重ねて楽しめる一冊なのであった。



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東京滞在の最後は庭園美術館のミュージアムカフェ。
ここでケーキセットをいただいてから帰路につく予定にしていたのだ。
夕食には時間が早いし、夕食の時間まで都内をウロウロしていると大阪に戻るのがかなり遅くなってしまう。
今、カフェで小腹を満たせておけば、どこか途中のサービスエリアで標準的な定食でも夕食すれば問題はないという算段だった。

この日、天気はさして良くはなかったが2月にしては暖かで屋内の座席が満席だったこともあり外のテラスにあるテーブルについた。
ほっと一息。
やはり庭園というだけに気分が落ち着く。
カミさん、娘、そして私とそれぞれ好みに応じたオーダーをして休日最後のひとときを過ごしたのだ。
テラスの雰囲気は抜群で、そこでいただくお茶の楽しみは、まるで英国にいるようだった、と書きたいところだが実際は普通のミュージアムカフェなのであった。
改装修理前の庭園ミュージアムにはもっと素朴で素敵なテラスがあったように思うのだが、あれは撤去されてしまったのか見当たらない。
確か木製のテラスで伸縮式の幌タイプのサンシェードが付いていたように思う。
なぜあのテラスを撤去してしまったのか。
まったくの謎なのであった。

スケジュールを終了。
庭園美術館から目黒駅まで歩くと、

「え、こんなに近かったん」

とカミさん、娘ともに驚いた。
やはり同じ経路を使わずに見知らぬところをぐるっと廻る作戦は成功だった。
地域のスケール感もなんとなくわかるし、いつも新鮮に感じられるのがいいのだ。

駐車場に到着すると満車サインが灯っていたが「和泉」ナンバーは私たちの車だけ。
最後になぜか駐車場で記念写真を撮影して荷物を積み込み、ちょっとだけ整理整頓して出発した。
都内はややこしいので東名高速の海老名SAまで私が運転して、海老名SAから焼津までカミさんが運転することにした。
私も多少疲れていたので帰路は交代で運転しようということになった。

都内はややこしいので私が運転するということにした。
しかも来る時に迷ったのでわざわざカーナビをセットして首都高に入ったのだが、いきなり間違ってしまった。
でなくていい出口からすぐに出てしまうというハプニングを起こしたのだ。
首都高を走ったのはわずか数キロメートル。
一般道に出てしまったので、再び戻って高速道路を使うのも効率悪い。
結局渋谷駅前の最も混雑しているところをノロノロと通りぬけたのだった。

海老名SAは大混雑になっていた。
私は運転交代だけのつもりでここに立ち寄ったのだったが、来るときと同様にカミさんはSA内を散策したいと言い出したので好きにさせることにした。
ここは首都圏ということもあり土産物屋、飲食店などが多く、人も多いので活気があり見て回るには楽しいのかもしれない。

時刻は午後6時になろうとしていた。
早く出発しないと大阪に着くのが午前様になってしまう。

「おーい、そろそろ帰るか」
「はーい」

と二人。
自動車に乗り込もうとSAの建物から外に出ると夕日で富士山のシルエットが映し出されているではないか。

「おお、富士山や」
「ほんま、キレイやな」

私たちはこれからあの富士山のずっと向こうに帰らなければならない。
ともかく無事に帰って明日からの予定に備えなければ。

海老名からはカミさんがハンドルを握った。
私はカメラを構えて夕日の富士山をいざ撮影と準備ばんたん。
娘は走り始めると早々に寝てしまったのであった。

そういえば来るときも富士山。
帰りも富士山を眺めつつ。
ひとつのことがひらめいた。
今回3つの美術館を巡ってきた。
だがマイカーで来たことで、この富士に関するこの景色が実は4つめの美術館だったんではないかと思えてきた。
富士山に始まり富士山に終わったこの旅は、なかなか素敵な家族旅行だったなと思えたのは言うまでもない。

なお、帰り道も各SAで寄り道をしてしまったため大阪の自宅に到着したのは午前1時30分なのであった。



おしまい

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これから訪れようとしている東京庭園美術館は旧宮家の朝香宮邸であった。

初めてここを訪れたのは6年ほど前に開催されていたタイポグラフィ展だった。
なぜそのような展覧会を訪れたのには深い理由はない。
タイポグラフィに特に興味があるわけはなかった。
かといってグラフィックデザインに関連したものに興味がないわけではない。

ただ単に、たまたま東京出張のときに時間が余っていて見たいと思える展覧会がこれしかなかったのだ。
それが理由である。
つまり、

「なんでもいいから寄って行こ」

という超お気楽な感覚での訪問だったのだ。

ところがである。
私は展覧会そのものよりも庭園美術館そのものに感動してしまったのだ。

庭園美術館という名称の通りここは都会のど真ん中のに心和らぐ緑あふれるまさに庭園なのであった。
とりわけ旧宮家の邸宅である本館は戦前の洋風建築としての勉強になるばかりでなく、こころが落ち着く素晴らしい空間だった。
私のような一般の者でも圧倒される押し付けがましい豪華さはない。
日本独自の美の感覚がしっかりと守られていて、趣味がすこぶる素晴らしい位の高い知人のお家を訪れたような感覚に陥るような、そんな邸宅なのであった。
だからいわゆるヨーロッパの装飾をそのまま模倣したような趣味の悪さは微塵もなかった。
例えばどこぞの小金持ちの芸能人の家にお宅訪問をしたとしよう。
そこは障子や襖で囲われた日本の家なのに、調度品はキンキラキン。
カウンターの上には大きなマイセンのツボ。
床には頭がついた獣のカーペット。
玄関には洋風生花などが並んでいる。
といった、本人のみが悦に入ったワンダーランドではない。
その正反対のものなのであった。

そういう素晴らしい建築を家族に見せたいと思ったのは言うまでもない。

今回ここを訪れた最大の理由は展覧会の内容よりも、むしろ建物を見てもらいたいという気持ちからの訪問なのであった。
庭園美術館はそういう性質の美術館だからか、館内は撮影自由になっていた。
ストロボやムービーなどはだめだということだが、作品を含めて部屋の内装を撮影することは一向にかまわないのだという。
カミさんや娘が喜んだことは言うまでもない。

この時「装飾は流転する」という展覧会が開かれていた。
七組の国内外のアーティストによるインテリアや衣装、調度品などの装飾に関わるもので、ファンションというかインスタレーションというのか、この旧朝香宮邸の各部屋を利用した立体のアート作品群であった。

この美術館には本館の他に新館がある。
そこへは渡り廊下を通って訪れるのだが、その渡り廊下が凹凸模様を施されたガラスに覆われており晴れていると陽光が差し込み、ガラスの凹凸によって床面に美しく面白い文様が映し出される仕組みになっている。
ところがこの日は曇り空で残念ながらその面白い文様を見ることができなかった。
非常に残念であった。

「いいよ、だいたい、イメージできる」

と残念がる私にカミさんは言った。
そしてヒソヒソ声で、

「あれ、男ちゃうん」

と言った。
そこにはおしゃれ着に身を包んだ一人の中年の女がいた。
ギャラリーに静静と入っていく。
カミさんと娘はその人を小さく指してヒソヒソ声で、

「男やで、あれ。たぶん。」

という。

確かに綺麗に着飾っているし、化粧もきっちりしているが、どことなく違う雰囲気が漂っている。
ホワイティ梅田の泉の広場に時たま見かける女装のおっさんと同じ空気が感じられるのだ。

「東京やね」

カミさんは言った。

そんな言葉で片付けてよいのかどうか、大いに疑問だが、それはこの展覧会のテーマの成せる技なのかどうか。
保守的頭で凝り固まっている私など、宮様の邸宅にそういう出で立ちで来てもいいものかどうか。
不敬罪にならないか。
ならないのであろう。
21世紀はその手のタレントもたくさんテレビに出ているぐらいだから。
と諦めともなんともつかないことで私は一人合点したのであった。

つづく

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六本木ヒルズから東京都庭園美術館までの移動は来た時と同じルートを逆に辿ろうと思っていた。
が、気が変わった。
できるだけ初めてのルートを通って街の雰囲気だけでも見て回ることが大切だと思ったのだ。

考えてみれば家族で街歩きは久しぶりだ。
奈良や京都へ行くことも少なくないが、私は娘かカミさんかどちらかと二人で行くことが多く、三人そろっての街歩きは半年ほどまえに行った神戸以来かもしれない。
あの時は三宮の地下駐車場に車を駐めて、三宮センター街から元町のJR高架下の店を見てまわった。
夕食を南京町で食べたのだ。
中華を楽しみに行ったにも関わらず、その数日前に食べた横浜の中華街のある店とは比べ物にならないくらい普通の味だったのでがっかりしたことを思い出した。
正直言って餃子の王将の方が美味しかった。
横浜の店はたまたま呼び込みに引き込まれて入ったのだったが、予期していなかった美味さで店を出る時に声を掛けてくれた店の女の子に礼を言ったぐらいだったのだ。
横浜に負けているぞ、神戸!
と言いたい。

それはともかく、東京の街を歩くことは今回の旅の1つの目的のようにも思えてきた。
スマホで地図を見ると六本木から麻布十番まではすぐみたいだ。
麻布十番から地下鉄に乗ると白金台まで3駅。
そういえば10年前に乃木坂のソニースタジオで谷村有美のライブを聴いたあと飛行機の時間までたっぷり時間があったため浜松町まで夜の街を歩いたことがある。
あの時の距離を思うとかなり短い移動距離だ。

六本木ヒルズの裏手の坂道を下るとテレビ朝日の建物があった。
「お、テレビ朝日や」
「こんなところにあるんや」
と言った割にはそのまま通過。
麻布十番までは予想通り大して時間はかからなかった。
麻布十番というと数年前に放送が終了したFM番組「Saturday waitting bar AVANTI」を思い出すのだが、その話はまた別の機会に。

で、麻布十番から地下鉄で白金台へ。
これまで一度だけ庭園美術館から白金台駅まで歩いたことがある。
その時に美味しそうなローカルなドーナツ屋さんを発見したのだが、その場所がどこであったのか、果たしてそれは夢ではなく現実だったのか。
記憶がさだかでないまま庭園美術館方面にあるき始めた。

「ここらに美味しそうなドーナツ売ってた店があるんやけどな」
「へー、そこで休憩しょうか。それとも大阪へのお土産にする?」

などと言いながら歩いたのだ。
でもドーナツ屋は見つからない。

「ほんまにあったん?」
「ほんまやて」

と言っていると、

「あ、ここちゃうん?」

とカミさんが指差したのはドーナツプラントというチェーン店だった。

「ここ有名やで。お父さん、知ってたん?」

知らんわい。
私が記憶していたのはこんな感じのドーナツ店ではなく庶民的な感じがする手づくりドーナツ店だった。
だからカフェがおしゃれでドーナツをそこで食するようにはなっていなかったはずだ。

ということでチェーン店なら有名でもパス。
なぜなら、東京への美術館巡りの旅の最後は、美術館のカフェでちょっとゆっくりを予定していたからなのであった。
今回は庭園美術館のミュージアムカフェでお茶をすることにしていたのだった。

つづく

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金沢21世紀美術館に設置されている「スイミングプール」という作品で著名なレアンドロ・エルリッヒ。
アルゼンチン出身の現代アーティストなんだそうだが、この森美術館で開催されている展覧会は本人の最初の大掛かりな個展なのだという。
その作品の大きさというか奇抜さももちろんのこと、鑑賞者自らが作品の中に溶け込んでしまう、そのアイデアに度肝を抜かれるアートなのであった。

まず入って最初にあるアートは真っ暗がりに浮かぶボート。
ボートは淡い光に満たされていてゆらりゆらりと揺れている。
しかしよくよく見ると、床面には水は無く、ボートの形状と、揺れの振幅と漆黒の闇が調和してまるで深夜の海でボートが揺らめいているように見えるのだった。
あまりに暗い環境なのでiPhoneのデジカメでもきちんと撮影することが難しい。
また写真に撮れたからといって作品のダイナミックさが記録され、そして伝わるわけではない。

このボートの作品に限らず現代アートの多くは写真や映像では捉えることのできないものが少なくない。
それはインスタレーションというジャンルだからなのかも知れないが、それよりもなんでもかんでもネットで入手できる現代社会への挑戦があるのではないかと思えてならないのだ。
実際に美術館へ足を運び、触れてみないと体験できない何かを含んだアイデアが必要なのだろう。

今回の作品は鏡を多用した作品が多かった。
鏡を使うことで空間を創造する。
例えば何の変哲もない実物大のエレベータのオブジェが置かれている。
窓からその中を覗き込むと建物の床と天井を貫いて遥か下までエレベータシャフトが続いているように見える作品があった。
森美術館の置かれている場所が六本木ヒルズのタワー最上階ということもあり、このアートのために床に穴を開けシャフトを設置したのではないかと思わせるような面白さがあるのだ。

その他にもガラスを何層にも並べて雲を表現した作品や迷路のようなものもあったが、圧巻はやはり巨大な鏡を使ったアパートメントの壁面を表現した作品だろう。
実際のアパートメントの壁面は床面に設置されていて、来場者はそこに寝そべったり手摺を掴んだりして演技することにより、正面に斜めに設置された鏡にはまさに建物の壁面にぶら下がったり、よじ登ったように見えるという仕掛けなのだ。
インスタグラムが流行っていることもあり、絶好の撮影ポイントであり、家族でも、友人ともでも、恋人同士でも遊園地以上の楽しい作品が撮れること間違い無しの作品だった。

私も家族でいろいろ撮影してみたのだが、これが本当に面白い。
なんでもないアイデアと思う。
しかしそれを実行し、整理してデザインして見せるというところにおいて作品は人々に新鮮さと面白さと楽しさと感動を与えてくれるのだ。

散々楽しんで美術館を出た。
通路の窓から下界を見下ろすと昨日訪問した国立新美術館や新宿の高層ビルなどを眺めることができた。
その中に、建築の進む新国立競技場が見えたりするので、

「お〜い、あのクレーンがたくさん立っていて建築中の建物が、東京オリンピックのメインスタジアムやで」
と娘に解説もしたのであった。

下界へ降りると朝一番で乗り込んだのがやはり正解であったと思った。
なぜならすでに多くの人が入口には列を成しており各作品を楽しむために「溶け込む順番」を待つにはあまりにも時間がかかりすぎるように思ったからだ。

美術館を出るとちょうどランチ時。
私たち三人は六本木ヒルズのスタバで簡単に昼食を取って今回の最終目的地、東京都庭園美術館に向かうことにしたのだった。

つづく



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二日目の朝、といっても今回の旅は一泊二日なので最終日なのだがこの朝は7時過ぎに家族全員起床した。
昨日、浅草からの帰りに寄った宿泊先の近くにある小さな食品スーパーマーケットで朝食の材料を買い求めていた。
パンやサラダなど、大阪では見かけないヨーグルトなどなど。
カミさんと娘がミニキッチンで簡単に調理して朝の食事にしたのだった。
その間、私は今日の美術館めぐりのルートをおさらいしていた。

8時過ぎには宿舎を出発。
昨日東京に到着してからずっと駐車しているマイカーをコインパーキングから引き出して、意気揚々と目黒に向かった。
なぜに目黒なのか。
今回出発前にインターネットで調べてみたところ目黒には日曜日なら12時間駐車しても千円ちょっとの駐車場があることを確認。
東京なのに安いじゃないか。
ということでそこへ車を駐車しておいて美術館を回ろうと思っていたのだ。
行き先は六本木ヒルズにある森美術館と白金台の東京都庭園美術館。
先に六本木ヒルズにある森美術館を訪問してから、庭園美術館に足を運び、そこから目黒へ歩いて戻ってきて夕方に大阪への帰路につく予定にしていた。
だから目黒は車を止めておくのにピッタリの場所なのであった。

先にも書いたように私は東京を自分で運転することはめったにない。
だから日暮里から目黒までの正確な経路を私は知らない。
とはいえ、大体の見当をつけたら行けるだろうということで、まずはカーナビにも頼らず自力で向かうことにした。
すくなくもと秋葉原付近までは土地勘があるので迷うことはない。
まずは残り少なくなっている燃料をチャージた。
もちろん首都高は使わない。
迷子になるので。
ガソリンのチャージを完了し、昭和通りを南下して秋葉原を通過。
神田のあたりで少しばかり道に迷ったもののすぐに幹線道路にでることができてしばらくすると皇居が見えてきた。
日曜朝なので道路がとっても空いているのだ。

「ここが皇居やで」
「へー。天皇陛下はここにいてはるんや」
「もともとは江戸城やで」
「岸和田城より大きいな」
「当たり前や」
「御所のほうが好きやな」

というようアホな会話を交わす。

「ここが桜田門。井伊直弼が暗殺されたところ。」
「へ〜〜〜」
「皇居の周りってジョギングしている人が多いんやろ」
「ほら、あそこ走っている」

国会議事堂の前を通過し、最高裁判所を見て、赤坂璃宮の横を通過。
どのあたりなのかさっぱりなのだが、標識などからどうも渋谷に向かっているらしい。
方向が少々ずれているように思うのだが、かなり適当な東京見物になっているのでちょうどいいような気がした。
カミさんも娘も喜んでいるし。
青山学院大学が見てきたところで、このままでは迷子になると思いカーナビで目黒駅をセット。
カーナビの案内に沿って移動することにしたのだった。

予定通り目黒駅近くのコインパーキングにマイカーを駐車。
目黒から恵比寿まで一駅だけ山手線で。
そこから地下鉄に乗り換えて昨日に引き続き六本木に出た。
今度は目指すは六本木ヒルズ。
今回の美術館巡りで最も混雑が予想される展覧会「レアンドロ・エルリッヒ展」を鑑賞しようとしていたのだ。
時刻は午前9時50分。
開館時間にちょうどいい時間に到着した。

つづく

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チェックインを済ませて晩御飯を食べに行くことになった。
大阪を出てから東京までドライブしてそのまま六本木の美術館へ行っていたので、連続16時間ほど動きっぱなしになっていた。
なのに疲れは少なかった。
普段と違うことをすることがいかに重要なのか。
疲れを知らないこの一日に私は非常に驚いていたのだ。

滞在場所が日暮里だったということもあり、家族での夕食は最も東京らしい場所を選ぶことにした。
つまり「浅草」に行くことにしたのだ。
これは予定通りの計画で浅草は私の出張時のホームグラウンドでもあり最も東京らしい香りがする、私の好きな場所でもある。
だからそもそも家族で夕食は浅草がいいかもと思っていたのだ。

宿の近くにはバス停がありそこを浅草寿町行きのバスが通っていた。
しかしそれには乗らず「台東区北めぐりん」というコミュニティバスに乗ることにした。
普通の都バスはよく利用するのだが、コミュニティバスなどめったに利用することはない。
なのでこの際、家族でミニバスも悪くないと思ったのだ。

やってきたバスは乗客1人のガラガラ状態。
私達は一番後の席に陣取り、じっくりと北めぐりんの旅を楽しむことにした。

乗る前にバスの経路のチェックなどまったくしなかった。
このためにバスがどこを走り、どこに向かっているのか皆目わからない事態に陥ってしまったのだ。
はじめバスは入谷方面から東に向かって言問通りを進むかに見えた。
だがすぐになにやら狭い道に入って私は現在地がわかななくなった。
ローカルな食品スーパーがある。
蕎麦屋がある。
怪しげな薬局がある。
バスは右に曲がり左に曲がり。
東京下町の景色が展開されるもののいつ浅草に着くのやら、少々不安になってきた。
もしかすると浅草に向かっているとこっちが思い込んでいただけなのかも知れないとさえ思った。
これはまるで海外で路線バスに乗っている感覚だ。

外は暗く店の看板なども見るのだが、知らないところばかりで迷子になってしまったのは間違いない。
いやいや。
路線バスに乗っているのだから正確には迷子ではない。
バスがどこかに連れて行ってくれる。
そのうちバスが停車して、

「ここで運転手が交代します」

などという。

途中でバスの運転手が交代するのを見るのは高速バスに乗ったときかタイのチョンブリからバンコクへ帰るときに利用した各駅停車の路線バス以来の出来事だ。

時刻も午後7時を過ぎ8時に迫ってきている。
かなり腹が減ってきた。

ここで一つ心配が浮上してきた。
浅草の夜は早い。
もし八時を過ぎると開店している店が激減する恐れがある。

私は数年前に浅草の町おこしコーディネートをしている人と交流会で話をしたことがあるのだが、ここは世界的観光地にも関わらず個人商店が多く、しかも生一本な江戸っ子気質のため、

「お客の都合なんて考えてらんねえよ」

とばかりに夜はさっさと店じまいしてしまうのだという。

「遅なりそうやな」

と腹をすかせていると思われるカミさんと娘に言ったところ、

「東京の街を見物できて、なかなかええよ」
「いろんな店があるな」

という返事が帰ってきた。
予想に反して二人はコミュニティバスから眺める東京の下町の風景を楽しんでいたのだった。

東武浅草駅で下車した時、すでにバスに乗ってから40分ほど経過していた。
時間がもったいないような気がまだしていたのだが、ともかくまずは雷門で記念撮影をすることにした。
雷門。
赤い提灯。
ここへは何度も来たことがあるが、その都度、

「記念写真なんか撮らんでもええやん」

と観光客の姿を見ては思っていたものだ。
でも自分自身が家族で来てみると、やっぱりここで撮影することになったわけで少し新鮮な感じがした。
その後仲見世を歩き、浅草的な何軒かの古びたレストランを覗きながら六区へ歩いた。
でもなかなか好みのレストランが見つからない。
方向は違うが駒形どじょうなんかも良かったかも知れないと思ったところ、

「神谷バーへ行こうか」

とカミさんが提案してきた。

前回カミさんと二人で浅草に来たときに神谷バーへ入って「電気ブラン」を飲んだことがあり、それを鮮明に記憶していたのだ。
あの時カミさんは電気ブランに「プチ」と口を付けただけで、

「これは……….あかん」

と言い、残りのすべてを私に飲ませたのであった。
そもそも下戸なのに電気ブランなんて頼むな、と私は言いたい。
仕方がないので私はビールをチェイサーに電気ブランを飲み干したのだったが、できれば二度と飲みたくない冒険のように思えたのは記憶にまだまだ新しいのだ。
東京発祥の飲み物。
電気ブランとホッピーは、すくなくとも関西人の飲むアルコール飲料ではないことは間違いない。

もっとも娘はまだ二十歳前なので酒を飲ますわけにはいかないが、浅草を代表するお店の一つを体験させるのもいいのではないかということこで、観光客とわけの分からないビジネスマンでごった返す神谷バーに突入。
食券を買うシステムに物珍しさを感じていた娘なのであったが電気ブランは飲まなかったのは言うまでもない。

つづく

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新進作家の展覧会は面白いものが少なくない。
著名な作家と違って先入観と事前の刷り込みが無い分だけ楽しむことができる。
つまり新鮮なのだ。

「DOMANI・明日展」はそういう驚きの連続で、内容もバリエーションに富んだものであった。
写真、インスタレーション、イラスト、絵画などなど。
どれもこれも面白いものであった。
とりわけ私の興味を惹いたのは西尾美也、中谷ミチコの二人の作品だった。

西尾美也の作品はナイロビ在住の黒人男性が東京の街中で無差別に、

「服を交換してくれませんか」

と声をかける。
それで交換に応じてくれた人と服を着替えてから一緒に写真を撮るというものであった。
これは往年のウィッキーさんを連想すればわかりやすいと思う。
彼の場合は英語で話しかけるというものだったが、今回は日本語で。
ただし内容が服の交換という少々変な内容ではある。

このアイデア。
相手は男性の場合もあるし、女性の場合もある。
見知らぬ黒人男性に声をかけられてよく服を交換してくれるものだと感心もした。
しかも女性でも応じる人がいることに東京という街の面白さを感じたのであった。

ちょうどこの日、この西尾美也のトークイベントがありこのアート作品の背景を聞くことができた。
ケニア人の訪日ビザを取ることの難しさや、とってから連れてくることの難しさなどが紹介されていた。
このひとは今は奈良県立大学の講師をしているということで、もしかすると地元でも何か話を聞く機会があるかもしれないと思った。

もう一人印象に残った中谷ミチコの作品はなんと言えばいいのか。
絵画なのか、彫刻なのか、それとも紙の造形物といえばいいのか。

プラスターのようなものを用いて人や鳥の形状を彫り込んで、それに着色してガラスを嵌めた造形物。
一見絵なのだが、よくよく見ると彫り込まれた陰影が光の加減で飛び出して見えたり、角度によっては違った表情に見えたりしてかなりユニークなものなのであった。
こういう手法があることに驚くと同時に、いいアイデアを得たという満足感も加味して非常に楽しませていただいたのであった。

このように、国立新美術館はその退屈な建物とは裏腹に展示会そのものは十分に楽しむことのできる内容で大満足。

ただ見終わったあとにミュージアムカフェでお茶でもしようかと思ったもののその気にならず、地下にあるミュージアムショップを訪れたが、なんとなく趣味に合わずすぐに美術館を出てしまったのだった。
要はギャラリーそのものは楽しくても、それを演出するすべてになにかとっても欠けている美術館なのだった。

「どっかでお茶でもしたいな」
「スイーツ食べたい」
「足がつかれた」

などと言いつつ乃木坂駅方面へ歩くとダウンステアーズカフェというのを発見。
ここはメルセデスのショールーム兼カフェで、大阪でもグランフロント大阪の北館にあるのだが、いつ行っても満席でまだ店を利用したことがなかった。

「ここにしょうか?」
「ええとこやん」
「初めてや」

たまたま空いている席があったので少し足安めをすることにした。

それにしても自動車のショールーム。
それもメルセデスという高級ブランドのショールームがカフェになっているのはかなりオシャレだ。
場所も大阪ではなく東京の乃木坂というところに雰囲気の価値を感じた。
立地条件は場を構成する上で重要ポイントだ。
グランフロント大阪もすごい。
けれどもやはり旅で訪れた東京というのがポイントで、ここで体験する高級感のあるリーズナブルさが素敵に思えた。
私とカミさんはここでエスプレッソコーラなるものをオーダー。
スタバファンのカミさんも初めてのメニューに大いに満足したのは言うまでもない。

「さすがやわ」

と、何が流石かはわからないがリッチな雰囲気を楽しんで体力も回復したので表通りに出て駅に向かってあるき始めると妙なレストランの看板が目に留まった。

「見て。これ」
「何?」
「タイ料理とペルー料理。」
「ヘンなの」

乃木坂駅へ下る階段までもうすぐということころでタイ料理とペルー料理を一緒に出しているレストランを発見。
こういう全く関係のない種類の料理を出すのは一体どういう発想なのだろうか。
私の地元には焼肉と寿司とうどんを同時に出すレストランが有るのだが、それもそれ。
なんとなく「食えればなんでもいいべ」という考えに思われ、限りなくグレーな味を感じるのであった。

やはり首都だけに東京は外食店数ナンバーワンの大阪に負けないくらい変わったレストランもある都市なのであった。

つづく



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今回の旅を計画した時、実は最初のランチは国立新美術館の近くにあるはずのデンマーク料理屋さんを予約しようと思っていた。
そこは日本で唯一のデンマーク料理屋さん。
もちろん大阪にはない。
私は取引先との懇親会などで年に1度程度訪れていたのだが、味も悪くないし雰囲気もよかった。
だからいつか家族で来てみたいと思っていたのだ。
ところが今回の旅の直前にいざ予約を入れておこうと思ってネット検索すると、なんと昨年に閉店していることを知った。
あー、なんてこった。
と思った。
せっかく楽しみにしていたのに。
と。
私はしばし愕然とした。
また辞めた会社で時たま訪れたスポットがなくなったことに、また寂しくも感じたのだった。

そんなデンマーク料理屋さんへ向かうのとほぼ同じ行程を歩いて行く。
カミさんと娘はあいかわらず好奇心旺盛になんじゃかんじゃ言いながら歩いている。
傍から見るとなんと思われるだろうか。
ふたりとも大阪弁丸出しで話しているので、昔なら大いに迷惑がられるところなのである。

そんなこんなしながら国立新美術館の表玄関に到着した。

ガラス張りで湾曲したデザインの建物。
私はこの姿を見て少しがっかりした。
いや、かなりがっかりした。
私には美術館や博物館のような文化施設にはある種の期待を持っているのだが、それが裏切られたような気分になったのだ。

美術館というものは伝統的なデザインであれば重厚であるべきだと私は思っていた。
また近代建築の流れであれば大胆であれとも思っていた。
ところがこの建物。
つまらいといったらありゃしない建物だったのだ。
美術館というよりもどこか田舎の地方都市が国から満額助成金をもらってので、思いっきり粋がって町長主導で地元の土建屋を動員して作った図書館のでかい奴、ぐらいにしか見えなかったのだ。

中に入ってみると、その詰まらなさはさらに膨らんだ。
まるで役所のようなロビー。
ガランとした吹き抜け。
似たような吹き抜けに有楽町の東京国際フォーラムのほうが遥かに美しい。
ここはカフェとレストランが円錐形を逆さまにしたような浮島上に作られているのが唯一のポイントか。

設計者は黒川紀章なんだという。
黒川紀章の最後の作品。
もしかするとかなりボケていたのかもわからない、と思った。

この美術館の無粋さ華のなさに現れていたのだと思う。
三階建て。
同じ形のギャラリースペースがアパートメントみたいに並んでいる。
まるでビッグサイトかインテックスという感じの間取りだった。
もしかすると美術館で経営が成り行きが立たなくなったときに展示会場にでもするのではないかとさえ思った。

この美術館は没個性の典型的な箱物としかいいようがなかった。
単純すぎて、かえって利用者にとってわかりにくいところがさらによろしくなかった。
まずアパートみたいな構造なので、チケットがどこで売られているのかよくわからない。
受付で、
「展覧会のチケットはどこで売っているんですか」
と聞くと無愛想に、
「各展示会場でお求めください」
と教えてくれるのだが、それ以前に訊きにくい雰囲気がただよっているために気の弱い人は訊くのをやめて自力で館内を探そうとするのではないかと思ったくらいだ。

美術館のチケットは美術館入口にあるというのが一般的だ。
ところがここは各アパートメントの入り口にあるのだという。
わかるかい、そんなの。
各アパートの入り口で受付テーブルを置いてチケットを販売、というなんとも無粋な方法なのだ。
美術館というのは映画館や劇場と同じで、チケットを買うところからアートな雰囲気を堪能できなければならない。
ワクワク感。
ドキドキ感。
そういうトキメキが必要ではないだろうか。
ここにはそういう要素が大きく欠けていたのだ。

それとエレベータやエスカレーターの配置も人のことをあまり考えていないらしく場所がわかりにくい上に使いにくい。
エレベータなんぞは規模の割に台数が少なくベビーカーを押した客がやってくると歩行者は利用を諦めなければならないような代物なのであった。

ここへきてこの建物。
もしかするとせんだいメディアテークのパクリではないかという印象が生まれた。
あっちは図書館とアートが融合した情報センターだが、ここと比べれば規模は遥かに小振りながら多目的ということであればデザインは遥かに整っているし、行きたい場所には迷わずたどり着けるようになっている。
メディアテークも著名な建築家伊東豊雄の作品だが、私は遥かにそっちのほうが好きだと思ったのであった。

この国立新美術館へ来た目的は「未来を担う美術家たち 20th DOMANI・明日展」を見るためだった。

このDOMANIは1月に東京へ出張で来たときに日比谷文化館でその一部を展示していて、
「これはうちの娘に見せなければ」
と思った若手養成を目的とした文化庁のイベントであった。
優秀な若手に国から助成金を出して海外修行をしてもらうというような内容で、本展はその成果発表でもあるわけだ。
この美術展を知ったことが今回東京まで足を運ぶきっかけになった。
いわばメインのイベントでもあった。

つづく



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東京と大阪の公共交通は本数の多さ、混雑の度合い、どれをとってもだいたい似たようなだが路線数は東京のほうが多いし、1編成あたりの電車の長さも長い。
でも圧倒的な違いは運賃だと言えよう。
東京は公共交通の運賃が大阪とくらべて1割は安いのだ。

だから山手線に乗る時に駅でICCOCAに現金チャージをしているカミさんと娘を見てびっくりした。
二人は自分たちのカードに3000円をチャージしようとしていた。

「おいおい、そんなにチャージせんでええで。」
「なんで?」
「東京は安いねん。電車。」
「えー」
「今日と明日で1000円ちょっともあればええよ。」

昨年夏に東京に娘を連れてやってきた時、
「大阪とどこが違うん」
と感動の殆どないことにびっくりしたのだ。
その原因は連れて行った場所が竹橋の国立近代美術館であり上野の西洋美術館だけだったからかも知れず、私は大いに驚いたものであった。
三十数年前に私が初めて上京した時は1杯800円のカレーライスに度肝を抜かれ、

「これは......こんな物価の高いところに住まれへんで」

と思ったら、神様が希望を叶えてくれたのか東京の大学は不合格。
浪人はだめだったから仕方がないのですべり止めの大阪の大学に入学したのだった。

今回初めて娘はカミさんと一緒にビックリした。
公共交通が安い、ということでビックリしたのであった。
現金というかなんというか。
やはり関西人なのであった。

山手線で有楽町へ出て日比谷線に乗り換えた。
日比谷線で六本木へ。

昼ごはんは六本木のどこかで食べることにしていた。
せっかく東京へやってきたのにチェーン店や安直なところは詰まらないと思っていた。
これまでカミさん、娘それぞれ別々に東京へ来たことはあったのだが、家族3人でそろって出てきたのは初めてだったのだ。

食事をしたら国立新美術館に行くつもりだったので、ミッドタウンでレストランを見つけようと思っていた。
ミッドタウンは少しばかり高級っぽいところが多いので今回の「できるだけ安モン旅行」のコンセプトからすると完全にずれているのだが、花のお江戸で初の家族での食事。
それなりのところにしようと思ったのだ。
正午も近いのでさっさとミッドタウンへ向かおうと思ったら、カミさんと娘はあっちへうろうろ、こっちへちょろちょろとしてなかなか前へ進まない。
土曜日の昼ということもあり六本木界隈はガラガラで、とりわけ乃木坂方向へ向かう人はまばらで、それだけになんだかどんな店があるのか、こんなメニューがあるのかと店頭に立ち止まっては観察している二人なのであった。

ミッドタウン入口角にあるスタバに立ち止まったら動かなくなった。
スタバなんかどこにでもあるやろ、と思って、

「お〜い、はやく〜〜」

と声をかけたが動かない。

「ここリザーブ店やねん」

とカミさんは言った。
スターバックスには一般店舗の他にスペシャルメニューでアルコール類も提供するお店があって、それがリザーブ店なのだという。
店員さんは全員が黒のエプロンを付けた正式のバリスタで構成させているプロフェッショナルなお店なのだという。
このリザープ店、実は大阪にはない。
関西では神戸にあるそうだが行ったことがないので、ここミッドタウンで遭遇するのが初めてということになった。

いくら特別のお店でもスタバで初食事はしたくなかったので幾つかのレストランやカフェを見て回った結果、1階にあるとあるレストランに決定。
健康とダイエットに気遣う娘の思考にもマッチしたサラダの種類も豊富で、私もそこそこのボリュームで満足。
価格は流石に安いとは言えなかったものの、それなりに楽しむことのできたランチタイムなのであった。

つづく


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