<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
宇宙エンタメ前哨基地



大阪生まれ、大阪育ち、大阪で生活している私でも許せないものがある。

それは大阪弁のツイッターだ。

もともと私はツイッターが好きではない。
好きではない、という言い方では十分ではなく、はっきり言うと嫌いなのだ。

以前、大阪府の関連団体でビジネスに於けるツイッターの活用という講習会が開かれて出席したことがあった。
ツイッターが話題になり始めた頃で、
「ツイッターで新しい顧客獲得!」
とか、
「情報のやりとりはツイッターが早くて便利!」
などともてはやされていた。
ツイッターこそビジネスツールとして申し分ない、というような持ち上げ方が目立っていた頃だった。

既にこの時、私はツイッターの文面の中途半端さ、各所に目立つimpoliteな文脈に辟易とするよりも腹が立っていた。
だから大阪府の講師の方が、
「このようにツイッターの活用をします」
などどと言われても、
「そんなもの役に立つはずはない」
と心の中で叫んでいたのであった。
偶然にも交流会で知り合ったデザイナーのIさんとも見解が一致し、二人して「疑問がある」と投げかけたのであった。

ツイッターの何が中途半端で無礼だというと、あの紋切り型の文章がいけない。
「〇〇◯って、どうでしょうかねぇ」
とか、
「〇〇そうです。」
という具合に、結論がでないばかりか、投げ捨て加減がまるでかつてのニュースステーションで久米宏が繰り返した「コマーシャル直前の言い捨て」オピニオンと同じなのだ。
随分ではないか、と思っていた。

しかもこれが大阪弁の記述になると大阪人の私が腹がたってくるような文調になる。

例えば大阪南部のある観光関連のサイトでは、
「へぇぇぇ、そういうこともありますんか」
とか、
「〇〇してはるそうで.......」
とか、
「〇〇してまんがな。」
というような文章がツイッターの中で展開され、読むのも見苦しい。
情報としての価値はほとんどなく、こういう文章を公式HPに貼り付けて満足しているセンスを疑いたくなる。
観光誘致どころか、「行きたくない街ベストなんとか」にランクインさせてしまいそうだ。

だいたい「まんがな」とか「でっか」とか「おます」なんて言葉は東京の人が抱いている大阪弁で今時、年寄りでも遣わない言葉なのだ。
東京へ進出した関西芸人や、大阪をやたら強調するときに使用する地方の人の大阪弁というのは、大阪人が聞くとムナクソ悪くなってくる言葉にほかならない。
今の大阪弁を比較的正しく使っている映画に「ホームレス中学生」があったのだが、あの映画では「まんがな」「でんがな」「でっか」「まっか」などどいう言葉は一切使われていないのだ。

大阪弁ツイッターはこの逆で「まんがな」「でんがな」「でっか」「まっか」のオンパレード。

いい加減やめていただきたいと思う、大阪人の私なのであった。


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なんばOCATバスターミナルから出てきた高速バスの行き先に、
「さぬきうどん駅」行
の表示が....。
「ははは、なんやねん、これ.....」
と思わせるところが面白い。

「うどん県」宣言をしてからというもの香川県に注目が集まっている。
もしかすると橋下大阪府の次に注目度の高い話題かもしれない。
香川県といえば金毘羅さん、善通寺さん、瀬戸大橋(これって岡山県かな?)、が有名だが、なかでも「讃岐うどん」は香川を代表する物産なのだ。

あらゆるものを「うどん」でブランディングしようとするこの試みは手法としても大胆で、香川という失礼ながら一地方の小さな県がこれほどまでに成功するとは正直思わなかった。
二番煎じ、三番煎じが現れだしているが、この香川の「うどん県」は最初だっただけにインパクトが半端ではない。

このうどん県。
ついにJRを動かして「高松駅」を「さぬきうどん駅」にするという。
このことに高松市長が異議申立てをしているというニュースが報じられている。

尤もであろう。
「さぬきうどん駅」
ふざけているのか、と思いたくなる気持ちも分からなくはない。
しかし!
讃岐うどんをこうも声たかだかに叫ぶ理由は他にもあろう。

あの「中国」だ。
大胆にもiPadでアップル社にケチを付けたインモラル大国の中国は実は讃岐うどんブランドでも悪さをしているのだ。
それに大胆果敢に戦いを挑んでいるのが「うどん県」こと香川県。
拍手喝采を送らねばならないことは間違いない。

ということで、金毘羅さんの参道にあるうどん屋のきつねうどんが大好きな私は、日帰りドライブで、
「うどん、食べに行きたい!」
となっている、うどん県なのであった。


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大阪~東京の出張が多い私は関西空港をよく利用している。
いつも利用するのはANAの午前8:10発の羽田行き。
1泊や2泊の予定の場合によく利用するのがこの便だ。
これに乗ると、羽田空港には9:20頃に到着し10:30以降の都内での打ち合わせに間に合うのだ。

日帰りの出張となると、もっと早い便に乗ることになる。
無理なスケジュールを組むことが多いので、1時間でも早く東京に着きたいと思うのだ。
で、利用するのがANAの午前6:55発の羽田行き。
これに乗ると午前9:00に日本橋にある東京のオフィスに出社できるし、少々郊外でも午前中に仕事を済ませることができる。
しかし、この便。
朝起きるのがメチャクチャ辛い便でもある。

私の自宅から関西空港までは電車に乗ると大阪市内に出るよりも近いのだが、それでも6;55分の飛行機に乗ろうと思ったら家を出るのは電車のダイヤの関係で6時前。
かなり辛い。
とりわけ冬のこの時間、家の周囲は真っ暗だし、電車の駅も寒々としており、それに「日帰り東京や。しんど~、めんどくさ~」という感情が先に立つ。

この辛さをかなり楽にするにはマイカーで関空まで行って、帰りも楽々マイカーで帰ってくることだ。

このマイカー出張で重宝していたのが関空の駐車場深夜早朝割引。
夜11時から朝7時までに入庫、または出庫したら1日の駐車料金が1000円ポッキリという良心的な割引制度で、6:55発の飛行機となると当然のことながら7時までの入庫となり、1000円で済む。

この割引サービスは3月24日に終了することになっていて、私は「残念無念」と思っていた。

ところが近々に出張を控えていて、しかも千葉の柏にある某大学まで午前中に行かなければならないので6:55分の飛行機に乗らねばならず、マイカーで行きたかったのだ。
で、関空のホームページをチェックしたところ、なんと6月30日まで割引キャンペーンが延長されていたのであった。

一般に関空は東京の成田と同様、都心部からと~~~~~い国際空港として評判がよろしくない。
この「と~~~~~~い」いう評判は実は成田と違って、多分に偏見に満ちたところもあこともある。
というのも、関空は難波から南海の特急に乗るとたった30分で関空に着く空港なのだ。
参考に難波駅から空港バスに乗って伊丹空港に行くと最短20分。渋滞になると30分、40分とやたらかかる。
自動車を使うと神戸からでも1時間以内でたどり着くことが可能で、深夜早朝割引の威力が小さくないことがわかろうと言うものだ。

ということで、次回出張も延長された割引を利用してビューンと行きたいと思っている私なのであった。

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北海道へ初めて行った時、真冬だったこともあり私は札幌市郊外にある大倉山ジャンプ場を訪れた。
ジャンプ競技の公式会場というのはどういうものであるのか。
大阪人の私にはほとんど見ることはないジャンプ競技場を見ることは北海道を訪れた理由の一つになっていた。

バスに乗って、雪道を歩いて競技場に訪れて初めて見た感想は、

「お~~~~こわ~~~~」

というものなのであった。
訪れた日が公式大会の前日ということもあり出場予定選手が練習をしていおり、会場だけではなく実際のジャンプを目にすることにもなった。
やはり実物はテレビで見るのとは大きく異なり、迫力満点。
ジャンプ競技は「飛ぶ」のではなく「落っこちる」ということをリアルに感じることができたのであった。

練習が終わってリフトが解放されると、一目散にスタート地点へ登ってみた。
天気の良い日で札幌市内が一望できたのだが、そのスタート地点の高いこと。
ここからスタートしてジャンプ出来る人は凄い。
普通じゃない!
アブナイ人だ!
と思ったのであった。

ジャンプに限らずスキーでもスノボでもウィンタースポーツには危険はつきものだ、
初めて志賀高原を訪れた時、初心者であった私はジャンアンとスキー場の傾斜にビビって下り坂入り口で尻餅をついた。
「おお、ゲンレンで消えてるやん!」
と傾斜がきつくなるところは先が見えないのでビビったのであった。

その初心者の私を見て中上級の友人は岩岳、白馬に私を誘ったのだが、こいつらは「鬼」なのであった。

安全と思われていたエアーボードで死亡事故が発生して新聞記事になっている。
「エアーボード?」
久しくウィンタースポーツをしていない私には何のことやらさっぱり分からなかった。
記事によると、関係者は、
「エアーボードで事故が起こるなんて(信じられない)」
というような声を伝えていた。

エアボードという語感から連想するのは、ゆる~~いゲレンデで幼児がお父さんお母さんと一緒にトロトロと滑っているようなイメージなのだったが、
「いったいどんなスポーツやろ」
と思ってネットで検索したら、あな!ビックリ!

これまで事故が起こらなかったのが不思議なスポーツなのであった。

エアボードは夏のビーチでパチャパチャするような小さなエアマットに乗って猛スピードでゲレンデのコースを滑るウィンタースポーツで特徴は「頭から滑る」というものだ。
ウィンタースポーツにはボブスレーやルージュといった猛スピードの滑降協議があるけれども、どれも頭から滑るような無謀はしない。
頭から滑って何かに激突したら、当然、死亡事故に繋がるわけで、

「普及しだして10年余り。まだ安全は整備途上」

と記事が伝える内容はメーカーも競技をする方も、あまりに無責任と言わざるをえないのではないか。
メーカーはPL法の適応を受ける可能性もあるに違いない。

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アンドロイドといってもグーグルのOSではない。

スター・トレックのオリジナルシリーズの第七話「コンピュータ人間 What are little girls made of?」は今見ても衝撃的なストーリーだ。

行方不明になっていた科学者の消息を訪ねるために惑星エクソを訪れたエンタープライズ号はその人・コービー博士の生存を確認。
船長のカークはいつものように上陸班を派遣する。
過酷な環境の惑星。
その地下深くに居住区を建設し、博士は生きながらえていたのであった。
しかも博士は美しい女性型アンドロイドを助手にしていた。
かつて博士の婚約者だったエンタープライズ号の看護婦クリスティン・チャペルは、博士と再開するも複雑な感情を顕にした。
やがてカーク船長たちは博士とアンドロイド、そしてこの惑星の秘密を知るのであった.....。

アンドロイドの未来を予見したようなこの作品は、なんと1966年のテレビ作品。
今から50年近くも前に、現在でも最新の技術であるアンドロイドを予言し、それを見事に表現したいたのには驚くばかり。
さすが宇宙大作戦・STAR TREK。
今日もなお映画やテレビ、小説などで継続されているSFシリーズだが、その継続させるアイデアのエネルギーがこのあたりにあるのだろう。

で、宇宙大作戦はともかく、そのアンドロイドを本当に開発している科学者が大阪大学工学部の石黒浩教授。
アンドロイド研究では世界の最先端を突っ走っている人で、タイム誌にも世界に最も影響を与えている人物の一人として選ばれたこともある先生だ。
私など阪大といってまず思い出すのは工学部の生協食堂の唐揚げ定食だが、石黒先生は大阪大学を世界的に有名なアンドロイド開発の最高峰とした、同世代ながらまったく異なる優れた人なのである。

この石黒先生のエッセイ「どうすれば『人』をつくれるか アンドロイドになった私」(新潮社)は、アンドロイドを開発し、考察する過程で「人間とは」について発見する、かなり面白い一冊なのであった。

まず、石黒先生がどのようなアンドロイドを開発しているのか。
それはYoutubeあたりを検索すると直ぐに見つかるのだが、そのリアルさ、その精度の高さ。
まさにSFの世界が現実に存在することに驚きを覚える。
まるで宇宙大作戦・STAR TREKに登場したアンドロイドのようだ。

この超リアルなアンドロイドと人が接する時、その人の感じ方、接し方が実に面白い。
単なるロボットではなく、生身の人がある種の人として接してしまうその光景は、近未来の社会をリアルに予測させるのだ。
アンドロイドに恥じらいを感じて。
あるいはアンドロイドに怖い先生を見るような恐ろしさを感じる。
単なるロボットではない、また、動かない蝋人形でもないものがここにある。
やがてアンドロイドを通じて「人間というものはこういう動物であるのかも知れない」というテーマを提示してくるところは、もはや科学読本というよりも哲学書のような雰囲気さえあるのだ。

工学部の先生に書かれたエッセイなので、硬い内容と思いがち。
だが、ユーモアに富んでいて、随所で笑いを取ることも忘れていない。
このあたりが大阪大学の大阪たる所以なのかもわからないが、産業用ロボットとは違う日本のハイテク技術を知ることができるうえ、夢の世界が現実と混じり始めているのを知り、ワクワクしてくることもこのエッセイの魅力である。

とはいえ、まだまだアンドロイドは開発途上にある技術。
これからの進歩に大いに期待する夢のある話なのであった。

ところで、先生の外見は失礼ながら、あの天馬博士(鉄腕アトムの設計者)に似ていなくもない。
さすが手塚治虫を生み出した大阪大学。
妙なところも伝統を引き継いでいるようだ。

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3.11から一年が経過。
テレビでは盛んに特番が組まれて、この一年の流れが放送されている。

それを見ていてはっきり言えるのは神戸の時よりも何もかも遅いこと。
震災の範囲が広かったことや、被害のほとんどが津波を原因にしていることが挙げられるが、トロトロとして災害復興の遅れの最大の原因は政府の無策とマスメディアの無責任な報道、そして得体のしれないNPOや民間企業の跋扈になるのではないかと思えるのだ。

最近のこと。
私のもとに1通のメールが届いた。
名前も聞いたことのない会社からのもので、
「越前高田で災害復興を目的とした展示会をします。ご協力ください。」
というものだった。

添付されたpdfファイル内容を読むと教育支援だとか、市民支援なんてことが書かれていて立派な内容なのだが、肝心の「ご協力費」を見てビックリした。
東京ビックサイトで開く展示会よりも割高。
しかも価格だけ書かれていて、どのように展示をするのか具体例がまったくなく、

「私たちの活動は被災地支援のためのボランティアです」

みたいなことが紙面のかなりを占めている。
これはいったい、何なのか。
被災地支援か、それとも被災地を食い物にした新手のビジネスなのか。

謎は膨らむばかりだ。


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産経新聞のネット版によると、田中防衛大臣はパトリオット・ミサイル「PAC3」のことを「P3C」と呼びまちがえたとか。
この人の場合、呼び間違いというよりも全く知らなかったことを一夜漬けで覚えたために間違えてしまったというのが実情ではないだろうか。
いっそのこと「C-3PO」と間違えてくれたほうがウケたかもしれない。

なあ、R2-D2、そう思わないかい?

ともかく田中直紀に防衛大臣をさせるのは演歌しか知らない人にクラシック音楽の解説をさせるようで無理があると思う。
ともかくこの人の出来る仕事はただひとつ。
田中真紀子担当大臣。
それのみなのだから。

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バンコクを走るスカイトレイン・シーロム線の一方の終着駅「国立競技場」を下車すると東急百貨店バンコク店があり、マーブンクロン・ショッピングセンターという大型ショッピングモールが棟続きに建っている。
私はバンコクを訪問すると、このマーブンクロンショッピングセンターでちょくちょく買い物をする。
ある日、買い物を済ませてホテルに戻ろうかと東急百貨店1階にあるマクドナルドで遅い昼食を食べていたら、

「どちらからいらしたんですか?」

と隣のテーブルで新聞を読んでいた年の頃30前後のサーファー風の男が英語で声をかけてきた。

「韓国からです」
とか、
「中国からです」

というふうに、デタラメで答えればよかったのだが、何を思ったのか、私は正直に、

「大阪からです。」

と答えてしまったのだ。

「日本の大阪ですか?」
「(他に大阪ってあるんかい)そうですけど」
「私の友達が大阪に行ったことがあります」

みたいなことを話しだしたのだ。
なかなか流暢な英語で話すものだから、ついつい話込んでしまったのは迂闊であった。
なんでも彼はカオサンでサーファー向けのお店を営んでいるということで、一度私に遊びにこないか、と誘ってくる。
カオサンは世界的に有名なバックパッカーの集まる通りの名前で、周囲には1泊100円から宿泊できる安宿が密集している場所だ。
私はあまり好みではない地域なので、そこへ宿泊したことはまったくないのだが、男はカオサンの名前を出すと安心するとでも思ったのか、話を続けた。

要はこの男。
詐欺師なのであった。
街のカフェやレストランで金を持っていそうな外国人観光客に声をかけては、イカサマトランプ詐欺に引き込もうという詐欺師グループのいわば「呼び込み」なのであった。
結果的に私は被害に遭わなかったが、危うく金銭をだまし取られる可能性があったわけで、こわばらこわばら、と言ったところだ。

タイのバンコクではこういった詐欺は盛んで、例えば王宮前の歩道では、
「宝石のバーゲンをやっている。日本へ持って帰ると、買った金額の10倍で売れる」
といった宝石詐欺のオッサンオバハンが屯している。
またシーロム通りやスリウォン通りの外れには、ちょっとした料理で50USドルも100USドルも巻き上げるぼったくりレストランもあったりすので注意が必要だ。

とはいえ、タイは日本企業2万社以上が進出。
在留邦人は10万人を超え、観光等も含めて渡航する日本人に至っては100万人を越える日本との繋がりが最も太い国でもあるので「危ない」というところではなく、常識を守ってさえすれば、犯罪に巻き込まれることはほとんどない。
それでも、街中に日本のコンビニがわんさかあり、居酒屋、ラーメン屋、イオンモール、ツタヤ、ミスドなど日本の景色とも見まがうところがあるのも確かで、そういうところで犯罪被害にあう日本人は少なくない。

このタイの警察に日本人の警察官がいて、タイ国家警察に大きな影響を与えるほど活躍していたことを私はちっとも知らなかった。
「タイに渡った鑑識捜査官 妻がくれた第二の人生」戸島国雄著(並木書房)は、著者自身がタイ国家警察で指導官として勤務した経験が綴られている。
この経験のひとつひとつが興味深い。
著者が経験豊富な警察官だけに、紀行作家やサブカル作家の著すタイの生活記とは一線を画す面白さがあり、感動がある。
タイ国家警察の階級社会の面白さ。
国軍との関係。
若い警察官たちの活き活きとした生活風景。
タイ人社会に入らないと分からない食生活。
などなどなど。
実にユニークなのだ。

もっとも感心するのは、著者が勇気と責任溢れる警察官であることだった。
最近は警察について不祥事ばかりが取り上げられて、その威信が大きく揺らいでいる。
警察官の飲酒検問捏造。
ひき逃げ。
風俗店で拘束。
などなど。
ところが著者の体を張ったタイでの活躍は失敗談も沢山織り交ぜているだけに、読んでいて、
「っq,こんな警察官が、まだまだいるんだ」:
と思うと嬉しくもあり頼もしくもあった。

表紙は週刊現代のヤクザ検挙特集みたいな写真のノンフィクションで、購入するのは少しばかり躊躇ってしまう一冊だが、みかけによらず大いに感動させてくれるノンフィクションエッセイなのであった。

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ガイ・リッチー監督の映画といえばブラッド・ピットが主演した「スナッチ」を思い出す。
別にこれといって期待して見に行ったわけでもなく、上映されていたのも今はなき大阪フェスティバルゲートにあった映画館「動物園前シネマ」だったから極めてマイナーな映画だと思いっていたのだ。
ところが実際に見てみると、日本のアクションマンガを連想させる画面構成とアップテンポなリズムが痛快でグイグイと引き込まれてしまったのを覚えている。
またブラッド・ピットはアクションもできる俳優さんであることは、この時初めて知ったのであった。

そのガイ・リッチーが監督を務める「シャーロック・ホームズ」シリーズもまた、劇画のようなアクションが連続する映画で、アクションに秀でて麻薬中毒の要素がリアルに漂うロバート・ダウニー・ジュニア演ずるホームズが独特だ。
その独特のホームズを支えるジュード・ロウ演じるワトソンは、これまた従来のワトソン像に拘束されず若く、そして紳士的である。
ある意味、コンビとしてはあまりにも逞しすぎる傾向がある二人の主人公だが、それはそれ。
ストーリーそのものよりもアクション重視の映画の場合は、こういうコンビもありうるんではないかと思うのである。

さて、このガイ・リッチー監督の最新作「シャーロック・ホームズ シャドーゲーム」を見てきた。
相変わらず、いい意味でのハチャメチャぶりで楽しい作品に仕上がっていた。
私はあまりに特殊撮影が多いので、途中から肉体的に疲れが出てきたのだが、シャーロック・ホームズ大好きの我が家の嫁も娘も大満足だった。

しかし、映画が終わり劇場を出ようと席を立つと、

「で、あの人の何が悪かったん?」

と娘が一言。
アクションに夢中になりすぎたために、中1の娘はモリアティ教授の策略を十分に理解しておらず、夫婦でズッコケタのはオマケなのであった。

私はどちらかというとNHKで放送されていたTVシリーズの「シャーロック・ホームズ」の方がお気に入り。
あのシリーズはジェレミー・ブレッドのホームズ像が秀逸で、この人を追い抜くホームズはいないのではないかと思われるほど、板についていた。
日本版の吹き替えを担当した露口茂の声も「この声こそホームズ」だと、小池朝雄のコロンボのように違和感なく、何度となく「山さんがホームズのセリフを話している」と思い込もうと試みたが、それが成功しないくらいに素晴らしい作品だった。

だからこそガイ・リッチーの映画版は劇画コミックのようなホームズが違和感なく楽しめるのかも分からない。

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新幹線のぞみ号で長年親しまれてきた300系車両が引退した。
活躍期間は20年。
国鉄がJRになってから初めて登場してきた新幹線車両としても印象的で、この列車に乗って何度大阪と東京の間を行き来したものか。
懐かしくもあり、残念でもある。

この車両が登場した時は、よく故障のニュースが伝えられたのを今印象深く記憶している。

やれボルトが抜けたとか、ブレーキが勝手にかかったとか、利用者の不安を煽るような内容がなんどともなく伝えられ、
「ニュースを伝える人は新幹線が嫌いなんじゃないか」
と思えるくらいバッシングを食らっていたものだ。

というのも、きっと最高時速220kmから一気に270kmに上がったことに対する不安があったのに違いない。
事実、時速270kmで走るのぞみ号は、当時0系が主だった他の新幹線と比べると、それこそ「飛ぶように」走る車両で坂の登り下りでは重力の変化を感じるくらい、ジャットコースター的な新幹線車両だった。

そんな300系新幹線はスピード狂的な側面と反対に、ホノボノとしてオシャレな面も兼ね備えていた。
国鉄からJRになったことも一因だったのだろうが、TVCMに洒落たものがでてくるようになった。

「のぞみに乗るからね」
という子供が家族と一緒に新幹線に乗ることを自慢げに楽しく表現しているCMは、「新幹線」が特別な乗り物であったことを思い出させてくれた。
私にとっても初めての新幹線は特別だった。
私の新幹線初体験は40年以上も前、父が大阪から愛知県の豊橋まで出張に行くのに、なぜか私を連れていってくれたのが最初だった。
当時私は幼稚園児。
お菓子のおまけの模型の存在でしかなかった、憧れの新幹線に乗ることは、どれだけ自慢のネタだったか。

もう一つのCMが「シンデレラエキスプレス」にはじまる一連のエキスプレスシリーズ。
とりわけ山下達郎の歌が流れる「クリスマスエキスプレス」のCMは、今Youtubeで見てもいいコマーシャルだと思っている。
遠距離恋愛を支える新幹線のコンセプトは、まだ20代だった私にも胸をキュッと締め付ける魅力が溢れていたものだ。
中でも私は若き日の牧瀬里穂が登場するバージョンが大好きで、今でも「綺麗で可愛い子やな~」としみじみと見てしまうのである。

ということで、クリスマスエキスプレスの300系のぞみ号。
20年間、ご苦労様でした。

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