<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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かつてのアイドルは時代のシンボルであり、現代のそれとは比較にならないほどの輝きを放っていたように記憶している。
キャンディーズもまたそのアイドルのひとつであったことは間違いない。

キャンディーズが人気絶頂であった頃、私はまだまだ洟垂れ小僧の小中学生で、アイドルとしてのその魅力はさっぱりわ理解できず、
「なんか派手なお姉ちゃんたちやな」
程度にしか感じていなかった。
アイドルよりも玩具の方が興味あるという年齢で、ずっと年上の女性を「可愛い」対象にはできなかった、というのが正直なところだ。

それでもドリフの番組を中心に活躍するキャンディーズの女性アイドルグループという新しい輝きだけは感じ取ることができていたように思える。

そのキャンディーズの田中好子が亡くなったというニュースはあまりに唐突だった。
仕事に疲れて深夜帰宅して開いたインターネットのニュースを見て、愕然とした。
しかも二十年間もの間、闘病生活をしていたことなどちっとも知らなかっただけに、驚きは何倍にもなって衝撃を与えた。
私よりも年上の、キャンディーズ世代のファンのひとたちには、もっと信じられないことだったに違いない。

その田中好子死去のニュースは意外なかたちで、人の死と人の生き様について考えさせられることになった。

ちょうど羽田空港で帰りの飛行機を待っている時にロビーに置かれている大型テレビから田中好子の声が流れてきたのだ。
消え入りそうな弱々しい声で語られるその挨拶は、死の淵にあっても震災で亡くなった人々を支えようとする言葉で始まっていた。
しかも「病気に負けるかもしれません」という死を覚悟した言葉からは天国へ行っても、亡くなった被災者を励まします、という言葉に言い表すことのできない意志の強さを感じた。
私は不覚ながら空港の出発ロビーで涙が出そうになったのであった。

さらに「妹夏目雅子のようにいつの日か復活する時に」の言葉は女優でありアイドルである田中好子を喪った喪失感と悲しみをファンであった人々とファンでなかった人々の両方に抱かせた。
人の生き方、死の見つめ方を真剣に考える機会を失ってしまっている現代において、田中好子が遺した最期のメッセージテープは、一人の元アイドルの死というものでは済まされない凄みを感じた。
締めくくりの「その日まで、さようなら」の一言は、大震災に悲しみ、そして悩み苦しむ日本人にとって「生きることはどういうことなのか」ということを思い起こさせる強い言葉になったと思われてならない。

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