<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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「NEVER GIVE UP 、NEVER SURRENDER」
といっても8年前の阪神タイガースの話ではない。

あ、もう8年経ってしまったんですね。
気づきませんでした。

決して諦めず、降伏してしまうことはない。
何のことかというと、「大西洋漂流76日間」(ハヤカワ文庫)のことなのである。

漂流を扱った小説には実に面白い物が多い。
それは極限状態における人間の心理と肉体を生き残りのゲームだからかも知れない。

例えばアーネスト・シャクルトンの「エデュアランス号漂流記」。
南極大陸縦断を目指したシャクルトンの探検隊が南極大陸目前で遭難した実話で、船を失い、橇と小型の救命ボートのみで生き抜き、ついには全員が無事に生還するという奇跡の物語だ。
かなりの長編であるにも関わらず、最初から終わりまで読者の心をつかんで話さない素晴らしい冒険物語だ。

また日本にも素晴らしい漂流物の小説がある。
吉村昭の「漂流」では、江戸期に台風で小笠原諸島の鳥島にたどりついた船乗りがアホウドリを捕まえながら生き抜き、ついには八丈島にたどり着くという実話が描かれていて、これもまたエデュアランス号の物語同様、最初から最後まで引き込まれてしまう魔力を持つ。
さらに同じ吉村昭の大黒屋光大夫では、遭難した商人がロシアにたどり着き、なんとウラジオストックから首都のサンクトペテルブルグまで苦難の旅を続け、ロシア皇帝に謁見するという、これまた実話で、その過酷さは現代の私たちにはなかなか想像のつかない物語で目が離せない。

スティーブン・キャラハン著「大西洋漂流76日間」もまた実際に起こった物語なのだ。
著者自身が遭難者で、生還後著した本書はベストセラーに長年ラインナップされていたのだという。
この漂流が他の物語と違うのは、現代の物語と言う点だ。
事件は1982年に発生。
ヨットで大西洋横断にチャレンジしていた著者は、原因不明の衝突(?)で自分のボートが沈んでしまい、救命ボートに脱出。
以後、発見されるまでの76日間を必死で生き抜いた時の物語なのだ。

漂流ものの面白さは、たぶん読者に勇気を与えてくれることだろう。
変な話だが漂流物にはハッピーエンドが多い。
不思議なことに、未だに漂流物で悲劇に終わる物語を読んだ経験が無い。
漂流して失敗したら、誰にもどこに言ったのか判らず、記録に残すことができないので、ハッピーエンドではない漂流物は少ないのかもわからない。

吉村昭がエッセイに書いていたように記憶するのだが、漂流することによって異文化との遭遇が起こり、新しい文化や習慣が起こるそうで、そういう意味に置いても漂流物語は面白さの奥行きが深いのだ。

ともかく76日間という長い期間、小さな救命ボートで数多の危機に見舞われながらも生き抜いた著者の経験は、冒険を通り越して哲学の赴きさえ感じられたのであった。

生きる勇気が湧いてくる、ノンフィクション冒険物語だ。

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