<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
宇宙エンタメ前哨基地



なんとなく息苦しい時代なのだ。

学童を相手に犯罪を犯した教員の免許の復活を認めるの認めないのという議論が渦巻いている。
普通の感覚からすると児童を相手に性犯罪を犯してしまった教員の免許なんぞ復活させるということ自体が「おかしい」と思わなければならないのに、それを陸続けするために、あれをしては駄目、これをしては駄目とどこかの野党のように議論ばかりするものだからおかしな具合になってしまう。
そんな世の中息苦しっくてしかたない。
日本人は議論よりも情と慣習で処分することのほうが得意なので、論理を振りかざすとろくなことはない。

で、何がいいたいのかというと、教員と生徒との個人的交流は一切禁止するというのが意見として出てきており、わけがわからない。

これでは往年の人気テレビのコメディ番組「奥様は18歳」なんぞありえんことになり再放送禁止になってしまうのではないかと思われる。

「奥様は18歳」は50代以上の世代の人にしかもうわからないかもしれないが、石立鉄男演じる教師と岡崎友紀演じる女生徒が実は夫婦であるが、それは秘密になっており知っているのはその学校の校長先生だけ、というコメディだ。
私は小学生、中学生の時にこの番組の再放送を見てそれなりに面白いと思っていた。
もちろん今でも一部の人にはお気に入りのドラマかもしれない。
しかし先生と生徒が夫婦というシュチュエーション自体、今議論をしている(変な)人たちによるとご法度かもしれず、同性愛者や肥満した人を揶揄すると叩かれる状況と同じ事態が発生する可能性がある。
畢竟、ドラマの再放送はありえず(古すぎてフィルムが無いかも)お蔵入りということも考えられる。

この論理が通じると、たとえば高橋留美子の名作コミック「めぞん一刻」もご法度になる。
これは主人公の一人・音無響子の亡くなった旦那さんは音無響子の高校時代の担任の教師であり、それがドラマの重要な背景になっているだけに、お蔵入り必須である。

ということで、どうなる「奥様は18歳」。


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大阪での新型コロナ変異種の感染者激増により「大阪府下の聖火リレーは中止」とあいなりました。
私の知人も一人、聖火ランナーで走る予定になっていたので公道を走れないとなるとかなり残念かもしれない。
でも吹田にある万国博覧会記念公園の中を走れるのだからカタチだけでもあってよかったと思うべきなのが今の情勢だろう。

ところで私はオリンピックの聖火リレーを見たことがある、ことになっている。
「ある、ことになっている」というのは全く記憶にないからであって、なぜなら私はまだ1歳だったからだ。

一昨年亡くなった母の話によると、
「堺の一条通でお前を抱いて聖火走るんを見たんやで。お前も見取ったがな」
ということである。
1歳の私は1964年の東京オリンピックの聖火リレーを大阪府堺市の一条通交差点近くで見ていたことになっており、その話を聞くたびに、
「ふ〜〜ん」と言っていたものだ。

半世紀以上ぶりの大阪での聖火リレーは残念ながら中止。
決断した吉村知事を非難する人もいると聞くが私の周りにはそういう話を耳にすることもない。
コロナの拡散は誰の責任でもなく、予想し、防ぐことが困難なものでもある。
むしろ、このような状況で皆で歓迎できない聖火リレーに意味があるのかどうかと考えることもないことはない。

今回の聖火リレーはランナーのためのイベントなのだろうか。



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「非常事態宣言が出たので出張を延期させてください」
「飲み会は今はだめなので、また次回」
「プロジェクトは暫くペンディングです」
「今日のセミナーは交流会無しです」
というのはこの一年、あちらこちらで耳にしたセリフ。

新型コロナ禍を原因をして、出張は思いっきり減るし会食はゼロ。
セミナーが始まっても交流会がないので名刺交換を真面目にやらないとならないので堅苦しい。
そんなこんなで大変な状態が続いているが、このコロナ禍を逆手に取って都合のわるいものを断る事例も存在する。

「コロナなので打ち合わせはWEBで(=ホントの理由→たいして重要な会議でもないのに、交通費と時間を使ってそんなところまで行けるかい)」
「今は会食するなと言われているので(=ホントの理由→あんたとなんか飲みたくない)」
「チケットが限定で手に入らないよ(=ホントの理由→S席18000円のチケットなんか2枚も買えるかい)」

と、気がつけば自分自信にも覚えがあることも気づかもしれない。

そんななか、コロナを理由に東京オリンピック欠場を宣言した国がある。
そう、とある半島の付け根にある将軍様の鬼ヶ島のこと。

「新型コロナに不安がある。選手の命を守るために東京オリンピックを欠場します。」
が正式理由。

でも、そのホントの理由はたぶん、
「将軍様とアメリカ大統領の会談でもホテル代が出せないんだぜ。オリンピックなんかに行く予算、あるはずない。」

ま、どうでもいいですけど。


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テレビに出てくる人はもしかすると全部で100人もいないんじゃないかと思うことが少なくない。
例えばコマーシャル。
出てくる人といえばほおとんど同じタレント。
人気があるから出演しているのかもしれないが、悪く言えば扶安なタレントの使い回し。
出ている顔はというと橋本環奈、本田翼、深田恭子、芦田愛菜、IKKO、指原莉乃、吉岡里帆
製品は違うが、出演者がいつも同じなのだ。

バラエティショーの司会を見ると、決まった顔ぶれがさらに多くなる。
有吉弘行、マツコ・デラックス、加藤浩次、恵俊彰。
朝も昼も夜も同じ顔。
何か特別な理由でもあるのかと勘ぐりたくなるが、それだけ製作する側に創造性や冒険心がないからだろう。
「この人を使えば無難なんだ」
なんといってもサラリーマン。
危ない橋を渡って消されたらたまったもんじゃない、という感覚があるのは間違いない。
しかも朝のワイドショーなんかの場合、発言はあっちへころころ、こっちへころころ。
無責任のオンパレード。
「そんな発言しても差別じゃなきゃ問題ない。だって漫才師なんだもん。」
という感覚が伝わってきてたまらない。
もうテレビはやめてネットをみることになる。

ということでテレビは見れば見るほどもう要らないんじゃないかと思えてならない20世紀の遺物で、出演者の固定や発言の無責任さとバカさ加減は21世紀に入って21年放置している20世紀の腐敗臭気の一種かもしれない。


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あの学校にも行かずに「環境が悪い!」と常に怒りを顕にしているグレタ・トゥンベリー。
縁もゆかりもないのにこの娘の銅像を建てた酔狂な大学が英国に現れた。
ウィンチェスター大学。
ウィンチェスターといえばジョン・ウェインが映画の中で持っていたライフル銃を思い出すが、この場合は英国の地名なのだ。
キング・アーサーにゆかりのある歴史の街なのだが、何を思ってグレタ像を建立したのか。

この意味不明のグレタ像建立にかかった費用が約360万円。

大学というところは少なくとも日本の場合、お金をいかに工面するのか終始汲々としているというイメージがある。
とりわけ国立大学は大変だ。
私が知りうる限り、旧7帝大でさえ予算獲得に苦労している。
よってどこの馬の骨か、中国の回し者かわからないような者を銅像にしようなどという発想が出てくるわけがない。
今回のニュースを知るに及び、海外の大学はもしかすると予算が有り余っている上、コロナで頭がおかしくなっているのではないかと疑ってしまったのだ。

こんな銅像、どこかの国の少女像と同じように不愉快で無意味なものに感じるのは私だけだろうか。


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「窓を濡らさずにワイパーを動かさないでくださいね」
と言ったのは今朝のNHKのラジオニュース。

黄砂を払わずにワイパーを動かすと自動車のフロントガラスに傷がつくというのだ。
私は傷をつけたことはないけども、車の上に黄砂が積もってそこに雨が降ってシミになるのが大いに迷惑ではある。

それにしても中国の迷惑なこと。

黄砂にPM2.5。
挙句の果てはコロナウィルス。
ミャンマーでは国民を撃ちまくっている国軍を支援。

でも、何も言わない我が国の外務省。
どうなっとるんじゃい!


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自転車の制限速度が標識がない限り60km/hだということで、ふつう「そんなに早く走れない」となるので問題になることはない。
でも、もしそれがアシスト自転車ならどうなるのか。
これも併せて調べてみた。

結論から述べるとアシスト自転車のアシスト機能は時速24kmを超えるとOFFになるという。(ヤマハのWEBサイトより)
したがってママチャリにアシスト機能の付いている一般的なアシスト自転車は時速24km以下で走ることを前提にしているということか、というとそうでもないらしい。
アシスト自転車のアシスト機能制限は時速24km以上で走ることは法律で制限されているという。

これもまたびっくりなのであった。

つまりアシスト機能を使って24km/h以上のスピードで走るときはおそらく原動機付き自転車の部類、あるいは自動二輪の部類に入ってしまうのではないかと私は想像している。
今現在調べていないので確証はないのだが、きっとそうだ。
従って各自転車メーカーはアシスト機能のあるものには24km/hのリミッターを付けて、それ以上のスピードになると自動的にアシスト機能が停止して自力走行になるのだ。

では、最近流行りだした電動アシスト機能付きのロードバイク、所謂e-bikeはどんなんだ、というと、やはり24km/hでアシスト機能が切れてあとは自力走行になるらしい。
25km/h以上でもアシストが機能する自転車はいわばモグリの電動ロードバイクということが言えそうだ。

そういえば私んちにもアシスト自転車が1台あり、日常の買い物を主にカミさんと二人で利用している。
パナソニック製の製品なのでもちろんモグリではない。

ある日のこと、この自転車で10kmほど離れたJAの直売所へ行ったことがある。
このJAの直売所は国道脇にあるのだが、ちょうど国道が長い坂道を上がった山の麓に位置していて普通の自転車で行くと結構体力が必要だ。
だからアシスト自転車で行くと楽ちんだと思ったのだ。

私は少し距離のある移動はクロスバイクを利用しているのでママチャリよりは早く走る。
堺の実家に行くときも時々このクロスバイクで走る。
畢竟、時速は24km以上で走るところが多いので同じ感覚でアシスト自転車を漕いだのだった。
するとなんと、クロスバイクよりもペダルが重いではないか。
楽に登れるはずの坂道もゆ〜〜くりなら登れるのだが、少し力を入れると圧倒的にクロスバイクの方が楽ちんだ。

この衝撃的な経験は「アシスト自転車ってなんなのよ」という疑問を生んだ。

今回この疑問が氷解したわけで、アシスト機能と言えども動力が付いている限り、それは純粋の自転車ではない。
だから制限速度もあり、法的にも色々縛られ、変な自転車を買ってしまうと罰せられる可能性もなきにしもあらず。

ともかく高価なe-bikeを買うのであれば、その半額のロードバイクを買うほうが経済的だしスポーティでいいと思う。
だからといって「e-bikeならこれくらいだけど、その半額のロードバイクでいいから買って」と言ってもカミさんの合意が取れるかどうかは不明でもある。


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「私は時々自転車で堺の自宅から泉州地域(大阪南部)にある大学まで行くことがあるんです。」
「へ〜、そうなんですか。どれくらい時間かかります?」
「だいたい30分ですね。」

あるネット交流会でその某大学の名誉教授の先生は言った。
正直びっくりした。
なんて脚力なんだ、と驚いたと同時に、
「きっといい自転車に乗ってんだろうな....羨ましい:
と思ったのだ。
その先生の大学があるのは関西空港の近くの山側で堺市からだとだいたい30km離れている。
この距離を30分で移動ということは時速60kmで走っているということになる。
名誉教授なのでもちろん定年されている年齢なのだが、なんと凄い肉体をお持ちんだろう、と感動し、我が脆弱な肉体を恥じたのは言うまでもない。

こんなへなちょこの私だが、たまに自宅から実家まで自転車で走ることがある。
私は関西空港まで南下しないがやはり泉州地域に住んでいて実家は堺。
名誉教授の先生とは反対方向で距離にして約20km。
しかし先生と違って早くなく、これまでこの20kmを走った最短時間は50分ちょい。
時速にして20kmちょいなのであった。
実際の最高速度は60kmは出ていないとしてもiPhoneアプリの記録を見ると時速40kmちょいは出ているところもあるし、20kmを1時間前後なので走っているときは30km/h代になるかならないかと思っている。
でも交通ルールを守ると赤信号でどうしても止まることになり20kmを走るのに1時間を切るには、ちょっと信号でインチキをする必要が出てくるのだ。

先生の発言にはいささか脚色の傾向がないこともないと思うのだが、実際に国道26号線を爆走するロードバイクのなかには自動車と似たような速度で走っている者もいるのは事実であるし体育系の先生ならそんな速度で走るのだろうと信じられないこともないのだ。

この交流会のあと、ふとある疑問が浮かんだ。
それは、「自転車の制限速度って、あるの?」ということだ。

そういえば原動機付き自転車は法定速度30km/hというのがある。

私は大学1年のときに自動車学校に通って普通運転免許を取得した。
取得したあと、車は買えないので原チャリを買った。
電車での通学が面倒くさい大学だったので通学に原チャリを使おうと思ったのだ。
大学までこの原チャリで通うことにしたのが大学2年生の時。
私の堺の自宅から大学のある大阪府河南町までは片道15kmぐらい。
今なら原チャリなのどに乗らずに自転車で走る距離なのだが、当時から私はヘタレ気味であったのでペダルを踏まずに走れる原チャリを選んだのだ。

この初めて原チャリで初めての違反切符を切られた。
その時の違反は「踏切一旦停止せず」というやつだった。
捕まったのは通学時ではなく買い物に阿倍野橋へ向かっている時に南海電車の踏切で捕まってしまったのであった。
踏切を通過した時。すぐ後ろにパトカーが付いてきていることにちっとも気づかなかったのが非常にマヌケで強く印象に残っている思い出なのだ。

しかし、この警察に呼び止められたのはこのときが初めてではなかった。
この初めての違反切符を体験する数週間前に通学途中の府道脇で検問をしていた警察に呼び止められたことがあった。

「きみ、原動機付きバイクは制限速度30kmやで。遠くからみていたらエライ飛ばしてたやん。アカンよ。今回は堪忍したるけど。」
とお灸を据えられて開放されたことがあった。
私がシオシオとしていたのであろう。
切符は許してくれたのであった。

で、そんなことも思い出しながら、
「原チャリに制限速度があるのだから自転車にもあるだろう」
と調べてみたら、なんと自転車の制限速度は道路交通法に規定がないことがわかった。

これもびっくりであった。

ある程度予想をしていたものの、自転車も車両なのに制限速度に関する規定が明記されていないとは。
しかし調べてみると規定はされていないが、規定のないものについてはその道を走る最も早い車両の速度が制限速度となるということなので、なんでも自転車の場合は自動車の60km/hが該当するという。
自転車で時速60km/hはなかなか出せる人はいないと、一瞬考えたのだが、あの先生なら出せるわけだ。
しかも到着するまでの単位時間の速度が時速60kmということなので、信号を守ったりしていることだろうから実際はもっと早く走っていることが考えられる。

ということで自転車の制限速度は60km/hということがわかった。

先生は信号無視はしていないと思うが、スピード違反をしている可能性があることがわかった。
そのうちネズミ捕りで捕まって切符をきられることになるんじゃないかと思われ、次回お話をお聞きするのが楽しみになってきたのであった。


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「命の救援電車」を読んでいて副産物として得たのが「御堂筋が完成する前の大阪のメインストリートはどこだったのか」ということだった。

このこと、あまり考えてこなかった。
大阪といえば地元大阪人の私達にとっても御堂筋であり、これは不動のポジションである。
ちなみその不動の御堂筋は府道ではなく国道である。

しかし御堂筋は私の父母が生まれた頃の昭和8年完成で、それ以前は存在していなかった。
いや、存在はしていたが幅の狭い路地のような筋(大阪では南北の通りを筋といい東西の通りを通りという。私はこれをAvenueとStreetの違いみたいなもんと外国人には説明するようにしている)はあったが、間違ってもメインストリートではなかった。
どちらかというとそのあたりは心斎橋筋がメインであったはずだ。

ではいったいどこがメインストリートだったのか。
その回答がこの本に記されていたのだ。
しかもごく自然に。

御堂筋の一本東の大通りと言えば堺筋。
この堺筋が元々の大阪のメインストリートなのであった。
ここは北方向一方通行の大通りでその下を地下鉄堺筋線が走っている。

私はこのことを知るに及び、多くの謎が氷解するのを感じたのであった。

それは何かというと、なぜ大阪の大企業の多くがその本社を堺筋とその近辺にもっているのか、あるいは持っていたのかということだ。
例えば重要文化財になっている野村證券やコニシボンドの本社建物、オフィス家具のイトーキなどの本社は堺筋にあったし、今もおいているところがある。
三井グループの総元である三越の大阪本店も堺筋にあったし、高島屋は今も堺筋に店を持っている。
それに大企業よりもなによりも大阪証券取引所は堺筋と土佐堀通りが交差する北浜の交差点にある。

そういうことでこういう重要拠点がなぜこの通り沿いには多いのかという謎が一気に氷解したのであった。

さらに追加すると大川(旧淀川)にかかる橋の名前が御堂筋は淀屋橋(中之島の南側)と大江橋(中之島の北側)なのに堺筋は「難波橋」。
名前だけから考えると難波橋のほうがランク上のような感じがしていた。
欄干にライオンの彫像があることからライオン橋などという別名があるのもこの橋だけだし、中之島で北側と南側の名前が分断されていないのもこの橋だけだ。

千日前通りより南側の堺筋は大阪の秋葉原ともいえる日本橋の電気街があっていささか品位に欠けるところがあるものの、なぜ千日前通りより北側が威厳に満ちていたのか。
しかも道頓堀も堺筋より東側に劇場が存在したのに、なぜ御堂筋から西側に劇場が存在しないのか、という理由もよくわかったのであった。

ということで堺筋の謎が少しばかり溶けたということで、街歩きの楽しさが少しく増すかもしれないとと思っている副産物なのであった。



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第二次世界大戦前に開通していたフル規格の地下鉄は今で言うところの東京メトロ銀座線の浅草〜渋谷と大阪メトロ御堂筋線の梅田〜天王寺だけだった。
東京メトロは開業時から私鉄で大阪メトロは当時というか、つい最近まで公営鉄道だった。
双方第三軌条方式といってパンタグラフがなく線路の横に敷かれた3本目のレールから給電をうけるという方式の電車なのだが、これはこのブログの本題には関係はない。

何を言いたいのかと言うと私は長い間、この両地下鉄は戦時中はどうなっていたのか、ということが気になっていたのだった。

例えば原爆が落ちた広島の鉄道は壊滅的な被害を受けていたと思っていた。
ところが柳田国男のノンフィクション「空白の天気図」を読んだところ原爆投下の当日の午後2時に広島駅発西条駅行きの列車が出発していたことを知ることになった。
当時は自動列車制御装置もないし、蒸気機関車がまだまだ主流の位置を占めていたので電気が通じていなくても列車を動かすことができたのだろう。
それにしても原子爆弾を生き残った国鉄マンの意地を感じ大いに感動と驚きを感じたのであった。
また広島電鉄も爆心地は流石に設備が大破してしまい使えなくなってしまったが被害の比較的少なかった地域の一部はすぐに運転を再開したという。
原爆が落ちても電気が通じているところがあったのだ。
東京も同じ。
東京大空襲で甚大な被害を受けた省線は「敵に侮られてはいけない、そのためには平常を尽くすことと」と被害の少なかったところは山手線など意地でも電車を動かしたという。

このようなことを聞いていたので「なら、地下鉄はどうだったのよ」と長年疑問に思っていたのであった。
地下鉄は字のごとく地下を走っているし空襲の被害を受けにくい。
でも、戦前走っていた地下鉄東西2路線だけ。
どちらも戦時中どうしていたかはあまり耳にしたことがない。
もしかすると軍用施設に転用されていたのかも知れないなどと思ったりもしていた。
というのも例えば現在の都営浅草線の新橋から日本橋にかけては「戦時中に官公庁を結ぶための連絡路として秘密裏に建設された地下通路を拡張して利用している」などということを聞いたことがあったからだ。
地下鉄は地下通路という大坂城秘密の抜け穴みたいな機能が備わっているので多分そんなんじゃないかしら、と思っていたのだ。

ところが事実は大きく違っていた。
その答えを最近知って大いに驚いたのであった。
その答えの一つが取り上げられていたのが坂夏樹著「命の救援電車 大阪大空襲の奇跡」(さくら舎刊)なのであった。

本書によると東京の地下鉄銀座線は戦中空襲があるときは運転禁止令がでていたという。
事実東京大空襲で爆弾が銀座駅に命中して大破した。
だからきっと米軍の攻撃中は止まっていたのだろう。
これに対して、大阪の地下鉄はそんな命令は出ていなかったというのだ。
出していなかった上に、初の空襲のあった昭和20年3月14日の深夜はいつもはやっている終電後の通電オフもせず、電気が通じていて電車が走る状態だったという。
しかも置かれていた心斎橋駅近くの変電設備は鉄筋コンクリートの頑丈な造りの上、当時世界でも最先端の設備を導入。
米軍の攻撃ぐらいで潰れるような代物ではなかったらしい。
さらに御堂筋線は銀座線と異なり大川(旧淀川)の下をくぐっている。
当時大川は水運としての機能が未だ残っていたので堰き止めてトンネルを作るということができなかったので技術を駆使して川の下を深く掘削してトンネルを建設。
このため御堂筋線は地下深く走ることになり300トン爆弾にも耐えられる構造なのだという。
この御堂筋線の建設をしたのは関一(せき はじめ)という市長で、その構想力は橋下徹元市長をも凌駕するすぐれたものであった。
幅数メールだった御堂筋を数十メートルに拡張。
その下に地下鉄を建設。
その地下鉄も将来を見越して10両編成の電車が停車できるような大きな駅として建設。
開業当時はホームが長いのに電車は1両で営業。
乗客はホームのどこに電車が停まるのかわからず走り回ったという吉本新喜劇みたいな逸話が残っている。
さすが大阪の地下鉄である。
この「無駄遣い」と思われた長いホームは現在10両編成の電車が運用されており、建設時ほぼそのままで使われている。
このことを考えると関市長の判断はいかに先見の明があったかと現在の多くの政治家諸兄に見習って欲しいものがある。

で、このことが空襲下の大阪市民を救うことになった。

空襲は午後11時50分頃から午前3時半頃まで繰り返され地上は火の海と化していたが地下では煌々と明かりが灯り広いホームには大勢の避難民が。
心斎橋駅ではホームだけではなく改札口とつながっている大丸心斎橋本店の地下にも1000人を越える市民が避難していた。
そこへ電車がやってきて多くの被災者の命を救ったというのだ。

この都市伝説のような話はNHKの朝ドラ「ごちそうさん(ご指摘により「まんぷく」から修正)」で取り上げられたことがあったようだが、信じられる話かどうか疑わしかった。
ドラマの作り話だと思われたのだ。
ところが毎日新聞がそれを調査すると、出てくる出てくる。
多くの証言が集められ、実際に御堂筋線の電車が動き、心斎橋駅や本町駅で被災者を拾って梅田や天王寺方面に逃したというではないか。

本書はその証言集になっていて読み始めると、あまりの意外さと驚きで読むことを止められなくなってしまったのだった。

この歴史秘話はどうして実現したのか。
本書を読んでのお楽しみだが、読むと大阪メトロの印象がかなり変わることは間違いない。
御堂筋線は凄い歴史を秘めていたのだ。


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